第38話 試合後
「いい試合じゃった。想像以上じゃったぞ。今回ワシが勝てたのは運が良かったにすぎん」
試合後、『大賢者』はオレに再びの握手を求めながら、そう言った。
多少悔しそうな笑顔を浮かべている。
「いえ、完敗です。ルールに助けられた上、先に判断ミスをしたのも僕でした」
最後の透明化した水球。
もし、あれに水蒸気爆発を仕込んでいれば、確実ではないものの勝てる可能性はもう少し高かった。
アカシャに言われなければ水球を仕掛けておくことすら見落としていたし、せっかく全ての情報が手に入っても使いこなせなければ意味がない。
今回の1番大きな反省点だ。
「うむ。じゃが、いつもどおりの熱感知を使ったままであればワシの負けだったのも事実じゃ。末恐ろしい小僧じゃて」
『大賢者』は軽い調子で語り、茶化すように笑った。
「ワトスン、ラファ、最高の試合じゃったぞ! 今からとは言わん。どちらか、後日ワシと戦ってくれ!」
『大賢者』と話していると、武舞台にいそいそと上がってきた学園長が興奮した様子で乱入してきた。
『賢者』の威厳が全く感じられない。ただのバトルジャンキーだ。
「面倒くさいヤツが来たから、ワシは退散するとしよう。久々に楽しい戦いじゃたぞ。セイ・ワトスン」
『大賢者』はそう言って振り返り、片手をひらひらさせながら去って行こうとした。
「『大賢者』様!」
オレはその『大賢者』へ一言言うため、呼び止めた。
「ん?」
『大賢者』は片手を上げた姿勢はそのまま、顔だけ振り向いて声を上げる。
「次は勝ちます」
オレはそれだけ告げた。
きっと顔は、真剣で好戦的な笑みになっているだろう。
「くっくっく。愉しみにしておるぞ」
一瞬だけ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった『大賢者』は、すぐに愉快でたまらないという顔で笑い、再び前を向いて去っていった。
「ラファに、次は勝つ、なんて言えるのは君ぐらいのものじゃ。まったく、愉しそうでいいのぉ…。…セイ・ワトスン、君は逃さんからな」
『大賢者』とのやり取りに満足してオレも去ろうとしたが、どうやら学園長は逃してくれないらしい。
『転移魔法1回分の魔力は回復しました。最悪何とか逃げることだけはできるでしょう』
アカシャが冷静な声で教えてくれた。
うん。まぁ、そうだね。
さすがに学園長もこの場で襲ってはこないと思うけどね。
アカシャに、これまで隠し続けた魔法を使う選択肢を提示させるほどに、学園長の目は狂気じみていた。
「セイ! 凄かったよ! まさか、『大賢者』様とあそこまで戦えるなんて! やっぱり君は凄い!」
学園長から何とか解放されたオレは、試合が終わり観客席から場外まで移動してきていた仲間達と合流した。
アレクの声を聞いて、ホッと一息つく。
ちなみに、学園長には一緒に訓練することを約束することで許してもらった。
明日の放課後校舎裏でワシと戦えとか、どこのヤンキーだよって突っ込みたくなるような学園長を宥めるのは正直かなり疲れた。
もしかしたら上手く嵌められた可能性もあるけど、訓練方法くらい見られても問題ないだろう。
漏らしたくない情報は漏らさなければいいんだし。
「アンタのこと強い強いとは思ってたけど、まさか『大賢者』様と互角なんてね。さすがに驚いたわ」
ネリーも試合を観た感想を言う。
アレクと同様に、まだ興奮がさめやらない様子だ。
「いやいや。互角ではないよ。『大賢者』様が本気なら瞬殺されてたって。"収束無塵"は見ただろ? 本気のときは、そもそも"纏"が"収束纏"になって、全てがあの火力になるんだ。今回は試合のルール上、それっぽく見えてただけだよ」
オレはネリーの言葉を訂正した。
今回、"無塵"の火球を避けきれたのは、威力上限のおかげで火球を魔法で消すことができたからだ。
"収束無塵"の火球は今のオレの魔法では消しきれない。
"打消"では消せるけど、あっと言う間に魔力切れだ。
"収束炎纏"なんて、近付いただけで焼け死んでしまう。
だから、実戦で『大賢者』とまともに戦えば、勝負にもならず焼き殺される。
それが今の現実だ。
「ふん! どーだか!」
ベイラがネリーの頭の上から飛んできて、オレの頭の上にドカッと座った。
「どうした、ベイラ? すっごく不機嫌そうな顔だったけど…」
なぜか不機嫌そうなベイラに尋ねる。
オレが『大賢者』に負けてしまったことに怒っているのだろうか。
『セイも本気じゃなかったの! セイが1番得意な魔法は、水じゃないはずなの! "雷纏"、なんで使わなかったの!?』
ベイラが念話に切り替えて問い詰めてきた。
なるほど。
オレが全力を尽くさず負けたと思ってるから不機嫌なんだな。
『ベイラが、言っちゃダメなことを、ちゃんと空気読んで念話で言ったことにオレは感動したよ』
ちょっと前までなら、つい声に出してしまっていただろう。
素晴らしい成長だ。
『うっさいの! ごまかすな!』
ベイラはおかんむりである。
『ごめんごめん。ちょうどいいからみんなにも説明しとこう。ベイラの言うとおり、オレの最も得意な"纏"は"雷纏"だ』
ベイラの念話はみんなにも繋がっていたので、オレはみんなに向けて説明をすることにした。
『え、そうなの? 私、アンタが雷魔法使ってるところなんて見たことないけど』
ネリーが意外そうな声を出す。
アレクとスルティアも、「僕も」「ワシも」と続いた。
『うん。雷魔法はあえて使ってないんだ。他にも、転移魔法と空間魔法はあえて使ってない。奥の手として隠してるんだよ。いつか、命をかけて戦わないといけないときのために』
この世界は命が軽すぎる。
いつ命の危機があってもおかしくない。
全ての手札を見せていたせいで、いざというときに不利になることは十分にあり得ることだ。
『命をかけた戦い…』
アレクが呟く。
もしかしたら、あまりピンとこないのかもしれないな。
『絶対に、このメンバー以外には誰にも言わないでくれ。この情報がオレの生死を分ける可能性もある。だから、使わなかった。試合程度では使えないと言い換えてもいい』
このメンバーは、絶対にオレを裏切ったりはしないだろう。
そう信じて、オレはみんなに話した。
『言わないわ。トンプソン家の誇りにかけて』
『僕も言わない。ズベレフの名に誓おう』
『ワシもじゃ! そもそも言う者がおらんしな!』
ネリー、アレク、スルティアが即答してくれる。
いい友人たちを持てて良かった。
『そういうわけだ。納得してくれたか? ベイラ。オレは見せられる手札は全部使って、全力で戦った。応援してくれたのに、負けてごめんな』
オレはベイラに優しく問いかけた。
ベイラはオレを贔屓してくれたからこそ怒ってたわけだからな。
『納得ちた。悪かったの…。あたち、誰が相手でもセイが勝つって信じてたから、イライラしてたの』
『そっか』
オレもベイラの言葉を聞いて納得した。
スポーツを観て、贔屓のチームが負けたときに悔しい感じだろう。ベイラの気持ちはよく分かる。
『もちろん、あたちも誰にも言わない。試合…、おつかれさま。セイはよく頑張ったの』
珍しく素直なベイラの言葉にオレは笑って、頭の上に手を伸ばして綺麗な金髪をくしゃっと撫でた。
『ありがとな。みんな。次は勝つ! 鍛え直しだ!』
オレの言葉にそれぞれが反応し、みんなで笑い合った。
この日、オレ達は秘密を共有したことで、より絆が強まったように思う。
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闘技大会が終わった日の夕方。
王城の人払いがされた1室には、2人の男のみがいた。
「して、どうだった? セイ・ワトスンは?」
スルト国王ファビオ・ティエム・スルトが、目の前に座る『大賢者』ラファエル・ナドルに静かに聞いた。
「うむ。想像以上の化物じゃった。後で来るとは思うが、ロジャーも同意見じゃろう。試合には勝ったが、運が良かっただけじゃ」
『大賢者』も静かな声で返す。
非公式の場ゆえ、王が幼い頃から守役としてずっと仕えてきた彼は、敬語を使っていない。
使うと、王が嫌がるからだ。
「なんと! ラファより上と申すか!? 信じられん…」
小声ながらも、王は驚きの声を上げた。
「いや。セイ・ワトスンもルールに縛られていたので絶対とは言えんが、ルール無用の実戦ならば十中八九ワシの方が強いじゃろう。ヤツは"収束"が使えんようじゃったからな」
『大賢者』が自分の予想を話す。
「そうか。それならば良かった。『加護』まで付いているラファより強ければ、どうにもならんからな…。それで、どうすべきと感じた?」
王は目に見えてホッとした様子だった。
王が持つ継承能力『守護者選定』は、同意したただ1人の対象者に『加護』を与えるというもの。
『加護』を与えられた守護者は、『守護者選定』を持つ者への攻撃不可と一定以上の距離へ離れることの禁止という制約を受ける代わりに、全能力が上昇するという特性を持つ。
『大賢者』はその『加護』を与えられた守護者だ。
王が最も信頼を寄せる最高戦力。
それを超える者など、王としては国内に出てきて欲しくないのだろう。
「何とかして取り込むべきじゃ。あれは、次代のワシになれる。じゃが、もし取り込めないのならば、一刻も早くワシに命じよ。ワシがまだ、ヤツより強いうちにな」
『大賢者』は何を命じよとは言わなかったが、処分を命じろと言っていることは明白だった。
王はゴクリとつばを飲み込んだ。
「そうか。期限は?」
王が気を取り直して尋ねる。
「もって、数年じゃろ。早ければ早い方が良い。ノバク坊やには改めて強く言うべきじゃ。あれと敵対するなと。ヘタすると国が滅ぶぞ。ああ、それからこれは勘じゃが…」
「なんだ、まだあるのか。言うてみよ」
ベラベラと言いたいことを言う『大賢者』に、王は疲れた声で先を促した。
「ボズを殺したのは、たぶんヤツじゃ。あくまで、勘じゃけどな」
『大賢者』のとんでもない言葉に、王は頭を抱えた。




