表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

五幕 猫の尻尾は正直者

 ソマリは振り返らずにベリアの腕を引き川を渡った。

 マギーに言われた通り月を背にまっすぐ。


 彼女との出会いを思い出していた。


 数日前別の主人の元に連れて行かれることになった時に知り合った人間だ。

 そこにいた何人かの奴隷の中で亜人は自分達姉弟だけだった。


 奴隷商から二日ぶりに与えてもらった黒パンを他の人間奴隷に取られてしまったのを助けてくれた。

 他の人間達が見て見ぬふりをする中、自分よりも大きな男に堂々とした態度で、

「返しなよ、体がでかかろうと小さかろうと腹が減るのは皆同じだよ、自分の分はあるだろう」


 と言って、掴みかかろうとした男を投げ飛ばした。

 皆が呆気にとられる中、パンをべリアに渡してくれた。

「はい、また取られる前に食べて」


 揉め事の罰として馬車を降ろされ繋がれて歩いていた間も心配する私達に笑顔で片目をつむって見せてくれた。

 悪者に襲われた時も奴隷達を檻から出し、悪者を二人も倒して逃がしてくれた。

 怖くて動けない自分を抱えあげて、つまづいたベリアを庇って矢を射かけられても、森へ逃げてくれた。



 だがもう二度と会う事は無い。


「ベリア! 泣かないで! 急がないと。」


 ソマリがベリアの手を引く。言葉も【猫人】のものに戻っている。

 川の水に濡れて自分自身も涙を流している事には気づいていない。


「ヒッ…、ヒグッ…、マギー…」


「早く森に入らないと…。」


 川向こうの森の中で松明の明かりが光った気がした。二人は再び走り出した。

 手に何も握っていなければ四足歩行の方が素早く走れる。



 森に入って少し走ると、急激に目に違和感を感じた。

 明かり一つ無かったはずの所が急に明るくなったのだ。


 完全に〔猫の目〕になっていたので突然の出来事に目が眩んでしまった。

 二人とも立ち止まる。

「やあ、こんばんは!」


 突然の声に二人とも猫よろしく飛び上がった。

 垂直跳び1メートル以上は飛んでいる。


 ベリアは飛んだ拍子に木の枝に思い切り頭を打ち付けてしまって、うずくまってしまった。

 ソマリもまだ視力が回復しておらず、声の正体を探している。


「驚かせてごめんよ、ここには結界が張ってあって灯りが外から見えないんだ。頭は大丈夫?」


「だ、大丈夫…」


 ベリアが頭をさすりながら答える。

 ソマリはようやく声の主を見つけた。

「よかった!言葉は通じてるようだね。俺はレンジ。怪しいものじゃないよ、一応。」


 ソマリは注意深くレンジを観察した。

(悪者達とは『かっこう』が違う、けど…)


 お互いに少し混乱が収まったところで

 この三日間ほとんど何も口にしていない二匹の獣の嗅覚を暖かい湯気が貫いた。

 濃厚なクリームシチューの香りである。


 猫達の警戒心はあっという間に食欲に塗り替えられてしまった。

 二人して匂いの発信源の方向に鼻の先と尻尾の先が流れて向いている様を見てレンジは吹き出してしまった。


「ブッ!あはははは!」緊張していた分、ツボに入ってしまった。


 猫達はといえば驚いたように、レンジを見つめた。爆笑するレンジを見て少し弛緩したが

 すぐに大声がまずいことを思い出した。

「シッ!シーッ!!」

「大きく声、だめ!」


 ひとしきり笑ったレンジが理由を聞いた。

 ソマリは信用しないまでも、これまでの事情をかいつまんで話した。


「じゃあマギーさんは今もそこに?」


 ソマリはうなずいた。

 ベリアは俯いたままだ。


「そうか…すぐに迎えに行こう。ここに連れてくれば大丈夫だから。」


 二人はよく理解できなかった。

 この人間は話を聞いていなかったのだろうか?

 人間は宙を見つめ何やら考えている様子だった。



 訝しむ視線を向けられている当の本人はといえば、その視線には気付かず生成画面を開いていた。

 生成しているのは寝転がった人間と、3人が座れる程の広さがある絨毯である。

 レンジは二人とはまるで別のある考えがあった。


 目的の物が出来上がると

「珍しい物があるんだ。」と言いながらテントの中で見えないように生成する。


 その一際大きな絨毯を二人の前に広げた。


 移動部分が面倒だったので構想だけは練っていて生成も途中までは作っていた物だ。

 操作のイメージを決めかねていたのだ。

 アイテムジェネレイトの履歴一覧から呼び出す。

「これはね、空を飛ぶ絨毯だよ。さ、乗った乗った。」


 完全に白い目で見る二人を納得させる為にとりあえず一人で乗ってみせた。操作は付属の水晶で行う。とりあえず浮かんでみせた。フワフワと絨毯が空中に浮上すると

「わあっ!飛んだ!」

「すごいや!魔法だ!」


 などと、期待以上の反応を見せてくれた。

「これでマギーさんを連れてこよう。この結界に連れてきたら新しい結界を張って誰にも見つからないようにするんだ。その盗賊達もいずれ諦めると思うよ。」


 二人はよくわかっていないらしく顔を見合わせるが、向き直り何度も首を縦に振る。

「さ、乗って、案内してね」



 絨毯の操作はぶっつけ本番だったが上手くいった。

 とりあえず機能としては簡単な上昇下降、直進と方向転換だけ。


 本当は目的地を設定して自動航行したり、障害物を避けたり、姿を見えなくしたりとか色々つけたいのだが複雑な調整が必要だった。ヒマを見ていじくろう。


 森の上空まで上がり一気に川を越えた。高度は木よりも少し高い程度だ。

 それでも猫達は驚愕の表情で下をキョロキョロと見下ろしている。


 俺の服を力いっぱい掴んでるところがまた可愛い。


 キャンプの場所から直線距離にすれば500mほどだ。

「あの大きいシズの木の下」


 シズの木がどれかはわからなかったが確かに誰かがいる。

 探知に『マーガレット・ヴァレール』と出ている。

 ソマリの指す大きな木の根元に着陸していく。


 ステータスの状態が『瀕死』になっている。


 探知の範囲を広げると森の向こうに三人の盗賊達も確認した。

 動く様子はない。ゆっくりと下降していく。


 木の虚にもたれかかり気を失っている女性を見るなり二人が絨毯を飛び降り駆け寄った。

 二人とも大分焦っていたが、落ち着かせ絨毯に乗せた。


 結界へ戻ると先に治療に入った。

 まずはこの矢だ。

 触れながらアイテムボックスへしまってみた。

 成功だ。

 矢だけが消失した。


 俺の後ろから覗き込んでいた、猫達が感嘆の声を上げている。

 俺は次に先に作っておいた、[上級ポーション]を傷口に振りかけていく。すると、淡い光を発してみるみる傷口が塞がっていく。大した効果だ。


 猫達は抱き合って喜んでいる。


 しかし、おそらくこれだけではダメだろう。

 ソマリの話しでは矢傷を負ってから丸半日経っている。賢明にも抜かずにいたおかげで出血は少なかったものの、化膿からくる菌がまわり発熱が続いて、体力は失われている。


 元々体力が低下している所にこの負担だ。

 自然な治癒力には期待できない、たとえば強める手段が必要だろう…。



 検索≪自然治癒力 強化≫



 ポーションの類が上位にあるが、いずれも飲む前提だ。



 検索≪自然治癒力 強化 範囲≫



 いくらか絞り込まれたようだ。

「…これかな。」



[増幅の魔法陣(布)]

 対象:魔法陣上の者

 効果:魔法陣上にいる対象に対して付加の能力を高める。



 魔法陣らしきものが描かれた布があった。

 これに[付加:自然治癒力向上]を付与する。


 布団の上にこの魔法陣を敷いて寝かせてみると魔法陣が体の下でほのかに輝いている。

 熱もあるし風通しのいい外がいいだろう。あとは生命力に期待するしかない。

 ステータスは衰弱となっていた。

「瀕死よりはマシか…。」


 猫達を振り返り、おおよその処置を説明し、あとは目を覚ますのを待つよう言った。

 胸の前で手を握り合わせ、何度もお礼を言う。可愛い…。


 次に結界石を強化する。

 これは元々見つけていたのですぐに生成した。


 結界内に立ち入ろうとしても無意識に別の方向へそれて行ってしまう結界だ。

 これで見つかる心配はない。


 そう告げると、猫達は涙を流し抱きついてきた。

 泣きやむまで頭を撫でてやった。モフモフしてて最高。

「さあ、お腹がすいているだろう。ご飯にしよう。」


 二人の食器を生成し、先ほどのシチューをアイテムボックスから取り出すと、途端に猫達のお腹が合唱を奏でだした。


 皿によそるのを食い入るように見つめている。

 自分の前におかれた芳しく香り立つシチューと俺の顔を交互に見つめる。食べ始めないので

「食べていいよ」


 そう言うと同時に勢いよく食べ始める。

「まだ少し熱いから気をつけて」


 余程空腹だったのだろう、一心不乱に食べていく。目が人間と同じ瞳から鋭い猫の目になっている。

 自分も食べながら猫達を見ていた。

 やがて皿が空っぽになるのを見て声をかけた。

「おかわりいるかい?」


 二人とも大きくうなずいて皿を差し出す。

 満面の笑みを浮かべながら涙を流していた。

 肉を多めによそって渡してやる。

「美味しい…、こんな美味しいスープ初めて」


 でしょうね。その様子じゃ。


「好きなだけ食べていいよ、水も好きに飲んでね」


「ありがと、ありがと、若旦那様」とベリア


「マギーも、美味しいスープも、ありがと、優しい若旦那様」


 ほぼ号泣だ…。

 きっと大変だったんだろう。


 満足した様子の猫達にテントの中に布団を引いてやり、ゆっくり休むように言った。

 マギーの事を心配そうに見ていたが、俺が見ておくからと、中に入れた。


 コーヒーセットを生成して目を覚ましつつ明日の朝食の材料や備品などを生成して、漆黒の闇が白むのを待った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ