第16話 討伐演習 後編
「あ、ありえない…」
『賢者』様に抱えられて、空から森を一望した私は驚愕をもって呟いた。
今日この言葉を発したのは、もう3度目になる。
私は『魔力可視化』という能力を持つ。
国が囲っている神に愛された者の1人だ。
国に所属し、これまで数々の人や物を測定してきた。
どれくらいの魔力量を持つかで、おおよその力が推定できるのだ。
「どこまで広がっておる?」
『賢者』ロジャー・フェイラー様の言葉だ。
国から私を借り上げた、今回の依頼主。
先ほど、とても信じられない魔力量で行使された"索敵"と思われる魔法の範囲がどこまで広がっているかを確かめるため、私を抱えて空へと上がってきた。
当然、拒否権はない。
「見渡す限り全て…です」
声が少し震えた。
落ちたら死ぬ高さなので、下を見るのが怖いというのも少しある。
でもそれ以上に、可視化されたあの子の魔力が恐ろしかった。
あの子が持っているという『鑑定妨害』の能力のせいか、魔法行使の瞬間まで一切魔力が見えなかったことが余計に不気味な恐ろしさを際立たせる。
「なんじゃと? 想像以上じゃな…。では、もう少し上まで上がる。すまんが付いてきてもらうぞ」
付いていくも何も、私は『賢者』様に抱えられているのですが。
私に拒否権はない。
強制的に連れて行かれたさらなる上空で、森の全域に"索敵"の薄い魔力が張られているのを視るのと共に、空中を走り回りながら次々と魔物を狩るあの子の魔力も視た。
あの凄まじい"索敵"の魔力が全てではなかったのだ。
私は今日4度目となる「ありえない」を呟いた。
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「ふはははは! 見ろ、ミカエル。私の言ったとおりだろう!」
横を走る第2王子、ノバク・ティエム・スルト殿下が上機嫌に私に話しかけてくる。
艶のある長めの黒髪に緑の目。少し背伸びをしているのではと思うほどに過剰に偉ぶる方だ。
もちろん、実際に偉いのだが。
「ええ。殿下。では、次の"索敵"をお願いします」
王族は他のどの貴族より多くの魔法を知っている。
王族に魔法陣を献上し、それが認められれば功績となるからだ。
ゆえに王族には魔法陣が集まる。
殿下は今日のために"索敵"を覚えてきたとおっしゃった。
私も熱魔法で探知をすることはできるが、体温が常温と変わらない魔物は探知できないので、索敵の魔法には劣る。
私は殿下の"索敵"により見つけたDランクの魔物、オークに向けて右手をかざした。
「"フレイムウィップ"」
右手から発した炎の鞭がオークの首を締め上げ、焼き切る。
「さすが、ミカエル・ナドル。"炎纏"を温存してもオークを1撃か」
殿下といつも一緒にいる男子の1人、大柄で強面のテイラー・デミノールが私の魔法を見て感想を述べる。
「デミノール、魔物は倒した。マジックバッグへの収納を頼む」
倒した魔物を見て安心したのか立ち止まるデミノールに指示を出す。
マジックバッグを持つのはデミノールだ。
途中で本部へ戻る手間を省くため、念のため数枚のマジックバッグを用意した。
「ちっ。"索敵"の範囲内に魔物はおらん。ハズレだ。場所を変えるぞ」
殿下がより森の奥へと走り始める。
私もすぐに殿下に付いていく。
焦りながらマジックバッグにオークをしまったデミノールも続いた。
「しかし、殿下がいなければこの広い森の中、闇雲に魔物を探すことになっておりました」
走りながら、デミノールが殿下を立てる発言をする。
「ふはははは。教えてやろう。この演習はな、いかに早く魔物を見つけるかが一番重要なのだ」
殿下が笑い、自慢気に語った。
そのコツは教頭から聞いたことだと私は知っていたが、黙っておく。
「殿下が見つけ、ミカエルが迅速に狩り、私が回収する。財に物を言わせたマジックバッグで、他の者達と違い途中で本部に戻る必要もない。完璧な作戦だ」
デミノールはさらに殿下をおだてる。
だが、確かにこれが最適解であろうことに異論はない。
演習が始まり数時間で、すでに10匹以上の魔物を狩っている。
このペースで狩れば、さすがに負けることはないだろう。
私は発見した魔物を即座に狩ることだけに全力を尽くす。
無駄に使うことをしなければ、魔力も持つだろう。
ふと頭の中に、やけに余裕のある表情をしたセイ・ワトスンの顔が思い浮かんだ。
オリエンテーリングは油断をしていたわけではないが、しっかりと対策を立てていたわけでもない。
最適な作戦を立てた今回は負けぬぞ。
気づくと、いつのまにか口角が上がっていた。
「待て。再び"索敵"を使う」
殿下の言葉で一度立ち止まり、しばし待つ。
索敵の魔法はあまり魔力の消費が多くはないと聞いたが、後半になれば殿下の魔力が厳しくなることも有り得る。
そうなれば一時的に殿下に代わり私が熱探知で魔物を見つけるのが良さそうだ。
そんなことを考えていると、"索敵"を終えた殿下からの報告があった。
「…"索敵"の範囲に魔物はおらん。最初に比べ明らかに魔物が減った? 競合することで魔物の減りが早いのは分かるが」
やや不思議そうに首を捻る殿下。
また"索敵"に魔物が引っ掛からなかったようだ。
確かに初期に比べ引っ掛かる数が明らかに減っているように思える。
「さらに奥に進みましょう。奥の方ならば競合も少ないやもしれません」
私の提案に殿下とデミノールが頷き、すぐに奥へと走り始める。
多少の嫌な予感を振り払うように。
私もそれに続いた。
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バカな。バカなバカな!
こ、こんな狩り方があってたまるか!
上空を見つめ、空を飛ぶ桜色のドラゴンを見失わないように必死に森の中を走り、追いかける。
さっきからこれだけだ。
教頭から命令されていた邪魔をする暇などない。
セイ・ワトスン、あの平民のガキ! いとも簡単に空中を走っているが、なんて速度だ。
どんな魔法を使っている!?
こちらも全力で走っているのに、じりじり離される。
ヤツらが魔物を狩っている間だけ距離を縮められるが、狩りまで一瞬で終わらせやがって。
今までずっと力を隠していたのか! くそっ!
それに、学園長が連れていた男! あれは『魔力可視化』を持つ男だったはずだ!
学園長が不正防止のために呼んだに違いない。
あの男の証言は証拠として扱われる。
教頭の言うように手段を選ばずやってしまえば、私は破滅だ!
生徒に攻撃魔法を放つ証拠などが出てしまえば、確実に学園職員はクビだろう。
どうする? どうする!?
せめてヤツらに追い付ければ、『魔力可視化』では分からない物理的手段で祝福の守りを剥ぐこともできるのに。
もう、ダメだ…。
もう走れない。
あれから数時間。延々と全力疾走をさせられて…。
あのガキ、たまにこっちを見て、にっこり笑うんだ。
値踏みするように。
こっちは千切られないようにするだけでも必死なのに、余裕な表情で…。
あっちは走りながら魔物を倒したりもしているのに、一向に追い付ける気配がない。
ギリギリ付いていけるだけだ。
魔力も体力も、無理をすればまだ付いていける。
私は曲がりなりにも学園で上位に入る職員だ。
だが、心が折れてしまった…。
アレは、格が違う。
こんなに頑張って、必死に追い付いたとして、あんな化け物にどうやって物理的ダメージを負わせるというのだ。
無理に決まっているだろう。
どうにもならない。
このまま走っても、意味がない。
教頭には怒られるだろうが、好きにすればいい。
自分でやってくれ。
できるものならな。
アレは、格が違う…。
身体中の体液という体液を出し尽くすように走ってきた私は、ついに諦め立ち止まった。
なぜ気づいたのか、上空にいたセイ・ワトスンがこちらを見る。
そのガッカリした表情は、私の心を粉々に踏み砕いた。
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ちらほら本部に戻ってくる生徒が出始めた。
マジックバッグに入る魔物の量に限界があるからだ。
生徒達にはパーティーで最低1つマジックバッグを持つように言ってある。
持っていないパーティーは、本部から貸し出される。
大型の魔物は入らないような小さな容量のマジックバッグではあるが。
普通の冒険者ならともかく、スルティア学園に通う生徒はほぼ全てが圧倒的金持ちで権力もある。
いかに希少とはいえ、1パーティーに1人くらいは自前のマジックバッグを持っているのが普通だ。
「魔物を横取りされたんだ!」
戻ってきた生徒の1人が、本部の査定所で声を上げる。
はい、はい。毎年いるんだよなぁ。
この手のことを言う輩が。
パーティーには教師が付いてるんだ。本当に横取りなら、その時点で教師が注意してるし、そのことは教師からも聞いてるだろうに。
ま、こういう時のためにギルドマスターのオレがいるんだが。
「王都ギルドマスターのシュウだ。話を聞こう。魔物を横取りされたというのは、どのパーティーかな?」
戻ってきたパーティーの半数以上が手をあげた。
ん? 声を上げなかっただけで、不満を持ってたパーティーはこんなにいたのか。
多すぎねぇ?
「あー、なるほど。全員一緒だな。戦闘には入ってなかったが、発見して近付いていたところを先に狩られたと。それは横取りにはならんな。先生にも言われたろ?」
事情を聞くと、全員が同じ状況だった。
2軍のドラゴン使い達に目の前で魔物を取られたと言う話だ。
「でも、絶対発見は僕達の方が早かった!」
最初に声を上げた男子生徒は納得していないらしい。
「発見がどっちが先って話になると、証拠もねぇしキリがないだろう? だから、狩りの時は先に戦闘を始めた方に権利がある。事前に説明したし、授業でも習ってるはずだ」
オレは改めて説明をした。
こいつらも理屈では分かってるはずだ。
狩りで熱くなって、悔しさのあまりに不平を漏らしているだけで。
「でも…!」
まだ納得がいかないらしい。
しかし、なぜこんなに不満を言うヤツらが多いんだ?
ネリーの嬢ちゃん達のことだ。そんなに強引な手段は取りそうにないんだが。
実際見てねぇから、何とも言いづれぇな。
付いてた教師に聞いてみるか。
「ワシの方から説明しよう。上から見ていたのでな」
今まで『魔力可視化』持ちを連れて空から観察してた学園長のロジャーが、見かねて本部に降りてきた。
子供達に緊張感が走る。
おいおい、オレもギルドマスターなんだがなぁ。
「で、学園長。2軍のドラゴン使い達というのは、そんなに強引だったのか?」
話を振りづらそうにしている子供達の代わりに、オレがロジャーに訪ねる。
公の場での友人との会話ってのは面倒くせぇんだが。
どうしても茶番に感じちまうんだよなぁ。
「この子達にとっては、かなり強引に見えたじゃろう」
ロジャーが真剣な声で答える。
「ですよね!」
男子生徒が我が意を得たりといった声を上げた。
「じゃが、件のドラゴン使い達は不正な横取りは1度もしておらん。戦闘が始まった魔物はもちろん、際どいタイミングの魔物も全て目もくれておらんかった」
ロジャーは真剣な声のまま、言い聞かせるように言った。
「え?」
梯子を外されたように感じたのだろう。
男子生徒の顔が曇る。
「君達が強引だと、際どく奪われたと感じた魔物達は、全て彼らの速度からすると十分に余裕をもって先に攻撃できると判断された魔物じゃった」
「なるほど。そういうことか」
ロジャーの説明で、オレは納得がいった。
つまり、圧倒的に実力が違いすぎて、認識に齟齬があったってことだ。
「そして、君達が主張する発見の速さじゃが。確実に彼らの方が早かったと断言しよう。発見の速さは魔物の権利とは関係ないがの」
有無を言わせぬロジャーの声に、この場の全員が押し黙るしかなかった。
ロジャーのヤツちょっと興奮してやがるな。
『賢者』の想像以上か。
マジで底が見えねぇな。セイ・ワトスン。
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「で、セイ・ワトスンはどれほどだったんだ? ロジャー」
友人であるギルドマスターのシュウが、本部でワシにこっそりと聞いてきた。
ギルド職員達は魔物の査定で忙しく、生徒達は魔物を置いて再び森に繰り出していく。
教頭は、意気消沈して戻ってきたセイ・ワトスンのパーティー付きだった教師を絞っている。
今、我々に注意を向ける者はおらんようじゃった。
「ワシはいつも入学式で生徒に、鍛えよと言う」
「ああ。知ってるぜ」
ワシの言葉に、シュウは笑った。
「ワシには分かる。セイ・ワトスンのあの動きは、鍛えに鍛え抜かれた、その結果じゃ。9歳にして、どれだけの修練を積めばああなるのか。想像もつかん」
いかに神に愛されていようと、絶え間ない努力なしには身に付きようのない動きじゃった。
全く無駄のない、美しいとすら思える体の動かし方、そして魔法。
「神に愛されずに『賢者』と言われるまでになったアンタが言うなら、間違いねぇだろうな」
静かに、噛み締めるようにシュウが言った。
「あれが力の全てとも思えんが、少なくとも力の一端は見た。一言で言うなら脅威じゃ。なぜ力を隠していたかは聞く必要がある」
わざわざここで見せたのだから、良からぬことを企んでいるのではないと思いたいが。
その日の夕方、魔物討伐演習はセイ・ワトスンのパーティーが300匹という前代未聞の圧倒的討伐数で1位となり終了した。
2位であったミカエル・ナドルのパーティーでさえ20匹に満たない討伐数だったことからも、誰もがその戦果に驚愕した。
期限は日没までだったが、時間が経つに連れてあまりに魔物が出ないということで早期リタイアするパーティーさえ現れた。
その中にセイ・ワトスンのパーティーがいたことには、ワシでさえも驚きを禁じ得なかった。
「たぶん、狩り尽くされちゃったんじゃないかと思いまして」
早期リタイアの理由をそのように宣ったセイ・ワトスンに鼻白んだのは、絶対にワシだけではないじゃろう。
誰もがお前が言うなと思ったに違いない。
2位以下の討伐数は、間違いなくこのパーティーの煽りを受けたせいで伸びなかったのじゃから。
結局あの時、本当に森の魔物が狩り尽くされていたのかどうかは、誰にも分からんことじゃった。
お読みいただきありがとうございます。
『嘆きの亡霊は引退したい』がメチャクチャ面白かったです。
ぜひ一度読んでみていただきたいオススメ作品です。