第35話 闘技大会⑩
「まったく、ズルいぞ。ワシも混ぜてくれんかのぉ」
いよいよ、闘技大会の最終試合。
オレと『大賢者』が握手している横から、審判を務める学園長が無茶な願望をぶっ込んできた。
「ロジャー。お前、学園長じゃろ? 分かっとるくせに無理を言うでない…」
『大賢者』が、やれやれという感じで学園長を宥める。
そう、学園長はそんなことは分かっていて、それでもおそらく本気でそう思っているから言葉にしたのだろう。
それらしく聞こえるように。
できる限り、本当の目的からオレの目をそらさせるつもりのようだ。
本当に戦闘狂ではあるけれど、戦闘狂であることを見せることも作戦。
『賢者』と言われるだけあって、食えない爺さんだよ。
この試合の目的は、オレに対する正確な戦力分析。
例年はない、特例の『大賢者』とのエキシビション。
1度は辞退したオレ達の強制参加。
さすがに露骨すぎるので、オレに気づかれていると思ってはいるみたいだけど。
でも、どれだけ本気で探ってるかは誤魔化すつもりらしい。
アカシャのおかげで知ってるけどな。全力でデータを取りに来てること。
「はぁ、分かっとるよ。ラファ。我慢しなければならんことはな。この試合だけは、場外で審判をする。じゃが、どちらかに生命の危険ありと見なせば、割り込んでいくからな。絶対に『守り』は抜くなよ」
学園長は若干、『守り』を抜くことを期待してるような言い方をした。
演技なのか本気なのか分からないな。
「契約魔法でも縛られているので、そうなることはまずないと思いますよ」
オレはにこやかな顔を作って、学園長にそう言った。
危険があるとすれば、試合が終わった後だ。
契約は、あくまで試合のことで交わされてるからな。
でも、そこまでされることはないだろう。
やってくるとしても、ノバクや教頭だと考えている。
「そういえば、そうじゃったな。混ざれんのは残念じゃが、君がラファ相手にどこまでやれるのか、とても楽しみにしておる。最高の試合を期待しとるよ」
学園長もオレに笑いかけて、そして場外へと歩いていった。
武舞台には、オレと『大賢者』2人だけになる。
クーン先輩の実況が聞こえてきた。
「ついに始まります。最後のエキシビションマッチ! 『大賢者』様対セイ・ワトスン! この試合は、他のエキシビションとは全てが違います! 何より、試合なのです! 指導ではありません!」
クーン先輩は興奮気味だ。
7学年から2学年までの『大賢者』とのエキシビションマッチは滞りなく終わった。
ちょっと『大賢者』がスパルタすぎて、各学年の優勝者達はしんどい思いをしたようだけれど。
それでも、この国の頂点からの指導を受けられて皆満足そうだった。
この試合に審判は不要と、学園長がクーン先輩の実況の補助に回ってくれたのも良かったと思う。
学園長によって観客にも『大賢者』の指導が解りやすく解説され、そしてクーン先輩のトークで盛り上がった。
だが、最後のオレの試合だけは、学園長が審判となり通常の試合形式で行われる。
「『大賢者』様は言いました! この国の頂点の戦いを見せてやると! 刮目しましょう、これからどんな戦いが起こるのかを!」
クーン先輩の実況が続く。
「くく。期待されとるのぉ。だいぶ煽ってしまったからの。期待外れにだけはならんでくれよ」
『大賢者』が笑う。
「ええ…。勝手に最後の試合にして、勝手に煽っておいて、それ言います? できる限り頑張りますけども」
オレは酷い言い草に苦笑いで返した。
「大丈夫じゃろ。誰よりワシが期待しておる。期待以上であることをな」
『大賢者』の爺さんは学園長を戦闘狂と言うくせに、自分はオレの力を測るって目的忘れてないだろうか。
次期王であるノバクとオレの対立が決定的になった今は、あんたの立場ならオレの力が弱ければ弱いほどいいだろうに。
『大賢者』も『賢者』も他人との力比べが大好きだから、ここまで強くなったんだろうし、仕方ないか。
「そこまで言われれば仕方ない。全力で挑ませてもらいますよ。僕としても、自分より強い相手に全力で挑戦できる機会は滅多にない。楽しみです」
今度は苦笑いではなく、挑戦的に笑った。
『アカシャ、切り札だ。範囲はオレと『大賢者』、空中を含む武舞台全てだ』
少しフライングな気もするが、ルール上問題ない手段ならば全て使う。
『かしこまりました。計算などのサポートはお任せください』
アカシャの抑揚のない声が響き、アカシャが肩の上からオレの中へと沈んでいく。
切り札が発動したことで、範囲内の全ての情報がアカシャに聞かずとも直接入ってくる。
大賢者の調子は、普通ってとこだな。
ボスのときみたいに、無理やり調子を落とさせるようなことはしてない。
絶好調でないだけでも、運はいいだろう。
突然、会場中がスッと静まった。
場外にいる学園長先生が右手を上げたのだ。
オレと『大賢者』がサングラスをかける。
『アカシャ、最初から全力全開でいくぞ』
『はい。ラファエル・ナドルが油断していれば、それで終わりです』
アカシャと立てた最初の作戦は、先手必勝。
最速で威力上限の攻撃を当てる。
格上の『大賢者』に勝つための最も確率が高い方法は、やられる前にやることだ。
「最終試合。1学年エキシビション。始め!」
学園長先生が右手を振り下ろした。
『大賢者』に向けて走り出すと同時に、まず"思考強化"を発動。
次に"身体強化"を発動。
そして"限定"も"宣誓"も使わずに"水纏"を発動。
オレの今の詠唱速度、身体能力ならば、この順番で使うのが最速。
1秒も縮まらないが、戦いのレベルが上がれば上がるほど、100分の1秒であっても縮めることが重要になってくる。
ミカエルのときとは違うぞ。
ただ、勝つためだけに最善を尽くす。
『大賢者』が失策をすれば、一瞬で終わりだ。
開始から一瞬で『大賢者』の元まで駆け寄ったオレは、一切の無駄な動きなく右ストレートを繰り出す。
"水纏"はすでに展開されており、右拳には圧縮された水が集まっている。
さらに、周りに浮かんだ水球も作ったそばから即座に『大賢者』に攻撃を仕掛けている。
正面からオレのパンチ、そして四方八方からは水のレーザーが『大賢者』に襲いかかる。
切り札が、そしてアカシャがオレに教えてくれる。
『間に合いませんでしたね』
アカシャの念話と同時に、『大賢者』の体から威力上限ピッタリの炎が噴き出した。
"炎纏"だ。
威力上限同士でぶつかれば、本来は水が有利なのだが、オレの水は『大賢者』の炎を貫くことができずに蒸発していく。
新たに生みだす速度が違いすぎるのだ。
オレの拳の水も蒸発していく。
蒸発と同時に新たに供給してはいるが、間に合っていない。
このまま強引に殴りに行くこともできるが、それでは拳が届く前にオレの『祝福の守り』が発動されてしまうようだ。
仕方なくオレは途中まで振った右手を途中で止め、後ろに飛び退いた。
「もし、わずかでも油断しておればワシの負けじゃったな。恐ろしいヤツじゃ」
『大賢者』が笑う。
ボボボと炎の音がする。
大賢者の周りに火球がどんどん増えていく。
マズい。いきなりこれか。
オレも負けじと水球を増やし火球を消していくが、ダメだ。
だが、それでもできる限り消していくのが最善…。
先程と同じ。
新たに生み出す速度が違いすぎる。
『並列詠唱』と『高速詠唱』という神に愛されし能力が織り成す、圧倒的物量魔法。
「"無塵"」
『大賢者』による"宣誓"が行われた時、武舞台の空中は1000を超える火球で埋め尽くされていた。
そしてその全てが四方八方から時間差で、オレに襲いかかってくる。
逃げ場すら、限りなく少ない。
『大賢者』は開始の位置から動いていない。
魔法使いの1対1での戦いの基本は、狙いを付けにくいよう動きながら戦うことだ。
しかし、『不動』のラファエル・ナドルは動かない。
動く必要がないから、動かない方が集中できて効率がいいのだ。
お読みいただきありがとうございます。
嘆きの亡霊が面白すぎます。
まだの方は、ぜひ読んでみていただきたい。




