十七幕 フリー露天
森の泉亭に戻ると、ジスタールの使いが来ており伯爵の到着が2日後を予定していて、3日後の昼に宴席があると。
それまでやる事もそんなにないので、昨日の西街の様子を鑑みて、いわゆる[炊き出し]をする事にした。とは言えスープ類では色々とややこしいので、西街の出店に近いものが良いと思う。
思いついたのはホットドッグ。
これなら現実的でいいんじゃなかろうか。
と、言うわけで生成した露店をこうして変装して構えているわけだ。通行人から、ちらほらと興味のありそうな視線を感じるので、早速作り始める。と言ってもあらかじめパンとソーセージは大量に生成してアイテムボックスにしまってあるから、取り出して鉄板で炙るだけ。
玉ねぎとケチャップを炒めたソースを脇に置いておいて、出来上がったホットドッグにかければ完成だ。3分~4分あれば出来上がる。
当然出来上がっているホットドッグも検索の中にある、ただ調理している所を見せた方が印象がいいと思ったからだ。
良い匂いはしているはずだが、初めて出る露店なのでちょっと敬遠されている。
用意に手間取って露天を開く頃にはお昼を少し過ぎてしまった。
「さあさ、美味しいよー、安いよー、イーギス伝来のホットドッグ、一つ銅貨一枚だよー。」
「何、銅貨一枚だと?!」
「良い匂いじゃないか!」
「結構綺麗な露店だぜ。」
などと、口々に言いながら群がってくる。
金額設定は相場の半分くらい。
「一つくれ。」
冒険者風の人間が買いに来た。
「はい、まいど〜。」
ソーセージとパンを焼き始める
「お代はそこの箱に入れておいてください。」
露店の客側には木製の箱が付けられている。
お金を入れるとカコンと、音がなる。
「はい、お待ちど〜。熱いから気をつけて。」
ガブリと齧り付く、ホットドッグの食い方は万国共通だ。
「コイツァうめえ! この腸詰め、絶品だぜ! 何の肉だ?」
「へへ、それは内緒さ。」
一人美味しそうに食べてると、堰を切ったように皆買い始めた。
「俺にも一つ!」
「こっちは二つ!」
街に出ている出店より美味しい事は調査済みなので、安くしてしまえば売れる事はわかっていた。
今回のキモはこの支払いシステム。
この箱に入れるというスタイル、簡単に不正が行える。
銅貨を入れるフリをして箱の内側や、既に入っているお金を銅貨で叩いて、あたかも入れたように見せかける方法や、お金の代わりに石を入れても大丈夫だ。
中にはツケにしてくれという輩もいて、実際のところ200個以上売って箱に入っていた銅貨は案の定、17枚。石もゴロゴロ入っていた。
「明日もやるんでお友達を呼んで来てくださいよ。」
買ってくれた亜人皆にそう言っているので明日はもっと来てくれるだろう。
ズルをする悪賢さもなく、お金もないのか遠巻きに見ているだけの子供には手招きしてタダであげた。
夢中で頬張ってとても美味しそうだ。
「明日もおいで。お金はいいから。友達も呼んできて。」
小声で耳打ち。
「いいの?やったあ!ありがとう!」
元よりこの街にいる亜人全員満腹にする勢いでやる所存。スキルの弊害を知ったばかりだけど気にしないスタイルで行く。
気が付くと日が傾きかけていた。
「だいぶ作ったな。それだけ飢えてるって事だろうけど。」
ため息交じりにそう吐き出して、ロッキングチェアに腰掛ける。
「俺も休憩にするか。」
昼から休みなく焼き続けてハラペコだ。
ホットドッグではなく、亜人の露店でケバブ風の物を買って道路脇に寄って頬張る。
何気なく、周囲の人の数を見ようとして、探知画面を開くと[マーキング]した人間がいた。
ジャス・リンドー
「確か奴隷商ワモンの使用人…。何人かと建物の中にいるけど…。」
一緒にいる数人のステータスが「盗賊」になっている。
「…ちょっと覗いてみるか。」
辺りを見回して誰も見てない確認して路地へ。アイテムボックスから取り出す。
[姿くらましの外套]
被るとどういう仕組みか外套に隠れていない手や足も見えなくなった。
「これマントじゃなくていいんじゃ…?」
そんな事はスルーして、思い切り地面を蹴って路地の建物の屋上へ跳躍。
彼らのいる建物まで屋上を飛び移っていく。
マントを被って姿は見えなくても、足音はするしおそらく息遣いや気配も感じられるので周辺からはこっそりと近づいていく、人気のない通りに誰もいない建物が乱立している。
(廃墟みたいだな、人の住んでる痕跡もないし。)
その建物の一つに彼らはいた。
仲のいい友達、という雰囲気ではない。声の聞こえる柱の陰まで抜き足差し足、近づいて身を潜め耳をそばだてる。
「成功報酬は?」
「一人100枚だ。」
「ふざけてやがる。」
「なあアンタ、誰をやろうとしてるか本当にわかってるのか?」
「そう言うがここまでの事にも金を注ぎ込んでいるんだぞ、お前らは待ち伏せして実行、あとは逃げるだけ。それにこれだけ払おうと言うのだ、不足はあるまい。」
ジャスたちは金額の事でしばらく揉めていたが
どうやらジャスに分があるようだった。
「では150だ、それでいいな?決行は明後日、合図で一斉にだぞ。」
「わかってるよ。」
「先に行け、時間をおいてから出る。」
男達三人が出て行く、勿論マーキングしておく。
一人残ったジャスはあの時とは似ても似つかない冷たい目で彼らが出て行くのを見送っていた。
ふいに口元を醜く歪ませて、短く吐き捨てるように笑った。
「馬鹿者どもめ…。」
しばらく窓から外を覗いていたが、やがてそろそろと建物を後にした。
「決行が明後日、伯爵との宴席のある日…、偶然って事はないよね。知らせておこう。」
外に出るとあたりは陰湿なほど、暗くなっていた。
「うーん、確かにそれは怪しいですなあ。少なくとも卿の護衛には知らせておくべきでしょう。」
「すみません、ついた時から聞こえた話はそれだけで…、グリザリス伯爵に何かあるかどうか、確信は…。」
「十分、警戒に値する話ですよ、当日街ではこの親睦会以外に催しもほとんどありません。場所や詳細に関しては参加者の中でも限られた者にしか通達されていません。場所が知られているかもしれないなら、漏れてるとみて警戒すべきだ。」
閉店後のジスタール宝石店で温かい葡萄酒を飲みながら、ゆったりとしたソファにもたれかかり昨日の事を報告していた。
「しかし、思い切った事をするものです。グリザリス卿には熟練の警護が付いています。暗殺など、まず不可能です。普段から厳重に警戒されているのですから。」
「それだけ厳重な警備をしていて、暗殺、かどうかわかりませんが危害を加える事が難しいなら、やっぱり違うのかも…?」
「そうですなあ、何か特別な手段を持っているのか、ともかく今わかっている情報を伝えましょう。あとはグリザリス卿が判断されるでしょう。実は昨日からある場所に宿泊なさっています。明日一緒に行きませんか?」
「えっ? いいんですか?」
「ええ、レンジ殿なら問題ありません。グリザリス卿に直接お会いする事はないでしょう。警護の者にご説明頂きたいのです。」
「わかりました、では明日またまいります。」