第43話 消えゆく組織
「はぁ!? Bランクモンスターどころか、Aランクモンスターの素材まであるじゃねぇか!! う、嘘だろ!?」
持っていたマジックバッグから、防具作成のための素材を取り出してたオレを見て、ライリーさんは目が飛び出るほど驚いている。
オレ達がスラムのために動くことと並行して、ライリーさんは防具の作成をしてくれることになった。
今までオレ達が狩った魔物の中で、防具の素材になるものは確保してあったので、それを全てライリーさんに預けることにしたのだ。
「ライリーさんが扱ったことのない素材の処理の仕方については、この紙に書いておきました」
あらかじめ用意しておいた紙を手渡す。
ライリーさんは震える手でそれを受け取った。
「こ、これは…。試してみねぇと確かなことは言えねぇが、適当に書いたとも思えねぇ内容だな…。それに、なんで俺が扱ったことない素材を知ってる? お前、何者なんだ?」
知識があるからこそ、書いてある処理の仕方に納得がいったのだろう。
ライリーさんはゴクリと喉を鳴らして、問いかけてきた。
「スルティア学園、1年のセイ・ワトスン。よろしく、ライリーさん」
オレに続いて、全員がライリーさんに自己紹介をした。
「さて、防具作成についてはライリーさんに任せよう。オレ達は約束どおり、スラムを救う。ただその前に、みんなに話しておきたいことがあるんだ」
ライリーさんの、店とも言えないようなボロボロの店を出てすぐ、オレはみんなにそう切り出した。
「何よ。どうしたの? 改まって」
ネリーが両手を腰に当てて、オレの顔をのぞきこんだ。
ちょっ、少し近くない? まぁ、いいけど…。
思ったよりもネリーの顔が近くにきて、ちょっと照れくさくなった。
「他の誰にも聞かれたくない大事な話だから、ティア、ちょっとダンジョン造ってくれない? 後でスラム救うためにも使うから」
オレはちょっとだけ焦りながら、スルティアに話を振った。
とはいえ、スルティアがダンジョンを造れる話も誰にも聞かれたくない話だから、オレ達以外には聞こえないように消音の魔法は使っているけれど。
「えらい簡単に言ってくれるのぉ。同時に2つのダンジョンを維持するなど、やったことないんじゃが。まぁ、感覚的には、できる気がするがのぉ」
スルティアは少し自信なさげだが、絶対にできる。
アカシャができるって言うんだから、間違いない。
「大丈夫。ティアならできるって。1部屋だけの、単純な地下洞窟でいいんだ。広さだけ、300人くらい入るようにしてくれ」
オレはスルティアに注文をつけた。
「うむ。分かった。やってみよう」
物は試しといった感じで返事をしたスルティアは、ライリーさんの店のそばの少し開けた場所に移動して、地面に両手をつけた。
そして、深呼吸をした後に、小さいながらも響く声で発声した。
『ダンジョン生成』
スルティアの両手が光り、ゴゴゴッと鈍い音が響く。
魔法で部屋を作ったって言い訳もできるけど、一応光魔法でオレ達以外には見えないようにしておいた。
外からは、ただスルティアが地面に手を置いたようにしか見えない。
そもそも、今は誰もこちらを見てる者がいないこともアカシャに確認はしたけどな。
突然見るものがいないとも限らない。念のためだ。
「できたぞ。いつでも入れる」
スルティアがこちらに声をかけてきた。
さっそく、オレ達はスルティアが作った地下洞窟への階段を降りた。
「狭いの…。どう考えても300人は入れないの」
降りた先の洞窟は、10畳もないような小部屋だった。
ベイラの言い分はよく分かる。
「慌てるな。これからじゃ。ほれ、『支配者権限』」
スルティアが軽い言い方で言葉を発すると、小部屋の壁が音もなく動き始め、あっという間に広い空間に変わった。
これなら、注文どおり問題なく300人は入れるだろう。
「それで、話したいことって何だい?」
アレクが急かすように聞いてきた。
かなり気になってたみたいだな。
「ああ。ベイラだけは知ってるけど。今まで話してなかった、オレの能力の紹介をしたかったんだ。意思を持つ能力、『アカシャ』という」
オレは仲間全員にアカシャが見え、声も聞けるよう許可を出した。
ずっとオレの左肩の上に座っていたアカシャが、全員の目に映る。
突然現れた、銀髪メイド服の妖精にベイラ以外は驚いている。
「はじめまして。ご主人様の友人達。アカシャと申します。以後お見知りおきを」
アカシャが抑揚のない静かな声で、みんなに自己紹介をした。
いずれ紹介しようと思ってたから、今回はちょうどいい機会だ。
みんなにアカシャのことを説明して、全員でアカシャの能力を十全に活かして今回の事に当たろうと思う。
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オレはスクワード。
ブーブリック組の組長だ。
スラムの約3分の1を支配している。
いずれは目障りなフォニーニ組とユンベール組を潰し、スラムの全てを取り仕切る予定だがな。
今は依頼の報告と打ち合わせのため、王都の高級料理店にやってきている。
秘密を守るため夜を選び、こんな高級店の奥の特別室に別々に集まった。
スラムの犯罪組織のトップであるオレと会っていることがバレればマズい奴らだからな。
もちろんオレも、黒のスーツでビシッと決めて商人のふりをしている。
「例の件の報告ですが、多少痛い目に遭わせても首を縦に振りません。本日も昼に部下を向かわせましたが、邪魔が入り失敗しました。相手が相手だったため、揉めずに引き下がった形です」
テーブルに並ぶ高級料理に手もつけず、報告を行う。
依頼は、スラムに落としたある防具屋を囲って、安く防具を作らせるというものだ。
だが、その防具屋が強情で上手くいっていない。
暴力に屈しない奴は面倒だ。
おまけに、今日の邪魔はオレ達では解決できない最悪のものだ。
その相談が今回のメインである。
「相手が相手? 何者だったのだ?」
青の貴族服を着た白髪混じりの紳士が、高級料理を食らいながら尊大な態度で聞いてくる。
コイツが依頼主。正確には、依頼主の下っ端の下っ端の下っ端くらいの貴族だ。
本当の依頼主、オレ達の組織を作ったと言われる貴族は、どんな貴族かさえ知らされていない。
「スルティア学園の生徒が3名。他に冒険者らしき女が1名。それから、妖精を連れていたと聞いております」
スルティア学園の生徒とは事を構えてはならない。
スラムの者ですら知っている、王都の常識だ。
スルティア学園の生徒3人を敵に回すということは、最悪、依頼主クラスの大貴族を3人敵に回すということになる。
そんなことになれば、依頼主の手にすら負えない。
オレ達の組織など見捨てられるだろう。
絶望しかないスラムで、やっとここまでのし上がったのだ。
絶対にそんな未来はごめんである。
オレは常々、部下たちに口を酸っぱくして言い聞かせていた。
貴族の問題は、貴族に投げるに限る。
依頼主も、それを望んでいるのが幸いだ。
「スルティア学園生か。やっかいだな。何用で来たのだ?」
貴族が確認をしてくる。
防具屋に来たんだから、防具作りに来たに決まってんだろボケェ! と、言いたいところだが、グッとこらえる。
防具を作りに来たと断言はできないからな。
「申し訳ありません。不明です。ただ、防具屋を連れ出さないという約束はいたしました。目的の邪魔をしなければそれでいいと言質もとっております」
オレは部下からの報告をそのまま伝える。
この約束は部下達の手柄だ。
「ふむ。では、その学園生達の用事が済み次第、防具屋を拐え。ついでに、可能であれば学園生の素性も調べておけ。大貴族でさえなければ、押しのけることもできるからな」
貴族が指示を出してきた。
この言葉からも、やはりオレ達の依頼主は大貴族で間違いなさそうだ。
オレは指示通りに行動すると返事をした。
「話はついたようですな。この度は、私めの願いを聞き入れていただき、ありがとうございます」
この場に集まった最後の1人が口を開く。
脂ぎったデブ野郎だ。
王都の防具屋の1人で、依頼主の息がかかった職人ギルドに属しているらしい。
こんな肥え太った手で防具など作れるのかと思うが、今までも似たような手を使って腕のいい職人を囲い込んでいることは知っている。
もはや自分で作ってはいないのだろう。
「うむ。出た利益の上納は忘れるなよ」
依頼主はこのデブの願いを聞き入れる代わりに、今回のことでデブが得る利益の一部を上納金として納めさせることにしているらしい。
オレ達は実行役として依頼主から報酬をもらっている。
いいように使われているのは分かっているが、スラムで真っ当に生きてまともな暮らしをするのは不可能だ。
オレ達は、オレ達が生きるために、何でもやる。
「もちろんでございます。この王都に相応しくない田舎者ですが、腕だけは確か。我が店のブランドで売れば、さぞ儲かることでしょう」
デブは揉み手をしながら、媚びるように言った。
「ふはははは。お主も悪よのぉ」
白髪混じりの貴族が笑う。
クズ野郎共だなと思うが、そんな奴らを利用して生きているオレ達もまた、同じ穴のムジナだ。
会食を終えてスラムのアジトの事務所に戻ると、事務所には部下がたった1人しかいなかった。
夜も遅くなってきたとは言え、いつもならばまだまだ人がいる時間帯だ。
どうなっている?
オレは何やら、異様な雰囲気を感じ取っていた。
「どうした…? なぜ、お前1人しかいないんだ?」
オレは部下に尋ねる。
そいつは、今日例の防具屋に行かせた部下の1人だった。
「お、親父! 分からねぇ…。分からねぇんだ! 外に行った奴らは帰ってこねぇし。ここにいた奴らは、なぜか少しずつ消えていって…」
まだ若い部下は震えていて、話すにつれて段々と声が小さくなっていった。
「消えた? そんなバカなことがあるか。お前、からかわれてるんじゃねぇのか?」
こいつが嘘をついているとは思えないが、目の前で人が消えるなんて、とてもじゃないが信じられん。
組員が、弟分のこいつをからかって隠れているとかじゃないのか?
スラムという環境もあって、組員はみんな家族みたいなもんだ。
ときには、ふざけて弟分をからかうくらいする。
「おう、お前ら。こいつをからかって隠れてるなら、出てこい。お遊びは終わりだ」
オレは事務所を見回しながら、隠れて様子を窺っているかもしれない組員達に声をかけた。
だが、誰も返事をしない。
組長であるオレの命令に逆らう奴は、うちの組にはいない。
「本当に、お前以外は誰もいねぇみたいだな」
オレは若い部下に向き直って、そう言ったが…。
そこに、部下の姿はなかった。
何があった!? 何かが、起こっている!
再び事務所を見回すが、部下の姿は影も形もない。
冷や汗が出てくる。
先ほどの部下の様子も理解できる。
想像もしないような何かが、うちの組に起こっているのだ。
どうする?
何をすればいい?
静まり返った事務所が、オレの思考を鈍らせる。
くそっ。
冷静になれ。
もし、もし本当に、人が消えるとすれば…。
それは…、魔法以外に有り得ないはずだ!
すぐに上に! 依頼主の貴族に報告を!
そう思い、事務所の出口のドアに手をかけた瞬間。
オレの思考は暗転した。




