第13話 ギルドとネリー
「オレ達みんな、ネリーの姐さんにはお世話になっててな」
スキンヘッドの大男がオレとアレクに説明してくれる。
ネリーに気合いの入った挨拶を終えた面々は、それぞれネリーと少し話をしてギルド内に散っていく。
それなりの人数がいるので、ネリーはまだ捕まったままだ。
この人達は全員、依頼の途中などで死にかけたところをネリーに救われた過去を持つ。
その後ネリーの舎弟になったというか、ネリーファンクラブに入ったというか、そんな感じの人達だ。
ネリーがここに出入りを始めたのは6歳のころだ。
それから3年間で、ギルドの依頼をこなしながら目についた多くの人を救ってきた。
「姐さんはな、民を助けるのは貴族の義務だからって言うんだ。あんなにちっこいのに。大人でもそんな貴族ほとんどいねえよ」
スキンヘッドは向こうにいるネリーに視線を送りながら、しみじみと言った。
アレクがハッとした顔をする。
貴族は分かりやすい功績を求める。
それが結果的に民のためになることはあっても、民のために働く貴族など殆ど皆無であることにアレクも気付いたのだろう。
オレはスキンヘッドに相槌を打った。
「トンプソン家が世間でどんな噂をされてるかは知ってる。でも、オレ達からすれば姐さんこそが貴族だ。おめえら、姐さんの学園での友達だろ? これからも噂は気にせず仲良くしてあげてくれよな」
スキンヘッドはすごく真剣な様子でそう言った。
たぶん、ネリーを取り巻く環境をある程度知っているんだろう。
「ええ。もちろんです」
「オレ達も学園では浮いた存在だしね。ハブられ者同士ってヤツなんだ」
「仲良くしてやるの!」
アレクは真剣に返事をし、オレは冗談めかして返事をした。
ベイラの上から目線の返事には、まさか妖精がこんなところにいると思わなかったのだろうスキンヘッドが驚いていた。
スキンヘッドはオレ達の様子と、機嫌よくこちらに向かってきたネリーを見て微笑んで、オレの言いたいことはそれだけだと言って去っていった。
ネリーは想像してた以上に慕われてるな。
「私がギルドに詳しいって、アンタ達もよく分かったでしょう。さあ、ここがギルドの受付よ! さっさと登録済ませて、せっかくだからひと狩り行くわよ!」
張り切って案内をしてくれるネリーに、オレ達は付いていく。
ひと狩りか。いいね。アレクのレベルもっと上げたいし。
「こんにちは。ネリーさん。学園合格おめでとうございます。本日は、そちらのお二人の登録ですか?」
金髪をおかっぱにした受付の女性が、涼やかな声で話しかけてきてくれる。
ネリーのことを知っているようで、状況も察してくれているらしい。
「ありがとう。そうなの! よろしく、アリソン。アンタ達ラッキーね。アリソンに当たるなんて!」
アリソンさんは優秀なようで、ネリーが絶賛する。
担当というのは特別な場合を除きないが、処理を簡単に行うために基本的には毎回同じ受付の人が当たる。
パソコンとかがない世界だからな。毎回別の人とかだと情報共有が大変なんだろう。
「アリソン・キーズです。以後よろしくお願いいたします。学園生なら簡単に登録ができますよ」
学園生は全員が登録を義務付けられていることと、入学試験で実力が証明されていることで、色々省略して登録ができた。
この制服が持つ意味は、やはり大きいらしい。
「あたちは? あたちは登録できないの!?」
ベイラが自分もギルド登録がしたいと主張する。
「も、申し訳ありません。妖精を連れている冒険者は前例がありませんので。おそらく、ネリーさんのドラゴンのように従魔という扱いになるかと…」
キーズさんが、まさかの妖精の登録希望に狼狽えている。
いくら優秀でも、前例のないものを扱うのは辛いだろう。
ウチの妖精がすまない…。
「おいベイラ、キーズさんが困ってるだろ。報酬は分けてやるから、登録は諦めようぜ」
「いえ、もしよろしければ、ギルドマスターに確認をとってまいります」
「よろしくお願いするの!」
ベイラに諦めるよう促すも、キーズさんの好意にベイラが食いついてしまった。
キーズさんはすぐに席を立って、2階へと向かって行った。
「悪いな2人とも。ちょっと時間かかっちゃいそうだ」
2人に謝ると、どちらも気にしないと言ってくれた。
ベイラのわがままに付き合わせる形になってしまったな。
この後の狩りでは、きっちり埋め合わせをしよう。
少しだけ受付で待っていたが、キーズさんは思った以上にすぐにギルドマスターを連れて戻ってきた。
『ああ、そういえばギルドマスターって、国の円卓会議にいた人だよな?』
『はい。王都ギルドマスター兼スルト国ギルドマスター、シュウです』
右肩に座るアカシャに確認を取ると、すぐに答えが返ってきた。
ギルドマスターは姓がないんだよな。
完全に実力だけでここまで上り詰めた人だ。
「スルト国ギルドマスター、シュウだ。マジかよ、本当に妖精がいやがる…。ネリーの嬢ちゃんは久しぶりだな」
暑苦しい雰囲気のオッサンであるマスター・シュウの挨拶に、オレ達も軽く挨拶を返す。
「で、いきなり結論だが、妖精のギルド登録はできねぇ。すまねぇな。もうちょい妖精が人間よりなら良かったんだが、今は無理だ」
妖精は人間の敵ではないが、味方でもない。
その関係でダメらしい。
でも、可能であればオレとベイラが前例となってこの関係性を変えていって欲しいとも言われた。
登録ができないと聞いてしょげてたベイラだが、それを聞いて「任せるの!」と張り切り始めた。
人間と妖精の融和か。そう遠くないうちに、アレクとネリーも連れて妖精郷アールブヘイムに行ってみるかね。
いずれ行ってみようとは思ってたし。
「じゃあ、オレは行くぜ。セイ、アレク、ネリーの嬢ちゃんをよろしくな」
マスター・シュウはそう言って、懐かしむように視線を上にやった。
「嬢ちゃんの祖父さんのガエル様には、本当に世話になった。貴族では知る者は少ないが、あの人は庶民の間では『貴族の中の貴族』って呼ばれてたんだぜ」
うん。知ってる。オレもそう思うよ。
たぶん、ネリーの考え方の根幹になった人だ。
「お祖父様は、私の誇り。誰に、何と言われようとも」
ネリーの声には、あらゆる感情が詰まっている感じだった。
マスター・シュウはネリーを見て、ごつい顔に似合わないすごく優しい顔をする。
「1年生の次の演習はな、学園を使ったギルド主催の討伐演習だ。中間テストの後にな。頑張れよ」
マスター・シュウはオレ達だけに聞こえるくらいの声で、こそっと情報をリークして去っていった。
キーズさんにも聞こえていたみたいだが、仕方がない人ですねって顔をしたあと、笑ってスルーしてくれた。
なんていうか、ギルドの人達って、ネリーに甘すぎるな。
別にいいけど。
当のネリーは、目が点になって「ちゅーかんてすと…」と呟きながら現実逃避している。
オレとアレクは、そこかよ!ってツッコミを入れて、みんなで笑った。
「ギルドランクはGから始まり、依頼をこなすにつれてF、Eと上がっていきます。一番上がAランクで7段階です。ランクが上がれば受けられる依頼も報酬も増えますので、頑張って下さいね」
キーズさんがにっこり笑ってオレ達を送り出してくれる。
「アリソン、もう一個あるでしょ?」
ネリーは納得いかなかったらしく、キーズさんに聞き返した。
「ふふ。一応、Aの上に規格外としてEXというランクがあります。この国では現在、『賢者』様と『大賢者』様のみが達成しているランクとなりますが、ぜひ目指してください」
キーズさんは微笑ましいものを見るように、そう付け加えた。
ネリーはこの歳ですでにCランクだからな。期待されてるのは間違いない。
「ネリー、いくらなんでも、そこまで行くのは厳しいんじゃ…」
アレクはそう言ったが、ネリーに睨まれて、できるだけ頑張ろうと意見を翻した。
『ご主人様なら、本気を出せば楽勝ですね』
久しぶりにアカシャの激しいヨイショを聞いたな。
ま、やるだけやってみますか。
オレはニヤリと笑った。
「アンタ達、これ! これよ!」
登録を終え、ひと狩り行くためにギルドの掲示板を見に来ると、一際大きく貼られていた国からの依頼にネリーが飛び付いた。
「ああ、新ダンジョンの発見の依頼ね。今は無理だ。諦めろ」
ネリーは最上級の功績とみなすと書いてある部分を見て飛び付いたんだろうが、オレはバッサリと切って捨てた。
「そうだよ。国が4年もかけて見つけられてないものを、今日の放課後だけで探せるわけないよ」
アレクもオレに続く。
まぁ、オレはそういう意味で言ったんじゃないけどな。
新ダンジョンはまだ現れてない。それをオレは知ってる。
ないものを探すのは不可能だ。
オレは左肩に座るベイラに視線を送る。
余計なことは言うなよという合図だ。
「新ダンジョンはいずれオレ達で見つけようぜ。今日はテキトーに討伐依頼を受けよう。アレクのレベルも上げたいし」
オレがそう提案すると、アレクはすぐに賛成し、ネリーはしぶしぶ頷いた。
夕日が空を真っ赤に染める頃、ギルドは大混乱だった。
オレ達が2時間ほどの狩りで大量の魔物を狩ってきたからだ。
とはいえ、表向きにはオレ達は1体の魔物しか狩ってきていない。
今外では、ミニドラが頑張って運んで来た、狩った中で一番でかい魔物で大騒ぎだ。
それは本来Bランクの者しか受けられない依頼の魔物で、一番上のネリーでもCランクしかないオレ達が狩るはずのない魔物だった。
襲ってきたから狩ったけど、依頼は受けられないので報酬はいらないと言ってギルドに渡した。
主にネリー親衛隊が、何とかしてやれよとギルドに交渉してくれている。
まぁ、オレ達は本当に報酬はいらないのだが。
「外が混乱してるうちに、できるだけ広い部屋でギルド職員だけと話したいって言うから、ここに来ましたけど…。なに、コレ? というか、なにソレ?」
オレ達を会議室に通してくれたキーズさんの語彙が死んでいる。
今にも飛び出しそうなキーズさんの目は、オレがマジックバッグから出した魔物と、マジックバッグ自体を行ったり来たりしていた。
「アリソン、言いたいことは分かるわ。私とアレクも驚きっぱなしで、もう疲れたもの…。意味わかんないわ!」
最後の叫びがネリーの混乱ぶりを表しているようだな。
うんうん。
「僕、さっきギルド登録したとき、レベル2って申請しましたよね。今いくつだと思います…? 6ですよ、6…。僕はもう、疲れました…」
アレクは部屋の隅に座って真っ白に燃え尽きている。
アレクじゃ時間がかかりそうな魔物以外は、極力アレクに狩ってもらったからな。
おつかれ!
「セイくん、あなた、何者…? いえ、ひとまず、解体場に移動しましょう…。ああ、ギルマスも呼ばないと…」
キーズさんはマジックバッグから次々に出てくる魔物を見てあたふたしている。
確かにもっと広い部屋の方がいいね。
マスター・シュウが来たら、マジックバッグの口止めもお願いしないとな。
オレは出した魔物を再びマジックバッグにしまい始める。
空間収納の方が楽なんだけど、そっちはマジックバッグ以上に見られたくないからな。
「あんた達、セイのやることに驚いてたらキリがないの。そういうものと思って全部受け入れるの」
ベイラが左肩の上で悟りを開いたような顔をして、やれやれという声でそう言った。