第32話 闘技大会⑦
「いよいよ1学年の決勝戦! そして! なんと1学年にして学園の頂点を決める戦いとなりそうな試合が始まろうとしています!」
クーン先輩の実況が会場に響く。
オレはミカエルと握手を交わした。
ミカエルの吸い込まれそうな黒の瞳は戦意と覚悟に満ちあふれているようで、オレは改めてミカエルの"纏"の完成を確信した。
魔法というのはイメージに強く影響される。
最大の集中と覚悟で行った、最高のイメージによる魔法は、修得のきっかけになることが多い。
「懐かしいね」
思わず声が出た。
『同意いたします』
何が、とは言っていないが、アカシャもオレと同じ事を思ったようだ。
オレの"纏"は、ボズとの戦いを経て完成した。
あれ以来、オレは1度も"纏"を失敗していない。
失敗するイメージも全くない。
自転車に乗れるようになった感じだ。
1度完全に修得すると、息を吸うように出来ることが当たり前となる。
今のミカエルの状況は、あの時のオレと少し似ている。
「何のことだ?」
ミカエルは少し怪訝そうな表情をした。
「昔、オレも同じような経験をしたことがあってね。予言するよ。今日、この試合でミカエルの"纏"は完成する」
ミカエルの目が大きく見開かれた。
「『公爵家』にして『神童』ミカエル・ナドル! 誰もが知っている『炎のナドル家』の天才児! 我々の世代で彼の噂を聞かずに育った者はいないでしょう!」
握手を終え、クーン先輩の実況を聞きながら試合の開始位置に付く。
「君は不思議だ。まるで全てを見透かされているように思えてしまう。だが、だからこそ挑戦しがいがある」
ミカエルも開始位置に付き、サングラスをかけながら声をかけてきた。
挑戦ね。
マジで覚悟完了って状態だな。
楽しみだ。
「ミカエルに対するは『驚異の平民』セイ・ワトスン! 入学前、誰が予想したでしょう? もしセイ・ワトスンがこの試合に勝てば、学年3冠達成となります! 誰もがその座はミカエルのものと思っていたはず!」
クーン先輩は興奮気味だ。
商人であるクーン先輩も平民で、第2王女と仲がいいとは言え、最近の学園では肩身が狭い思いをしてきたからだろう。
「買いかぶり過ぎだよ。でも、いい試合にしよう」
ミカエルに笑いかけ、オレもサングラスをかける。
「ワシもこの試合を楽しみにしていた1人じゃ。さぁ、始めよう。近年最強の生徒同士の戦いを」
学園長が口角を上げながら、右手を上げた。
その様子は、ともすればオレ達より試合を楽しみにしているようだ。
学園長は、実は戦闘狂だからな。
混ざりたいとでも思ってそうだ。
オレも口角を上げる。
せっかくだ。
期待に応えようじゃないか。
「1学年決勝戦! 始め!」
学園長先生が右手を振り下ろした。
開始と同時に、オレとミカエルは共に右手を胸に当てた。
さらにそれと同時にオレは後ろに跳んでいる。
おそらく開幕攻撃魔法はないと思うけれど、念のためだ。
身体強化と思考強化の魔法を"限定"を使ってかけ、さらに"宣誓"する。
「"水纏"!」
全身を水が包み込み、水の羽衣を纏ったかのように変形していく。
周りには無数の水球が浮かび、攻防両用の遠隔機動端末として準備が完了した。
「ま、まままま、"纏"だぁー!! セイ・ワトスン! "纏"を使いました! 今の学園でまともに使いこなせるのはミカエル・ナドルのみ! そう思われていた纏を、なんと、セイ・ワトスンが成功させました!!」
クーン先輩が興奮のあまり立ち上がりながら実況している。
他にも驚きで観客席から立ち上がった生徒がちらほら見られる。
"纏"は超一流の魔法使いの条件とも言われるものだからな。
誰もが憧れる、分かりやすい力の象徴だ。
「やはり、使えたのだな。アレクサンダーに教えた者は君しかいないとは、思っていた」
ミカエルは少し悔しそうに語りかけてきた。
アレクが失敗したとはいえ"水纏"を使ったことで、オレが"纏"を使えることを予想していたらしい。
ミカエルは"限定"のために胸に手を当てながら、まだ"炎纏"を使っていない。
オレの"纏"を見て集中が途切れてしまったのだろうか。
実戦じゃ死んでるとこだが、ミカエルはまだ9歳だし、最近戦争も起こっていない。
しょうがないか。
学園の勢力が貴族派に大きく傾いていることもそうだけど、今のこの国は少し平和ボケ気味なんだよな。
まぁ、いいか。
今は試合を楽しもう。
「様式美ってヤツだ。待ってるよ。思いっきり集中して、"炎纏"を完成させるといい」
オレはミカエルに遠回しに失敗を伝えつつ、待つことを伝えた。
ミカエルはハッとした顔をして、より悔しそうな顔をした。
「かたじけない…」
恥じ入るように声を出しながらも、ミカエルはすぐに表情を改めて集中し始めた。
自分で間違いに気付き反省できるのは素晴らしい。
今は未熟でも、学べる者は強くなれる。
ミカエルは間違いなく、まだまだ強くなる。
だから学園長、その『がっかりじゃ、反吐が出る』みたいな顔を止めろ。
戦闘狂め。そんなに実戦に即した生徒を求めるなら、もっと教育方針を考えてほしい。
学園長が苦労してるのも、頑張ってるのも知ってはいるけども。
昔、学園長が自ら本気教育しようとしたら誰も付いてこれなかった事件は同情するけど、たぶんオレ達とミカエルは付いていけるぞ。
そんな脇道に逸れた思考をしながら待っていると、アカシャから念話が入った。
『ご主人様。万が一の場合に備え、切り札をお使いください。ミカエルが制御を誤れば、ご主人様といえど死ぬ可能性があります』
『ああ、分かった』
肩の上のアカシャが、オレの体に沈んでいく。
ミカエルはまだ未熟だ。
未熟だからこそ、危険。
アレクとの試合のように、つい出力を上げすぎてしまう可能性もある。
そして、切り札を使ったことで、オレにも明確に分かる。
『魔法強化』のスキルと炎魔法を全開にしたミカエル・ナドルの"炎纏"の出力は、オレどころか、『大賢者』すらも上回る。
「おおおおおおお!!」
ミカエルが気合いの雄叫びを上げた。
「"炎纏"!!!」
ミカエルの絶対の覚悟が詰まった声が会場中に響き渡る。
失敗すれば自ら『祝福の守り』を貫いて死んでしまうであろう、ミカエルの全力の炎魔法が彼の全身を包み込んだ。
切り札を使っているオレには瞬時に分かる。
成功だ。
今、ミカエル・ナドルの"炎纏"は完成した。
今までとは格の違う炎を纏ったミカエルは、まるで太陽のようだった。
もちろん、ミカエル自身は一切の火傷も負っていない。
ただ立っているだけで、ミカエルの周りの武舞台が赤熱して真っ赤に染まっている。
「なんと…」
審判である学園長がつい、驚きの声を漏らした。
さっきまでの顔は何だったのかというほど、喜びに満ちた顔だ。
まぁ、気持ちは分かる。
ミカエルが全力の"炎纏"を成功させたとき、どうなるかは予測できてはいた。
が、それでも実際に見てみると、すさまじいの一言だ。
「お待たせした。セイ・ワトスン。私の全身全霊をもって、君に挑ませてもらう」
ミカエルがそう言った瞬間、威力上限ほぼピッタリの火柱が武舞台全てを包み込んだ。
学園長は嬉々として巻き添えを食らいました。




