九幕 救うべきもの
「すみません、ちょっとお話しがあるのですが」
ぶっきらぼうな対応をする男に三人と自分の事情を話していく。
「あー、そうかい。じゃあアンタらはこれを持って奴隷商店へ行け。奴隷商に近日中に手続きを踏むように伝えろ。で…、アンタなんだが、イーギスから来たって?入国したのはカルバナンか?」
内心ドキドキしながらそうだと答えると
「じゃあ入国の手続きもやり直さんといかんなあ。アンタはまず騎士団の詰所にいきな。そこで事情を説明すれば入国許可証を発行してもらえるだろう。それをもって商人ギルドでカードを再発行してもらえ。じゃねえと捕まるぞ。金だけでも持っててよかったな!」
意外にも懇切丁寧に教えてくれた。商人のそれなりに良い身なりが幸いしたのかもしれない。
丁寧にお礼を言うとようやく街に入れた。
出自が嘘なだけに場合によってはひと悶着あるかもしれない…。いざとなったら逃げだす準備が必要かも。あとで何か模索してみよう。
内門を出ると騒々しい音が聞こえてきた。数日ぶりに聞く街の喧騒が少し落ち着かない。
宿や店の呼び込み、行商人らしき物売りや屋台がそこかしこに開かれている。
突然のにぎやかさに圧倒されていると、マギーが声をかけてきた。
「では私達はこれで、本当にここまでありがとうございました。おかげで生き延びる事ができました。」
「ありがとう若旦那様」
「ありがとう…」
皆どこか寂しそうに見えた、のはうぬぼれかな。
渡していた装備や道具を返してきたので、持っていっていいと言ったが、どうせ取られるだけだからと断られた。
「奴隷商の所まで一緒に歩かない?」
未練がましく誘ってしまった。
近くの屋台で何かの肉串焼きが売っていたので人数分買って渡す。猫達は嬉しそうに頬張っている。マギーはどこか浮かない表情のように見えた。
黒パンに肉がサンドされたものやら食べ物がなくなると目についた端から買っていった。
徐々に近づく別れの時に抗うように話をした。
どんな料理が好きか?
マギー、肉と野菜を甘辛く炒めた物
ソマリ、大きな焼き魚
ベリア、鶏の肉
どんな色のどんな服が着たい?
マギー、水色のシルク
ソマリ、赤の人間の女の子が着ている上下一体のやつ
ベリア、黒で硬そうな冒険者のようなやつ
どこでも行けるとしたら?
マギー、海の見える街
ソマリ、故郷、亜人達が住む西の大陸
ベリア、ソマリと同じ
いくつか道を曲がって、いかにもと言わんばかりの、いかがわしい様子の店が多くなってくる。
その一角に一際大きい屋敷があり、屈強そうな男たちがたむろしている。
「こちらは奴隷商のお屋敷ですか?」
後ろの三人をちらと見て、何かを差し出せと言わんばかりに手を出した。…何だ?金か?
俺が逡巡していると、腰からナイフを抜き去った。刀身を見て感嘆の口笛を鳴らすと、何も言わず屋敷の方へアゴを動かした、通っていいという事のようだ。
ナイフ、パクらないでくれよ。
「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」
屋敷に入ると初老に近いだろうか、身なりのいい白髪混じりの腰の低そうな男性がすぐに応対してきた。
「彼女たちはここに移送されてくる予定だったそうです。主人だった者が盗賊に襲われ、運良く生き延びたところを私が保護してここに連れてきたのです。」
マギーが手紙を渡す。
男は中身を確かめ
「…ふむ、これはこれは、何とお礼を申し上げたらよいか…、当店の〈商品〉を保護して頂きまして、誠にありがとうございました。ただ今主人が参りますので少々お待ちください。」
恭しく頭を下げ、満面の笑みでそう告げた。
どこか、迷惑そうな印象があった。
しばらくすると、絵に描いたような金持ちルックの男性が奥から現れた。
何となく不機嫌そうだ。
先ほどの初老の男も両手で盆を持って後ろに立っている。
盆には小さな麻袋がちょこんと乗っかっている。
金持ちルックが俺の前にやってくると、軽く頭を下げ
「この度はありがとうございました、ワモンと申します。」
「レンジ・シンジョーと申します。旅すがら商人の勉強をさせて頂いています。」
それは素晴らしいですな、などと言っているが声に興味のなさが現れている。
ワモンが、初老の男に目配せすると、男は俺の前に進み出て頭を下げながら盆を差し出した。
「少ないですがお礼でございます。お納めください。」
ゆっくりと両方の手で盆から取った。
チャリと音を立てて中のコインが鳴った。
中身を確かめる事はせず、大事そうに両手で持ち
「ありがとうございます、ワモン様」
と、笑顔を作った。礼儀としてはそれほど外れてはいなかったようだ。
「あいにく来客中なので私はこれで失礼しますが、よろしければ当店をご覧になっていってください。お気に召した奴隷がいれば何なりとこのジャスにお申し付けください。」
では…と言って軽く頭を下げ、また店の奥へと歩いて行った。
ジャスという初老の男が手を上げると向こうにいた屈強な男達の一人が近寄ってきた。
「奴隷達をつれていけ」
屈強な男はうなずくと、三人にむかって手招きした。
三人はまっすぐ歩き出した。
残念だがどうしようもなく、見送っているとベリアが立ち止り振り向いた。
俺が笑顔で手を振ると、ベリアも笑顔で手を振ろうとしたが、その顔が苦痛にゆがんだ。
男に髪を掴まれ引っ張られたのだ。
前に突き出されつんのめりながら扉の向こうへ向かっていく。
それを見た瞬間、体が強張り一瞬自分の体が自分の物ではないような感覚に陥った。
鼓動が激しく高鳴り息苦しさを感じた。
自分の胸ぐらを掴み、息を吸う事に意識を集中する。
「どうかしましたかな?ご気分でも?」その声で目を開けるときょとんとしたジャスの顔が目に入った。
「いえ、なんでも…なんでもないです」ほとんど反射的に誤魔化した。
息を整え、ジャスに案内を受けて店の奥へと入っていく。
薄暗い部屋に巨大な檻があり、中に鎖で首を繋がれた人間と亜人の子がいた。
檻には5人の奴隷がいた。
順々に紹介を受けていく。
一人目・人間の女の子で12歳・主だったスキルはなし・売値は金貨80枚
二人目・人間の男性で28歳・元7等冒険者で多少の戦闘経験あり魔法は使えない・売値は金貨200枚
三人目・人間の男性で41歳・元5等冒険者で戦闘経験あり魔法も低級レベル・売値は金貨280枚
四人目・【犬人】の女の子で10歳・超嗅覚など亜人スキルあり・売値は金貨120枚
五人目・【鼬人】の男の子で14歳・硬いウロコなど身体的に強く丈夫・売値は金貨180枚
人間の男達は憮然としていたが、子供達は格子越しに不安そうな視線を向けている。
亜人の金額が少し低めなのは何故か聞いたところ、怪訝な顔をしつつも説明してくれた。
労働力として考えると、体力的には優れているものの、やはり差別意識が高いとの事。
亜人自体も、人間を信用しておらず隷属の首輪で縛れるとしても関係が築きにくいとして、売れにくいらしい。
ジャスに礼を述べ、「今は手持ちがないので、もしかしたらまた寄らせてもらいます。」と言って店を出た。
帰りに男がナイフを返してくれた。無言で受け取り振り返らず店を後にした。
三人と通った道と別の道を歩いて行くと川に行き当たる。
そこに架かる橋の中腹あたりで立ち止まり、しばらく川を見下ろしていた。
ワモンに貰ったお礼を袋から出してみた。
金貨が5枚手の平でずっしりと重く、そして鈍く輝いている。
それをなんとなく手の平でもて遊びながらさっきのジャスの説明から試算してみた。
猫達はおそらく一人当たり金貨100枚ほどにはなるだろう。
マギーは元4等冒険者と言っていたし魔法も使えるようだったから300枚ほどにはなるのではなかろうか。
合わせて金貨500枚以上にはなる。しかも元の主人はいないわけだから下手をしたら丸儲けってやつだろう。その礼がこれか。
「ケチくせーの…。」
何の感情もなく呟いた。
ただ思い出していた。数日の中でお互いの境遇に同情しあい寄り添っていた三人。
再会した時の嬉しそうな涙や、シチューや目玉焼きをほおばる時の幸せそうな顔。
森や道々での何気ない会話や別れ際の寂しさ、そんな事を。
この世界に来て数日、ただ適応する事に必死で事態に流されていただけだった。
凄いスキルを持っていても、魔王を倒すわけでもなし、世界を危機から救うわけでもなし、強くなる事に意味はなかった。
この世界にどう向かい合ったらいいのか、ありていに言ってわからなかったし、無理に干渉する気もなかった。いつ元の世界に戻る事になるかもわからなかったからだ。
酷く歪んだ社会である事だけは理解できた。そして自分の力をどう使ったらいいか、も。
少なくとも一つの考えが頭を支配していた。
いつの間にか手を強く握りしめていたようで、金貨がひしゃげて折れ曲がっている。
ふっと可笑しくなり、それらを川に投げ捨て、少し笑った。そして振り返った。
まず最初に行かなければならない所に向かった。
位置はわかっていた。