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第29話 闘技大会④

「当たれぇぇ!!」



 ノバクは鬼気迫る形相ぎょうそうで火魔法を使った。


 ノバクの周囲にいくつかの火の玉が浮かび、オレに向かって放たれる。


 弾数を増やして何とか当てたいようだけど、照準も弾速も弾数も足りなすぎる。


 高速で動き回るオレを全く捉えられていない。



「殿下、動き回る相手に魔法を当てたいなら、最低でも身体強化は併用へいようすべきですよ。視力も強化されますから」



 ほとんど回避行動をとるまでもなく火の玉をくぐってノバクに近づき、細心の注意を払って軽い腹パンを食らわせる。


 アカシャが計算してくれた、『祝福の守り』が発動しないギリギリの絶妙な力加減である。


 アドバイスはサービスだ。



 一見いっけんいい試合に見えるのだろう。

 クーン先輩と会場は盛り上がっている。



「ワトスン・・・、ごほっ。貴様ぁ、家族やトンプソンがどうなっても良いのか?」



 ノバクは腹を手で押さえながらおどしをかけてきた。


 さっきの当たれって、もしかしてオレが自分から当たりに行くことを期待しての言葉だったのか?


 まだ自分が人質をとっていると思っているらしいな。



「殿下、知ってます? セヨン家の暗部ってメチャクチャ給料少ないんですよ。家族も人質にとられてるんです」



 オレは再びノバクと少し距離をとった後、世間話をするような形でノバクに話を振った。



「突然何の話を…」



 ノバクは突然の話に困惑した様子だったが、すぐにハッとした顔になった。

 気付いたかな。


 答え合わせをしてあげよう。



「そんな状況で、罵声ばせいを浴びせられながらこき使われてる人達が、人質がいなくなったらどうするでしょうね?」



 しかも、とてもいい給料で雇ってくれる再就職先も用意されていたら?


 彼らは喜んでワトスン家の諜報ちょうほう部隊に転職してくれた。


 オレはいい笑顔でノバクに問いかけた。



「教頭めぇ!! 何が今回は完璧に上手くいっているだ! 使えんヤツめ!!」



 ノバクは怒りの形相で観客席の教頭をにらみ付ける。


 教頭はこの試合が始まってから、もう何度目になるか分からないほど暗部のかしらを呼んでいるが、来ない。


 教頭の顔は真っ青だ。


 つい先ほどまで教頭の近くに常に待機していた暗部の頭は、この試合が始まると同時に演技を止めて去っているのだから当然だ。



『アカシャ。変化へんげの魔法も、もういてもいいよな?』


『はい。もう気付かれても問題ありません』



 アカシャに確認をとって、セヨン家の暗部の人質がまだいるように見せかけていた変化の魔法を解除した。


 教頭に対しては、全て上手くいっているかのように勘違いするよう情報操作していたのだ。


 もちろん、情報操作が成功していることまでアカシャは把握はあくしていた。


 やはり、オレのアカシャは世界一優秀だね。



「さて、ネリーを人質にする作戦の方はどうなるでしょう? ネリーが打ち勝つのか。()()ペール達にいいようにされてしまうのか」



 怒るノバクに言葉を投げかける。



「貴様ぁ。ずいぶん余裕だが…。トンプソンが人質になったら、どうなるか分かっているだろうなぁ」



 ノバクは額に青筋を浮かべて、まゆをピクピクさせながら答える。



「ネリーを信じてますから。決着がつくまで、戦いながら歴史の授業をしましょう。ガエル・トンプソンについての、正しい歴史の授業です」



 オレは再びノバクに向けて走り始める。



「く、来るな! 無能の象徴のような者が何だというのだ!」



 おびえているのか、ノバクの腰が引けている。


 ノバクがオレを近付けないためだけに放ったような魔法をことごとく迎撃していく。


 適当に撃ちすぎてゴミみたいな威力だ。



「無能なものか。あの人は英雄だ。王族こそ真実を知るべきなのに」



 アカシャがリアルタイムで見せてくれている映像では、ネリーがパブロ・ペールをはじめとする10人ほどの人達に囲まれ、壁際に追い詰められていた。


 いや、きっと背後から襲われないように、わざと壁を背にしたのだろう。



 頑張れネリー。


 いじめに、卑怯な手に負けるな。


 お前は自分を、家を、誇っていいんだ。





 ------------------------------------------------





「ガビッチを脅してまで私を呼び出して、こんな人数で囲んで何がしたいのよ。アンタ達は」



 私は今、闘技場の裏で、なんとか・ペールやテイラー・なんとか達に囲まれている。

 1学年だけじゃなく、他の学年もいるみたい。


 ノバク王子の取り巻きは見たことあるけど、名前ははっきり覚えてない。

 本当は貴族として、ちゃんと覚えなきゃいけないんだけど。


 アンドレ・ガビッチが必死な顔で、「頼む付いてきてくれ! でないと家が潰されてしまう!」と言うから、仕方なく観客席からここまで来た。


 どうしても1人でって言うから、ベイラを置いて。


 そのガビッチは私を連れてきたことで許されたみたいで、逃げていった。


 ガビッチもいつも私をバカにする嫌なヤツだけど、家を潰されるのはかわいそうだったから、良かった。



「お前を人質にして、セイ・ワトスンを脅すんだよ。殿下に負けるようにな」



 ねずみみたいな顔のなんとか・ペールがキンキン声でしゃべった。



「今頃、あの平民は殿下に無様に負けているだろう。殿下はヤツを初めて負かした者として栄光を手にする」



 大柄で強面のテイラー・なんとかが偉そうに喋った。



「はぁ? バカなの? いくらノバク様でも、セイに勝てるわけないわ。あいつメチャクチャ強いんだから」



 私もアレクも強くなった。

 悔しいけど、そこに私達よりもっと強いベイラを加えても、セイには手も足も出ない。

 底すら見えない。


 あいつはたぶん、あのミカエルよりも強い。


 ノバク様が勝つなんて、全く想像できない。



「バカはお前だ。強さなんて関係ない。お前のせいで、あの平民は負けるんだよ。トンプソンを無事に返して欲しければ、わざと負けろって言われてなぁ」



 ペールがキンキン声で笑う。

 他のヤツらも一緒に笑いだした。



「私のせいで、セイが負ける?」



 もっと卑怯な手を使ってくるかもと言っていたセイの言葉を思い出す。


 確かに、セイは厳しいけど優しい。


 脅されて負ける。そういうことも、あるかもしれない。


 無事なところを見せないと。


 私は急いで観客席に戻ることにした。



「おっと、ここは通さん」



 テイラーが私を通さないように目の前をふさぐ。


 他のヤツらも私を逃がさないように周りを囲んでいる。



「どきなさいよ」



 私はテイラーをにらみ付けた。



「いやだね。しかし、トンプソン家か。我々と敵対するなんて、運命的じゃないか」



 テイラーの横にいるペールが答えた。



「何のことよ?」



 私はペールが言っていることの意味が分からなかった。



「おや、知らないのか。くく。無能のトンプソン家を無能にしたのは、ここにいる我々の家だということだ」



 ペールは、ニヤニヤ笑いながらキンキン声でそう言った。

 他のヤツらも、愉快そうに笑っている。


 分かりづらい言い方だったけれど、私はペールが何のことを言っているのか分かった。







「お前達には、すまぬことをしたと思っておる。降爵こうしゃくは、全てワシの不甲斐なさが原因じゃ。だが、それでもワシは国と民を守れたことを誇りに思う」



 そう言ってお祖父様じいさまは亡くなった。

 一昨年おととしのことだ。



 30年ほど前、お祖父様はヘニル国とのいくさに破れたとき、殿しんがりになって自軍以外の全てを守りながら退却を成功させた。


 お祖父様の必死の抵抗で、ヘニル国は戦に勝ちながら追撃も侵攻も満足にできずに国へ戻っていった。


 その戦いでお祖父様は片足を失い、半死半生の状態で王都に戻った。

 共に戦ったという貴族に運ばれて。


 お祖父様が意識を取り戻したとき、全ては遅かったらしい。


 お祖父様は敗戦の戦犯とされていた。

 最初にお祖父様の軍が壊滅したことで戦線が崩壊したということになってしまっていたのだ。


 無能のトンプソンのせいで戦争に負けた。

 そういうことになっていた。


 お祖父様が殿しんがりになったからこそ助かったのに、守った全ての貴族に裏切られた。


 そんなのひどすぎると、話を聞いた私は泣いた。







 国が救えた。それでいいと言いながら歯を食いしばって生き、死んでいったお祖父様。


 爵位をのこしてやれないことだけが心残りだと言っていた優しい手のぬくもりを思い出して、涙がこらえられなくなった。



「お前達が…。お前達の家が、お祖父様を裏切ったのね!」



 私は涙を流しながら叫んだ。


 お祖父様は、一度たりとも恨み言は言わなかった。

 悔しくないはずなかったのに!


 お祖父様は、一度たりとも裏切り者の家名を言わなかった。

 当然、全部分かっていたはずなのに。


 だから私も、調べたりはしなかった。


 それがこんな、今でもずっと卑怯な手を使って、お祖父様のことをニヤニヤしながら話すようなヤツらだったなんて!



「おい! 今すぐトンプソンを連れて闘技場に来い! あの平民、脅しに屈する様子がない! 直接見せつけて思い知らせるんだ!」



 闘技場から焦った様子で走ってきた男子が、ペール達に向かって叫んだ。


 そう…。

 あいつは、卑怯な手に屈しないのね。



「っっ!! トンプソン、来い!」



 テイラーが私の腕に手を伸ばす。


 私は右手でその手をはねけた。


 左手で、できるだけ眼球の魔法陣が見えないよう隠す。


 セイから教えてもらった、ほとんど真理と言っていいような身体強化の魔法陣。

 あんたらなんかに見せてやらないんだから。


 大柄のテイラーだろうが、身体強化された今の私と比べれば大した力じゃない。


 そのまま左腕でぐいっと涙をぬぐって、右手で取り出したサングラスをかける。



「いいのか? 我々に、ノバク様に逆らえば、トンプソン家は取り潰しだぞ!」



 ペールがキンキン声で叫んで、サングラスをかける。


 他のヤツらも全員、サングラスをかけた。



「そんなことさせない! 私の名前は、ネリー・トンプソン。『貴族の中の貴族』ガエル・トンプソンの孫。『腐った貴族』のあんたらなんかに、負けないんだから!」



 たとえそうなっても、トンプソン家は誇りを失わない。

 お父様とお母様も、きっと分かってくれる。


 世間の言葉に心を壊してしまっても、家は落ちぶれてしまっても、細々とだけど民のために働き続けてる人達だから。



つかまえろ! ある程度痛め付けたっていい!」



 テイラーが叫んだ。


 負けないわ。


 こんなヤツらさっさと片付けて、セイがノバク様をぶっ飛ばすところを観てやるんだから。





 -------------------------------------------------





「これがガエル・トンプソンの真実です。あなた達は救国の英雄を無能扱いしてきたんですよ」



 オレはノバクにガエル・トンプソンのやってきたことを伝えた。

 戦争のことだけじゃない。

 日々、庶民のために働き、『貴族の中の貴族』と呼ばれていたこともだ。



「証拠などない!」



 オレに転ばされて擦り傷だらけのノバクが、起き上がって土魔法を放ちながら叫ぶ。



「あの戦争に参加してたパブロ・ペールの祖父じいさん達を真偽判定にかければ分かることなんですけどね」



 武舞台の地面からオレをつかまえようと伸びてくる土の塊をひょいひょいと避けながら、やろうと思えば証拠はあることを指摘した。



「たとえそうだったとしても、だまされる方が無能なのだ! 貴族というのはそういうものなのだ、平民め!」



 ノバクの言いように、オレは少しイラっときた。



「国を救いながらも、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだ。それでも愛国心を絶やさなかった人がネリーに何を継承したか、お前に分かるか?」



 少し乱暴な言い方で、ノバクに問いかける。



「はっ! 男爵家だろ。しみったれた、降爵した男爵家だ」



 オレの問いかけに対して、吐き捨てるようにノバクは言った。



「誇りだ。国と民を守るという精神だよ。ガエル・トンプソンは、誰よりも貴族だった」



 オレはそう思う。


 騙し合いや足の引っ張り合いをするのが真の貴族であるなんて思いたくない。



「セイー!!」



 後ろから、ネリーの声が聞こえる。


 振り向くと、観客席の一番上でネリーが手を振っていた。


 まぁ、全部見てたから、知ってたけどね。

 オレも手を振り返す。


 学園長も少しほっとした顔をしていた。


 ネリーはよく頑張った。

 こうして直に見てみると、ふっ切れた顔をしているのがよく分かる。



「バカめ!」



 背中を見せたことに対してか、先ほどの言葉に対してか、ノバクは言葉を放った。


 背後から全力の身体強化で殴りかかってくる。


 一応、ノバクが持つ手段としては最速でオレに到達する最善手か。



「ネリーが無事に戻ってくるまで、って言ったでしょう」


「へぶ!?」



 オレの裏拳がノバクのほおにめり込む。


 ノバクは『祝福の守り』の光に包まれながら、場外へとふっ飛んでいった。



「勝者、セイ・ワトスン!」



 学園長が少しあきれたような勝利コールをする。


 実況はやけに盛り上がってるけどな。


 クーン先輩、ノバクに恨みでもあるんだろうか。

 アカシャに聞いてないから知らんけど。



『これで第2王子とは完全に敵対したことになるでしょう』



 アカシャが念話をしてきた。


 今までは向こうがどれだけ敵意を示してきても、こちらからは何もしてこなかった(と思う)。



『そうだな。何か問題あるか?』



 言わなくても分かるようなことで、わざわざアカシャから念話とは珍しい。

 何か問題があったか、少し気になる。



『いいえ。何の問題もありません』



 アカシャの声は少し嬉しそうだった。


 うわぁ。

 ノバク、アカシャさんにメッチャ嫌われてるぞ。




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