第40話 スラム街
「ふんふんふーん」
スルティアが機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、王都の石畳の上を、オレ達を引き連れて歩いている。
楽しそうで何よりだ。
ネリーとアレクとベイラは、これから作ってもらう装備についてワクワクした様子で語りあっている。
…ベイラの装備はあまり考えてなかったな。サイズ的に無理とか言われたらどうしよう。
あんなに楽しげに話している姿を見ると、ダメでしたじゃ済まされないよな。
ダメだったら、妖精郷アールブヘイムに連れていってやるか。
妖精の国なら、妖精用の装備は確実に手に入るからな。
『アカシャ、あっちの様子はどうだ?』
『相変わらずです。まだ何も決まっておりません』
闘技大会から数日、王城ではオレへの今後の対応を決める会議が行われていた。
意見がはっきりと割れ、かつ今のところ誰も譲らないことから、数日経った今でも会議は続いている。
会議は踊る、されど進まずってヤツだなぁ。
王政だから、最後には王がこれでいくって言えばそれで決まるんだろうけど。
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「セイ・ワトスンは危険だと何度言ったら分かる! 一刻も早く処分すべきなのだ!」
第2王子ノバク・ティエム・スルトが、鼻息を荒くして怒鳴る。
本来、次期王とはいえ未成年は会議に出る資格を有さないのだが、今回は特例として参加を許されていた。
直接セイ・ワトスンと関わった者が、まだ少ないからだ。
「敵になれば危険ということは承知しております。しかし、現状では国に従順で、有益。何としてでも、取り込みを図るべきですぞ」
学園長のロジャー・フェイラーは、会議の始まりから一貫してセイ・ワトスンの処分に反対し、取り込みを図るべきとの姿勢であった。
「ううむ…。ロジャーの意見も理解できる。セイ・ワトスンの異常な魔力量の秘密が提供されるともなれば、国にもたらされる利益は計り知れん」
スルト国王、ファビオ・ティエム・スルトが唸る。
学園長である『賢者』ロジャー・フェイラーが王への報告の際に齎した情報は衝撃的だった。
ロジャー・フェイラーがセイ・ワトスンと訓練を共にしたとき、セイ・ワトスンは魔力を上げるための訓練法を国に献上する用意があると告げたというのだ。
その方法は全ての者に適用可能で、『大賢者』や『賢者』ですら、さらなる魔力量の向上が見込めるという。
『賢者』が王に報告を行うことも、このような会議が行われることもその時点で予期していたらしい。
国や王家に敵意がないことを献上によって示すと共に、それでも信用を得られないならば、契約魔法で縛られても良いという内容だった。
「しかし、あまりにも不気味であることも事実。出る杭は打っておいた方が良いという意見も分かります」
第1魔法師団長が静かな声で言った。
納得する者も多かったのだろう。
会議室が静まる。
「いずれにせよ、対応が決まるまでヤツと表立って敵対するのは止めておくべきじゃ。ワシとロジャー以外の手には負えん。すでに、敵対を恐れた何人かはノバク殿下の元を離れたと聞く。やりあっても損するだけじゃぞ」
『大賢者』ラファエル・ナドルが言う。
特にノバク王子に対して言っていることは明らかだった。
それを聞いたノバク王子は、歯ぎしりをするほどに怒りの表情を見せた。
「セイ・ワトスンか。私も1度会ってみたくなってきたな」
第1王子ミロシュ・ティエム・スルトは、周りの声を聞きながら誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
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「ここが、スラム街…」
先程までは楽しそうだったアレクが顔をしかめる。
無理もない。
崩れた壁、路上に座り込む人、酷い臭い。
華やかな王都の影。困窮する人々の溜まり場だ。
ネリーはひどく悲しそうな顔をしている。
知らなかったアレクとは違い、知っていてどうすることもできなかったのがネリーだ。
ネリーは過去にスラム出身の冒険者と出会い、スラムの民のために動こうとしたが、ほとんど何もできなかった経験がある。
スルティアはあまり気にする様子はない。
1000年前に国をつくったとき、初めは何もなかったからかもしれないな。
「こんなところに、本当にちゃんとした職人がいるの?」
ベイラが少し困惑気味に聞いてきた。
「ああ。王都で1番腕のいい防具職人はここにいる。ちゃんとしてはいないけどな」
王都で1番腕がいいにも関わらず、仕事が無くて困窮しているのだ。




