十八幕 ヴァネイル騎士団
「ねえ、食べ物くれるってほんと?」
昨日西街で開いていた露天と同じ位置に数人の子供達が集まっていた。
子供とは言っても十代半ばほど、体格は立派に大人並みの子もいる。
「はい、好きなだけ食べてよ」
途端に大きな歓声があがった。
今日もここで大判振る舞いの炊き出しを行う予定だったが今日はグリザリス卿の元に行かなければならなくなってしまった。
ジスタールとの約束の前、少しの時間で露天を開いていたがそろそろ行かないと。
「ねえ君達、ちょっと相談があるんだけど、いいかな」
両手にホットドッグを持って夢中で食べている子供が向き直り、ふんふんとうなずく。
「夕方くらいまで店番を頼めないかな? それまでに売り上げたお金は全部君達にあげる。材料はこれ、全部使っていいから、おなかがすいたら自分たちも焼いて食べたらいい。」
アイテムボックスから木箱詰めのパンとソーセージと鍋に入れたソースを山ほど出す。
突然の提案に固まっていたが、にわかに理解を始めて喉に詰まりそうになりながら一人が口を開いた。
「そ、それ、ほんとにいいの? 俺達、その、あの」
あまりに一方的な提案にどう言葉にしていいかわからない様子だった。
「お金を払わない人からは無理にとる必要はないし、子供にはタダであげていい。というか君達と同じ亜人からはお金を取る必要はないよ。払う人からだけ貰ったらいい」
「そ、それじゃアンタが丸損じゃないか、商売する気あ…」
言いかけて周りでむさぼり食べている仲間たちを見回して、真意に気づいた。
「アンタはじめっから商売する気なんて…」
「どうだい? やってもらえるかな? 夕方までには戻れると思うんだけど」
「もちろんさ、やらないわけないよ」
「助かるよ! お肉はよく焼いてね。じゃああとよろしく」
自分が掛けていたエプロンを亜人の子に掛けて、頭をワシャワシャ撫でさせて頂く。
そろそろお昼の時間帯、どこの露店も忙しくなってくる頃だ。
浮足立った人々の流れに逆らうように、ジスタールの元に向かった。
「ふむ、丁度いいようですな、息子の物で申し訳ないがこれならば明日の宴席に着て行っても、おかしくはないでしょう」
「すみません、着るものの事を考えていませんでした」
「いえ、いいんですよ。これぐらいの事、気にしないでください、今から買い揃えるとなると、調整が間に合わないかもしれませんし」
息子さんに借りた服を整えながら笑いかける。
分厚い生地に金の帯や細かい刺繍の施された上掛けなど煌びやかで、どうにも落ち着かない。
だがせっかくの好意だし、生成しようにもこの世界のドレスコードも何もわからないので助かった。
「では早速参りましょう、卿の宿泊場所はこの街一番の宿です」
グリザリス伯爵の宿泊先は街の北東部で、ジスタールの宝石店がある東部より更に閑静で、立派な建物が並び、人の往来よりも馬車の交通が多くなった。
初めてジスタールと出会った時の荷馬車とは違い、豪華で馭者台の後ろに個室が設えてある。
狭くてとても長時間は乗っていられない。
「乗り心地は悪くありませんか?」
エスパーのようにジスタールが気遣ってくれる。
「え、ええ、あまりこの形の馬車には乗り慣れてなくて。でも面白いです」
「はっはっは、そうですか。私も普段は健康の為に歩くようにしているので、馬車は乗らないのですが、あの宿は馬車でないと入れませんから」
「凄い宿なんですね」
「ええ、卿のお気に入りの宿でしてな。ディストアの街にもこれ程の宿はありません。しかし、泊まる客も限られますから、経営者としてはやや面白みに欠けるというか…」
ジスタールも宿を経営している事を思い出した。
「ジスタールさんの宿も立派ですが、親しみやすい雰囲気がありますよね。」
「そうですか! はっはっは、それは良かった。それをモットーにやっておりますからな!」
パッと明るい表情に変わり、得意になっている。
宿の経営の話を始めると、饒舌に色々と話してくれた。宝石商から宿の経営に至った理由。
経営難に陥っていた大衆宿兼自宅の買い取り、改築、改装。それから従業員の確保、既存競合との差別化、ブランディング…などなど、元いた世界の商業と基本的な考え方は同じだ。
「買い取った宿の経営者は昔馴染みの女おかみでしてな。若くして創業者の夫に先立たれ、気丈にも後を継いで頑張っていましたが、商いの経験もなく助けてくれる者も少なく、客が離れていくのは時間の問題でした。しかし半分人助けではありましたが、今では買い取って良かったと思っています。投資した分はまだ取り戻せていませんが、不肖の息子に譲るまでには一つの財産となっているでしょう」
「そうだったんですか…でもジスタールさんは理想の父親ですね」
「いやいや、あれには商いの事ばかり仕込んでしまって、少し割り切った考え方をする人間に育ててしまいました。あの歳でまだ独身ですし」
グサリ、と胸に刺さる想いを噛み殺しつつ、苦笑いしているとゆっくりと馬車が止まった。
「旦那様、到着しました。検閲がございますので宜しいでしょうか?」
外から馭者の声がしてジスタールが扉を開く。
外には男女が2人こうべを垂れて立っていた。
馬車の先に大きな門があり、その奥には背の高い塀に囲まれる城のような館がある。
「ようこそお越しくださいました。私、当館の受付でダリアスと申します。宜しければご用件を承ります」
「どうもありがとうございます、宿泊のジンベルト・ユリアン様とお会いする事になっております、ジスタールと申します」
「…そのようなお客様はお泊まりではありません」
固まったような笑顔をたたえていた男が、笑顔こそ保っていたが目から柔らかさが消え、明らかに警戒した雰囲気を醸し出して答えた。
「ではテルナ・ハミルトン様はご宿泊でしょうか?」
「かしこまりました、確認して参ります」
男が外壁の扉の奥へ消えていき、しばらくして戻ってきた。
「お待たせいたしました、ご案内いたします。その前に簡単にお持ち物を拝見させて頂けますでしょうか?」
馬車から降り服の下を調べられる。
女性の担当なのだろうか、女は立ったまま男が調べるのを見ている。
ボディーチェックが済み再び馬車に乗ると
重々しく門が開き、進み始めた。
「先程のやり取りはグリザリス卿に面会したい者のために用意された暗号です。出席者だけにそれぞれ違った暗号名が用意されています。ちなみに本来はここに知人が泊まっていたとしても中に通されての面会はできません」
確かに厳重な警備だ。これなら気にいるのもうなずける。
やっと宿の正面にたどり着くと、中から鎧姿だがどこか優雅さのある3人がこちらに歩いてきているのが見えた。
近くまでやって来ると、真ん中のスラリとした印象の男が話しかけてきた。
「あなたがジスタール殿か?」
「はい、突然申し訳ございません、急ぎどうしてもお伝えしたい事がございまして」
「すまないが主人に代わり、私ヴァネイル騎士団、青剣長ヴィスパが承る。よろしいか?」
「はい、構いません」
「では、こちらで」
ロビー部分の一角に衝立で囲われた席がいくつかある。今は誰も使っていない。
「さて、連絡では急な話しがあるという事だったが?」
「はい、この度の宴席について、お耳に入れておかなければならぬ情報を入手したのです。今回の事はこちらの方が直接見聞きしました」
そう言うとジスタールがレンジを見つめた、同時に男の視線も向いた。
軽く息をつき、何から話し始めるか思案して、とりあえず挨拶から始める事にした。
「はじめまして、レンジ・シンジョーと言います」