第15話 討伐演習 前編
森の入り口で、演習のスタートの合図を待つ。
3人1グループのパーティーメンバーは、当然アレクとネリーだ。
1軍2軍で20パーティーが緊張した面持ちで今か今かとギルドマスターを見つめる。
今回の討伐演習はギルド主催だ。
魔物の鑑定などもあるからな。森の入り口に設営された本部には、多くのギルド職員が来ている。
今回もオリエンテーリング同様、学園長と教頭が連れ立って見学に来た。
さらに学園長が連れてきた1人の男性もいる。
教頭は平民のオレが前回1位をとったのは運であると見届けるために来た。
安全のため1グループに1人付けられる学園職員だが、オレ達に付けられた職員は教頭の息がかかった権力主義の人間だ。
学園長はオレの力を見極めるために来た。連れてきた男は神に愛された者で、『魔力可視化』の能力を持っている。
まぁ、アカシャの完全下位互換の能力だから、オレの魔力自体は見えないけど。
『アカシャ。あの人、使った魔法の魔力は見えるんだよな?』
『はい。ご主人様から離れれば私の影響下からも離れますので。ですが、何の魔法を使ったかはあの能力では分かりません』
やっぱり、今回は透明化とかの魔法は使いづらいな。
見たければ見せてやるさ。
重要な情報以外はな。
「それでは、これより1学年討伐演習を始める。用意!」
マスター・シュウが手を上げて号令をかけ、1年生全員が一斉にサングラスをかける。
オレも制服の胸ポケットからサングラスを取り出し、かけた。
前世が日本人のオレとしては、黒マントにとんがり帽子という魔法使いの格好をした9才の少年少女が一斉にサングラスをかけるこの光景は、すごくシュールだと思う。
ここではこれが常識だし、必要だからやるけどね。
「始め!」
マスター・シュウの手が掛け声と共に振り下ろされた。
開始の合図と同時に各パーティーが森へ走り出す。
オレ達のパーティーだけを除いて。
「? なぜ貴様らは行かない?」
オレ達に付けられた先生が疑問の言葉を投げ掛けてきた。
教頭にオレ達の妨害をしろって言われてるんだから、都合はいいはずなんだけどね。
30過ぎのこの男は、学園の権力主義の職員の中では5指に入る。
その男に手段は選ぶなって言うんだから、教頭の本気が窺える。
「そういう作戦だからですよ。ネリー、そろそろいいよ」
「ミニドラちゃん、いらっしゃい!」
ネリーが合図を送ると、上空で待機していたミニドラがこちらに向かって降りてくる。
入り口は見通しがいいし、近くにいてもらったので時間はあまりかからない。
今回の演習では生徒への妨害は禁止だ。
念のため周囲に誰もいなくなってからミニドラを呼ぶことにしていた。
さて、ミニドラが来る前にオレもやるべきことをやっとくか。
『アカシャ、"限定"と"宣誓"を使って索敵の魔法を使う。学園の森全域分の魔力を教えてくれ』
『かしこまりました』
魔法陣を思い浮かべ、アカシャから提示された量の魔力を込める。
そして、右手を上げ手のひらを空へ向けた。
ちらっと学園長が連れてきた男性を見ると、目が合ったので笑いかけておく。
「"索敵"」
索敵の魔法がオレを中心として円状に広がっていく。
範囲内にいる生物の情報がオレに流れてきた。
森の魔物がどこにいるかも全て把握できる。
が、これはただのパフォーマンスだ。
どんな魔物がいて、どれくらいの強さかなども分かるアカシャの方がずっと優秀である。
学園長が連れてきた男性が尻餅をついた。
何か呟いている。
『「ありえない」だそうです』
アカシャが教えてくれた。
2軍の1年生の魔力量じゃないからな。そりゃ驚くだろう。
学園長が男性を抱えて空に飛んでいった。
浮遊の魔法か。いい魔法持ってるな。
『どこまで索敵の魔法が広がったか見に行ったようです。魔力可視化があれば可能ですので』
『目的の1つは達成だな』
あえて必要のない索敵魔法を使ったのは、索敵魔法なしで索敵できているとオレの能力が推察される可能性があるからだ。
せっかく魔力可視化の能力持ちが来てくれたのだから、幾分かの情報と引き替えにダミー情報も混ぜておくことにした。
自分は正しい情報を持ち、相手には正しい情報を持たせないというのは情報戦の基本だ。
アカシャのおかげで簡単にそれができるのがオレの強みである。
バサッという音がして、風圧でマントがはためいた。
ネリーの横に桜色の鱗を持つドラゴン、ミニドラが降り立ったのだ。
相変わらず、ミニドラと言うには大きい。
4メートルほどなので、ドラゴンにしてはまだまだミニかもしれないが。
「セイ、準備できたわよ!」
降りたミニドラの背中にネリーとアレクが飛び乗り、ネリーが報告してきた。
「よし、行こう」
オレはずっとじゃれついて来ていた木の根を引き剥がし、土に埋まった足を引っこ抜いた。
透明な板を出す魔法で足場を作り、空へ駆け上がる。
『生きた森』も空ではできることがない。
地上の木の根はちょっと寂しそうに先端を振っている。
2人を乗せたミニドラも翼を広げ飛び立つ。
空の移動は浮遊の魔法でもいいんだけど、浮遊は速さを出すほど魔力を消費する。
どうせ身体強化は常にかけてるから、足場を作って空を走った方がはるかに省エネになるのだ。
ずっと使い続けなければならない浮遊と違って、上手く使えば魔法陣の枠を1つ減らせるのもいい。
急な方向転換とかは浮遊の方がほんの少し速い場合もあるけど。
「な、な…」
オレ達に付けられた先生が、下の方でよく分からない言葉を発して、口をパクパクさせている。
本部にいるギルド職員達も空を見上げている。
ネリーのことをよく知ってるとはいえ、それなりに驚いているようだ。
教頭のシャイアン・セヨンはいつもの厳格な顔つきを忘れてしまったように呆けている。
「では、先生。大変かもしれませんが、頑張って付いてきてください」
オレは地上の先生に声をかけて、森へと空を駆け出す。
速度はオレの後ろを飛ぶ、2人を乗せたミニドラの最高速度だ。
先生は付いて来れるかな?
アカシャの予測では、見失わなければギリギリ付いて来られる。
付いて来られなかったとしても、先生を振り切ってはいけないというルールはない。
この演習では生徒を死なせないため、『祝福の守り』が発動してしまったら生徒を失格として、パーティーに付けられた先生が護衛して本部に連れて来ることになっている。
普通は安全上、先生を振り切るのは危険だが、オレ達の『祝福の守り』を発動させて失格にさせるために付いてくるような先生はいなくても構わない。
ミニドラの最高速度なだけあり、あっという間に森の上空に到達する。
頭の中にはアカシャから森のマップと敵の位置、敵のランクの情報がリアルタイムで送られている。
超高精度のソナーを常に見ているような状態だ。
「3秒後に降下を始める。Eランクだ。ネリーがやれ」
後ろに指示を出す。
この前ギルドでの狩りで同じ事をやったので、もう今更何で分かるのなどという疑問は返ってこない。
ネリーは右手を上げて了解の意を示し、魔法の準備を始めた。
この討伐演習で出てくる魔物はCランクからGランクだ。
魔物のランクもギルドのランクと同じだけ存在する。
基本的にギルドランクと同ランクの魔物が適正となるようにギルドがギルドランクを調整している。
今回のオレ達の狩りでは、効率を重視するため1撃で確殺できる人員をオレが選び指示を出すことにした。
大まかにF、Gランクはアレクが。Eランクはネリーが。Dランクはベイラが。Cランクはオレが担当する。
若干のずれはアカシャが教えてくれるから安心だ。
指示を出してきっかり3秒後に降下を始め、魔物のいる位置に向かっていく。
木の枝がじゃれついて来るが、全部ひょいひょいとかわす。
この位置はミニドラごと降下できるから簡単だ。
ミニドラの大きさじゃ降りられない場所に魔物がいることもあるからな。
「"フレイムアロー"!」
ゴツくて醜い馬のような魔物の頭部へ、ミニドラに乗ったまま撃ったネリーの火魔法が吸い込まれるように当たった。
降下しながらネリーによる空襲を行ったミニドラは、再び高度を上げていく。
オレは頭部を焼き尽くされ倒れ伏す魔物の元へ降りていき、マジックバックへと収納して再び空へ上がった。
「完璧だね!」
アレクが天使スマイルで感想を言う。
「当然よ!」
ネリーがどや顔でふんぞり返る。
あんまりふんぞり返ると後ろのアレクに迷惑だぞ。
「ああ、バッチリだ。どんどん行くぞ。森の魔物を狩り尽くす勢いでやる」
上空から1撃で殺し、回収してすぐ次へ向かう。
作戦はこれだけだ。
狩りは通常、獲物を見つけるのに一番時間がかかるが、オレ達にそれはないからな。
今日は朝から夕方までたっぷり時間が設けられている。
どれだけでも狩れるんじゃないかというくらいだ。
何か突然2人の目がちょっと曇った気もするけど、まだ低い2人のレベルも結構上げられるはずだ。
「あ、教師がやっと追い付いてきたの」
ベイラの言葉を聞いて下を見ると、オレ達を見上げながらこちらに向かって走ってくる教師の姿が見えた。
オレ達の邪魔か。この状況で何をしてくるかな。
せいぜい頑張ってもらおう。




