第41話 スラムの防具屋
何だか騒がしいな。
目的地に着いたオレ達だったが、沢山の板を貼り付けただけのような外観の、その店とも言えないようなボロボロの建物からは、怒鳴り声のような音が響いていた。
「どうしたのかな? 揉めてるみたいだけど…」
アレクは少し心配そうだ。
「よく分からないけど、ひとまず入るの」
ベイラは全く物怖じしていない。
オレ達はベイラの意見に頷いて、中に入ることにした。
この状況はアカシャから聞いていない。
マズい状況なら教えてくれるだろうから、特に問題はないはずだ。
中に入ると、店主らしき髭面のおじさんと、数人の若いチンピラっぽい人達が口論をしていた。
「帰れ! オレは絶対に、テメェらなんかに防具を卸したりしねぇ!」
「なんだとこのオヤジ! また痛い目にあわされたいらしいなぁ!」
チンピラの1人がカウンターを蹴飛ばして、店主を威嚇する。
他のチンピラも店主との距離を詰め始めた。
「ねえ! 私達、そのおじさんに用があるんだけど!」
ネリーが一歩前に出て、チンピラ達に向かって大きな声を上げた。
腕を組んで仁王立ちをしたネリーは、少し怒っているように見える。
ネリーは正義感が強いから、チンピラが数人がかりでおじさんを囲んでいることに思うところがあるのかもしれないな。
「ああん!?」
「なっ!? ス、スルティア学園の制服…」
「学園生が、なぜスラムに…」
凄みながら振り返ったチンピラ達は、オレ達が着ている制服を見て固まった。
スルティア学園の生徒は全員が魔法使いのエリートで、戦闘訓練まで受けていることは、王都にいる者なら誰でも知っていることだ。
おまけに、そのほとんどが貴族ということも誰もが知っている。
スルティア学園の生徒と揉めれば、その場でも後でも痛い目を見るというのは王都に暮らす民の共通認識として広まっていた。
「お兄さん達、悪いけどここは僕らの顔を立てて引いてくれないかな?」
オレはビビっている様子のチンピラ達に声をかけた。
これで引いてくれれば良し。引いてくれなければ…。
「わ、分かった。オレ達の用事はまた今度にしよう。だが、これだけ約束してくれ。コイツを連れて行くのはなしだ」
チンピラの1人が条件付きで要求をのむと言う。
突っぱねるのは簡単だけど、元々オレ達の用事は連れて行くことじゃないから、別にいいか。
「分かった。僕らも目的を邪魔されなければ、それでいいんだ」
オレはチンピラに約束した。
邪魔されれば、約束は破るかもしれないことも添えて。
チンピラ達が去っていくのを見て、スルティアが興奮気味に言う。
「おお、学園の名は王都内でずいぶん力を持っておるのじゃのぉ。ワシが頑張ったかいがあったというものじゃ」
うんうんと頷くスルティア。
それを見て、ちょっとほっこりしたオレはクスリと笑った。
「うん。お前はよく頑張ってるよ。ティア」
ティアというのは、外でスルティアを呼ぶ時の偽名だ。
スルティアって名前はあまりにも特別すぎて、勘ぐられかねないからな。
「それで。スルティア学園の生徒が、オレに何の用だ?」
カウンターの中でドカッと椅子に座り込んだ髭面の店主が、ぶっきらぼうに問いかけてきた。
「私達に防具を作って欲しいの!」
ネリーが期待に目を輝かせながら、すぐに答えた。
「嫌だね。貴族に作ってやるものはねぇ」
店主は不機嫌そうにネリーの言葉を切って捨てた。
…あれ?
話が違うぞ。
『アカシャ、どういうこと?』
『申し訳ありません。感情の問題のようです。この男が仕事が無くて困っていることに間違いはありません。我々まで断られるとは、想定しておりませんでした』
なるほど。感情の問題ね。
今回アカシャに聞いた情報は、王都で1番腕のいい防具職人がスラム街にいるということと、仕事がなくて困窮しているということくらいだ。
腕がいいのにどうして仕事がないかというのが気になったので、それも聞いたけれど、よくありそうな話だったので簡単にしか聞いていない。
王都にやってきたものの、職人ギルドに入れてもらうことができなかったせいで仕事にならない。
素材が手に入らず、ろくな物が作れないせいで客がつかない。
腕なら誰にも負けない自信があるようだが、そもそも比べてもらうこともできない。
自分で素材を取りに行く力もない。
自分より腕が悪い職人の下働きや弟子になどなるつもりはない。
こんな感じで、スラムで暮らすしかないほどに落ちぶれたらしい。
アカシャから聞いたからには事実で間違いないけれど、さっきのチンピラ達やオレ達への対応を考えると、これはもっと詳細な情報が必要なようだ。
『アカシャ、この人に関するより詳細な情報が欲しい。特に王都に入ってからの人間関係を重点的に』
『かしこまりました』
感情面に関しては、直接本人に聞くことにしよう。
アカシャの話と並行して聞くために、思考強化の魔法を使う。
同時に透明化の魔法を使って、眼球に現れる魔法陣を見えないようにした。
「さっきの人達は貴族には見えなかったけど。何か事情がありそうだね。良かったら話してくれないかな? オレも平民でね。貴族の中には酷いことをするヤツもいるのは、よく知ってるんだ」
オレは店主に話しを切り出した。
情報を制して、交渉も制してみせようじゃないか。