第31話 闘技大会⑥
「すごい! すごいすごい、すごすぎるー! ネリー・トンプソン様とセイ・ワトスン! 息もつかせぬ攻防です!」
クーン先輩の実況が響く。
1学年準決勝第2試合。
オレ対ネリーの戦いは、お互い高速で動きながら魔法を撃ち合う展開になっている。
オレもネリーも全く被弾しないものだから、魔法を受けまくった武舞台は、もはやボロボロだ。
「やるなぁ! 身体強化と思考強化、完璧に使いこなせてる。このままやってても、全然当たる気がしないな」
武舞台を縦横無尽に駆け、いくつものネリーの魔法を避けながら、いくつかの魔法をネリーに向かって放つ。
オレはネリーの想像を越える成長に驚いていた。
少し前までのネリーなら、もうとっくに避けきれなくなっている頃だ。
ある程度のレベルの戦いになってくると、身体強化だけでなく思考強化も必須であるとオレは思っている。
思考強化をしていれば、体感的に時間が何倍にも引き延ばされ、スローモーションの世界で戦っているような状態になるからだ。
相手の動きも、魔法がどこからどう飛んで来るかも、じっくり確認する余裕ができる。
ネリーがパブロ・ペール達を無傷で制圧できたのも、これによる恩恵が大きい。
ヤツらはネリーに全ての動きを見切られているように感じたはずだ。
でも、まさかここまで使いこなしているとは。
「それはこっちの台詞よ! 全っ然、当たる気がしないわ! でも、見てなさい! その余裕面、絶対歪めてやるんだから!」
ネリーは物騒な言葉とは裏腹に、楽しそうに笑って言った。
オレも楽しい。
顔が綻んでいるのを感じる。
「やってみろ!」
オレも挑戦的な言葉で返す。
アカシャに聞かずとも、何かを狙ってるのは分かってる。
ネリーが今撃っている魔法は、魔力が抑えられすぎているからな。
本命のために温存しているのだろう。
それを許さずに一気に攻めて終わらせることもできるが…。
この準決勝では、ネリーの成長を見届けると決めている。
あえて、仕掛けてくるまで待つことにした。
しばしそのまま魔法の応酬が続いたが、ついに今までとは明確に趣が違う魔法をネリーが使ったのを確認した。
『土魔法。今までと魔力量はほぼ同様。ですが、狙いが異なります。当てにきておりません』
アカシャから魔法が放たれるよりも速く情報が伝わってくる。
来たか!
今までネリーが使っていた魔法は全て、オレに直接当てるために放たれた魔法だった。
だが、ネリーがこれから放とうとしている土魔法の効果範囲は、半円状にオレを囲む壁を作るような形になっている。
なるほど。
逃げ場を潰してきた。
完全にオレの移動速度を見切って、壁までの距離も調節されている。
壁で囲んで避けられないようにして、空いた正面から本命の魔法を叩き込んでくるつもりなのだろう。
悪くない作戦だ。
でも、2つほど問題がある。
ネリーはまだ3つまでしか同時に魔法を使えない。
身体強化と思考強化で2つが埋まっているので、同時に他に使える魔法は1つだ。
だから、正面から魔法の撃ち合いをするなら、ネリーが土魔法の壁を作っている分、オレの方が一瞬速く魔法を放てる。
そして、正面から魔法の撃ち合いをするなら、そもそもオレの方がネリーより威力の高い魔法を撃てる。
大会ルールで、相手に向ける魔法は『祝福の守り』を貫かない威力までと決まっているけれど、上限ピッタリの威力でネリーより多く撃てるオレが負ける要素はない。
結局、正面から撃ち合うならオレが有利なのだ。
ネリーもそれは分かっていると思うが…。
周りに土の壁がせり上がってきたことを確認して、オレは足を止めて威力上限ピッタリの水魔法をネリーに放つ。
土魔法の直後から得意の火魔法の準備を始めていたネリーだったが、オレの水魔法を見て必死に横に跳んで避けた。
火魔法は水魔法に対して相性が悪い。
撃ち合いを避けたのは正解だ。
せっかくの土の壁は無駄になったけどな。
『ご主人様、ネリーの火魔法はキャンセルされておりません』
『なに!?』
アカシャからの念話の内容にオレは驚いた。
あんなに全力で横に跳んで、照準を定められるものなのかと。
ネリーはアカシャを持っている訳でもないのに。
その疑問は、直後アカシャから送られてきたネリーの火魔法の範囲情報ですぐに解けることになった。
照準も何もない。
自分ごと、武舞台全てに火魔法を使いやがった!
「その発想はなかったぞ!!」
感嘆の声をあげる。
オレが元地球人だからだろうか。
自分ごと魔法に巻き込むという発想はなかった。
よく考えれば、この世界の法則では基本的に自分の魔法で自分が傷つくことはないのだ。
ネリーの発想は、今の状況では極めて効果的だった。
武舞台そのものから火柱が上がる。
すげえ。
ネリーの強さは完全に想像以上だ。
でも、まだまだ戦って負けるほどではない。
火柱が上がる直前、オレは上へ跳んでいた。
10メートルほど上から、下から迫る火柱に手を向ける。
「"水龍"」
オレの"宣誓"を受けて、手のひらから水魔法でできた龍が火柱に向かって飛び出していく。
ミニドラのような翼を持ったドラゴンとはまた違うタイプの、翼のない、蛇のような長い体を持った龍だ。
水龍は武舞台から吹き出る火柱を食らうように武舞台を舞い踊る。
これで火柱は問題ないけれど。
すぐに空中で体を捻って後ろを向く。
そこには、火柱を隠れ蓑にしてオレの背後に飛び上がってきていたネリーが拳を振りかぶっていた。
ネリーの渾身の力を込めた右ストレートが顔面に向けて飛んでくる。
バシッ! っと、まるで手のひらが弾けたような音がした。
交差した手の平がジンジンしびれる。
魔法で足場を作って踏ん張ってなければ、場外まで吹っ飛ばされてたな。
「あー、もうっ! あと少しだったのに!」
ネリーが悔しがる。
「惜しかったな。いい作戦だった」
オレはネリーに笑いかけた。
アカシャに色々教えてもらっていなければ、1発か2発は食らってたと思う。
そして、このルールで1発でも食らえば、オレの負けだった。
「次は絶対1発入れるから! 今日はもう魔力切れだわ! 私の負けよ!」
落下していくネリーが、遠ざかりながら叫んだ。
10メートルも飛んで魔力切れとか、『祝福の守り』があるからって、思い切り良すぎだろ。
「凄かったよ! 2人とも!」
観客席に戻るとアレクが笑顔でオレ達を迎えてくれた。
「だいぶ手加減されたけれどね。でも、今できることはやりきったわ」
ネリーは悔しがりつつも、手応えもあったようだ。
「ネリーは本当に強かったよ。おかげで武舞台はグチャグチャだ 」
消火してもスゲー焦げ臭かったし。
「何よ。半分はアンタがやったんじゃない」
私だけのせいにするなと、ネリーが突っ込んでくる。
『よいよい。わしが全部直してやるからの』
オレ達の会話を聞いてたスルティアが念話を送ってきた。
同時に会場が驚いたようにどよめく。
武舞台が光って、そして光が収まった時には修復されていたからだ。
ちょうど別学年の次の試合が始まるところだったので、武舞台にいた選手達はことさら驚いていた。
『スルティアって、あんまり隠す気ないよな』
人の目を一切気にせずやってのけたスルティアに、少し呆れ気味の声をかける。
学園7不思議も、こうやってスルティアが自由に振る舞ううちにできたものだし。
今回のとか、まさに『再生する学園』そのものだ。
中に何かいるに違いないって思ってる人、歴史を見ても結構いるからな。
とはいえ、どこにいるか見当もつかないってだけで。
『大丈夫、大丈夫。わし、こうやって1000年やってきたし』
当の本人は呑気なものだ。
まぁ、いいけど。楽しそうだし。
「さて、次はついに決勝か。ミカエルも気合い入ってるみたいだし、楽しみだな」
綺麗になった武舞台で、仕切り直して始まった他学年の試合を眺めつつ、オレは呟いた。
会場のざわつきが凄い。
まぁ、そりゃそうだろう。
ただでさえ1学年の決勝なのに、有名なミカエル・ナドルの見た目が明らかに変わっていれば話題にもなる。
「火傷、治したんだな」
オレはミカエルに声をかけた。
白っぽい金髪。黒の目。頬に火傷の痕がなくなった精悍な顔つきの美少年。
ざわつきの半分以上は、ミカエルの素顔のせいだ。
「もう2度と、自らの炎で傷付くことはない。これはその覚悟だ」
ミカエルが答える。
ミカエルは今日ここで、"纏"を完成させるつもりのようだ。
無理だとは全く思わない。
ミカエルがどれだけ練習してきたかをオレは知ってる。
100%ではないだけで、成功率が非常に高いことも。
そして、きっと今日、それは成るだろう。
あの時のオレがそうだったように。