第20話 学園の支配者
「ごめん! たぶん、お前らを巻き込んだ!」
学園長室に呼ばれた次の日、オレは自室にアレクとネリーを招き、謝った。
「いいよ。何があったのかは知らないけど、僕は君に付いていく」
天使アレクは、仕方がないなぁという笑顔を浮かべながらも、迷いなく言った。
「ちょ、アレク! 私は良くないわよ! 何があったのよ!?」
ネリーが説明を求めるのは当然だ。
むしろアレクは許してくれるの早すぎじゃね? ありがたいけど。
オレは2人に、教頭から国際大会を辞退するように言われ、それを了承してしまったことを話した。
そして、チームを組んでいた2人も巻き添えを食う形で出場できなくなる可能性があることを伝える。
「ええ!? あんなに、誰が見ても圧勝だったのに、代表になれないなんておかしいじゃない!」
ネリーが話を聞いて憤慨する。
「スルティア学園は実力主義だったはずなのに…」
アレクは今の学園の状況にがっかりしたようだ。
「まぁ、でもアンタが謝ることはないわね! 許してあげるわ!」
ネリーは元気に、胸を張って言った。
オレが思ってたよりあっさりと許してくれたな。
功績がかかってるから、ネリーは代表にもっと拘ると思ってたけど。
「うん。ネリーの言うとおり、君が謝ることはないよ。代表になれるとしても、ほとんど君の力だしね。君が抜けるなら、ネリーはともかく、僕は抜けて当然さ」
アレクもいい笑顔で言った。
「悪いな。ありがとう」
許してくれた2人に感謝を伝える。
理由はどうあれ、オレが勝手にした判断で2人は国際大会出場が危ぶまれるんだ。
怒られたって仕方がないことなのに、こんなにあっさり許してくれるなんてな。
いい仲間だ。
「で、どうするのよ? どうせアンタのことだから、何かあるでしょう?」
これからイタズラをするような悪い笑顔になったネリーが、オレに質問をしてくる。
アレクも期待したような目つきでこちらを見ている。
おお、バレてやがる…。
「ふっふっふ。あんたたちも、セイのことが分かってきたようなの! あんたたち、学園7不思議って知ってる?」
頭の上のベイラが自慢気に説明を始める。
昨日オレが説明したことを言いたくてたまらなかったのだろう。
黙ってベイラに任せることにした。
「うん。『再生する学園』『色が変わる燭台シャンデリアとステンドグラス』『消える食べ物』『祝福の守り』『気まぐれな隠し通路』『生きた森』『おかしな魔物達』の7つだね」
アレクがすらすらと答える。
ネリーの目は泳いでいた。あいつは知らなかった、もしくは覚えてなかったようだ。たぶん後者だけど。
「そう。そして、有名なこの7つ以外にも、学園には現象は分かってるのに原因が分かってない不思議なことがいくつもあるの」
ベイラは右手の人差し指をピンと立てて、得意そうに語る。
「不思議なことがあるのは分かったけど、それがどうしたのよ?」
ネリーはさっきまでとはまるで違う話が突然始まって、困惑してるようだ。
「実は、この不思議なことの原因はほとんど全部同じなの! 『学園の支配者』っていうのがやってて、これからそいつに会いに行くの! それで、あんたたちを鍛えて、国際大会はサボってダンジョンに行くの!」
ベイラの説明は絶望的にヘタクソだった。
アレクとネリーの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが幻視できる。
やれやれ。
そろそろ説明を引き継ぎますかね。
『ここです。ご主人様』
『サンキュー、アカシャ』
自室でアレクとネリーにこれからの方針を一通り伝えたあと、オレは2人とベイラと共に『気まぐれな隠し通路』へと入っていた。
アカシャに案内してもらった場所は中央棟1階部分の隠し通路で、全く特別感のない通路の真っ只中だった。
『今なら目撃される心配もありません』
『オッケー。でも、突然通路に入ってくる人がいないとも限らない。念のため保険をかけておこう』
魔法を使い、たとえアカシャの予測に反して突然誰かが隠し通路に入ってきても、オレ達の姿は見えず、音も聞こえないようにしておく。
隠蔽工作を終えたオレは、しゃがんで床に手を付けた。
『再生する学園』の特性で一切継ぎ目がない。
開くための取っ手もない。
完全に周りの床と一緒だ。
こんなの知らなきゃ見つけられるわけがないだろ。
当時は見つけさせるつもりもなかったんだろうが。
水魔法を使ったウォーターカッターで床に2メートル四方の切れ目を入れ、浮遊魔法で切り取った床を浮かせる。
ゴゴッという重い音を響かせて浮き上がった床の下には、地下への階段があった。
「まさか、この『気まぐれな隠し通路』にさらに隠し通路があるなんて」
アレクが呟く。
気まぐれな隠し通路の入口と出口は、この隠し通路を除き全て壁に存在する。
天井や床に現れることはないのだ。
だから誰も床や天井には目もくれない。
壁に現れる気まぐれな出口に気を配らなければならないから、余計にそうなる。
さらに床を見たところで、この隠し通路に気付ける目印など何もない。
誰もこの隠し通路を見つけられないのは当然だろう。
見つけられるのは、元々知っている者だけだ。
「さっきも聞いたけど、何でアンタはこんなこと知ってるのよ?」
ネリーが訝しげに聞いてくる。
「さっきも言っただろ。いずれ話すって。さぁ、行こう」
そう言って、オレは先頭になって地下への階段を降り始めた。
2人にはアカシャのことはまだ話していない。
理由はいくつかあるけど、学園で話すと『学園の支配者』に筒抜けになるというのが1つの理由だ。
話すには、まだ早い。
全員が階段を降りたところで、隠し通路の床は元に戻しておいた。
切れ目もすぐに修復されるだろう。
「セイのことは信じていたけど、学園の地下にこんな空間があるなんて。学園長先生とかは知っているのかな?」
事前に聞いていてなお驚いた様子のアレクが、疑問を口にする。
「たぶん知らないんじゃないかな。2人とも、誰にも言わないでくれよ」
オレは改めて2人にお願いした。
たぶんじゃなくて、間違いなく誰も知らないからね。
「大丈夫よ。話す相手がいないわ!」
ネリーは自信ありと言った様子で言う。
ジョークじゃなくて、本気っぽい。
「ここからは、あんまり強くないけどモンスターも出てくるの。あんた達は特に気をつけて進むの」
ベイラがアレクとネリーに向かって言う。
知ってる情報を公開することに楽しみを覚えたらしい。
楽しそうなので、引率役はお任せしよう。
地下は洞窟のようになっていて、やや薄暗かった『気まぐれな隠し通路』より、さらに薄暗い。
ほんの少し下り傾斜しているその洞窟を、オレ達は先へと進んだ。
「ここって、まるで話に聞いていたダンジョンみたいね」
ネリーが感想を漏らす。
30分ほど歩き、何匹かのモンスターにも遭遇したことでそう感じたのだろう。
「そうだね。僕もネリーと同じことを思ってた」
アレクも頷く。
「いいところに気づいたの。それは当然の感想なの。だって実は、ここは本当にダンジョンの中なの!」
もったいぶった言い方でベイラが話す。
正確には、ダンジョンと言っても、本来の意味である世界に散らばる神造ダンジョンではない。
ここは、世界唯一の人造ダンジョン。
人じゃないから、人造というのも正確ではないけれど。
上の建物や敷地ごと、スルティア学園という1つのダンジョンなのだ。
そして、これから会いに行く『学園の支配者』とはすなわち、スルティア学園のダンジョンマスターのことである。
「お前ら、建国物語は知ってるか?」
オレはアレクとネリーに尋ねる。
ベイラが、「あたちが言いたかったのに、ズルいの!」とか言ってるが気にしない。
もはや誰も知らない真実。
誰も知らない『学園の支配者』。
スルティアの語源は、スルト国ではない。
スルト国の語源が、スルティアなのだ。