第25話 闘技大会へ向けて
「お前らの魔法もかなり強くなってきたな!」
大岩から飛び降りて来たセイが、ニヤッといたずらっぽく笑って言った。
私たちは今日の放課後も学園の森で、最近の日課になってるスルティア式モンスター狩りをやっていた。
「まだ魔力余ってるけど、もう終わりなの?」
いつもなら限界まで狩らせるのに。
珍しいと思って、聞いてみた。
「うん。今日のレベル上げはこれで終わり。闘技大会への出場が決まったからな。戦闘訓練をしよう」
セイは、ただレベルを上げるだけじゃなく、戦い方も練習しないと強くなれないと言った。
私は何を当たり前のことを、と思った。
そんなの、常識だわ。
「いいわね。セイ、アレク、勝負よ!」
私は腕を組んで言い放った。
ミニドラちゃんも、私に合わせて咆哮を上げる。
最近はずっと楽しい。
自分の顔が、自然に笑っているのを感じた。
セイが戦闘訓練って言った理由、よく分かったわ…。
私やアレクは、近付かれすぎると途端に弱くなる。
冒険者活動での経験で、最低限の身を守る必要は感じていたけれど全然足りなかったわね。
アレクはそれもない分、私よりもっと酷かった。
セイにさんざん弄ばれながら、私達は戦闘での体の動かし方や注意すべきことなどを教えてもらった。
途中からベイラも混ざって、セイ対他全員で戦ったけれど、どちらにしろ勝負にもならず弄ばれた。
くやしい…。
魔力も体力も空っぽになった私達は、地面に大の字になって切れる息を整えていた。
セイだけは平然とした様子で、動けなくなった私達を尻目にスルティア式モンスター狩りを再びやり始めた。
こいつの視界はどうなっているのだろうか。
寝てる私達の横に座っているのに、少し遠くに出てきたモンスター達は正確無比に現れた直後に倒されていく。
そんな様子を見ながら、私はふと、ずっと聞いてみたかったことを聞いてみることにした。
「ねえ…。あんた達は、私のことバカにしないし、怖がらないわよね。どうして?」
ほとんどの人は、私のことを『無能のトンプソン』とか『タダ飯食らい』とか『降爵家』ってバカにする。
爵位の降格は貴族最大の不名誉なのに、トンプソン家はそれが2代連続で続いているからだ。
そして、初めて私の能力を見た人はほとんど皆、私を怖がる。
パパとママに初めてミニドラちゃんを見せたときの2人の表情を、私は一生忘れられないだろう。
でも、この2人は、ベイラやスルティアもだけど、初めて会ったときから一度も普通の人と同じような反応をしたことがない。
私はそれがどうしてか、ずっと気になっていた。
「僕は、人をバカにできる立場じゃないからね。それに、僕が怖いのは、何もできないことだけだ。病気とかでね」
アレクが笑って言う。
そういえば、たった1人になってしまったズベレフ家の子供は病弱で、家から出ることもできないって聞いたことがあったかも。
アレクのことだったのね。
「オレは、ネリーが頑張ってることを知ってるし、ミニドラ達が危ないモンスターじゃないって知ってるからかな」
セイもニヤッと笑って言った。
初めてセイに会ったときは、バカにされてるかと勘違いした。
でも、全然違った。
頭に妖精を乗せて、父親と楽しそうに試験を受けに来ていたセイに、私が嫉妬していただけだった。
今考えると、初めからセイは一度も私を嫌っても怖がってもいなかった。
私は知らず知らずのうちにそれに甘えて、セイに突っかかっていた。
穴があったら入りたい…。
セイは私のことを解ってくれていたのね。
いつも思うけど、不思議なヤツだわ。
「そうする理由がないの!」
ベイラは私のこと頭が悪いとか、バカにするじゃない! と思ったけど、ベイラに言われるのはムカつくときはあっても傷つくことはないわね。
ベイラはいつだって、悪気なく思ったことを言ってるだけなのね。
ベイラが私に好意的なのは感じるし。
『と、友達じゃからな! 当然じゃろう!』
スルティアが念話をしてきた。
真っ赤になって喋る姿が目に浮かぶわね。
念話ごしでも、いっぱい大好きって気持ちが伝わってくる。
私も少しだけ回復した魔力を振り絞って、覚えたばかりの念話の魔法を使った。
『ふふ。ありがとう。スルティア』
これだけで、私のいっぱい大好きも伝わったはず。
人間以外なら、こんなに簡単なのに…。
「あんた達も、ありがとう」
こんなことを人間相手に言ったのは初めて。
私の顔も真っ赤になっていると思う。
「大好き、って言ってるの!」
ベイラが『意思疎通』で伝わった私の気持ちをバラした。
人間に素直になれない私は、恥ずかしさのあまり、怒ったふりをしてベイラを追いかけ回してしまった。
皆が笑う。
学園でできた初めての友達は、私のことを解ってくれる。
お父様とお母様も少しでもいいから、弟のヨシュアのことだけじゃなく、私のことを見てくれたらいいのに。
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「学園長も、『大賢者』も、ミカエルも! 何を考えているのだ! 闘技大会にセイ・ワトスンを参加させるだと!? 辞退させておけばいいものを!」
教頭からの報告を受け、私は自室で怒りの声を上げた。
ただでさえ平民に恥をかかされているのだ。
3冠など取られれば、衰えた実力主義が再び台頭してくる可能性すらある。
ようやくスルティア学園も権力主義に染まりつつあったのに、あの平民が全てを台無しにしていく。
「貴様も使えんヤツだな! シャイアン・セヨン!」
私は教頭を叱責した。
そもそも、この女が失敗に失敗を重ねなければ今の状況にはなっていない。
「申し訳ありません、ノバク様。ですが、国際大会の辞退だけは絶対に覆らないことは認めさせました」
教頭が言い訳を述べた。
平民が国際大会の代表などあってはならない。
国際大会には観客も入る。
貴族が平民に負けたことを宣伝するようなものだ。
せめてそれだけは避けられたことに、少しだけ溜飲を下げる。
「そうか。だが、闘技大会を辞退するからこそ、国際大会を辞退する大義名分があったのだ。闘技大会でまで活躍されて、国際大会は辞退では示しがつかん」
どうするつもりだと、教頭を睨み付ける。
「より手段を選ばず、必ずやセイ・ワトスンとその仲間を早々に敗退させます」
闘技大会で早々に敗退すれば、国際大会に選出されない理由にもなる。
教頭はそれを狙うつもりらしい。
「できるのか?」
これまで失敗してきたのだ。今回成功するかは疑問である。
「手段は選びません。王都にいる家族を人質にすれば、セイ・ワトスンも言うことを聞くでしょう」
わざと負けるように命令するということか。
「ノバク様、我々も動きます」
パブロ・ペールが嫌らしい笑みを浮かべて奏上してきた。
共にいたテイラー・デミノールも頷いている。
「やってみろ。決して、平民の活躍を許すな」
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「ワトスンさん、自前の諜報部隊が欲しいんだよね?」
少しだけ久しぶりに会ったセイくんは元気そうだった。
セイくんはスルティア学園入学後もちょくちょく帰って来てくれているが、さすがに以前ほどは会えていない。
セイくんのことだから、僕の方の近況は全て把握していると思ってセイくんの近況ばかり聞いていたけれど、やはりこちらのことは把握していたらしい。
そう、僕はセイくんと会ってから情報が極めて重要なものだということに気付かされた。
セイくんに頼らずとも情報を得られるよう、いつか自前の諜報部隊を作りたいと思っていた。
グループも大きくなり余裕ができて、まだセイくんから以前ほどではないものの情報を得られている今のうちに作っておくべきだと考え、動き始めていたのだ。
「さすがセイくん。お見通しか。分かってると思うけど、苦戦中だよ。何より教育が大変なんだ」
情報を集めることだけに特化した人材なんて手に入らない。
だから、ゼロから教育をするしかない。
とはいえ、どのような教育をするかのノウハウもない。
四苦八苦している最中だ。
「もうすぐセヨン家の暗部が来るんだ。せっかくだから、まとめてもらい受けて、ワトスン家の諜報部隊に入れよう」
待って。
大丈夫なの、それ!?
よく分からないけど、僕すごく怖いんだけど!
「かわいそうに。あの人達、やってることの割に給料低すぎるんだよね」
頭が混乱する僕をよそに、セイくんは話を続けている。
どうする僕。
…まずは落ち着こう。
そう思って、僕は前にセイくんから聞いた情報、素数を数えて落ち着くという方法を試し始めた。