三幕 初めての野営
どうやらこの辺りには脅威になるような魔物はいないようだ。
気の毒だが少し訓練に付き合ってもらおう。
アングリーブルの死体をアイテムボックスに回収した俺は、魔物を見つける事ができる物はないかと思い、検索ワードでスキルの奥義書なるものを見つけ敵を探知する能力を身に着けていた。
この奥義書、生成するとアイテムボックスに入れられ使用を選択すると、頭の中に情報が流れ込みそのスキルが使用できる感覚が生まれる。
まるで何度も繰り返し練習した特技のように。
探知能力の効果欄には害ある物の存在場所を示す。と表示されていた。
ソナーのような画面にいくつか光点があり、光点に意識を向けるとステータスを見る事ができた。
範囲は50mほどで光点までの距離が表示されている。
その光点を頼りに何回か戦闘を試みた。
結論…、レベルはこの森なら充分に高くなんとかやれそうだ。
初めはビビッていたが徐々に落ち着いて対峙できるようになるとどの魔物も動きがのろく見え、簡単に背後に回る事もできた。
(実際は相手が遅いのではなく自分が早すぎるのだろう)
これならおおむね安全だ、と思うことにする。
気が付くと大分暗くなってしまった、仕方ないので今日はここで野宿だ。
腹も減ってきた。
野営の準備をしよう。
実は少しワクワクしてきていた。
都会育ちの俺はキャンプをした事がなく、ひそかに憧れていたのだ。
用具の使い方やテントの立て方の動画を見てはいつか道具を揃えてやってみようと夢想していた。
半分野宿の覚悟を決めていた俺は戦闘訓練を行う過程で川を見つけ、近くの少し開けた場所にちょうどいいスペースを見つけていた。
「まずはテントかな」
検索してみると様々な形のテントが並ぶ。
大きい物は設営が大変そうだけど、窮屈なのは嫌なのでそれなりに大き目のテントを生成、立てるのに一苦労したが勉強していたかいもあって何とか立てられた。
ロッキングチェアを外に設置して、火起こしの準備を始める。
原始的な火起こし器もあるが、[魔法の松明]という物があったので試してみる。
[魔法の松明]
効果:魔力を流すと先端の宝玉が炎を宿す。
備考:炎は一定時間が経過するか、水をかけるまで消えないが燃え移った炎は他の火と同様に消える。
魔力に関しては試していないが、これこそという確信があった、体をめぐる何かの感覚が。
生成した見た目は松明というより杖、ロッドだ。
美しい銀色の金属の先端に赤い宝石が付いていて、試してみると難なく火が付いた、それこそバカでかいライターでも使うかのように、ごく簡単に。
文明の利器に囲まれて育った都会インドア派紳士?である俺には自然物だけで暮らすのはとても無理だ、火ひとつおこせやしない。
他に虫よけや姿くらましの結界など、一通り寝床の準備が整った所で食事の準備を始めた。
明日ももう少しここを拠点に準備をしたいと思っていたので少し多めに作ろう。
キャンプといったらカレーだ。
BBQコンロに少し大きめの鍋や食器類を生成していく。
さすがにこの森で仕留めてアイテムボックスにしまってある動物を加工する気力はないので、肉や野菜も生成したものだ。
肉や野菜を炒めていく、水は川の水を使おうかとも考えたが検索にとんでもないアイテムがあるのでせっかくなので生成しておく。
[無限の水袋]
容量:800ml
付与:消費感知
付与:水生成
備考:流れ出た分の水を生成し、常に800mlを保つ
これで煮込んでルーを入れたら完成だ。
そして、何と言っても米だ。
炊飯器もあるが電源式なので使えない。
ここは土鍋で炊く。
出来上がるまで温かい飲み物でも入れていよう。
「考えてみたらとんでもない状況だな…。」
ゆずの皮が漬かった蜂蜜をお湯に溶かし、飲みながら今の自分の置かれている状況を考えてみた。
昼間はこの森に適応するのに必死でそれどころではなかったのだ。
憶えている限りでは明日は平日だ、仕事は無断欠勤となるだろう。
同僚、上司はもちろんのこと、家族、友人、誰とも連絡がつかない。
「失踪扱い、だよなこれって…。いつ帰れるともわからないし」
言葉とは裏腹に心は安らいでいた。携帯電話が鳴らないだけでこうも違うものか。
抱えていた仕事の悩み、人間関係のしがらみから解放され、自然に囲まれていると頭が軽くなりとても穏やかな気持ちになった。
火の暖かさを感じながら、腹も満ち、こんな異常な状況であるにも関わらず心地よい眠気を感じた。
テントの中で泥のように眠った。
もう何年も忘れていた、深い眠りだった。