第6話 立派な兄ちゃんになるために 前編
2020/8/14 改稿しました
オレの名前はジル。
ゴードン村の農民、ジード父ちゃんとアン母ちゃんの次男だ。
もう6歳になるオレは、父ちゃんの畑を立派に手伝うことができる。この前、父ちゃんと婆ちゃんに誉められたんだぜ。
今日は収穫も終わって一段落着いたからということで、村の子供達と遊んできていいと言われた。
みんなと遊ぶのは久しぶりだから、楽しみだ。
兄ちゃんも楽しみにしているらしい。
「あら。アル、ジル、久しぶりね! 元気だった?」
パン屋のドアを開けると、ドアベルのチリンチリンという音の後に、元気な女の子の声が聞こえてきた。
「やぁ、ケイト。もちろん元気だぜ」
アル兄ちゃんが声の主であるケイトに返事をする。
ケイトは母親とカウンターに立って店番をしていたみたいだ。
「やっと収穫が終わったからさ、遊びに来たんだよ」
オレはケイトにここに来た目的を言った。
オレと兄ちゃんは、まずはパン屋の娘のケイトに会いに来た。
ちょうど店に客がいないときだったようで、運が良かった。
ケイトは赤毛に緑の目の女の子だ。
歳はオレの1つ上の7歳。
相変わらずポニーテールにした髪のてっぺんに大きなピンクのリボンがドンと乗っかっている。
明るくて可愛いからみんなの人気者なんだ。
普通ポニーテールの結び目にリボンだと思うんだけど、まぁこれが何とも似合っているから文句はない。
でも、背比べの時にリボンを入れるのはズルいと思う。
ケイトは農民の俺達よりは都合が付きやすくて、パン屋だからみんなの状況もよく知ってる。
最初に誘うのはケイト。この村の子供は大体いつもそうする。
「ねぇ、母さん。私も遊びに行ってもいい?」
ケイトが、隣に立っているおばさんに上目づかいでおねだりをする。
今日はあまり忙しくなさそうだし、大丈夫だろ。たぶん。
「ああ、行っておいで。でも、あんまり遅くなるんじゃないよ。それにしても…」
遊びの許可を出してくれたケイトの母ちゃんだったけど、視線がオレと兄ちゃんの間をさまよう。
なにか変なとこでもあったかなと自分の体を見てみたけど、特に変わったこともないので首を傾げる。
兄ちゃんも同じような感じだ。
「どうしたんだい、おばさん。オレ達、何か変かな?」
兄ちゃんが思ってたことを聞いてくれた。
「アルとジルが、なんだかとっても綺麗だから、驚いてるのよ。そうでしょ? 母さん」
ふふっ。と笑いながらケイトがおばさんに語りかける。
男が綺麗って言われても嬉しくないぞ。そう思ってちょっと顔をしかめると、それに気づいたようにおばさんが説明をしてくれた。
「ケイトの言う綺麗っていうのはね、服や髪や肌のことさ。アンも最近そうだったけど、まさかアンタ達までとは思わなくてね。驚いたんだよ。じろじろ見て悪かったね」
「ああ、そういうことか。やっぱりそう見えるよな…」
兄ちゃんはそれ以上は何も言わなかった。
というより、言えないんだよな。オレ達にも何でかはよく分からないんだから。
ただ、うすうす気付いてることがある。セイの近くにいると綺麗になるんだ。
ある日、家の中の一部が綺麗になってることに気付いた。
最初はそんなわけないと思ってたけど、間違いなく綺麗になってる。
去年オレと兄ちゃんが汚して、母ちゃんにこっぴどく怒られた壁も綺麗になってたから、絶対だ。
そして、家の中でセイの行動範囲だけが綺麗なんだ。
たぶん、何も言わないけど家のみんなは気付いてる。
この前母ちゃんが、洗濯しても汚れが落ちなかったシャツを、さりげなくセイのそばに干してたし。
いつも母ちゃん達は、セイは神様に愛されてるって言ってるけど、オレもそう思う。
セイは1度も病気になったことがないし、いつの間にか近くが綺麗になるから、神様に愛されてるに違いない。
神様に愛されて、いつの間にか近くが綺麗になるなんて聞いたことないけど。
オレの弟は凄いんだ。そして可愛い。
オレはセイの兄ちゃんとして、頑張りたいと思う。
「ねぇ、結局どうして綺麗になったの? 貴族様みたいにお風呂に入ってるなんてことはないんでしょ?」
他の遊べそうな子を誘いにパン屋を出た後も、ケイトからの追及は続いた。女の子ってのは見た目にはこだわるからなぁ。めんどくさい。
兄ちゃんがうーんと唸ってるので、オレが答えることにした。
「実は、オレ達にもよく分からないんだ。俺達は別に特別なことはしてない。なぁ、兄ちゃん」
「そうだな。オレ達も不思議なんだけど、家の中がどんどん綺麗になっていくんだ。嘘だと思うんなら、今度ケイトも来てみるといいよ」
「もー。家の中が勝手に綺麗になるなんて、そんなわけないじゃない。そんなのじゃ誤魔化されないからね」
ケイトが可愛く頬を膨らませて怒ってみせる。本当のことを言ってるんだから、これ以上どうしろっていうんだ。
兄ちゃんの、家に来てみればっていうのは、すごくいい考えだと思うんだけどなぁ。
来てみて自分が綺麗になったら、ケイトも信じるしかないだろう。
「こうなると思ったから、話したくなかったんだよなぁ。誤魔化すも何も、オレ達は本当のことしか言ってないからな。どうしても確かめたいんなら、さっきも言ったけど家に来てくれよ」
やれやれと溜め息を吐きながら苦笑いして兄ちゃんが言う。
やっぱり、そう思うよな。
セイが神様に愛されてるかもって言っても絶対信じてもらえないだろ。
ケイトが、「えーっ何それワケわかんない」とか言ってるから、「オレ達も訳は分からない。大丈夫だぞ」って言っておく。
「それより、オレ達の弟のセイがさ。ムチャクチャ可愛いんだぜ! この間もさ…」
ゴチャゴチャとごねるケイトを無視して兄ちゃんが話題を変えた。さすが兄ちゃんだ! オレもセイの話をしたいぞ!
ケイトが、あんたらがセイちゃんの話を始めると長いのよねぇ、とか言ってるけど、セイが可愛すぎるから仕方がない。
その後、他の子が集まるまでひたすら兄ちゃんとセイがいかに可愛いかを語った。
セイがどれだけ可愛いかはみんなに分かってもらえたと思う。兄ちゃんも満足げだ。
でもなぜか、いつの間にやらオレ達が身綺麗になったのはセイにいいとこ見せるためってことになってた。
違うぞ。
ケイトがうるさくなくなったから声には出さなかったけど。
「さぁ、みんな集まったわね! バカ2人も、セイちゃんが可愛いのは分かったから、遊ぶわよ」
バカとはなんだと兄ちゃんと一緒に憤慨するも、みんなもケイトに同意らしい。どうしてだ…。
とはいえ、遊ぶことには賛成だ。みんなで話し合って、鬼ごっことかくれんぼをやることに決まった。
それは何回も遊びを繰り返して、もう何回かで帰ろうかと話していた頃。オレが鬼ごっこの鬼をやっている時だった。
「大変だ! ケイトとサムが森の中に入っちまって戻ってこねぇ!」
「なんだって!?」
もう一人の鬼だった、鍛冶屋の息子のカールが息を切らして走ってきて、慌ててそう告げた。
普段のひょうきんでおちゃらけた様子はなりを潜めていて、親しみのわく猿顔はただ焦りに歪んでいる。
森の中は野獣や、深いところにはモンスターもいるから、子供だけで入っちゃいけない場所だ。
村と森との境には柵があって、柵の向こう側には行ってはいけないことになってる。
もちろん、鬼ごっこでも柵の向こう側に逃げるのは禁止だ。
でも、どうやら4歳のチビのサムが柵を越えて森の中に逃げちまって、ケイトが連れ戻そうと追っていったらしい。
チビ達も一緒に遊ぶから、ここまでは稀にあることだ。
必ず上の子がチビに付いて様子を見ているので、いつもはすぐに連れ戻って二度とやらないように叱って終わりなんだけど、今回は連れ戻しに行ったケイトもいつまで待っても戻ってこない。
「どうしてすぐに連れ戻せなかったんだ! ケイトはすぐに追っていかなかったのか?」
異変に気付いた他のみんなも急いで駆けつけてきた。兄ちゃんもカールに詰め寄る。
「もちろんすぐに追っていったさ! でも、オレは今知ったんだけど、サムのヤツかなり足が速いらしくて、もしかしたら神様に愛されてるかもしれないって今日何人かが思ったらしい」
「神様に愛されてるかもしれない!? だとすると、ケイトの足じゃすぐに追い付かなかったのも分かるな…」
兄ちゃんが驚く。
もし、サムが足が速くなるようなスキルを神様からもらっていたら、小さくてもケイトと同じくらい足が速いかもしれないからだ。
「とにかく、オレはすぐに家に帰って親父を連れてくる!」
カールはオレたちに軽く説明をすると、すぐに走り去っていった。鍛冶屋なら結構近いし、武器もある。
森の奥に入るには、大人でさえ武器は絶対に持っていかなくちゃダメだ。
何も持っていないケイトとサムが、もし野獣やモンスターに見つかってしまったらと思うと、最悪の想像をしてしまう。
「兄ちゃん、オレたちどうすれば…」
「すぐ戻ってこないってことは、ケイトたちは入口が見えないくらいには奥に行ったってことだ。カールが鍛冶屋のおっちゃんを連れてくるのを待つしかない…」
オレを初めとして、おろおろしながらこの場で彷徨いている全員に、兄ちゃんが険しい顔をしながらそう告げた。
「その判断は正しいですが、カールが戻るのを待っている時間はありません」
「「えっ?」」
急に知らない女の人の声がして、ビックリした。
兄ちゃんもビクッとして、声の方を振り向いてる。
そこには、長い銀色の髪を持ち背中に羽の生えた、驚くほど綺麗な、小さな小さな女の子が浮いていた。
ものすごく綺麗なのに、表情の欠片も感じられない完全な無表情なので、ドキッとしたりはしなかった。
兄ちゃんはすごく警戒している感じだ。でも、恐る恐る女の子に話しかけた。
「…なんだお前? 人間じゃないみたいだけど、モンスターでも無さそうだな。いや、それより、カールが戻るのを待てないってどういうことだ?」
兄ちゃんの疑問を聞くと、羽の生えた小さくて綺麗な女の子は、表情も変えずに恐ろしいことを言った。
「このままカールが呼びに行った大人を待っていたとすると、ケイトとサムは死ぬ。そういうことです」