第36話 闘技大会⑪
『大賢者』の得意魔法であり、『不動』の2つ名の元となった魔法でもある、彼のオリジナル炎魔法"無塵"。
ぶっちゃけ、"炎纏"で生み出す火の玉にプラスして超速度で火の玉を生み出しまくり操るというだけのシンプルな魔法なのだが…。
分かっちゃいたが、厄介すぎる。
『大賢者』が持つ3つの能力、『並列詠唱』『高速詠唱』『消費魔力半減』の全てとシナジー効果があり、誰にも真似できない攻防優れた圧倒的物量魔法として完成している。
四方八方から際限なく襲いかかってくる火の玉を、"水纏"で作った水球で出来る限り消しつつ、消した場所へ避ける。
もはや平面で避けることなど叶わず、魔法で足場を作りながら立体機動で避けるしかない。
観客席から見れば、オレはまるで箱の中で跳ね回るスーパーボールのような動きになっている。
受けるわけにもいかない。
火球1つを受けることは容易だが、相手の方が生み出す速度が速い以上、火球が次々に殺到すれば受けきれなくなる。
「セイ・ワトスン、避ける避ける避ける避けるーーー!! 『大賢者』様の超魔法を全て捌ききっています!」
クーン先輩、全然捌ききれてないから!
10個や100個捌いたところで、火球は無尽蔵に生み出され襲い続けて来るんだから。
「うむ。さすがだな。防御しても押し切られるだけと考えたのだろう。動きが見えない者は、最低でも"視覚強化"を使え。できることなら、"思考強化"も併用せよ。そうでなければ見て学ぶことすら叶わぬぞ」
クーン先輩の補助として実況席にいるアレクの爺ちゃん、『常勝将軍』ダビド・ズベレフが観客へ向けてアドバイスを出している。
『ご主人様。ラファエル・ナドルの周囲は火球の密度が高く、避けながら近づくのは厳しいと判断いたします』
アカシャの平坦な声が聞こえる。
『ああ。このままじゃジリ貧だ。色々試してみるさ』
切り札の効果でオレにも情報は入ってる。
このままでも、他の方法でも勝てる確率はほぼないことも。
それでも、可能性はゼロではない。
感情面はオレ達には分からない。
だから、判断ミスを誘発させる。
それが勝ちを手繰り寄せる最も有効な手段だ。
"蜃気楼"
"透明魔法"
"宣誓"も"限定"も使わずに魔法を使う。
本当の蜃気楼ではない。
光魔法でまるで蜃気楼のようにオレの映像だけ残し、自分は透明化して移動を続ける。
一瞬にして、置いてきたオレの映像が蜂の巣になった。
実況や観客の悲鳴が聞こえる。
だが、『大賢者』は騙せなかったようだ。
「油断はせん。本物はそこじゃろ?」
"熱感知"によって『大賢者』は蜃気楼が偽物だと気付いていたようだ。
オレの体温も事前に把握していたようで、体温が移動した場所へと火の玉が殺到する。
しかし、オレも『大賢者』が"熱感知"を使っていることを知っていた。
"透明魔法"解除。
火の玉が殺到した場所に、オレの形をした水が現れる。
オレの体温に調節された水が。
「何っ!?」
あえて偽物を視認させたかいがあり、『大賢者』が驚きの声を上げた。
本物のオレは、『大賢者』の右斜め後方で透明化したままだ。
気付かれていないのはもちろん、体温を偽装しているから。
防御に配置された火球の密度が高すぎて、これ以上近づくと気づかれてしまう。
だが、ここまで近付き隙を作った今なら、あるいは…。
オレに可能な最高のスピードで水球を作り出し、火球の隙間から飛ばす。
数個の水球が『大賢者』へ向けて飛んでゆく。
水球にも極力の偽装をしたおかげで、一瞬だけだが感知されるのを遅らせることができたようだ。
この位置から攻撃をしたのも意味がある。
今まで避けながら、無駄にも思える些細な攻撃を続けて情報を集めてきた。
結果、新情報が手に入った。
自分でも気付いていないだろうが、『大賢者』はこの位置からの攻撃に最も反応が鈍い。
「本当に恐ろしい小僧じゃな」
それでも他に比べて鈍いというだけで、『大賢者』は悪態を付きながらも十分に間に合うタイミングで水球への対処をしてきた。
『大賢者』へと向かう水球の進路へ火球が集まり、炎の壁を作る。
水球が炎の壁に阻まれて蒸発してしまう。
だが、そこまでは計算どおりだ。
水球の中に透明な壁で作っておいた密閉空間内の水が蒸発し、高まった圧力に耐えきれずに壁が壊れ、衝撃波をともなった爆発を起こす。
ミカエルとの戦いでも使った水蒸気爆発だ。
切り札によって計算された指向性と威力を持つ爆発が『大賢者』へ向かう。
「ちっ。ダメか」
少しだけ期待していただけに、思わず声が出た。
爆発の瞬間までは確かに何の準備もできていなかった。
にもかかわらず、たった1メートルほどの距離で起こった爆発に対し『大賢者』の防御魔法は間に合った。
しかも、防御魔法の透明な壁が爆発を止めて耐えるほんのわずかな間に、内側にさらに防御魔法の壁を何重にも構築してのけた。
威力上限という制約もあったことで、水蒸気爆発の衝撃波は防御魔法の壁をたった2枚割っただけで止まってしまう。
完全な後出しでも間に合っちゃうんだもんなぁ。
どうするか…。
「ミカエルとの試合を見ていなければ、あるいはお主の勝ちじゃったろう。惜しかったな」
今度は空気の動きでオレを感知することにした『大賢者』が、透明になっているオレへと向き直って笑う。
再び火球がオレへと殺到し始めた。
空気で感知されちゃうと、空間魔法を使わない限りは隠れようがないな。
先程と同じように跳ね回るようにして何とか火球を避けつつ、オレは魔法の枠を圧迫するだけになってしまった透明魔法を解除した。
「あるいは、ですよね。後出しで対処できるんです。判断ミスがなければ同じ結果ですよ」
必死になって避けながら言葉を返す。
切り札で攻撃を避ける最適解が分かっていなければ、言葉を返すことさえできなかったかもしれないな。
先程もそうだけど、もし『大賢者』が判断ミスをして炎で防ごうとしていたら攻撃が通っていただろう。
工夫などがないただの炎なら、衝撃波は防げない。
まぁ、これは予想だけど、『大賢者』があるいはと言ったように、どちらにしろ判断ミスはなかったと思う。
でも、判断ミスでもさせないとオレは勝てないんだよなぁ。
何とかしないと。
『アカシャ。相手の手札を全部出させる。これまでにない情報を集めるぞ』
頼れる相棒に方針を打ち出す。
『かしこまりました。まったく、ご主人様は諦めが悪いですね』
アカシャの平坦な声は、珍しく少し楽しそうだ。
襲いくる火球を避けながら、オレは右手を上に掲げる。
"限定"だ。
範囲は、『大賢者』を除いた武舞台全て。
「"水柱"」
さらに"宣誓"と"水纏"によってブーストして、限界まで威力を高めた水魔法を放つ。
相手に向けなければ威力上限を超える魔法を放つのも反則ではない。
凄まじい水流が武舞台から上へ向かって発生する。
威力上限しかない火球の一斉消火。
なぜ最初からこれをやらなかったかというと。
「"収束無塵"」
合掌をして祈るような"限定"のポーズをとった『大賢者』が"宣誓"する。
彼の体全体を、淡い緑色の光が包み込んでいた。
より強く世界に干渉するために強制"限定"、強制"宣誓"となる魔法行使法"収束"。
普段魔法を使うときの魔力は、最後に現れた魔力の玉から順に使われ、最初から持っている核魔力が最後に使われるという特性がある。
"収束"は通常の理に反して、無理やり全ての魔力の玉から同時に魔力を引き出して使うことで、圧倒的に威力を高める行使法だ。
普段の魔法がホースから出る水だとしたら、"収束"を使った魔法はホースの先端を指で潰したときに出る水だ。
同じ魔力量でも全く違った威力になる。
『大賢者』の周りに、赤黒い凶悪な輝きと威力を持った火球が次々と現れ、それらに触れたオレの水柱はあっけなく蒸発した。
『大賢者』がボズより強い理由。
ボズの防御を貫ける超威力の魔法を、圧倒的速度で生み出し、物量で押し潰せるからだ。
ボズはかつて、これを使った『大賢者』から命からがら逃げ出したことがある。
こちらが高威力の魔法を使えば、こうなることは分かっていた。
「まさか威力に縛りがあるにもかかわらず、"収束"まで使わせられるとはのぉ。素晴らしいぞ」
『大賢者』は楽しそうに笑う。
オレはまだ"収束"を使えない。
ほぼ同じことはできるが、威力が高まらない。
ホースの水も、先端を潰したところで水の量が少なすぎると勢いは大して良くならない。
オレでは、魔力の玉の量、つまりレベルが足りないのだ。
オレは魔力量だけなら『大賢者』より多いが、それでも使えない。
同時に魔力を引き出せる玉の量が重要らしい。
「それ、この試合のルールじゃ攻撃には使えないですよね。まだまだ、オレにもチャンスはある」
ちょっと強がりを含んだ事実を言って、不敵に笑ってみせる。
攻撃に使われれば、あっと言う間に殺されるけどね。
さて、これから他の手札もどんどん使わせて今日の『大賢者』の情報を正確に把握する。
あらゆることは試してみるつもりだけど、おそらく最後は『大賢者』の"収束"を逆手に取って勝ちを狙うことになりそうだ。