第30話 闘技大会⑤
「ネリー、よく頑張ったな。助けに行けなくてごめん」
オレは観客席に戻り、ネリーと合流していた。
正確には"助けに行かなくてごめん"なんだけど、だからこそオレはネリーに謝りたかった。
理由はあっても、後ろめたかったからだ。
「いいわよ。むしろ、アンタが卑怯な手に屈しなくて良かったわ。私も、あんなヤツらに屈したりしないんだから」
ネリーは腕を組んで、いつもの勝ち気な様子であっけらかんと答えた。
ネリーは無傷だ。
精神的にも参っている様子はない。
それらのことにホッとする。
「うん。信じてたよ」
無傷で勝ってくれることも、精神的に成長してくれることも、オレが脅しに屈しなかったことを許してくれることも信じてた。
感情的なことは予測ができない。
それでも信じてた。
『わしも信じておった! 一応、いざというときはネリーに傷1つ付けさせんよう準備しておったがな!』
「あたちも! あたちも遠くから見守ってたの! ネリーがちゃんとあいつらぶっ飛ばして、スカッとちたの!」
オレの言葉に続いて、スルティアとベイラが見ていながらあえて手を出さなかったことをバラしてしまった。
個人的には黙っといた方がいいかなとは思ったけど、まぁ、いいよな。
オレがそうしろって言ったことまでバラされたら、全力で謝ろう。
土下座したら許してくれるかな。
「そういえば、スルティアは学園の中は全部見れるんだったわね。忘れてたわ…。でも、みんなありがと。あいつらとは、やっぱり私が決着付けたかったから」
ネリーは本当に強くなったな。
入学式の時に泣いてた女の子はもういない。
きっと、もう誹謗中傷なんかでネリーの誇りは揺らぐことはないだろう。
「さぁ、次のアレクの試合を観ようぜ! 相手はあのミカエルだ。しっかり応援してやらなきゃな!」
ネリーはもう大丈夫だ。
そう確信したオレは話題を変えた。
武舞台では、すでにアレクとミカエルが向かい合っている。
クーン先輩の実況も始まり、もういつ試合が始まってもおかしくない状況だ。
「そうね! でも、家は大丈夫かしら? 取り潰されたりしないといいけど…。心配だわ…」
そういえば、ネリーはそういう脅しも受けてたな。
屈しはしなかったが、そのせいで本当に潰されることになったらと心配しているのだろう。
「それは、大丈夫。安心しろよ。全部、ネリーが頑張ったおかげだ。ほら、試合が始まるぞ」
パブロ・ペールが愚かにも自供したからな。
証拠映像はいつでも出せる。
女の子を10人で囲んで脅して返り討ちに合い、なおかつ過去の大罪を暴露している証拠映像を公開すればヤツらの家は確実に傾く。
こういうとき、真偽判定は便利だ。
何かしようとしてみろ、今度はこっちが脅す番だ。
ヤツらに、ネリーのように脅しに屈しない信念はあるかな?
『アカシャ。ヤツらが何かしようとすれば、すぐに教えてくれ』
『かしこまりました』
アカシャの頼もしい返事を聞く。
ヤツらには何もできない。何もさせない。
情報を制するものは、機先を制することもできることを教えてやるよ。
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「アレク、お疲れ様! いい勝負だったぞ。惜しかった!」
アレクとミカエルの試合は、残念ながらアレクが負けてしまった。
オレは観客席に戻ってきたアレクを労った。
「頑張ったけど、まだまだミカエルには及ばなかったよ」
アレクが少し悔しそうな笑顔で言う。
「いいや! あのクソジジイが大声でミカエルを止めなかったら、アレクの勝ちだった!! 素晴らしい戦いじゃったぞ!」
孫贔屓のダビドじいさんが、しれっとオレたちの中に入り込んでアレクを出迎えた。
最近すっかり威厳が消えつつある『常勝将軍』は、『大賢者』が観客席から自分の曾孫に対して出した大声のせいで、自分の孫が負けてしまったとブチキレていた。
いい加減にしろよじいさんと思わなくもないが、今回の件に関しては気持ちは分かる。
「たぶん、あの大声がなかったらミカエルは反則負けだったわよね?」
ネリーがオレの方を向いて、確認を取るように喋った。
「そうだな。あの声がなかったら、ミカエルは禁止された出力の魔法を使ってただろう」
オレはネリーに答える。
一応、ダビドじいさんやアレクにも聞こえるような声で。
アレクの強さがミカエルの想像をかなり上回っていたのだろう。
ミカエルは途中で熱くなって、つい『祝福の守り』を貫いてしまうような威力の魔法を使いかけた。
だが、『大賢者』が観客席から大声で「ミカエル!!」と叫んだことで何とか思い止まった。
あれが放たれていれば、ミカエルは反則負けになっていたのだ。
「でも、僕にはあの魔法を止める術はなかった。実力で負けてるんだ。文句はないよ」
アレクはそのことは気にしていないようで、爽やかに笑って言った。
「アレク! なんと謙虚な!」
ダビドじいさんが、「わし、感動!」とでも言いたげにアレクを見つめて叫んだ。
ボリュームを下げろ。ボリュームを。
まだ耳が悪くないのは知ってるぞ。
「今回のルールでは、試合には負けたけど勝負には勝ったようなもんだ。本当にアレクは強くなったな。誇っていいと思うぞ」
そう言って、オレはアレクに笑いかけた。
「君にそう言われると、僕は自分を誇れるよ。ありがとう、セイ」
アレクは自信に満ちた、天使の笑顔で笑った。
アレクはいつも大げさだなぁ。
嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいくらいだ。
気恥ずかしさに何と言えばいいのか迷っていると、ベイラがタイミングよく話を振ってくれた。
「アレクがもし"水纏"を成功させてたら、まだ勝負は分からなかったの」
ミカエルは反則負け寸前になった後、アレクの強さを認めて"炎纏"を使った。
アレクは何とか妨害しようとしたが、結局使われてしまった。
この時点でアレクは限りなく勝ち目が薄くなったが、アレクは一か八か、まだほとんど成功させたことがない練習中の"水纏"を使った。
結果は、何とか隙を見て2回試したものの、2回とも失敗。
2回目の大きな隙は見逃してもらえず、アレクはあえなく敗退となった。
「どちらにしろ、まだ及ばなかったと思うけどね。でも、あれは試合だからできたことだよ。そうだろ? セイ」
ベイラの話を受けて、アレクがオレに質問をしてきた。
「そうだな。実戦であれば、不確実な"纏"を試すより、逃げを選ぶ方が生き残る確率はずっと高い場面だった。さすがアレク、よく学んでる」
アレクも素晴らしい成長を遂げている。
アレクもネリーも、訓練の成果がしっかり身になってるようで何よりだ。
この調子なら、ダンジョン攻略も心配いらなそうだな。
今から楽しみだ。
「私もよく学んでるってこと、準決勝でアンタに見せてやるわ」
ネリーがオレを見て、好戦的に笑った。
気が早いが、オレとネリーが勝ち上がることは間違いないだろう。
オレもネリーを見て笑った。
楽しすぎる。
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「ああああああ!! 平民め! 平民め! 平民めえええ!!」
自室の椅子を床に叩きつけ、破壊する。
どれだけ物に当たっても、怒りがおさまらぬ。
そんなことは分かっていても、この怒り、他にどこに向ければ良いと言うのだ。
「で、殿下…」
教頭が恐る恐る声をかけてくる。
また言い訳か! 聞き飽きたわ!
私は教頭を睨み付ける。
「無能め! 貴様にはもう期待せん!」
教頭を足蹴にする。
「お、お許しください! まさか暗部が裏切るなど…」
蹴られた教頭が平伏しながら許しを乞う。
許せるものか。平民に出し抜かれおって!
「貴様らも! 『無能』のトンプソンなどに10人がかりで叩きのめされただと!? 恥を知れ!!」
ずっと土下座の体勢で何も言わないペール達にも怒りを向ける。
こやつらや教頭が絶対に勝てると言うから、私自らがセイ・ワトスンを降すこととしたのだ!
それが、このザマだ!
よりによって、この私が平民に負けるなど、あってはならぬことが起こってしまったではないか!
くそ。くそ。くそおおお!
確かに父上は、セイ・ワトスンには手を出すなとおっしゃった。
しかし、あれは平民だ!
なぜ平民に譲らねばならぬ。有り得ん!
また父上は平民を優遇しようと言うのか。許されぬ!
覚えていろ、セイ・ワトスン。
今後どんな手を使っても、貴様に平民とはどうあるべきかを思い知らせてやる。
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「お曾祖父様…。申し訳ありません。ありがとうございました」
私は観客席で、先ほど反則負けとなるところを、すんでのところで止めてくれたお曾祖父様に謝罪と感謝をした。
「うむ。ミカエル、分かっておるな?」
『大賢者』とまで呼ばれるお曾祖父様の声は重い。
私は緊張しながらも、思っていたことを答えた。
「私はまだまだ未熟です。そして、セイ・ワトスンは私より遥かに強いでしょう」
やっと認めることができた。
あのズベレフの成長。
闘技大会のルールで"纏"無しで戦ったならば、私の負けだったかもしれない。
その成長の原因であろうセイ・ワトスンが、私の力を大きく越えるであろうことは容易に想像がつく。
「そうじゃ。いい機会だから覚えておけ。上には上がおるのじゃ。世界にはワシより強いものもおる」
お曾祖父様よりも強いものなど、私には想像もできない。
しかし、お曾祖父様がそう言うのならば、そうなのだろう。
「はい…」
お前はセイ・ワトスンには勝てない。
そう言われた気がして、どうしても声のトーンが落ちてしまう。
「じゃが、自分より強い者を越えていくことはできる。自分の弱さを認めて、はじめて『挑戦』ができるのじゃ」
お曾祖父様の言葉は、まさに今の私に必要な言葉だった。
「挑戦…」
私はお曾祖父様の言葉を噛み締める。
「ミカエル。セイ・ワトスンに挑戦せよ。今のお前なら、それができる」
『大賢者』が笑う。
やるべきことが見えた。
恐れはある。
しかし、力が漲ってくる。
セイ・ワトスンは私より強い。
私はまだまだ未熟だ。
そう。
だからこそ、上を目指し『挑戦』するのだ。