第42話 ライリー
「さっきの組織の下っ端共も、オレの妨害をしやがった職人ギルドのヤツらだって、全部バックには貴族がいるんだ! このスラムだってそうだ! いつだって貴族はオレ達を苦しめる。許せねぇだろ!?」
話し始めた防具屋の店主は、唾が飛ぶくらい怒涛の勢いで喋り続けた。
よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。
オレは同時進行でアカシャから聞いている情報と照らし合わせながら、店主の話を聞く。
「そうだね。なるほど。あなたを苦しめてきたのは、本を正せば全て貴族ってわけだ」
この店主、ライリーが王都にやってきたとき、その腕を恐れて妨害を始めたのは職人ギルドに属する職人達だった。
しかし、ライリーに素材が渡らないようにするなど、直接の圧力をかけられたのは職人ギルドのバックにいる貴族達の暗躍が大きかったらしい。
貴族達は職人ギルドに所属する職人に便宜を図る代わりに、毎月上納金を徴収しているようだ。
ヤクザのやり口みたいだな。
まぁ、ヤクザがどうやって稼いでるか正確には知らんけど。
スラム街を仕切ってる3つの暴力組織も、バックにはそれぞれ貴族がいる。
貴族が組織を使って、このスラムで不法行為をしているのだ。
さっきのチンピラ達はその組織の一員で、ライリーに無理やり安く防具を作らせて、繋がりのある職人ギルド員の店で高く売って大きく利ざやを稼ごうとしているらしい。
ライリーと似たような境遇の人もスラム街には何人もいて、人によってはスラム街で少しでも金を得られる手段として、喜んで請け負っているようだ。
自分達をスラムに落とした元凶の思う壺だとも知らずに。
いや、知っていてなお、生きるために請け負っている人の方が多いのか。
酷い話だ。
「嘆かわしいのぉ。元々この国の貴族は、暮らしをより豊かにするために民の代表として選ばれた。今の学園内もそうじゃが、それを忘れておる者が多すぎる」
スルティアはライリーの話を聞いて、残念そうにため息を吐く。
「全部が、そんな貴族ばかりじゃないわ」
ネリーの声は悔しさに震え、消えるように小さかった。
「はっ! 民に優しい貴族なんて、ガエル様以外見たこともないね。そのガエル様も、もういない。貴族なんて全部クソだ」
ライリーは耳聡くネリーの声を聞き取って、吐き捨てるように言った。
ここでもガエル・トンプソンの名前が出てくるんだな。
尊敬するよ。
オレは偉大な『貴族の中の貴族』を思って、口角を上げた。
ライリーはそんなオレを、何がおかしいんだと咎めるように睨んできた。
「ごめんごめん。そう睨まないでくれ。さすが、ガエル・トンプソンは凄いって思っただけなんだ。実はね、ガエル様はここにいるネリーのお祖父さんなんだよ」
睨んできたライリーにそう説明すると、彼はネリーの方に目を向けた。
ネリーは複雑そうな顔で、ライリーから目をそらした。
きっと、誇らしい気持ちよりも、自分の力不足を嘆く気持ちの方が強いんだろうな。
ネリーはそういうヤツだ。
「そうか、お前が…。去年、中途半端にここの支援をしようとして、何もできずに逃げ帰った『できそこないの孫』か」
ふて腐れたような言い方で、ライリーはネリーを貶めるような言葉を吐いた。
はぁ!? こいつ、いじけるのも大概にしろよ。
こいつがどんな境遇であれ、善意でやったネリーを貶めていいはずがない。
その言葉に反論しようとオレが口を開く前に、オレの頭の上と隣から凄まじい殺気が発せられた。
頭の上のベイラが風の刃を放ち、ライリーの頬が3箇所ほど裂けた。
直後、ライリーの目の前のカウンターは突進したスルティアによって粉々に砕かれ、片手で首を掴まれたライリーは部屋の壁に磔にされた。
想像以上の事態に、出かかっていた声が止まった。
止めようと思えば止められた2人は、あえて止めなかったけど。
オレもムカついたからね。
「セイ、コイツ殺していい?」
ベイラが怒りに満ちた声で尋ねてきた。
同時にスルティアがライリーの首を掴んでいる手の力を強めたようで、ライリーからは「ひいっ」って怯える叫び声と「ぐえっ」って苦しむ叫び声が聞こえてきた。
そんな姿を見て、少しだけ溜飲が下がる。
オレはベイラの言葉には答えず、ネリーを見た。
ネリーは悲しそうな表情だったが、口を開いた。
「ベイラ、ティア、怒ってくれてありがとう。でも、止めて。この人の言ってることは事実だから。民を傷付けるのは、私が許さない」
決然とした口調だった。
1番怒っていい立場のネリーが言うんだ。オレ達に反論の余地はない。
「だってさ」
オレは少し笑って、あえて少しおどけた調子で2人に声をかける。
ネリーは立派に『貴族の中の貴族』の思想を受け継いでいる。
ただ、ガエル・トンプソンよりはまだ未熟というだけの話だ。
オレは、ネリーの心意気を汲んでやりたいと思う。
2人もそういう気持ちだったのか、ベイラとスルティアの殺気が消えた。
「ネリーがそう言うなら、良い。じゃが、次はないぞ」
スルティアが手を離したことでズルズルと座り込んでむせているライリーを見下ろして言う。
「すまなかった…。つい…。でも、ガエル様だってスラムは救えなかった。それでも、ガエル様は決してオレ達を見捨てたりはしなかった!」
ライリーはネリーに謝りつつも、髭面をクシャクシャに歪めながら言った。
いや、後半はもう叫びだった。
「コイツ、まだ言うの…」
再びベイラから殺気が放たれる。
「だって! 悲しかったんだ!! トンプソン家にまで見放されて! オレ達は何を希望に生きればいい!! ガエル様はな、オレ達を救えなくても、救ってくれてたんだよぉ…」
ライリーは顔をグチャグチャにして泣き叫び、泣き崩れた。
ベイラの殺気が消えていく。
それだけの感情がライリーの言葉にはこもっていた。
ただただ悲しい。それだけが伝わってきた。
ネリーを攻撃するつもりで言った言葉じゃないことは、誰が見ても一目瞭然だった。
ライリーは元々嫌なヤツってわけじゃなかったんだろう。
周りを取り巻く環境が、ライリーをこんな風にしてしまったに違いない。
ライリーのあんまりな様子に、時が止まったように気まずい沈黙が流れる。
ライリーの嗚咽だけが聞こえる、触れがたい空間。
最初に動いたのは、アレクだった。
アレクはライリーの前で片膝をついて、頭を下げた。
「すまない。私も貴族の一員だ。私も私の家も、スラムの現状をずっと見てみぬ振りをしてきた。許せとは言わない。今はそれを恥入るばかりだ」
アレクは貴族として、ズベレフ家として謝った。
中々できることではない。
ただ謝るだけではなく、何かを決意して謝ったことは間違いない。
サファイアのような青い目が、いつも以上に透きとおって見えた。
ネリーもアレクの隣に並び、ライリーの前で同じように片膝をついて頭を下げた。
ネリーは泣いていた。
薄い茶色の目から、とめどなく涙が溢れている。
でも、その表情は慈愛に満ち、かつ凛々しかった。
燃えるような真っ赤な髪が、いつも以上に綺麗だなと思った。
「ごめんなさい。私が未熟だったばかりに、悲しい思いをさせて。あなたの言うとおり、私は去年、何もできなかった。でも、何もできなくても、できることはあったのね…。偉大なお祖父様に誓うわ。今度こそ、私が、あなた達を救ってみせる」
絶対の決意を持ったネリーの感情が、スキルなんかなくともオレにも伝わってきた。
ライリーの嗚咽が酷くなる。
「わ゛、悪がった! 最初からあんたが悪くないことなんて、分がってたんだ。ゔゔ…。勝手に期待して、勝手に失望して…。情けね゛え。『できそこない』なんて言っちまって、すまねぇ…。すまねぇ…」
ライリーは嗚咽混じりの声で、ネリーにすがりつくようにして何度も何度も謝った。
ネリーはライリーの手を取って、優しく微笑んでいる。
オレも、そんなネリー達を見て、1つの決意をした。
『なぁ、アカシャ…。スラム街の住人って、税金払ってるのか?』
『いいえ、払っておりません。そもそも、スラム街の住人は王都の住人とは数えられておりませんので』
『そうか。じゃあ、たぶん何とかなるな…。今から言うこと、可能かどうか精査してくれ』
『お任せください』
アカシャの言葉も、心なしかいつもより気合が入ってるように聞こえるな。
最低限の確認をとったオレは、この場の全員に向かって声をかける。
「なぁ、みんな。オレ達は元々防具を作ってもらいに来ただけだったわけだが。ネリーのリベンジに付き合って、オレ達でスラムを救うって方針に変更でいいか?」
オレは全員に向かって、ニヤッと笑いかけた。
ちょっとこの場の空気は重すぎる。
アレクがスッと立ち上がり、オレの方を向いて口角を上げた。
「君が言わなければ、僕が言おうと思っていたところさ」
ネリーもライリーを助け起こしながら立ち上がって、ライリーと一緒にオレの方を向いた。
ネリーは微妙にオレから目をそらしながら、ちょっと照れたように口を開く。
「夏休み、なくなっちゃうわよ?」
ネリーの言葉に、オレとアレクは顔を見合わせ、軽く笑って肩ををすくめてみせた。
「構うもんか。修行はできる限りやるけどな」
オレは冗談めかしてそう言った。
まぁ、割と本気だけど。
「仕方ないから、付き合ってやるの! その代わりしばらく、ご飯はあたちの好物を要求するの」
ベイラの言葉には、はいはいと返しておく。
素直じゃないねぇ。最初からネリーを手伝う気満々だったくせに。
「それも面白そうじゃの。手伝おう。何ならスラムの住人まとめて、我が学…いや、ワシのところで面倒みても良いぞ」
途中でオレの視線に気付いたスルティアが、ギリギリ我が学園と言わずに踏みとどまった。
スルティアのスキルなら、確かに住居だけなら解決できる。
でも、それで完全に解決できるわけではない。
スラム街ができてしまう原因は、仕事がないからだ。
ガエル・トンプソンがスラムを救えなかった理由も、そこにある。
だから、住居だけ解決しても貧困は解決できない。と、アカシャが言っていた。
「ありがとうティア。でも大丈夫。考えがあるんだ」
仕事は、作れるはずだ。
というか、どうすればまとまった人手を得られるか考えていたので、少し先の話だけど丁度いいとも言える。
「考えがあるって…。本当に、このスラムをどうにかできるって言うのか…? ガエル様でも無理だったんだぞ」
ライリーが、とても信じられないといった様子で話しかけてきた。
「ああ。情報は揃った。オレ達がこのスラム街をまるごと救ってみせる。その代わり、ライリーさんはオレ達の防具制作を頼むよ」
オレはライリーに、交渉にもならないような交渉を持ちかけた。
ライリーは気圧されたように、そんなことでいいならと引き受けてくれた。
もっと情報を駆使した交渉になるかと思ったけど、蓋を開けてみると実にシンプルだったな。
「で、どうするの? スラムを救えるなら、何でもやるわよ」
ネリーが腕を組んで、真剣な目でオレの目を見つめてきた。
「まずは、スラムを仕切ってる3つの組織を潰す。暗躍してる貴族が、もうスラムに手を出せないように徹底的にな。仮に新しい組織を作っても、同じだ」
オレはネリーとみんなに笑いかけた。
『オレ達が得意なのは、本来こういうのだよな』
アカシャにも笑いかける。
はっきり言って、オレとアカシャは戦闘はあまり得意ではない。
アカシャは戦闘特化のスキルではないのだ。
オレが最強になるのは無理だろうとも、はっきり言われている。
『はい。ご主人様と私の前で、暗躍は不可能です』
暗躍や暗殺は、オレとアカシャにとって戦闘とは比べ物にならないほど得意な分野である。