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第11話 新入生オリエンテーリング 後編

「では、皆準備は整ったかの?」



 学園長である『賢者』ロジャー・フェイラーが、森の入り口にチームごとに並んでいる僕達新入生に、にこやかに問いかけた。


 僕達のチームの面々は、無言でセイを見る。


 セイはニヤッと笑ってうなずいた。


 絶対に1位を取ると言ったセイに僕達は作戦を任せ、セイはそれを僕達に伝えた。


 セイの言うことは、にわかには信じられないようなことが多かったけれど、少なくとも僕は信じている。



「この新入生オリエンテーリングは、国際大会の代表を決める選考の始まりでもあります。貴族の皆さんは功績を目指し励むように」



 教頭のシャイアン・セヨンが、片手で眼鏡をくいっと上げながら呼び掛けた。


 あの人は貴族贔屓きぞくびいきが過ぎるとお祖父様じいさまから聞いている。


 今の言葉も貴族だけに向けたものみたいな言い方だし、体の向きも完全に1軍のチームが多く集まる方を向いている。


 セイの言うように本当に僕達のチームが1位になったら、あの人はどんな顔をするだろうか?



「さて、大丈夫そうじゃの。それでは、これより新入生オリエンテーリングを始める。用意!」



 学園長が手を上げて号令をかけ、新入生全員が一斉にサングラスをかける。

 この号令からが、魔法解禁だ。


 僕はセイから教えてもらった身体強化の魔法を使う。


 …すごい。まだ走り始めてもいないのに、今までとは強化倍率が違うことがはっきり分かる。



「始め!」



 学園長が手を振り下ろして号令をかけた。


 1軍2軍全員が一斉に走り出す。


 僕達もセイを先頭に走り始めた。



「ベイラ、()()()()()()! 道を作れ! 全員、いきなり妨害が来るけど、気にせずこのまま走れ」



 なぜそんなことが分かる? そういう疑問をいだくのとほぼ同時に、走り出した2軍の目の前の地面に薄い氷が張り始めた。


 1軍の誰かが氷魔法を使ったのだろう。


 このオリエンテーリングでは、戦闘行為など生徒に向かって直接魔法を使うことは禁止されているけれど、このような障害物を作り出すような妨害は許されている。



「これぐらい障害にならないの!」



 セイの肩に座ったベイラさんが両手を前に出すと、小さな炎が放射状に地面を走って、あっという間に氷を溶かし尽くした。



「おお、全部溶かしたのか。優しいねぇ」



 セイがその光景を見て感想を言う。


 氷を見て一瞬立ち止まったり速度を緩めたりしていた他の2軍のチームも、すぐに氷が溶けたことでほとんど遅れることはなかった。


 セイの指示を聞いていた僕達のチームは一切速度を落としていないので、2軍では先頭になっている。



「ズベレフ! 遅れるなよ!」



 隣を走っているブノワ・フルカチが声を上げた。

 レベル1の僕がみんなに付いていけないのではと心配しているようだ。



「大丈夫。このペースならいけそうだ!」



 フルカチに返事をする。

 セイが教えてくれた身体強化のおかげで、()()()()なら何とか付いていけている。



「それにしても、本当にワトスンが言った通りになりそうだね」



 少し後ろを走っているアマンダ・フェロが、感心したような声を上げた。


 1軍の4つのチームは僕達より走るペースが速く、前を走っている。


 そろそろ森へ入ろうかというところだけれど、その進路がセイの言った通りになっている。


 このオリエンテーリングは必ず3箇所にあるチェックポイントを通ってゴールしなければならない。


 でも、それさえ守れば進路は自由だ。


 チームは渡された地図とコンパスを頼りに、自分達で進路を決めなくてはならない。


 基本的には、最短距離をとろうとすると難易度が増すと先生からはアナウンスされている。


 ミカエルのいるチームが最短距離をとるのではないかという予想は理解できるけど、他の3チームが向かっている方向もセイの予想とぴったり一致していた。



「うん。どうして分かったんだろう…?」



 僕はフェロに相づちを打って、考えた。


 入学試験での実力を見て判断したのだろうか?

 それにしては正確すぎる気がするけれど。


 まるで作戦会議を聞いていたかのような正確さだ。

 でも、その時間は僕達だって作戦会議をしていた。

 セイに何か魔法を使っている様子はなかったと思う。



「そんなのどうだっていいわ。勝てばいいのよ、勝てば! セイ! いつになったらミニドラちゃん呼んでいいのよ!?」



 ネリーはセイの不思議さはどうでもいいらしい。

 付き合いはまだ短いけれど、この子は絶対に脳みそまで筋肉でできていると思う。


 フェロの隣を走りながら、彼女は例のドラゴンを早く呼びたいとセイをかす。



「まだまだ人が多すぎるだろ。直接の妨害とみなされて失格になるぞ。ミニドラちゃんはデカすぎんだよ」



 セイがやれやれと言った様子でネリーをいさめる。


 ベイラさんや例のドラゴンに頼ることは許されているけれど、魔法と同じで直接妨害することは禁止されている。


 例えばドラゴンの翼が誰かに当たって転んだら、その時点で失格だ。



「むー。仕方ないわね。もうちょっと待っててあげるわ! 私の力が必要って言ったの、忘れてないんだからね!」



 ネリーはちょっとむくれながら、セイに向けてそう言った。


 僕はそれを聞いて、少し笑ってしまった。


 ネリーもいつも周りから『無功績』とか『タダ飯食らい』などと言われてバカにされている。

 それは、僕に対するものよりもより酷いと思う。


 きっと彼女も、セイに『必要』と言われて、嬉しかったのだろう。






「なあ…、ここまで何も起こらなかったが、本当にいいのか?」



 森の中にある1つ目のチェックポイントでは、学園の職員のお姉さんが待っていた。

 お姉さんにスタンプを押してもらったフルカチが、ひそひそ声でセイに話しかける。


 そう、僕達は何の障害にも引っ掛からず、ただひたすら走っていただけだった。


 森の中は明るく、静かすぎた。

 事前に森には魔物がいたり、罠が仕掛けてあるので気を付けろと言われていたのに。


 周りから爆発音などは聞こえていたので、チームによっては魔物と戦っていたのだろうと想像できたけれど。



「ん? いいに決まってるだろ。簡単過ぎて不満か?」



 セイがサングラスを額に上げ、ニヤッとしながらフルカチに返事をした。



「い、いや…」



 フルカチは答えに困ったように口ごもった。


 僕にはフルカチの気持ちが少し分かる。

 たぶん、拍子抜けという感じや、まるで不正をしているような罪悪感などがないまぜになったような気分なのだろう。


 さすがに、何も起こらなかったというのは異常だ。


 地図とコンパスを見ながら進路を決めていたセイが何かをしたとしか思えない。


 ネリーはあまり気にしていない様子で、「ねえ、もしかして私達、今1位なんじゃないの?」などと言っているけれど。


 不思議だ。狐につままれたような気分というより他にない。


 さっき魔法陣を見せてもらったときも思ったけれど、セイは常識では測れない人物らしい。



「おまたせ」



 一番最後にスタンプを押してもらっていたフェロが、僕達に合流した。



「よし、じゃあ次に行こう。アレクも()()を仕掛け終わったみたいだしな」



 セイが全員に声をかけ、再び走り始めた。

 それぞれセイに返事をして、付いていく。



「ねえ、()()って?」



 フェロが僕に聞いてきた。

 フルカチも気になるようだ。



「うーん、なんて言えばいいのか…。嫌がらせ? 妨害と言えるほど時間稼げるか分からないし、そもそも引っかかるか不安だけど…」



 僕はセイに教えてもらった魔法陣の2つ目、透明な板を作り出す魔法で罠を仕掛けてきた。


 セイが、たぶんこの辺りに仕掛ければ誰か引っかかるはずって言った場所に。


 あまり離れると消えちゃうと思うけど、大丈夫なのかなぁ?


 セイのことを信じているから、その通りにやったけれども。



 その後すぐに後ろからノバク様の怒声が聞こえてきて、僕達は震え上がった。


 セイとベイラさんだけは、よりによって王子が引っかかったと爆笑していた。


 いや、ルール通りだけど、王子はマズいだろう。


 しかも、犯人は僕じゃないか…。


 フェロとフルカチは僕のことをバカにしなくなったけれど、巻き添えを恐れたのか、今まで以上によそよそしくなった。






「おっと、ゴブリンだ。みんな止まれ。ネリー、出番だぜ。ミニドラちゃんをよろしく!」



 2つ目のチェックポイントに向けて相変わらず順調に走っていた僕達だったが、ついに障害に引っ掛かったようだ。


 なんとなくわざとらしい様子でセイが全員に止まる指示を出し、ネリーにドラゴンを呼ぶように言った。


 確かに例のドラゴンなら、ゴブリンが何匹いたところで問題にならないだろう。



「やっと私の出番ね! ミニドラちゃん! いらっしゃい!」



 ネリーが空に向かって声を上げた。


 でも、すぐにはドラゴンは現れない。

 2匹いたゴブリンがネリーの声を聞いて、こちらを向いた。



「…そ、そんなすぐにはミニドラちゃんは来られないわ! ゴブリン程度、私の魔法でも十分よ!」



 ネリーはちょっと焦った様子でゴブリンに向かって手を伸ばした。



「あー、待て待て! 大丈夫! これは計算通りだ。ミニドラちゃんが来るまではアレク達に牽制けんせいで魔法を撃ってもらおう。せっかくだから経験してもらわないと」



 今度はセイが焦った様子でネリーを止めた。

 まさか、この状況でセイは…。



「え? …なるほど。分かったわ! 仕方ないわね! ほら、アンタ達さっさと魔法撃ちなさい。ゴブリン来ちゃうわよ!」



 ネリーもセイの意図を察したようで、僕達を急かす。


 禿げて尖った耳の醜悪なゴブリンがこちらに向かって走り始めた。


 レベル上げをここでしろってことだ。


 あまりにも急なことで、足が震える。



「ズベレフ、君が最初に撃て。でなければ意味がない」



 フルカチが右手をゴブリンに向けつつ、そう言った。



「しょうがないな。私も付き合おう」



 フェロも両手をゴブリンに向けつつ、僕を待っている。



「アレク。お前は、どうなりたいんだ?」



 セイが僕に問いかける。


 今までの記憶が甦ってくる。


 家族の死。

 心ない親戚の顔や声。

 周囲の嘲笑、ひがみ、憐れみ。

 お祖父様の顔。


 完全記憶は、ふとした時にどうしても、強烈に印象に残っていることを鮮明に思い出してしまう。

 それは、つらい記憶の方が多い。


 でも…。



「僕は…。僕は、誰にも後ろ指を指されない、立派な公爵になりたい」



 僕は両手をゴブリンに向けた。


 全部が辛い記憶じゃない。


 楽しかったり、嬉しかったりする記憶をくれた人達がいる。


 そんな人達が、僕に向けてくれたのは期待や希望だ。



 セイから教えてもらった魔法陣とその効果を思い出して、魔力を込める。


 万感の思いを込めて、僕は"宣誓"した。



「"ぜろ"!!」



 ゴブリンに向けて開いていた手を握りしめる。


 すると、1体のゴブリンの前で突然爆発が起こった。


 セイに教えてもらって、今僕が撃った爆裂魔法の効果だ。


 思いきって全魔力を込めたせいか、思った以上の爆発だ。


 爆裂の中心地にいた1体のゴブリンは、バラバラになって吹っ飛んだ。



「はは。レベル1の威力じゃないな。大したもんだ」



 フルカチがもう1体のゴブリンに炎魔法を撃った。



「さすが公爵家だな。レアな魔法を知っている」



 フェロが氷魔法で作った氷柱つららのようなものが、フルカチの魔法で燃えるゴブリンの頭部を貫いた。


 爆裂魔法はズベレフ公爵家のものではなく、セイに教えてもらったのだけど、それを言うのはセイへの裏切りになってしまう。


 全ての魔力を使いきってしまったせいで薄れゆく意識の中で、そんなことを思った。



「おつかれ、アレク。寝てていいぜ。絶対なれるさ。立派な公爵に」



 セイが僕に肩を貸してくれた。

 不思議で、頼もしい友人の体温はあたたかかった。

 セイには、感謝しかない。



「私の出番、なくなったじゃない! …しょうがないから、ミニドラちゃんに乗せて運んであげる」



 不器用なネリーに苦笑する。

 あとで、お礼、言わないと…。






 僕が目を覚ましたとき、すでに僕達のオリエンテーリングは終わっていた。


 僕達はあっさり1位になったらしい。

 みんなが拍子抜けするほどだったようだ。


 そもそも、障害という障害があのゴブリンくらいのものだったという。


 2位はミカエル・ナドル率いる、ノバク様もいるチームだ。


 僕達より多少遅れて、ついさっきゴールしたらしい。

 他のチームはまだなようだ。


 ノバク様と教頭が、1人の教員をものすごく怒っていた。

 どうやら、ノバク様のチームはその教員に邪魔をされたらしい。


 教員に邪魔をされるなんて、ミカエルやノバク様はついてなかったなと思っていたけれど、どうやら様子がおかしい。


 教員が、確かにセイ・ワトスンを襲ったはずだったという声がかすかに聞こえた。


 僕の完全記憶は声も完全に覚えている。

 聞き間違いではなかった。


 完全に不正だ。

 でも、実際に襲われたのはノバク様のチームだと言うし、どういうことだろう?


 考えていると、僕が起きたのを見て学園長がやってきた。



「チームの他のメンバーには言ったが、1位おめでとう。面白い結果になったのう」



 面白い結果。学園長は何を思ってそう言ったのだろう?



「僕は寝てただけです。チームのみんなが頑張ってくれた結果です」



 1人だけ魔力を使い果たして、運んでもらったというのは恥ずかしい。


 また後ろ指を指されてしまうかもしれないな。


 でも、不思議と気持ちは晴れ晴れとしている。


 自分が今後どうしたいかが、はっきり見えたからかもしれない。



「君のチームのメンバーはみな謙遜けんそんをする。他も運が良かったとか障害が少なかったなどと言っておった」



 学園長はおかしそうに笑った。



「それが事実なだけでしょう」



 さっきみんなに話を聞いたけど、そんな感じだった。

 唯一、たぶん学園長には言っていない点を除けば。



「ふむ。まぁ、確かに君のチームは極端に障害が少なかったようだ。しかし、それは本当に運なのじゃろうか?」



 学園長は、答えは聞かずに笑いながら去っていった。


 学園長が言いたいことはよく分かる。


 それに対する答えを僕達は持っていないけれど、共通する思いはある。



 セイ・ワトスンは、絶対に普通ではない。



 魔法陣を教えてもらったわけではない僕以外のチームのメンバーでさえ、強くそう思ったようだった。



 そのセイが、満面の笑みを浮かべてやってきた。



「そういや、さっき言い忘れてた! アレク、レベル2おめでとう!」



 セイは普通じゃない。それは気になる。

 でも、セイが普通かそうでないかはどうだって良くもある。


 彼が、僕の一番の友人だからだ。



「ありがとう、セイ!」



 僕が浮かべた笑みも、満面の笑みだったに違いない。




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― 新着の感想 ―
いやーーー、こういう学園ものって最高ですわo(^▽^)o 友情、努力、勝利 では無くて、 友情、情報、勝利なのが面白い( ≧ᗜ≦)੭ु⁾⁾
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