101話 夫婦の創世奇譚 05話 夫婦語1
シドが長年の想いを添い遂げてから1年が経った頃。
「冷たくて甘いなっ! これはいけるぞ!」
夫婦は料理の開発に力を注いでいた。晴れて夫婦になって以降、偶にカレンが食事を作るようになってシドが歓喜し、2者で料理の研究に勤しんでいた。
「これなら氷箱さえあれば簡単に作れるし、味も香りも幾らでも組み合わせがあってお手軽ね」
2者が食してるのは乳製品に糖分・油脂・香料を加えて凍らせた甘い氷菓子だ。
以前にシドが氷室を台所に設置できないかと試行錯誤した結果、棺桶に似た構造の木箱にカレンの魔法で恒久的に氷属性を付与した所、氷室より良く冷え、台所に設置できるとあって料理の幅が膨大に増え、2者して新しい料理の開発に勤しんでいた。
「庭園にあるハーブだけでも想像も付かないほどの味の種類ができるだろうな、妖精も食ってみるか?」
料理皿から冷たい菓子を少し小皿に乗せて机に置くと、始め菓子が少しずつ消えていき、次の瞬間には瞬く間に消えていく。
どうやら妖精も満足の品のようだ。
「口元についてるわよ、まったく。常備しておくから時々シドに貰いなさい」
目に見えないが妖精の口元を拭っていたカレンは優しく妖精に伝える。
「そういえばカレン、前から言ってた書斎の件、目処は着きそうか?」
シドの言う書斎の件とは、膨大に貯蔵された書物が本棚に収まり切らず、書物の数々が床に乱雑に置かれてることに憂慮し、ついでにと整理整頓もしてしまおうとカレンに提案したのだが、本棚は無限に増やせるが整理整頓が一向に進まない。流石に2者でこの作業は気が遠くなると思い耽っているとシドがホムンクルスや式神なんかで人手を増やせないかと提案するがカレンが難色を示す。
「やはり駄目ね。私は創造の役目がないせいかホムンクルスや式神といった生命創造系は苦手だわ、召還はできるけど書斎の整理なんて小難しい作業は使い魔には無理だし、こればなかりは気長に作業するしか無いわね」
菓子を食べ終え、シドから贈られた煙管で香料を楽しみながらカレンが答える。
創造系の術・式・呪い等の理論や公式はカレンの頭にあるが自身で決めた役目【傍観者】のせいか、どうも生命創造系は上手く行使できない。
以前無理やり行使した結果、荒神が誕生し見境無く世界を暴れまわった挙句に勝手に消えるという迷惑な結果になった。
余談だがこの結果、唯でさえ神や人の愚かな行為に胃を痛めていたとある超越者は更に胃痛が酷くなったが、カレンの知る所ではない。
「ん、しかたないな。できれば宝物室も整理したい所だが、俺の作ったものはわかるが元からある奴は用途不明な物ばかりで手が付けられんしな」
「規模は書斎に遥かに劣るけど、危険物が多いからね。いっその事、売り払うなり適当な世界にばら撒くなりしてもいいわよ」
「人間がどうなろうと構わんが、さすがにあれらをばら撒いたら神々が怒らないか? 折角の夫婦水入らずに神々の横槍は溜まったもんじゃないぞ」
「それもそうね」
こうして夫婦の睦まじい一時は過ぎていく。
夫婦になって10年が経った頃。
「旅行に行きましょう」
カレンから驚きの提案があがる。
夫婦になってからシドの部屋を空け、カレンの部屋で過ごすようになり、2人してベッドで其々書物を読んでいるとカレンから驚きの一声が飛んできた。
「旅行? 俺は歓迎だが珍しいな、カレンから外に出る提案が出るとは」
今までシドが誘って国々を探索していたが、カレンからこのような誘いは初めてのことだ。
「この本に夫婦での旅行は素晴らしいとあるから、興味あるわ」
カレンが読んでいたのは中身は見えないが表紙には、夫婦の素晴らしい過ごし方、とある。
表紙を見たシドは思わず苦笑しながらも、カレンの可憐な態度に心打たれ快諾する。
「それは胸躍る提案だな、是非行こう。俺もカレンと一緒ならどこでも楽しめる自信があるぞ!」
思い立ったが吉日と2者してどこに行こうかと相談し、翌日。
宝物室から適当な宝石を雑に鞄に詰め込み、2人はリリーに騎乗する。
シドが跨り、その前にカレンが横座りでシドに体を預ける。
「そういえばリリーはこの地に来てから初めての外出だな。一緒に楽しもうじゃないか」
主人の声に賛同するように嘶くリリーの頭をカレンが軽く撫で、転移魔法を行使する。
視界に広がるのは青々しい草原の一面。
旅行先に選んだ国はシャルマーユ皇国。ここはその南西部に位置する首都に近い草原。
この世界では有数の強国で、人の他に亜人や少ないがドラゴンや竜も存在が確認されてる世界で最近では戦争も無く比較的平穏な世界だ。
「久しぶりの草原にリリーも嬉しそうだ。まずは首都にいってみるか」
「ええ、任せるわ」
はしゃぐリリーの背で、2者して首都に着く迄の間、景色と会話を楽しんだ。
シャルマーユ皇国
10年前の終末戦争を終結させ、大陸を統一したシャルマーユ皇国の王でのちの始皇帝
当時の腐敗した貴族を片っ端から国民の前で吊るし上げ、国民の絶対の支持を得ると同時に実力主義で力のあるものは身分関係なく召抱える。
未知への探求と失業者の回復を兼ねてトレジャーハンターを設立し国家事業とし、あらゆる面で大成功を収める。
終末戦争時代まで大陸内に幾つかあった宗教さえ1つに纏め上げ国教とし自身を頂点にし猊下の名も授かる。
これにより宗教のいらぬ政治への食い込みを文字通り頭で抑え、他にも数え切れないほどの善法と連座刑を施行し、哲人政治を治める。
皇帝が即位されて間もない頃に他国からの威力偵察があったが、嘘か真か軍備が勿体無いといい放ち皇帝自ら単身で他国の軍を返り討ちにしたという逸話もあり、それ以降他国からの戦争や侵略行為はもちろん小競り合いすら全くない。
それほど絶大な力と権力を兼ねた逸脱者。
他国での噂ではシャルマーユ皇帝に戦争吹っかけるより、未知の領土を探してそこで建国したほうが遥かに難易度が軽いとさえ言われる。
そんな皇帝の皇居がある首都、シャルマーユは人口1000万を超える大都市でこれまで偶に国を渡り歩いた2者から見ても素晴らしい大都市だった。
首都の入り口である検問所でカレンとシドはリリーに騎乗したまま検問所の兵士に声を掛ける。
「遠方から旅してきた者だが生憎とこの国の通貨の持ち合わせが無くてな、関税の払いは現物でも可能か?」
兵士は見慣れない馬と鳥の合わさった奇妙な生物に騎乗してる2者を不躾に睨め付ける。
他国からの旅人の来訪はよくある事だ、関税を現物で払うこもとままある。だが奇妙な生物に騎乗してる2人は見たことも無い人種で女が身に纏ってる服装も見たことが無い珍しい奇抜な服だ。
「税の現物払いは可能だが、見たこと無い服装だな。どこの国の人間だ?」
あまりの奇抜さからの悪目立ちに他国の間者ではないと判断した兵士は馬に携えられてる見たことも無い見事な双槍に警戒しながら尋ねる。
「フルーラという国だ」
「ふるーら? 聞いた事が無い国だな、まぁいい。2人と馬? 一頭で銀貨12枚だ」
シドの答えにフルーラという初めて耳にする国に首を傾げるが、女性の格好からしてどこぞの貴族かなにかと思い、触らぬ神に祟りなしと税の額を伝え早く通してしまおうと考える。
「これでいいか?」
シドが無造作に懐から取り出したのはなんの細工も施されていない5cm程の大きさの赤い宝石ルビーだ。シドからしたらそこらの路傍の石を練成した物で価値等欠片も無い。
「これは―――ルビーか? すまんが釣りが払えん、他のものは無いか?」
兵士にしたら溜まったものではない、こんな高額な品出されても釣りなんて一検問所にあるわけがない。
この金銭感覚の無さからいよいよ2人とも貴族と確信する兵士はさっさと通って欲しいと願うばかり
「生憎それ以下の品は無い、釣りはいらん。酒でも飲んでくれ」
「いいのか?! 感謝する!」
思わぬ大金が入り込み、警戒心は吹き飛びホクホク顔で一行を通す。
検問所を通り抜け、路地をゆっくりリリーに進ませながら建物を眺めながら2者は感想を言い合う。
「ふむ、建築の度合いはフルーラと大して変わりは無いようだな」
「あの地よりは治める者が優秀だそうだから平和みたいよ。落ち着いたらドラゴン探しましょう」
「ああ、楽しみだな!」
珍しい生物に騎乗した奇抜な格好の美女は衆目を集めながらカレンとシドは暢気に話す
シドの強い要望によりドラゴンのいる世界に来た一向だが目的は勿論ドラゴンの肉だった。
最もシドにも内緒にしているがこの星を選んだ理由にカレンの秘めたる目的もあり、それがこの星に生息するとされている珍しい種族との接触だが内容が内容だけにシドには内密で事を終えるつもりだ
「まずはこの国の貨幣を手に入れないとな、商業区にいけば宝石屋か換金所があるだろうから先ずはそこを目指そう」
住民に尋ねながら市場に着いた一行は、リリーを後ろに腕を組み闊歩し露店を見ていく。
ここでも衆目を集める2者だが、2m程ある偉丈夫に140cmあるかないかの小柄な女性の組み合わせは奇異の目で見られる。その女性が絶世の美女とも美少女とも言えるで奇抜な格好と合わさり神秘的な雰囲気を醸し出せば尚更である。
そんな2者が真っ先に訪れたのが市場で換金所を開いている店だった。
「いらっしゃい。見たとこ外国の方のようだが、換金かい?」
「ああ、これを貨幣に換金してくれ」
カレンは興味無い様子で背後でリリーを撫でている。シドが主人に差し出したのは色とりどりに輝く宝石が10個程と決して露店市場で出回るような品ではない。主人が目を丸くしながらも鑑定する。
「どれも本物で混ざりの無い品だが、宝石の換金となると手数料が結構かかるがいいのかい?」
貨幣同士なら他国の品でも多少の手数料で済むが宝石の場合は税も掛かって手数料が高くなる。
この世界では魔法はあるが錬金術は無く、金や宝石の練成などといった奇跡は存在しない。
当然錬金術のある国では金の練成等はご法度で重罪だが国民でもない2者には関係なかった。
「構わんよ。これから露店で色々買い物する予定だからできれば細かい貨幣を大目に頼む」
「了解でさ、こちらも銀貨が多いほうが助かるんでね。―――っと、合わせて金貨825枚と銀貨1260枚、それに銅貨1100枚だが、これでいいかい?」
「ああそれで換金を頼む。それにしても大勢の客だな、首都だからこれぐらいが当たり前なのか?」
其々の硬貨袋を受け取り懐に仕舞うとシドは先程から気になってた事を口にする。
「いつも賑やかだが6日後には2年ぶりの闘技大会開催だからな、普段より賑わってるぜ。あんたもそれだけ逞しいんだから参加してみたらどうだい? 運が好けりゃ白風のアイリス様を拝めるかもしれないぜ」
受け取った宝石を磨きながらシドとの世間話に花を咲かす主人だが、シドは闘技大会に興味が沸かず、適当に相槌を打って礼をいい店を後にする。
「金が手に入った。この国の物価はまだ知らんがこれだけあれば当面は不自由しないだろう」
不自由もなにも家を建てれる額だ、シャルマーユでの通貨価値はこの通り
銅貨 市井の中でも最も出回ってる比較的身分の低い地域で使用される貨幣
銀貨 市井でちょっとした大きい買い物ではまずこの銀貨が使用される貨幣 銅貨30枚分
金貨 市井での最も価値のある貨幣 銀貨50枚分
白金貨 国交で使用される特殊な金貨で市井にはまず出回らない 金貨100枚分
農民の平均給金が銅貨600枚 市民の平均給金が銀貨30枚 兵士の給金でも銀貨50枚である
「それより面白い話してたじゃない? 闘技大会とやらに参加しないの?」
「昔の俺なら興味も沸いただろうが、今は興味無いな」
「そう。久しぶりにシドの格好いい所が拝めると思ったのに、残念ね」
「―――参加するぞ」
惚れた女にいい所を見せようと努力するシドにカレンは「そう」とだけ言って腕を絡めて露店巡りに移る。
カレンとシドが仲良く腕を組み、寄り添いながら露店巡りを満喫しているとふと、カレンがある商品を手に取り眺める。
これで2つ目だ、商人に代金として銀貨15枚を手渡しその品を受け取る。見た目は何の変哲もなく、細工もされてないありふれた銀の指輪だ。
「それも神器か?」
「ええ、これは水の神の加護があるみたいね」
カレンが解説したあと興味を無くしたのかぞんざいにシドに渡す。
神器、文字通り神の力の宿った器でその力と価値は計り知れない。歴史書に載る物から価値を知られず二束三文で扱われる品まで様々ある。今日この市場を巡っただけで2つ目の神器を発掘した2者だが、是が非でも欲した訳ではない。ただ偶然そこに神器が二束三文であったから買ってみただけで、買ったはいいものの売るつもりも飾って眺める趣味も2者にはなく、宝物室に放り込むだけだ。
「名前だけ聞けば凄そうだな。さっきの首飾りも冥界の神の加護だったか? どっちもなにかしらの効果があるんだろ?」
少し前に露店を見てるとカレンが小声で「あっ」と漏らしたのでどうしたのか聞いたところショーケースの隅に飾られてる首飾りが神器だと言うので、銀貨20枚と神器に対しては二束三文だったのでとりあえず買ってみた品だ。
「首飾りは呪いと即死系魔法の無効化で、指輪は水を聖水に変質させたり水属性の魔法の強化といったところね。どっちも私達には無縁だわ」
「確かにあまり興味のある物でもないな」
効果を聞いて完全に興味を無くしたシドは空腹には堪える、肉の焼ける良い匂いに釣られて屋台に足を向ける。
「いらっしゃい! 猪肉の焼き串だよ、1本銅貨5枚だけどお兄さんの彼女さん美人だから2本で銅貨9枚にまけとくよ!」
「自慢の妻だからな! 4本貰おう」
「はいよ! 奥さんだったか羨ましいねぇ、毎度あり」
受け取った一本をカレンに渡し、2本をほぐしリリーに食べさせ、自分も噛り付く。
「思ったよりずっと旨いな」
「ええ、シンプルだけど香草が効いてて美味しいわね」
2者の食べ歩きはまだまだ続く。
「どうやらここのようだ」
シドが立ち止まった店は建物自体は年季があるが手入れが行き届いており、清楚な店で土地屋の看板が掲げられている。
リリーを外に待たせ2者で店の中に入って行く。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいませ。新居のお探しでしょうか?」
「いや家は自前で用意するから土地だけ探している」
「土地だけ―――で御座いますか? 勿論可能ですがどれぐらいの面積を希望ですか?」
男女で訪れる以上新居探しと勘ぐったが、シドの注文に驚きつつも対応する
「商業区かその近くで、でれきば治安のいい場所に500m四方の敷地を探してるんだが」
「ご、、500?! そ、それほどの規模となると商業区に1つだけになりますが御座います。今から実地に案内できますがどうされますか?」
シドの要望にいよいよ素っ頓狂な声を出す店主、500m四方ともなれば中流貴族の屋敷が立つ規模だ。女性の出で立ちから貴族と予想していたがこれは間違いなく貴族と確信した店主は久々の上客に興奮し、この客を逃すまいと慌てて対応する。
「案内は不要だ、場所だけ教えてくれ。それで幾らだ?」
「は、、、はぁ・・・金貨700枚になりますが」
「これでいいな」
場所も確認せず金貨700枚という大金をポンと出すシドに世間知らずの貴族の買い物と判断し、下手に突くのはトラブルの元と判断し、黙々と手続きを済ませる。
こうして旅行中の滞在地を確保したカレンとシド。
空が夕日で茜色になる頃。
露店も店仕舞いで少なくなってきた折にシドが雑貨店で足を止める。
「カレン。この飾り、似合うんじゃないか?」
2者は見慣れない品を手に取り眺める、竹の棒を中心に鮮やかな色合いの紙が囲っており興味を引かれた。
「ねぇ、これはなにかしら?」
「いらっしゃい。それは北の商人から買い付けた珍しい一品で、こうやって拡げると綺麗な柄が浮かぶんですよ」
商人が竹の棒のろくろを弄ると1m近くの見事な柄が表示された。青と白を基調に紫陽花と蝶の柄が目立つカレン好みの装飾品だ。
「これは、投擲を防ぐ防具か? だが紙の防具なんてあるか・・?」
「なんでも雨や日差しを防ぐ道具で傘と言うらしいんですが、片手が塞がれるから実用性が今一で―――でも柄が綺麗でしょ? 飾り用に人気がありますよ。お嬢さんにぴったり似合うでしょうし如何です?」
シドの呟きに商人が売り文句を畳み掛ける。北方の珍しい品物で好事家に高値で売れると思い買い込んだものの、紙の見た目ですぐ壊れる消耗品と不評で買い手がつかず、露店に並べた一品だった。
「貰うわ」
「おお、お目が高い。そちら今も人気で値上がりしてる品でして―――金貨8枚ぐらいから交渉したいのですが」
商人の目論見は2者にも丸分かりだったが、カレンが気に入れば買うのは決まりだ。シドは面倒な交渉を省くため金貨10枚を商人に手渡す。
「これでいいか?」
「おおお! 勿論でございます! 有難う御座いました!」
露店を後にした2者。早速傘を差すカレンを見て余程気に入ったのかとシドも気分を良くしカレンを眺める。
「・・・変かしら?」
シドの視線が気になり立ち止まってシドに尋ねる。
「いや、カレンに似合ってて綺麗だぞ」
「そう、あんたが持って」
傘をシドに持たせ、シドの腕に絡み体重を寄せる。
「しかしこの傘だったか? 紙製だから雨が降ったら台無しになるんじゃないか?」
「不懐と永続化の魔法施したから槍が降っても跳ね返すわよ」
どうやら相当この傘を気に入ったらしい。
今日の探索を終えた2者は昼間に購入した土地に赴く。
商業区の中央にあるだけあって、兵士の見回りもあって治安も問題無さそうだ。シドが立地を確認しているとカレンの魔法が行使され、空き地に見慣れた風景が並ぶ。 庭園に噴水、桜の木々に囲まれるように2者の屋敷がシャルマーユの地に転移した。
旅行の間の宿はどうするか相談した結果である。当然周りは突然の屋敷の出現に騒然となり大混乱を招いたが2者は我関せずだった。
リリーを休ませ、カレン作の渾身の夕餉に舌鼓を打った後は雑談に興じる。
「この世界にも妖精は存在しないのか?」
「いえ、この世界には妖精が存在するけど、この国は比較的安全だろうけど妖精には厳しい世界ね」
焼き菓子が消えていく辺りにカレンが手を沿え、目に見えない妖精に言い聞かせる。
「なら食材の買出しは俺がやろう。この先の予定だが6日後の闘技大会は参加するとして、明日は南にあるルルア渓谷に行って見ないか? 険しくて中々人が寄り付かないが絶景らしいぞ」
「いいわね。エスコートよろしくね」
「おう! 任せてくれ」
この旅行はカレンの突発的な提案で始まったが、ドラゴンはシド自身の為だが、シドはカレンに綺麗な風情を楽しんで欲しいと願っていた。市場での買い物の最中に情報を聞き込んでみたがドラゴンはこの辺りでは存在を確認されておらず不明だが、南の渓谷の情報は入ったのでまずは其処に行って見る事に。
翌日、妖精にお土産を約束し、2者はリリーに騎乗してルルア渓谷に向かう。
不老不死とカレンの魔法により身体能力上昇を永続付与されたリリーは空を駆ける事が可能になったが、今回の旅行は風情を楽しむ事が主なのでゆったりと地を走行させる。首都の南口で通行手続きを済ませ南に20km程にあるルルア渓谷に向かう。
「聞いた話だと常に雪が降り積もって景色が良く、珍しい薬草や香草が群生してるらしい。険しい山道だから人の出入りも殆ど無いらしいから打って付けだな」
シドの胸の中でシドに寄り添いながらカレンが「それは楽しみね」と期待を寄せシドも2者で良い眺めを楽しめると興奮を胸にリリーを走らせる。
ルルア渓谷の入り口に立った2者はその絢爛華麗な山々に圧倒される。見渡す限りの山々で頭頂部は雪化粧されており、鳥の鳴き声に微かだが水の流れる音も聞こえてくる。
「これは―――確かに静観だな」
「ええ、早く奥へ進みましょう」
渓谷に入って直ぐ、獣道すら消え青々しい花々や薬草に囲まれ目の保養になりながら登山していく、人の出入りが殆ど無い為、凶暴な野生の獣が非常に多いのだがカレンの魔法により獣は寄ってこない。
「これは錬金術に使える薬草のようだな」
「クルスの草ね、魔法にも用途があって一時的な身体能力上昇の効果があるから需要が多いわよ」
道中で見かけた薬草の数々だけでも一稼ぎできるが2者は群生地を荒らさず、眺めるだけで先を進む。
「確かに人の手が入って無いようだな、眺めのいい所を探して休憩しよう」
薬草の群生地を抜け小山の山頂付近まできた2人はリリーから降りて景色を眺める。自分達の星は神秘的な幻想で彩られるがここから見える風景は光焔万丈で絶景としか言いようが無かった。
「凄いわね。滝に色鮮やかな花畑に雪が幻想的だわ。私の星にも雪を降らせようかしら」
目の肥えたカレンですら圧倒されるその光景にふと思いついた事を口に出し、シドがその光景を想像し、素晴らしいと同意する。
「それはいい案だな! だが今はこのひと時を楽しもうじゃないか」
シドが時空掌握から一本の蒸留酒と今朝作っておいた肴を取り出しこの景色を眺めながらの一杯を楽しむ。
「乾杯」
互いに寄り添いながらコップを鳴らす。
2者の胸にはこの一時に感謝し、これからもこのような絶景を2者で眺めたいとの思いが占めていた。
風情を一通り楽しんだ2者は山頂からの帰り道、来た道とまた違う所を進んでいると、突然リリーが大きく嘶き、カレンが顔しかめる。
リリーとカレンの様子から厄介事と察したシドは警戒するも特に変わった様子は見られない。
「っ、折角の旅行にとんだ横槍ね。この先で人間の小競り合いが起きてるわ」
カレンが憎憎しげに指差す方向を動体視力上昇を行使して眺めると確かに煙が微かに上がっている。こんな難所で人の、それも争い等想像し難いが現に煙が見えるので確かだろう。折角の楽しい旅行の最中で争いなど御免とシドは踵を返そうとする。
「人間同士の争いだろう? 気にせず帰る―――っ!」
シドの台詞の途中、煙の上がってる方向から弓矢が斜め上から飛んでくるのを察知して咄嗟に槍で弾く。
「気が変わった、蹴散らすぞ」
シド以上に察しのいいカレンなら余裕で跳ね除けるだろうが、それでもカレンに矢を向けた事に怒りが湧き起こり煙の方角へリリーを走らせる。




