第14話 警戒
「で、何かあったんじゃろ? お前さんのことじゃ。ただ酒に誘ったわけではあるまい」
『賢者』ロジャー・フェイラーは先日、ギルドマスターのシュウから飲みに誘われた。
フェイラーは急ぎ予定を調整し、今日の夜にギルドマスター室に訪れた。
そして今、盟友であるシュウと酒を酌み交わしている。
「まぁな。…ロジャー、あんたのとこの1年、今年は面白いのが入ったな」
シュウは応接テーブルの上にある氷の詰まった桶から酒瓶を取り出し、フェイラーのグラスに注いだ。
「ミカエルのことかね? それとも、お前さんが飲みに誘ってくれた日にここを訪れた子達のことかね?」
フェイラーは注がれた酒に軽く口を付け、静かな声で尋ねた。
それは何でもないような声だったが、シュウを見つめる目はかなり真剣に見える。
「さすが、耳が早いな。後者だ。ネリーの嬢ちゃんはよく知ってる。ズベレフの跡継ぎは、噂で聞いてたのとは違ってかなり見所があるようだ。どちらも面白い人材だと思うぜ」
シュウはフェイラーの言葉を聞いて笑い、答えた。
フェイラーは面白い口髭を弄りながら話を聞き、くるくる巻かれた口髭を人差し指と親指で伸ばして、人差し指でピンと弾いた。
目だけは真剣なままだ。
「依頼を受けられないにも関わらず、Bランクの魔物を狩ってきたそうじゃの。…ところで、そのパーティーには、もう1人いたと聞いておるが?」
そのフェイラーの言葉を聞いて、シュウは口角を上げた。
「やっぱり、セイ・ワトスンは特別か? それが聞きたかった。表向きはBランクの魔物だけ狩ったことになってるだろう? 実際は違う。たった2時間程度で、Bランクを含め数十匹の魔物を狩ってきた。しかも、全て依頼のあった魔物だ」
フェイラーはシュウの言葉を聞いて少しだけ眉をひそめた。
「どういうことじゃ? 狩ることそのものよりも、持ち帰る手段が尋常ではないはず…」
「そうだ。セイ・ワトスンは驚くほど高性能なマジックバッグを持っていた。ワトスングループがどんなに金を持っていようと、金で買えるレベルではない代物だ」
シュウはそう答え、自分のグラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
「ふむ。お前さんの最初の問いじゃが、セイ・ワトスンは特別だと思われるとしか言えん。よく分からんのじゃ。しかし、やはり特別だったようじゃな。あとは…」
フェイラーはシュウのグラスに酒を注いだ。
「どれくらい特別かってことか。これはオレの勘だが、底が知れないほどに特別だと思うぜ」
シュウは注がれた酒をすぐに呷る。
タンッとテーブルにグラスを置く音が響いた。
「あいつ、オレにマジックバッグの口止めをしてきたんだが、あんたや国への報告は仕方ないと言いやがった。面倒ごとを少なくしたいだけで、目立たないのは無理だろうとさ。はっ。ギルドにもメリットしかなくてな。許可しちまったよ」
シュウはやや早口で自嘲気味にそう言った。
「そうか。セイ・ワトスンはワシの方でもよく見ておこう。どれほどの力を持つか、学園や国に仇なす可能性がないか見極めねばならん」
フェイラーは真剣な表情で酒の入ったグラスを見つめていた。
『このように、かなり警戒されております』
アカシャが学園長とギルマスの飲み会の様子を見せてくれ、オレが警戒されていることを伝えてくれる。
『了解。基本好きにやるけど、転移とかの空間系魔法と雷魔法は誰かが見てる状況では使わないことにする。サポート頼んだ』
寮のベッドに寝転びながら、アカシャに指示を出す。
目立つのは構わないが、伏せておきたい情報もある。
いざというときのために、相手の持つ情報は少なくコントロールしておく。
『かしこまりました。お任せください』
オレの腹の上に座るアカシャは、いつもの淡々とした声で答えてくれる。
頼りになる相棒だ。
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「さあ、今日は討伐演習よ! アンタ達、張り切って行くわよ!」
早朝、集合場所である学園の森の入口にネリーの張り切った声が響いた。
「中間テストのときはあんなに萎れてたのに、一気に元気になったな」
オレは呆れてため息をつきながら言った。
ネリーの座学は壊滅的だった。
オレとアレクの全力サポートがなかったら、まともな点を取ることは不可能だっただろう。
いずれ1軍に上がるには、演習の成績だけでなく座学の成績もある程度は必要だ。
いや、マジで何とかなって良かった。
学園に来て一番焦ったよ。
「僕はネリーがあの点をとれたことは、今でも奇跡だと思ってる」
アレクがげんなりした様子で言う。
うん。アレクがあんなに懇切丁寧に教えたのに、直前になってもあんまり覚えてなかったからね…。
「ちょっとアンタ達! 聞こえてるわよ! テストのことはもういいじゃない」
ネリーが膨れっ面でオレとアレクに不服を唱えた。
もうよくはないかな。全力サポートしたんだ。
あんまりにも覚えが悪すぎたネリーに痺れを切らし、オレはアカシャまで使ってサポートをした。
つまり、禁断の100%当たる山を張って教えたのだ。
限りなく黒に近いグレーな手段まで使ってあの点数とは、次回からどうしよう…。
「分かったよ。でも、ネリーは普段からもっと勉強してね」
アレクはため息をついた。これ以上言及するのは止めたらしい。
「うっ。悪かったわよ。次からは頑張る…。で、セイ、さっきから何遊んでるの?」
ネリーがオレの様子を見て疑問に思ったことを尋ねてきた。
実はさっきから土や木の根がオレにじゃれついて来ているのだ。
右膝から下は完全に土に埋まっているし、左足には木の根が絡み付いている。
「遊んでるわけじゃないけど、気に入られちゃったらしいね」
これが演習中も続くなら、今日はハンデ戦になりそうだ。
「もしかして、学園7不思議の『生きた森』かな? こんな風に露骨に誰か1人を狙うなんて聞いたことないけど」
正解だ。さすがアレクは博識だね。
「かまってちゃんなんだよ。こんなにアピールしなくてもいいのにな」
そう言ったら、怒ったように泥団子が顔に飛んで来た。
『右に10センチ顔をそらせば当たりません。本気で当てるつもりもないのでしょう』
アカシャからの念話だ。
ひょいと顔をそらして避ける。
「ちょっと! あたちに当たりかけたじゃない!」
左肩に座っていたベイラが抗議をしてくる。
すまん、アカシャはお前には厳しいからな…。あえて考慮しなかったのかもしれん。
当たりかけるだけで、当たらないと分かってたのかもしれないけど。
集合場所でワイワイやりながら開始を待っていると、オレ達に近づいてくる人物がいた。
『神童』ミカエル・ナドルだ。
「やぁ。ミカエル。セイ・ワトスンだ。ちゃんと話すのは初めてだね。よろしく」
オレはやってきたミカエルに対して挨拶をする。
ネリーとアレクもそれぞれ簡単に挨拶をした。
「ミカエル・ナドルだ。よろしく。君達には前回の演習でしてやられたからな。今日は私が勝つ。それだけ言いに来た」
オリエンテーリングで1位になれなかったことを根に持っているらしい。
オレはミカエルににっこりと笑いかけた。
「それは楽しみだ。でも、今回も1位はオレ達がとらせてもらうよ」
そう言うと、ミカエルはフッと笑った。
「楽しみにしている」
短くそう答えたミカエルは、オレ達に背を向けて1軍が多く集まる方へ帰っていった。
「あのミカエル・ナドルにずいぶん思い切ったことを言ったね。大丈夫なのかい?」
アレクが心配そうに尋ねてきた。
「ああ。今回は前回と違って、分かりやすく勝とう」
色々邪魔は入るだろうけど、何とかなるだろう。
「いいわね! 今回の演習って、たくさん魔物を狩って本部に持ってくればいいんでしょ?」
ネリーが好戦的に笑って聞いてくる。
「ああ。この前ギルドでやった感じだ。今回は、圧倒的に勝つ」
オレははっきりとそう宣言した。