第19話 予定変更
教頭のシャイアン・セヨンは、学園長室にいるオレを見て目を鋭くした。
ただでさえ厳格な顔つきが、さらに厳しくなる。
「学園長。セイ・ワトスンへの尋問を本日行うとは、聞いておりませんが」
声色まで厳しい。
ただ冷静にしゃべってるだけでも、怒られてる気分になる声色ってあるよね。
教頭はこの部屋にいるメンバーを見て、オレへの尋問が行われていたと判断したようだ。
「うむ。君には言っておらんからのぉ。ちなみに、君の訪問も聞いておらん。どちらも全く問題ないことじゃろ?」
学園長は朗らかな口調で答えた。
セリフの内容としては完全に喧嘩売ってるようだが、全然そうは聞こえないのが学園長マジックだな。
本当にどちらも全く問題のない、些末なことのように聞こえる。
「…まぁ、いいでしょう。私の訪問理由はこれです。ご覧ください」
教頭がオレ達が座る応接机のところまでやってきて、数枚の羊皮紙を机に置いた。
オレはそれが何かを知っていたが、知らない振りをして話を切り出した。
「学園長先生、僕の話は終わりました。教頭先生とのお話があるでしょうから、お暇いたしますね」
そう言って、ソファーから立ち上がる。
「いえ、あなたに関係のある話です。立ち会いなさい」
教頭がオレを止める。
たぶん、止められるだろうとは思った。
この人は、できればオレに言わせたいことがあるはずだからな。
分かりましたと返事をして、座り直す。
「署名か。セイ・ワトスン、君を1軍へ上げることと国際大会へ出場させることに反対する署名じゃ」
学園長はやれやれといった口調で、読み終わった羊皮紙を机に投げながら言った。
そう、討伐演習であれだけ圧勝したにも関わらず、教頭は平民であるオレを底辺として扱うことを諦めてはいなかった。
「入学試験で虚偽の報告をするような生徒は、1軍や学園の代表たる国際大会の選手には相応しくありません。本来なら退学処分でもおかしくない、由々しき事態です」
教頭は事務的な口調で話す。
「この学園は単なる教育機関ではない。国際大会も単なる運動会ではないのじゃ。大きな外交的側面を持つ。これだけの力を持つ子を手放す手も、出さない手もない。力持つ者は、優遇せよ。そこに平民も貴族もない」
学園長は言い聞かせるように話す。
ずいぶん思いきった話をするな。これオレの前でしていい話か?
あえてオレの前で話すことで、学園長の方針をオレに伝えるつもりかな。
冷遇は本意ではないと。
「入学試験で嘘を付くような子供です。国際大会でも手を抜くかもしれません。信用するに値しない平民など出さずとも、国際大会で勝てば良いのです」
教頭はキッパリと言い切る。
手厳しいね。
平民を出したくないだけだとしても、確かにオレには前科があると言える。
「ふむ。では、この状況はちょうどよいな。セイ・ワトスン、国際大会に出たとして、国のために力を尽くすと誓えるかの?」
飄々とした様子で、朗らかな口調で笑って話す学園長。
だが、そのギラギラした黒い目はそれとは対照的で、全く笑っていない。
「もし出していただけるならば、必ず国に勝利を持ち帰ると誓います」
全力を尽くしますとか言っちゃうと嘘判定が出ちゃうからね。
オレはちょっと表現を変えた言い回しをした。
オレが出れば確実に勝つけど、"転移"や"雷纏"を使うつもりはない。
「どうじゃ?」
「嘘ではありません」
「魔法も使われておりません」
学園長の問いに、能力者2人が答えを返す。
「お黙りなさい!!」
教頭の大声が室内に響く。
能力者2人とベイラが驚いてビクっとした。
「今の言葉の真偽などどうでもよいのです。これだけの署名が集まっているのです。退学にならないだけでもありがたいと思いなさい。そうです。良いことを思い付きました。辞退しなさい、セイ・ワトスン。そうすれば許しましょう」
「も、もう言ってることがメチャクチャなの…」
教頭の強引すぎる話の持っていき方に、ベイラがドン引きした様子で呟く。
教頭は最初から、この話に持っていくためにオレを残したんだろうな。
ただ、オレはそんなことよりも、教頭の話を半ば無視してアカシャから聞いていた新ダンジョンの詳細に夢中だった。
ついさっきまで出る気満々だった国際大会が、どうでもよくなるくらい面白そうな情報だったのだ。
浮遊大陸にダンジョン出現とか、マジかよ。
しかも、ダンジョン初制覇者への特典が。
ふふっ。ラピュタかよ。
絶対に、初制覇はオレ達がいただく。
予定は変更だ。
「教頭先生がそうおっしゃるなら、国際大会の出場は辞退しましょう。それで入学試験の件は許してください。ただ、1つだけ約束を守っていただきたいです」
「えっ?」
オレの言葉に、ベイラが驚きの声を上げる。
ベイラはオレが国際大会に出る計画だったのを知ってるからな。
教頭が何を言っても引くつもりはないとか言っちゃったこともあるし。
ごめんな。新しい情報で、状況が変わったんだ。
学園長も大きく目を見開いている。
「何です? 言ってみなさい」
教頭だけが勝ち誇ったように笑った顔だ。
そんな教頭に要求を言う。
「もし国際大会で負けたとしても僕のせいにせず、責任は教頭先生がとってください」
できるだけ、蛇に睨まれた蛙のように、教頭に怯えているような振りをして言う。
挑戦的な調子で言うよりは受け入れられやすいだろう。
「良いでしょう。あなたも国際大会の邪魔をしないと約束するならば」
「もちろんです。邪魔など一切しません」
教頭は勝ち誇ったまま返事をして、オレも邪魔をしないことを約束した。
ついでに、『真偽判定』のおじさんに目配せをしておく。
「わかった。私が証人となろう」
よしよし、これで証拠も残った。
「1つ、良いかな?」
学園長が話に割り込んでくる。
もし学園長がどうしてもオレを出場させたいのなら、この話はおしまいだ。
そのときは仕方ないから出場するしかない。
「セイ。君は自分が出場しなければ、1年生は国際大会で負けると思っているのかな?」
おお、そうきたか。
もしかしてオレの意図はお見通しなのかもな。
これはサービスだ。
「いいえ。1年生にはミカエルもいます。きっと勝てると信じていますよ」
オレの言葉に、『真偽判定』のおじさんの眉がピクリと動いた。
「セイ! どういうことなの!? 説明するの!」
学園長室から部屋に戻ったオレは、ベイラから質問攻めにされていた。
事前に話していたこととはずいぶん違って、そしてこんなことはベイラと会ってから初めてだったので混乱しているんだろう。
「ごめんごめん。色々と予定が変わったんだ。これから忙しくなるぞ。まずはな、放置してた『学園の支配者』に会いに行く」
オレは笑いながら、ベイラに説明をする。
やることがいっぱいあるが、楽しみでしょうがない。




