第10話 新入生オリエンテーリング 前編
学園生活が始まってから数日が経ち、早くもクラスで浮いている生徒が3人いる。
セイ・ワトスン、ネリー・トンプソン、そして僕、アレクサンダー・ズベレフだ。
僕達はたまたま入学式の時から3人でいることが多くて、他のクラスメイトとあまり喋らない。
でもたぶん、それがなくても僕達3人は他のクラスメイトからは避けられていたと思う。
「今から新入生オリエンテーリングを行う。舞台はこの森。ゴールへの着順を競う。ただし、必ず3箇所にあるチェックポイントを通らなければならない」
2軍全員が集まった学園の森の入口で、ルブリョフ先生が説明をする。
少し離れた場所では、1軍の担任の先生が1軍の生徒に説明をしている。
このオリエンテーリングは新入生の力を試す場であり、交流の場であり、大会の代表を決めるための選考の始まりの場でもある。
学園では授業の他に定期的にこのような催しがあり、これらの成績をもって大会の代表が選出される。
大会は国内大会が1年に1度。国際大会が3年に1度行われる。
国際大会は国内大会で1位の学校のみが参加できるのだけど、スルティア学園は国内大会では負けたことがないので、実質スルティア学園の代表は国際大会の代表だ。
「では、5人1組のチームを組むように。チェックポイント、ゴール共に5人全員で通過することが義務付けられている。1軍に一矢報いるなどと大口叩いていたヤツもいたが、まともなチームが組めるかな?」
ルブリョフ先生の言葉を聞いて、クラスメイトが一斉に動きだしてチームを組み始めた。
来た。この時が来てしまった。
僕はずっとこの時を恐れていた。
オリエンテーリングのことは誰もが事前に知っていた。
あらかじめチームを決めているクラスメイトもかなりいる。
僕は誰ともチームを組むことが決まっていない。
セイやネリーに声をかけることさえできなかった。
彼らにすら断られたらと思うと、怖かったからだ。
陰でクラスメイトから『七光り』とか『レベル1』ってバカにされていることを、僕は知ってる。
みんなが爵位を維持するため必死で功績を上げようとしているのに、レベル1で誰よりも弱く、病弱で功績を上げようもなかった僕だけが爵位を保障されている。
ずるいと言われても仕方がない。
まさにお祖父様の『七光り』なのだから。
オリエンテーリングは運動能力が高い方が有利になる。
レベル1の僕と組みたいと思う人なんて、いるはずがない。
足手まといが声をかけられるはずもない。
周りのクラスメイトがどんどんチームになっていくのを茫然と見ていると、1人のクラスメイトが声をかけてきた。
セイ・ワトスン。
僕の初めての友達。
不思議な子だ。
「アレク。チーム組もうぜ!」
とんがり帽子を片手でくいっと押し上げたセイは満面の笑みを浮かべ、茶色の目は輝いていた。
この後のことが楽しみでしょうがないというように。
組む人がいないから仕方なく組んでやるなんて様子は、ただの一欠片もなかった。
泣きそうになった。
目が潤んでしまうのを感じる。
「僕でいいのかい?」
つい、聞いてしまった。
セイは僕の入学試験を見ていたはずだ。
2軍でも最下層にいることを、知ってるはずなのに。
「ん? ああ。もちろん。おーい、ネリー! チーム組んでくれ!」
セイは当たり前と言わんばかりに僕の質問を適当に流して、ネリーの方に向けて手を振った。
本当に一切なにも気にしていないみたいだ。
「気にしなくてもいいの。セイはやりたいようにやってるだけなの」
僕の様子を見てか、ベイラさんがやれやれといった仕草で話しかけてきてくれた。
妖精は連れているし、初日から隠し通路を使いこなしてるし、セイは本当に変な子だ。
嬉しいけれど。
「し、仕方ないわね…。私もあんた達のチームに入ってあげるわ!」
セイに呼ばれたネリーは、いそいそとこちらに歩いてきて、腕を組んでふんぞり返って言った。
でも、仕方なさそうというよりは、恥ずかしそうだ。
ネリーは燃えるような真っ赤な髪の可愛い女の子だけど、いつだって素直じゃない。
特にセイにはいつも憎まれ口を叩いてる気がする。
セイも面白がってネリーに憎まれ口を叩いてるからかもしれないけど。
「よしよし。あと2人だな。当てがなくはないんだけど、失敗したらごめん」
セイは自信はないみたいだけど当てがあるらしい。
セイが目線をやった方を僕も見てみると、どうやらこちらを窺っているクラスメイトが何人かいた。
4人チームが1つ。
3人チームが1つ。
周りを見てみると4チームが5人になり、すでに決まっていた。
1クラス30人だから、僕達3人とあの4人と3人の3チームを5人2チームにしなければいけないのか。
セイは迷いなく3人チームの方に向かっていく。
僕とネリーはセイの後を付いていった。
「テニーズ・ソネゴ、ブノワ・フルカチ、アマンダ・フェロ、お前らの中から2人、オレ達のチームに入ってくれないか?」
セイが声をかけた3人は、全員が2軍の中では突出した実力者だ。
こんな3人に当てがあるのだろうか?
「セイ・ワトスン、お前は1軍に一矢報いたいと言った。私たちも同じ意見だ」
3人の中のただ1人の女の子、アマンダ・フェロがセイにそう言葉を返した。
そうか! セイが自己紹介の時に言っていた、不当に2軍に落とされた人達。
きっと彼らがそうなんだ。
「だが、一矢報いるならばお前達2人が我々のチームに入れ。『レベル1』は不要だ」
続くテニーズ・ソネゴの言葉に、僕は冷水を浴びせられたような気持ちになった。
僕のことはいらない。ソネゴはそう言ったんだ。
「セイ、僕のことは気にしなくていい…」
きっとそうした方が、いい順位がとれる。そう言おうとした言葉は、途中で遮られた。
「おいおいおいおい! そしたら俺達のところにズベレフが来るじゃないか! 俺達だってそれは嫌だぜ!」
様子を窺っていた4人チームの1人が話に割って入ってきた。
心臓の音が跳ね上がる。
あの時も、こうだった。
家族がみんな死んでしまった時。
親戚達のほぼ全員が、「よりによって一番病弱な子が残るなんてね」って言っていた時。
だとしたら僕は、どうすれば。どこにいけば…。
気付いたら僕は胸を抑え膝を地面に付けていて、目の前には、僕を庇うようにセイが立っていた。
「話が逸れてるな。いいか、オレはアレクとネリーが自分のチームにいることを絶対に譲らない。必要だからだ」
セイの力強い声が聞こえる。
地面に涙が落ちた。
「勝つことよりも友情が優先か?」
誰かの声が聞こえた。
みじめだ…。
「くどいな。言ったろ? 必要だからだ。アレクとネリーが入っていること、この後配られる地図とコンパスはオレが持つこと。この条件を飲んで入ってくれるなら、3人の中のどの2人が入っても1位になると約束してやる」
1位!? セイはとてつもないことを言い出した。まさか、同情などではなく本当に僕が必要なのだろうか?
地面に落としていた視線をあげる。
「1位だと? 1軍にはミカエル・ナドルがいるのだぞ。正気か?」
ブノワ・フルカチが訝るように聞いた。
そう、1軍にはあのミカエル・ナドルがいる。
2軍でどんなメンバーでチームを組んでも、対抗できるとはとても思えない。
「大丈夫だ。任せろ。それに、見てみろよ。ミカエルのチーム、最高のメンバーじゃないぜ」
セイはあっさり大丈夫と言った後に、1軍の方に向かって顎をしゃくった。
指し示された方を見てみると、ミカエルの側にはノバク王子と取り巻き2人がいた。
確かに、入学試験を見る限りノバク王子は1軍で2番目という感じではなかったし、取り巻き2人は2軍と大して変わらなかったと記憶している。
その後、結局フェロとフルカチが僕達と同じチームになり、ソネゴは泥舟には乗れないと言って4人チームの方へ行った。
「ほら、立てよアレク。作戦会議だ」
セイが、地面に膝を立てている僕に手を差し出してくれる。
「本当に、僕が役に立てるのかい?」
セイの手をとる。
その時、1軍の方が急に騒がしくなった。
立ち上がりながら騒ぎの方へ視線を向けると、なんと、学園長と教頭が来ていた。
あの2人が連れだってオリエンテーリングを見に来るなんて話は聞いていなかったから、騒ぎになるのも仕方がない。
セイもそちらの方にちらっと視線を向けた後、学園長と教頭を背にするようにして僕と向かい合った。
「今からすることで、オレがアレクを必要だと言った理由が分かる。一瞬だけだ。オレの目をよく見て」
セイが何を言っているのかはよく分からない。
けれど、僕を必要だと言ってくれた理由は絶対に知りたい。
だから、僕はセイの目を、じっと見つめた。
次に起こった出来事は、衝撃的という言葉では表せないような、貴族の常識では有り得ないことだった。
セイの目に、ほんの一瞬ずつ、3つの魔法陣が浮かんだんだ。
「き、君は…。自分が何をしたのか分かっているのか…?」
僕の能力『完全記憶』は、今の3つの魔法陣をすでに記憶した。
それどころか、すでにいつでも使える。
『完全記憶』はただ覚えるだけでなく、覚えたものを鮮明にイメージできるからだ。
僕には分かる…。
この3つの魔法陣は、王に提供すれば、それだけで功績になるようなものだ…。
2つは何の魔法陣か知らないけれど、1つは身体強化の魔法陣で知っているから分かる。
この魔法陣は、たぶん僕が知っていたものと比べて、圧倒的に真理に近い。
これが真理だと主張するかのように、線が美しく完璧に整っている。
震えが来るほどに。
「当然! 分かったか? オレとアレクって、メチャクチャ相性いいんだぜ!」
セイは屈託なく笑った。
そこには、僕がこの魔法陣を王に献上して功績を横取りするかもなんて色は一切ない。
そのセイの顔を見て、僕は決めた。
こんな僕だけど、この友人を裏切るような真似だけは、絶対に、生涯しないと誓おう。




