第33話 闘技大会⑧
武舞台全てをミカエルの火魔法による炎が包む。
"炎纏"による炎だけでなく、火魔法も同時に使うことによってブーストされた炎だ。
大会のルールで威力の上限が決まっている分、範囲と速度に多くリソースを割いたようだ。
思考強化と切り札のおかげで対処することは可能だったけれど、ネリーの時のように避けることはできなかった。
今は遠隔機動の水球がオレの周りに集まり、オレを中心とした大きな水球となっている。
水の障壁が炎を防いでくれていた。
さらにオレが中から絶えず新たな水を供給することで、蒸発や水温の上昇も問題なく、中心部は快適である。
ちなみに、学園長も避けるのは間に合わなかったみたいだけど、魔法で障壁を張ったようだ。
「はっはー!」と楽しそうな声が聞こえた。
素の詠唱速度はあの人が1番速いからな。心配する必要は全くない。
周りは凄まじい水蒸気で視界が最悪ではあるが、切り札を使っている今はそれで困ることもない。
オレは水球を纏ったまま、追撃を防ぐために走りだした。
「この程度で倒せるとは全く思っていなかったが…。それは反則ではなかったかっ!?」
ミカエルが叫ぶ。
気にせず、牽制の水魔法を放つ。
牽制とは言っても威力上限の水鉄砲だ。
ルールをはき違えてるミカエルでは当たったらタダではすまない。
予想通り、ミカエルは纏った炎では防がずに避けることを選択した。
「くっ…」
必死な声を漏らしながら何とか避けきり、ミカエルもオレ同様、的を絞らせないために走り出す。
さて、ここらでネタばらししておこうか。
「ミカエル、ルールはちゃんと確認しておこうぜ。威力上限を越える魔法は、相手に向けてはいけないだけだ」
オレが炎を防ぐために周りに纏っている水球は、威力上限を完全に越えている。
完全にノーダメージにしたかったからな。
同じ威力なら水は火に相性がいいとはいえ、熱いくらいは感じる。
対して、同じ威力でも相性差でミカエルにはダメージが入る。
ミカエルは防御にも威力上限までの魔法しか使えないと思ったから、オレの攻撃を避けた。
ルールをはき違えていたからだ。
まぁ、アカシャがいなければオレも間違えてた気がするけどな。
「なんだと!?」
ミカエルは走りながら、場外にいる学園長をチラ見した。
学園長が頷く。
「これで条件は一緒だ」
オレはミカエルに笑いかけた。
最初の魔法の火もほぼ鎮火している。
防御に回っていた水球を再びいくつか飛ばし、一瞬できたミカエルの隙を咎めた。
数個の水球から、圧縮された水がレーザーのようにミカエルに襲いかかる。
ミカエルが動いているとはいえ、切り札で計算し色々な角度から撃たれた水はミカエルの逃げ場を潰していた。
「しまった! だが、そういうことならば!!」
ミカエルの纏っている炎の火力が一気に高まった。
最初に完全な"炎纏"を成功させたときと同じように、まるで太陽のごとき熱量がミカエルを包む。
そうだ。
そもそも威力上限を越えるのが反則なら、お前は"炎纏"を成功させた瞬間に反則負けだったんだぞ。ミカエル。
威力上限で放った水のレーザーは全てミカエルに命中した。
だが、ミカエルの纏う圧倒的火力の炎に触れた瞬間に蒸発する。
ミカエル本体には届かない。
「ははっ! いいね! お互いに攻撃が通らない! ここからは工夫の時間だ!」
攻撃は上限が決まっている。
防御に上限はない。
この状況をどうにかするには、工夫するか魔力切れを狙うしかない。
そして、魔力切れを狙うのでは面白味がない。
上手くミカエルを出し抜いて『祝福の守り』を発動させる。
「はは! 君は実に楽しそうに戦う。私も高揚してきたと言わざるを得ない! 君を越えてみせるぞ、セイ・ワトスン!」
ミカエルも笑い、オレの水球のように複数の火球を周りに浮かべて放ってきた。
だが、すぐには襲ってこない。
オレが動いているからという理由ではなく、できるだけ背後から狙うようにしているようだ。
オレが防御を固めてない時を狙って当てようとしているのかな。
オレはそれに自分の水球をぶつけて消す。
切り札でオレの隙はないが、隙を作らされる可能性はあるからな。
『アカシャ! 楽しいぞ! スポーツ的な戦いってのはいいな!』
ボズとの戦いは全く面白くなかったからな。
殺すか殺されるかの戦いはダメだ。
『ご主人様が嫌う戦いと好む戦いの違いは、ほぼ完全に把握いたしました。今後の提案に反映いたします』
アカシャがよりオレの好みに合わせて情報を教えてくれるらしい。
いいね。
今後の楽しみにも思いを馳せたいとこだけど、まずはこの試合を楽しもう。
さぁ、どうやって勝つかな。
「はぁ。はぁ。くそっ。どうなっているのだ君は。トンプソンの時もそうだったが、攻撃が当たる気がしない」
ミカエルがオレの真上と真下から同時に仕掛けてきた火魔法は、今まで正面へと走っていたオレが急にバックステップを踏んだことで、あっさりと空ぶった。
その様子を見たミカエルが、オレに的を絞らせないように走り続けながらも愚痴を飛ばしてきた。
あれからしばらく戦ったが、状況は大きく変わっていない。
強いて言うならミカエルの方が消耗が大きいというくらいだ。
「当たってるじゃないか。何回か」
ミカエルが何を言いたいかは半ば理解しつつ、オレはあえて話を混ぜ返した。
と、同時にミカエルを追っていた水球が、四方八方からミカエルに攻撃を仕掛けた。
避けきれないと判断したのだろう、ミカエルは足を止め、もう32個目となる水球を蒸発させた。
「絶対に避けようのない攻撃だけはな。それ以外は全て避けられるか、潰されるかしている」
とぼけるオレに対して、ミカエルが改めて言い直す。
オレにはアカシャがいるからな。
特にこの試合は切り札も使ってるから、ミカエルがどこにどんな魔法をどんな規模で放ってくるか、詠唱段階で把握している。
だからなのだが、それは教えてやれないな。
「じゃあ、降参するか?」
答える気がないことを改めてアピールする。
こう言われて降参するようなヤツじゃないことは分かってる。
「はぁ。はぁ。まさか…。絶対避けられない攻撃を撃ち続けるだけだ」
その方法じゃ勝てないと判断したから、不意を付いて当てようと工夫していたのだろうに。
オレの方が先に魔力が切れるという一縷の望みにかけるつもりらしい。
「我慢比べに乗るつもりはない」
オレは再びミカエルにいくつもの水球を飛ばす。
また、逃げ場がなくなるように。
おそらく、これで終わるはずだ。
切り札も、成功確率が9割以上だと伝えてくる。
「私にも攻撃は効かぬ! 君も我慢比べをするしかないのだ!」
ミカエルも再びオレが放った水球を蒸発させる。
だが次の瞬間、凄まじい爆発音がして、ミカエルは"炎纏"のまま『祝福の守り』の白い光に包まれて場外に吹き飛び、叩きつけられた。
驚きのあまりか、場外に叩きつけられたときには"炎纏"は解除されていた。
さっきまで煩かった会場が突然の出来事に静まり返っている。
何が起きたか分かっている人はほとんどいないだろう。
もしかすると、1人もいないかもしれない。
「勝者! セイ・ワトスン!!」
学園長の勝者コールが音のない会場に響いた。
それが合図だったかのように、一瞬遅れて会場が爆発的に沸く。
オレは盛り上がる会場の音を聞きながら、場外に降りてミカエルに手を差し出した。
ミカエルは未だに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていて、上半身だけ軽く起こした状態で片手で胸をさすっていた。
うん。その胸の辺りが、一番強く衝撃波が当たったところだろう。
「まいった。君は今、何をしたのだ? 私は何をされたかもよく分からないまま、気付いたら場外にいたのだ」
ミカエルが顔をあげ、理解できないという表情をしながらオレが差し出した手に自分の手を伸ばしてきた。
オレはミカエルの手を取って、いたずらっぽく笑って答える。
「水蒸気爆発ってやつなんだ。仕掛けたのはオレだけど、起こしたのは君だ」
ミカエルとの戦いもすごく楽しかったな。
あとはついに、『大賢者』との戦いか。
それも楽しみだ。




