第27話 闘技大会②
1学年1回戦第1試合。
僕の試合は大会を通して1番最初に行われる。
スルティアが行った、大会史上初となる開会式での演出に開場が冷めやらぬ中、僕と対戦相手の1軍の男子はさっそく武舞台に上がっていた。
「あーあ。1回戦は勝って当たり前の『レベル1』。2回戦は勝てるわけがないミカエル。最低の山だ」
眼前の彼は項垂れた様子で愚痴を言っている。
「確かに僕はレベル1だった。でも、今は違う。胸を借りるつもりで頑張るよ。いい試合にしよう」
僕は彼に握手を求め手を差し出した。
緊張と、そしてワクワクが止まらない。
今は、自分の力を試したくてしょうがないのだ。
物心が付いた頃から、ずっとベッドの上だった。
どんなに憧れても、どんなに蔑まれても、僕は体を鍛えることはできなかった。
せめてできることをと、勉学と瞑想に明け暮れた。
数ヵ月もの瞑想で増える魔力が、たった1レベル上げるだけで増える魔力に劣ることは知っていた。
それでも僕は4年もの間瞑想をやり続けた。
それしかできることがなかったからだ。
口惜しかった。
僕が、お祖父様が、家が、何と言われているかは知っていた。
僕は周りには笑い、気にしていないように振る舞いながらも、絶望と悔しさにまみれながら、せめてもの抵抗を続けた。
あの日々は、無駄ではなかったのだ。
セイが魔力の本質について教えてくれたとき、どれほど僕が嬉しかったか、誰も解るまい。
鍛えた後に目に見えて成果を感じる喜びは、筆舌に尽くしがたい。
時々、セイの鍛え方には疲れてしまうときはあるけれど。
その喜びを思い出すと、どこまでだって付いていける。
あの絶望と無念に耐え、それでも頑張った日々は、無駄ではなかったのだ。
それを、今日、試せる。
こんなに楽しみなことがあるだろうか。
「お、おお…。なんだよ、初めて玩具を貰った子供みたいな目をしちゃってさ…」
彼は戸惑いつつも握手に応じてくれた。
僕はそんな目をしていたのか。
言われてみれば、確かに人生で一番ワクワクしているかもしれない。
「ほっ、ほっ、ほ。楽しみじゃのぉ。審判はワシが務める。お互い思いっきり戦うと良い」
学園長先生が僕達に対して声をかけてくれた。
武舞台には、僕達3人だけが立っている。
僕ははやる気持ちを抑えて拳を握った。
「さあ! いよいよ始まります! 1学年1回戦第1試合!」
元気な声が会場中に響いた。
闘技大会には学生の実況が付く。
ちらりと観客席の中に設けられている実況席を見ると、よく日に焼けた男子が座っていた。
あの先輩は見たことがある。
4年生のオリバー・クーン先輩だ。
ギルドに行ったときにセイが『商人会』に誘われたと言っていた。
後日行ったようで、なかなか面白かったらしい。
「対戦者は『公爵家』アレクサンダー・ズベレフ様と『伯爵家』ニコロズ・ペジャ様! 金髪の方がズベレフ様です!」
先輩が僕達の紹介をしてくれる。
名前を呼ばれたときに、軽く頭を下げておいた。
お祖父様の声が聞こえるけれど、聞こえないふりをしておく。
家族が観に来て声援を送っている家なんて他になくて、少し恥ずかしい。
それにしても、身分を問わないこの学園で、貴族の称号をあえて実況したのはなぜだろうと思っていると、すぐにその答えが続けて実況された。
「実況は、教頭先生から絶対に称号を喋るようにと厳命されました、しがない『商人』オリバー・クーンがお送りいたします!」
教頭先生の命令だったらしい。
先輩の躊躇いのない暴露に、思わずクスリと笑ってしまった。
セイが面白い人というだけはある。
「やれやれ。教頭先生もオリバーも、仕方がないのぉ。まぁ、良い。始めよう」
学園長先生がため息をつきながら、右手を上げた。
僕とペジャがサングラスをかける。
緊張のせいか、集中のせいか、大して強くもない風の音が聞こえる。
「1学年1回戦第1試合、始め!」
学園長先生が右手を振り下ろした。
僕はすぐさま自身に身体強化をかけて左に走り始め、同時に爆裂魔法の詠唱を始める。
「ついに始まりました! ズベレフ様が走り出す! ペジャ様は何かの魔法を、え!?」
クーン先輩の実況が突然途切れた。
僕も驚いて目を見張る。
ペジャが開始直後に僕のいた位置に右手を向けて、そして何もしないうちに僕の爆裂魔法の直撃を受けたからだ。
ペジャは真っ白な光に包まれている。
爆裂魔法の光とは違う。
何かの防御魔法か。
「勝負ありじゃ! ニコロズの『祝福の守り』が発動した。勝者、アレクサンダー・ズベレフ!」
学園長先生の勝利判定が行われるも、会場はシーンと静まり返っている。
あの光は、『祝福の守り』の光だったのか。
少しの間静まり返っていた会場だけど、すぐに2つの拍手が聞こえてきた。
セイとお祖父様だ。
その後すぐにネリーとベイラと、それからミカエルと『大賢者』様が拍手をしてくれた。
他にもまばらに拍手が聞こえてくる。
徐々にざわめきが起き始め、クーン先輩の実況が入る。
「何が起きたのか分からなくて途切れてしまいましたが、アレクサンダー・ズベレフ様の電光石火の勝利です! いやもう、なにがなんだか! きっと会場の皆様も僕と同じ気持ちでしょう!」
酷い言いようだけど、僕も同じ気持ちだ。
なぜペジャは何もせずに魔法を受けたのだろう?
狐につままれた気分になっていると、そのペジャが叫んだ。
「ふ、不正だ! 外から誰かが魔法を放った!」
ペジャの言葉は、想像していたものと全く違った。
これはもしかすると、そういうことなのだろうか。
「いや。先ほどペジャを襲った爆裂魔法と思われる魔法じゃが、間違いなくズベレフから放たれていたと断言しよう」
実況席でマイクをクーン先輩から借り受けた『大賢者』様が、ペジャと会場に向けて解説をしてくれる。
その後ろで、お祖父様が『大賢者』様からマイクを奪おうとして手を伸ばしているけれど、額を手で押さえられて阻まれている。
恥ずかしいから、止めて欲しい。
「だって! ズベレフは僕に手を向けても、発声してもいないじゃないか! 横に走っただけだ!」
ペジャは拡声してもいないのに会場全体に響くほどの声で『大賢者』様に反論をした。
やっぱり、そういうことか。
信じられないけれど、ペジャは何も分かっていないらしい。
「分かっておらん者は全員よく聞け。"限定"や"宣誓"はな、威力と精度を上げるものにすぎん。十分に訓練した者にとっては、対人戦ではフェイント以外には意味をなさん」
『大賢者』様は少し機嫌が悪そうに話した。
お祖父様や学園長も頷いている。
「でも、"限定"や"宣誓"は基本中の基本だって習って…」
ペジャはさらに言い訳を述べた。
「動かない的や、魔物にならな。考えてもみろ。今からここに、こんな魔法を放ちますと宣言してから放っているのと変わらんじゃろ。対人戦ではハンデにすらなり得る」
なぜそれが分からんと後ろに付きそうなくらい機嫌が悪そうに、『大賢者』様はペジャに言って聞かせた。
「あっ…」
ペジャが少し呆けたような顔で言葉を発した。
かみ砕かれた説明で、理屈を理解したのだろう。
「その点、ズベレフは素晴らしかった。相手に的を絞らせぬよう開始直後に移動を始め、おそらく爆裂魔法は牽制程度に放ったんじゃろう。当たってしまったことに驚いている様子には、笑ってしまったがな」
さっきまでとは打って変わって機嫌が良さそうに、獰猛な笑みを浮かべて話す『大賢者』様。
だってあれくらい、避けるか防いで当たり前だと思っていたから。
手を伸ばしたのも、フェイントかと思って。
よく考えると、僕はセイとネリー以外の人間が戦闘しているところを見たことがなかった。
もしかして僕は、僕が思っていた以上に強くなっているのだろうか。
「そういうことらしいです! 勉強になりました! 説明をしてくださった『大賢者』様、素晴らしい戦闘を見せてくださったズベレフ様、ありがとうございました!」
再びクーン先輩の実況が入り、今度は会場が歓声に包まれた。
その後、観客席に戻ると、お祖父様が涙をいっぱい浮かべて抱きしめてくれた。
「おお…アレク。すっかり、たくましくなって。ワシは感動したぞ」
最近のお祖父様は、以前の威厳あふれる姿はどこにいってしまったのだろうと思うくらい感情豊かだ。
このお祖父様も、もちろん好きではあるけれど。
ちょっと恥ずかしいから止めて欲しい。
「お祖父様、人の目もありますから。喜んでいただけることは嬉しいですが…」
そう言って、僕もお祖父様にギュッと抱きついて背中をポンポンと叩いてから、早々に離れることにした。
お祖父様の後ろには、僕の大切な友人達がいる。
「1回戦突破おめでとう、アレク。いい動きだった!」
「あれくらいは当然よね! でも、おめでとうアレク!」
「おめでとうなの! 相手がちょっとかわいそうなくらいだったの」
『わしもわしも! おめでとうなのじゃ! アレク!』
みんなが口々に僕を祝福してくれる。
スルティアまで念話で誉めちぎったくれた。
僕も心を込めて、ありがとうと返す。
「セイ、君から聞きたいんだ。僕は、強くなったかな?」
最も信頼する、僕の心を救ってくれた友人に、聞きたかったことを聞く。
「ああ。強くなった! そして、これからもまだまだ強くなるぞ!」
セイはいつものように、やんちゃな感じの笑顔で断言してくれた。
セイの言葉で、強くなったという確かな実感を得る最後のひと押しをもらえた。
目頭が熱くなるのを感じる。
あの辛い日々は報われた。
病気になって良かったとはとても言えないほど辛い日々だったけれど、それでもあの日々があったからこそ今の僕がいる。
頑張って良かった。
頑張って良かった。
頑張って良かったんだ。




