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十一幕 『森の泉亭』にて

 『森の泉亭』はすこぶる盛況だった。一階が受付兼、食事処になっているようで、面食らう程賑わっていた。


 途中、ジスタールの宿も外から覗いてみたが、大きな洋館をそのまま宿にしたような、高級そうな見た目で静かだった。


 うって変わって『森の泉亭』はまさに民衆向けと言った雰囲気だ。


 ジスタールの宿に泊めてもらってもよかったが、誰かと呑みたい気分でもあったから、『スティーラー』に奢ってもらおうと思い立ったのだ。


 部屋を取ろうと受付に向かうも受付には誰もいなかった。しばらく店の中を見渡しつつカウンターの前で待っていると、トレーに皿を乗せたエプロン姿の女性が声をかけてきた。


「お客さん! お泊りですか? ちょっと待っててくださいね。コレ置いてくるから!」


 忙しそうにそう言い奥へ入っていき、すぐに戻ってきてカウンターの裏側へまわる。

「ごめんなさい、お店の方もやってるから。お一人様ですか?」


「ええ、空いてますか?」


「運がよかったですね! 最後の一部屋ですよ。ただ、一番高い部屋になっちゃいますけど。」


「いいですよ、おいくらですか?」


「一泊銀貨2枚と銅貨5枚。朝食と夕食付だと銀貨3枚。」


 とりあえず3日分として銀貨9枚を支払う。

「ありがとう! これ部屋の鍵です! もう夕食はないけど、簡単な物なら出せますよ!」


「じゃあ、頂きます。それと風呂ってあります?」


「まさか! そんな上等な物ないですよ。裏手に井戸があるから、そこで水浴びできますよ」


 み、水浴びか…。さすがにそれは嫌だな。

「じゃあそこで食事頂きます。」


 と言って、後ろを指さす。

「はーい、持っていきますね!」そういうと元気よく奥へ駆けていった。


 空いている席はないかと店内をちょっと歩いていると、大柄な男に呼び止められた。

『スティーラー』のリーダー、ウィルソンだ。


「レンジさん! やっと来たか、待ってたぜ! こっち来なよ。皆で飲んでるんだ。」


 そう言って指さした先に見覚えのある面々が座ったテーブルがあった。

 俺に気づくとアリシアとルーゼの姉妹が駆け寄ってきた。

「レンジさん! 来たんだね! 今ちょうどアンタの話をしてたトコだよー!」


「また会えて嬉しいです! 今こうして歩けるのも本当にレンジさんのおかげです…。」


 二人とも両の手をガッチリ握りしめてテーブルに引っ張りながら飛びっきりの笑顔を向ける。

 ルーゼの方はだいぶ出来上がってるようだ。

 テーブルには他にも何人かの客が座っていた。

「こいつらは冒険者仲間でたまたまマテールに来てたんだ。」


 槍使いのリアスが手を挙げながらウィンクした。俺も手を挙げて合わせる。

「よお、英雄の凱旋ってとこだな! パーティ『スティングラー』のマロイだ、よろしくな」


 強そうな大柄の男たちが木のコップを持ち上げて歓迎してくれた。

「さあ、座ってくれ、今日はレンジさんが主役だぜ! 俺達の奢りだ! ジャンジャン飲んでくれ! はっはっは!」


 苦笑いしながら杯を掲げる。

 明日ジスタールと約束があるし、そんな遅くまでドンチャンできないぞ。

「レンジさんのお陰で依頼失敗しなくて済んだんだぜ。」


「そうなんですね。それは良かった。」


「そうよ、こうして呑んでいられるのもレンジさんのお陰さ」


 ルーゼが艶っぽく口元を釣り上げウインクする。

「随分上等なポーションだって話しじゃねえか。大したもんだぜ。」


「金にうるさい商人にしては珍しいよな。」


「アンタら、レンジさんをそんじょそこらのボンクラ商人と一緒にしちゃいけないよ。なんたって、自分の商品を全部盗まれた直後に奴隷を三人も保護して、知り合いでもない商人や冒険者の為に魔物と戦って、あれだけ上等なものをポーンと使って、おまけに何の要求もしないなんて! とても出来る事じゃないよ。」


言われてみると確かに聖人じみた行動かも。


 ルーゼはそうまくし立てながら、杯を持って俺の席まで近づいてきて、長椅子を跨ぐように俺の方に体を向けて座った。


「改めて妹を助けてもらったお礼をさせてもらうよ。」そう言ってぐいと近づいて腕を抱いてくる。嬉しい感触を腕に感じた。


 男達は指笛を吹き、からかうようにはやし立てた。

「も、もう充分お礼を頂いたよ。」杯を掲げて、ルーゼの持っている杯に当てる。


「洒落た事するじゃないさ。」


 いっそう強く腕を組まれてしまった。

 もう放っておこう。

「ところで皆さんに聞きたいんだけど、盗賊ってどんな人間がやるものなのかな?」


「盗賊って、レンジさんの連れてた奴隷の元主人を襲ったっていうやつらか?」


 ウィルソンが応えた。

「そう、何か思いつく事はあるかな。」


 うーん、どうだろうな、と誰も心当たりはないようだ。

「まあ、盗賊なんて余程の事がなければやらねえからな。相当な金を貰ったか、いずれにしろもうこの辺にはいないだろ。」


 マロイだ。


「そうなのかな?」


「ああ、商人や冒険者をやってるんだろ?捕まれば極刑間違いなしだ。どれだけ金を握らせても犯罪奴隷になって、人生終わりよ。」


 そうなのか…。


 盗賊達のステータスを見た時から何となく感じていたことだが、冒険者の護衛が付いている奴隷商を襲うという事自体に違和感を感じていた。リスクの割に見入りが少ないんじゃないかと。


 警戒している相手を襲うのだから、返り討ちに遭う事もあるわけだ。しかも今の話だと、失敗や露呈はほぼ破滅を意味する。となると、〔強盗〕ではなく、〔暗殺〕と見るべきか。


 と、考えていると先程の宿の女性が料理を持ってきてくれた。


 いったん考えるのはやめよう。



 夕方に露店を巡ってまあまあ食べてたので、それほど空腹ではなかったが、こっちの世界の料理はできるだけ色々な物を食べて見る事にしていた。金額感を養うためにも必要だ。

 元の世界の食べ物はいつでも食べられるし。


「あれ、見ない顔だったけど皆の知り合いだったの?」


「今日、街道でな」


「命の恩人なのよ」


 そしてまた、目の前で自分の話じゃないような英雄譚が語られる…。こうして噂が広がっていくんだなあ、と他人事のように思いながら、ルーゼに微妙に解放されている間、遅い夕食に取りかかった。


 夕食はスープとパンだけだった。

 パンはライ麦パンのような黒いパンでそのまま食べるには固すぎた。

 スープはつみれのような物が入った野菜スープだった。

 随分質素だが時間外なので仕方ない。


 ウィルソンに礼を言って部屋に戻った。終始俺に抱き付いていたルーゼが席を立った隙に戻ったのはちょっと悪かったかもしれないけど、やる事がいくつかあったから仕方ない。

長くなってしまったので二つに分けました。

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