第9話 自己紹介
入学式の後、同行者であるワトスンさんに別れの挨拶をした。
何にも心配してないから楽しんでおいでだってさ。
あの人には本当に感謝しかない。
お互い目的は達成したわけだが、これからもずっと仲良くしてほしい。
ベイラはオレについて来るってことで、一緒に寮生活ということになっている。
今年の1年生の寮は東翼棟の2階だ。
去年の7年生が使っていた場所をオレ達が使うことになる。
与えられた部屋は前世でテレビで見たどんなスイートルームにも負けないほど豪華な1人部屋だ。
荷物は事前に運び込んである。
前世を含めこんな部屋に泊まったことは初めてで、初日はベイラと一緒にメチャクチャはしゃいだ。
できれば、せっかくの学園生活なら大部屋での集団生活の方が良かったんだけど、仕方ない。
ほとんどが貴族だということと、何より1軍2軍の入れ換えは個人単位で行われるので集団生活だとギスギスしてしまうことが理由らしい。
ほとんどの貴族連中は使用人を入れて掃除やら色々やらせるらしいが、オレはアカシャに聞いて魔法で全部解決してしまうつもりだ。
こうして、ついに待ちに待ったオレの学園生活が始まった。
授業初日、今日はクラスでの自己紹介や各種説明、登録などがある日だ。
今日も優秀すぎるアカシャ目覚ましにより、最適な睡眠をとって気持ちよく目覚めた。
そして、ベイラを起こして1階にある食堂で朝飯を食べ、部屋に戻り制服に着替えて教室に向かう。
「ここの食堂は絶対おかしいの! あたちは絶対、まだ食べてなかったの!」
教室に向かいながらもベイラはオレの頭の上で怒っている。
とんがり帽子は屋内では行事のときにだけ着ければいいので、今日は部屋に置いてきた。
「分かってるって。あれは学園7不思議の1つ『消える食べ物』だって言ったろ? 食堂でなくても起きるときは起きる。運が悪かったんだよ」
ベイラが食堂で頼んだ果物が、食べる前に消えた。
だから仕方なくもう一度頼んだのだが、その時に食堂のおばちゃんが、「あらあら、食いしん坊な妖精さんねぇ」なんて言ったものだから、ベイラが切れた。
オレが理由を教えてなだめたのに、未だにお冠らしい。
「あたちは無実なのに…。あれ? セイ、今壁に入っていかなかった?」
ベイラがオレの行動について質問をしてきた。
うんうん。その反応を期待してたんだ。
「隠し通路だよ。教室まで結構距離があるからな。近道しよう」
この学園には至るところに隠し通路がある。
本来非常に使いづらいものだが、アカシャがいれば問題ない。
「もちかちて、入学式で女の人が注意ちてたヤツ?」
「そうそう。これが『気まぐれな隠し通路』だよ」
学園7不思議の1つ『気まぐれな隠し通路』はしょっちゅう出入口や通路の構造が変わる。
これを利用するのは自由だが、迷って遅刻して単位を落としたりしても自己責任だと注意されていた。
『ご主人様、最短ルートに変更がありました』
さっそく構造に変化があったらしく、アカシャが更新された最短ルートを送ってきた。
おお、より早く着くようになってるじゃん。ラッキー。
学年のそれぞれのクラスの教室は、全て中央棟3階に集まっている。
特に器具などを使わない授業はクラスの教室で行われ、それ以外の授業は必要に応じた教室などの場所に移動して行われる。
今日の1コマ目はロングホームルームで、クラスの自己紹介が行われる予定なので、オレは中央棟3階の1学年2軍の教室に行けばいい。
1学年2軍の教室に、最も近い隠し通路の出口である教室の後ろの壁から入室する。
後ろの壁の近くにいた男の子が、突然現れたオレに驚いて尻餅をついてしまった。
「ああ、ごめん。驚かせちゃって」
謝って、起きられるように手を差し出す。
あれ? こいつ、アンドレ・ガビッチくんじゃないか。
合格してたんだな。
「セ、セイ・ワトスン…」
ガビッチくんはオレの名前を呟いただけで、手は取ってくれずに悔しそうに立ち上がって、こちらを睨んできた。
「セイ。コイツ、入学試験の時に絡んできたヤツじゃない? ほっとくの。それにしても、さすがセイなの! ちゃんと着いたみたいなの!」
ベイラはガビッチくんを覚えていたようで、つれない態度をとる。
絡まれた理由がベイラだったからな。
ベイラはアレクがいるのを見て、ここが1学年2軍の教室であると確認したらしく、オレを称賛した。
『称賛されるべきは、オレじゃなくアカシャなんだけどな』
『私の情報は全てご主人様のためのものです。ご主人様が称賛されるのは当然です』
すごいのはアカシャなんだけど、アカシャはいつも通りの済ました顔でオレを持ち上げた。
「うーん。まぁ、いいか。アレクのとこに行こう」
オレは諦めてガビッチくんに差し出していた手を引っ込め、1人で座っている様子のアレクの元に向かうことにした。
「おはよう。セイ。いきなり隠し通路を使うなんて、ずいぶん思いきったことをしたね。君のしたことでクラス中がざわついているよ」
アレクの近くまで行くと、アレクの方から挨拶をしてきてくれた。
「おはよう、アレク。ああ、このざわつきはオレのせいか。たまたま今日の出口が直接教室と繋がってたから仕方ないよね」
無駄に目立つつもりはないけど、目立たないために便利機能を使わないって選択肢はない。
転移魔法みたいに、使えることを知られていない方が有利になる場合はまた別だけど。
「今日の出口って、まるで昨日までは出口が違っていたように言うなぁ」
お、さすがアレク。いいところに気づく。
「そうだよ。この出口はさっきできたものだからね」
さっきまでは別の出口が一番近かった。
新しくこの出口ができたことで最短ルートの変更があったんだ。
アレクに答えたのとほぼ同時くらいに、教室の入口からネリーが入ってきて、ずんずんとこちらに向かって歩いてきた。
「今日から授業が始まるわね! セイ、どっちが先に1軍に上がれるか勝負よ!」
ネリーは開口一番、今日も勝負を挑んできた。
この子、勝負好きすぎない?
オレとアレクは温かい目でネリーを見る。
なんていうか、アレだ。
ダメな子を見守る目というか、そんな感じのヤツだ。
「セイに勝負を挑むなんて、かわいそうな子なの…」
ベイラがオレの頭の上で余計なことを呟く。
こいつはオレのことを何だと思ってるんだ…。
「ところで、なんだかこっちを見てる人、多くない? どうして?」
ベイラの呟きはネリーには幸いなことに聞こえなかったらしい。
が、ネリーの疑問に対してアレクが笑いながらオレのせいだと答えたせいで、結局オレはネリーに詰め寄られた。
結構早めに教室に着いたので、しばらくアレクやネリーとの雑談が続いたが、ついに担任の先生が入ってきて、ロングホームルームが始まった。
「1学年の2軍の担任を務めることとなった、ロベルト・ルブリョフだ。侯爵家の出身である」
ロベルト・ルブリョフはベッタリと整髪料を使って金髪をオールバックにした、目付きの悪い35歳の教師だ。
歳より老けて見える。
身分を問わない学園で、いきなり身分を強調してきたな。
今の学園は7割が貴族主義・権力主義の先生達で占められている。
学園長が実力主義を掲げる筆頭であるために維持されてきた実力主義の伝統は、今年の第2王子の入学を機についに崩れた。
「今年の1年生は、ただ1人の汚点を除いて貴族のみで占められている。大変喜ばしいことだ。この学園で大いに学び、貴族にふさわしい知識と力をつけて欲しい」
オレのことは汚点らしい。
教頭もメッチャ睨んできたからな。
貴族主義のヤツらにとって、入学生全員を貴族で占めるのはそれだけ悲願だったってことだろう。
「あ、アイツ、セイのことを汚点って言ったの!」
ベイラがわざわざ耳のところに飛んできて小声で言ってきた。
「分かってるよ。騒ぐなって約束を守ってくれてるのは有難いけど、大人しくしててくれ」
オレも小声でベイラにお願いをする。
何かあればルブリョフに、これだから平民は…とか言われそうだしな。
ちゃんと反撃は考えてあるから、ちょっと待ってて欲しい。
それからも担任のルブリョフの差別的発言が続き、その後2軍の生徒の自己紹介が始まった。
2軍の生徒は全部で30人で、知ってるとこだとアレク、ネリー、ガビッチくん、ネリーに絡んでた3人か。
てか、ネリーに絡んでた3人はあんだけイキっといて全員2軍だったのか…。
次々と当たり障りのない自己紹介が続いていき、ついにオレの自己紹介の番がきた。
「セイ・ワトスン。平民です。実力主義のこの学園に憧れていました。しかし、実力通りなら僕以外に受かるはずの平民が3人不合格になり、本来1軍になるはずの成績の5人が身分や派閥によって2軍に落とされたことを非常に残念に思っています」
オレはクラスの全員に笑いかけながら自己紹介を始めた。
「セイ・ワトスン! 貴様! なぜそれを知ってる!」
椅子に座って自己紹介を聞いていたルブリョフが立ち上がり、怒りと焦りに満ちた声を上げた。
バカだなぁ。わざわざ自分で認めるなよ。
そこは、何をデタラメを!って言うところだろ。
「当たってたみたいですね。僕が聞いた情報は正確だったようです。みなさん、悔しくはないですか? 不当に2軍に落とされて」
誰が2軍に落とされたかは言っていない。できるだけ多くの者が不当に2軍に落とされたかもしれないと思うように話を進める。
「貴様! それ以上喋るな! 退学にするぞ!」
ルブリョフが凄い剣幕で叫ぶ。
「ルブリョフ先生にその権限があれば、僕はここにいなかったでしょう。汚点なのですから」
オレが笑顔で皮肉を言うと、ルブリョフは悔しそうに押し黙った。
知ってるよ。お前もオレを不合格にしようとした1人だ。
「さて、そんなわけで、僕は悔しいので1週間後の新入生オリエンテーリングで1軍に一矢報いたいと思っています。みなさん、よろしくお願いします」
好き放題言って満足したオレは席についた。
担任のルブリョフは完全に敵に回したが、アレは元々敵だ。
何も遠慮する必要はない。
何人かの2軍の生徒の目の色が変わった。
それがオレの中では最も重要だった。
さあ、さっそく面白くなってきました。
1軍と全面戦争しちゃおうぜ。