七幕 商人と冒険者
三人が再会を喜び合う様子を微笑ましく眺めながめていた。
いやー、可愛くてずっと見ていられるなー、本当に三人とも無事でよかったよ。
はじめは投げっぱなしに異世界に放り出されてどうなることかと思っていたけど、早速こんな癒しイベントができて幸先いいわ。
マギーさんの反応を見るにちょっと色々ギャップが激しくて非常識な事をやってるっぽいから、少し考えないと街に行ったらまずいな。
とりあえず絨毯や結界の事は内緒にしてもらおう。
「二人とも、お腹すいてる?朝ごはん食べたら街へ行こうってマギーさんと話してたんだけどさ。」
そう声をかけると尻尾がブンブン振れる。
「昨日のシチューで悪いけど、いいかな?」
「いい!」
「シチュー美味しい!」
勢いよくうなずく、どうやら好きみたいだな。
飲み物にオレンジジュースを出す。
自分とマギーの分も注いで渡す。
「こ、これは…。」
マギーがジュースを一口飲んでまた驚いている。
「あはは…。」笑ってごまかす。
二人が獣と化して食事に夢中になっている間にマギーに話しかける。
「ちなみに憲兵さんに報告したあとはどうなるの?」
不思議そうにジュースを眺めるマギーがハッと顔を上げて説明してくれた。
「三人とも新しい主人の元へ移送される途中だったので今は主人がいない状態ですが、手続き上は新しい主人が決まっています。主人替えの手続きが終わるまで奴隷商の元で待機する事になると思います。」
「にゃああ、おいひいぃぃ、はふはふ」
時折聞こえる猫のような歓喜の声に思考を奪われつつ。
「そういえばそうだったね。新しい主人の人の事は聞かされているの?」
「マテールで手広く商いを行う商会という話です、移送されていた他の奴隷の何人かは同じ行き先だったようです。」
「へえ、どんな事をするんだろうね?」
「さあ、詳しく聞かされていませんが、他の奴隷の話では荷物の整理や運搬だそうです、倉庫の移転や増築などがあり人手がいるそうです。私は戦闘系のスキルを多少身につけているので警護などもあるかもしれません。」
そっかあ、と軽い相槌を打ちながら、ふと猫達の満足そうな視線に気づいた。
「もう食べたの?」
跡形もなく平らげられた食器を片づけ始める。
おかわりを勧めてもよかったが、この後結構歩く事になるだろうし、あまり入れすぎない方がいいだろう。
他のキャンプ道具も順々にアイテムボックスにしまっていく。生活感のあった拠点が自然の一部に戻った。
「便利ですね…!」マギーが感嘆の声を上げる。
手ぶらに近い状態だが、水袋とナイフは腰に下げた。
できれば盗賊達に出食わさずに街に入りたい所だが…。
「マギーさんは元冒険者って事は戦えるのかな?」
「はい、元は4等でした。剣や槍を扱います。」
「オーケー、もし盗賊達に見つかったらこれで応戦してくれ。穂先に麻痺の薬が塗ってあるから気を付けて。擦れば痺れて動けなくなる。」
4等がどういう事かわからないが、マギーに木の槍を渡した。
「麻痺の薬…。凄い、、ありがとうございます」
「そして…君達はこれだ。」
猫達には麻袋に入れた麻痺玉を渡した。
「この玉をぶつけると麻痺して動けなくなる。でも戦闘は俺たちに任せて、それはいざとなったら使ってね。」
猫達が宝物でも受け取るかのように恭しく受け取った。
「「はい!」」揃った元気な返事が可愛い。
「じゃあ出発しよう。」
森の中、草をかき分け歩きながら改めて三人のステータスを見た。
・マーガレット ヴァレール
レベル:17
年齢:25歳
職業:奴隷(主人なし)
スキル:剣術Lv3 槍術Lv2 体術Lv3 土属性魔法Lv1
・ソマリ
レベル:6
種族:猫人
年齢:9歳
職業:奴隷(主人なし)
スキル:聞き耳 猫の目 猫の爪
・ベリア
レベル:4
種族:猫人
年齢:7歳
職業:奴隷(主人なし)
スキル:聞き耳 猫の目
盗賊達のレベルは一番高い者で22だったが、三人が逃げる際、マギーは丸腰で二人倒したらしいから単純に数値だけで強弱が決まるのではないのかも。
…だとすれば引っかかる事があるが、今はそれより重要な事がある。
俺のレベルは高すぎだ。間違いなく。
これはいずれ下げておいた方がいいな、念のため街に入って安全が確保されてからにしよう。
このステータス表示だが、三人が何も言ってこないところを見ると、やはりスキルによるものだろう。彼女達には見えていないんだ。しかしスキルを持っている人間が他にいないとも限らない。誰かに見られる前に何とかしないと…。
あ、待てよ…。それなら…
検索《ステータス 偽装》
あったあった。
まんまだ。[奥義書:ステータス偽装]
使用するとステータス画面が二つ並んだ。
左には本来のステータス、右は未入力だ。
右側の各項目を埋めていく。
・レンジ/シンジョー
レベル:8
年齢:21歳
職業:商人
スキル:〔アイテムボックス〕
こんなところか。
これならレベルはそのままでもいいかも。
便利ィー♪
ふと、猫達が立ち止まった
「あっちから音」と、ソマリ
慌てて探知を見る。生成に気を取られ過ぎた。
範囲が狭いままだった。
慌てて範囲を広げると、120mほど先に敵を示す光点が3つ。
昨晩のうちに通り過ぎたか…、今の所、動きはない。
「迂回しよう」一様にうなずく。
危ないところだった。
ソマリのおかげだ。流石に耳がいいな。
「ありがとう」礼を言って頭を撫でる。
ソマリが照れくさそうに笑った。可愛い。
念のため俺も広範囲の探知で街までの様子を探ってみる。
光点の沢山集まった場所がある。15kmほど先だ。
これが街か。
その手前、俺たちのいる森に盗賊達、それといくつかの魔物が見えた。
また、街道沿いにもいくつかの光点があった。
街道には魔物と【商人】と【冒険者】がいて、今は止まっているが奴隷商とかでないなら合流した方がいい気がする。
ちなみに一緒にいる三人は首に痛々しい首輪をつけられている。
こんなもので一体何を縛らなければならないというのか。
ちょうど街道へ向かって迂回していたので商人達のいる方へ三人を誘導しつつ歩いた。
しばらく進むとひらけた空間が多くなり、木が少なくなってきた。
しかし元々一本一本が太いので、身を隠すには充分だ。
「あっちにも、人間いるよ」
ソマリがいち早く商人達を察知した。
「少し考えがあるんだ、隠れて様子を見よう」
そう言って三人を促す。
更に進むと街道が見えてきた。
商人達がいた、ヒョウのような獣の群れと交戦中だ。
・ジャングルパンサー
レベル12
種族:魔獣
攻撃力:35
防御力:18
体力:70
スキル〔噛みつき〕〔牙攻撃〕〔連携攻撃〕
前に3匹、後ろに5匹だ。
馬車の上に商人らしき男、そのすぐ近くに木の棒を持った、奴隷風の男。
馬車の前方で馬を守るように剣を持った傭兵らしき男、後ろでは座り込んでいる女を守るように男と女が槍で魔獣を牽制している。
レベルは前の男が一番高く13だ。
「みんなはここにいて」
三人ともうなずく。
森の中を走りながら麻痺玉と、投げ網を生成し、馬車の前側、男と挟む形で魔獣の後に出た。
すぐさま駆け寄り投げ網を投げる。一匹は気づいて咄嗟に飛びのいたが二匹は見事にかかった。飛びの いた一匹も続けて投げた麻痺玉がクリーンヒットした。
「助太刀します!」男に言いながら後ろ側へ駆け抜ける。
網にかかった二匹は男の敵ではないだろう。
後ろ側に着くなり、麻痺玉を投げつける。ヒット。
もう一発。ヒット
さらに、もう一発。ハズレ
さすがに警戒され、距離をとられる。短剣を抜くがどう考えてもリーチが足らない。
しばらく押し引き合っている内に、前側の魔獣を始末した男が加勢に来た。
分が悪くなった魔獣が街道を引き換えし、逃げて行った。
「助かったよ、ありがとう」
前にいた男が剣を鞘に戻しながら礼を言った。
「いえ、たまたま通りかかったもので。」
「アリシア!大丈夫?!」
女の一人が足を押さえている、結構な出血だ。
「こいつぁ酷い…。畜生!魔獣どもめ!」
「ともかくこれで縛るんだ、街にいけばなんとか…。」
三人が傷ついた女性を囲んで手当している。
商人らしき男がおりてきて、近づきながら声をかけてくる。
「いやあ、危ない所を助かりました!ありがとうございます、宝石商を営むジスタールと申します。すみませんが失礼を。」
簡単に礼を述べ頭を下げると、怪我をしたアリシアさんとやらに向き直り
「どうだ?」と他の面々と話している。
「足の腱をやられているみてえだ。」
「ここではどうもできまい。荷台に乗せてともかく街へ急ごう。」
話がまとまったみたいで男達がアリシアさんを荷台に乗せている。
「ごめん…。お姉ちゃん、みんな…。」アリシアさんが朦朧としながら謝っている。
もう一人の女と姉妹のようだ。
それを見ているジスタールに話しかける。
「マテールの街へ行くのですか?」
「ええ、ディストアからの帰り道なのです。彼らは警護の冒険者でパーティ『スティーラー』。で、こっちは私の奴隷です。」
「申し遅れました、レンジ・シンジョーと申します。よければ同行させて頂けますか?ご迷惑はおかけしませんので。連れを置いてきたので呼んでもいいですか?」
了承を得ると、三人の方へ手を振った。すぐに森から三人の姿が見えた。
三人を待っている間、アリシアさんに渡そうと上級ポーションをアイテムボックスから取り出した。
一瞬まずいかとも思ったが、出血がひどく見ていられない。街までまだかなりの距離があるし、かなり酷く噛まれていて膝から下はかなり腫れている。
苦しそうに呻いている。まだ若い…見た目は10代ぐらいだ。
お姉さんの方に差し出しながら
「彼女、アリシアさんでしたね?これを使ってください。傷に効くはずです。」
差し出されたものを見て、
「こ、これは…ポーション?!いいのですか?」
「ええ、どうぞ。」
「ありがてえ、これで街までもつぜ!よかったなアリシア」
「ありがとうレンジさん。代金は街についたら支払うよ」
「いえいえ、お金なんていりませんよ。困った時はお互い様です」
そう言うと、皆驚き顔で「太っ腹だぜ!」だの「お若いのに立派ですな」だの言っている。
ん?街までもつ?あのぐらいの傷なら治ると思うんだけど…。
まさかと思った時には遅かった
「さ、アリシア飲んで」
半分を傷にかけ、口につけて飲ませているところだ。
すると傷口がにわかに輝き出し、みるみる傷が塞がっていく。
「え?」
「ん?」
「お?」
皆その様を何とも言わず眺めている。
治った本人も、「…え?あれ?痛くない…、動くっ!動くよ!」と驚いている。
立ち上がるアリシアを見て皆驚愕の声を上げた。
「わああ!」
「な、なにっ!」
「痛くないのか?!」
驚いてジスタールがアリシアの傷のあった足を確かめる。
「そんな、あれだけの傷が瞬時に治るだなんて…。レンジ殿、もしやあのポーションは[低級]ではなく、[中級]…、いや、[上級]以上の物では…?」
全員が真顔で俺の顔を見る。
「え~っと、どう、だった、かな?多分そんな感じのやつで…」
皆一様に顔を見合わせつつ
「「「ええええええ~~~っ!!!」」」
驚愕の大合唱にようやく走りついた事情を知らない猫達が飛びあがって驚いた。