第8話 入学式3
とても高いホールの天井からは燭台シャンデリアが吊るされ、部屋の壁にはステンドグラスが美しく並べられている。
燭台シャンデリアに灯るオレンジの光が適度な薄暗さを保ち、この部屋の幻想的とすら言える美しさを演出していた。
特に、部屋の一番奥にあるステージの背後にあるステンドグラスは一際素晴らしい。
入った瞬間から、誰もがステージが特別な場所であることを確信するような造りになっているのだ。
ここは式典の間。
本日の入学式の会場であり、学園の様々な式典の際に使われる部屋である。
オレはここに来るのをとても楽しみにしていた。
観光的な意味で。
この国や、外国の多くの人がこの部屋の美しさを真似するべく過去に色んな手段を使って見学に来ては、誰も再現できずにいる。
参考にして作られた場所は数多くあるが、ここの完成度に比べればどこも大きく劣っていた。
特に、学園7不思議の1つである『色が変わる燭台シャンデリアとステンドグラス』がどうにもならないらしい。
前世の地球でなら、見た目だけの再現は可能な気もするけど。
アカシャを通して映像を見ることなどはできたが、どうせなら肉眼で見てみたいと思っていた。
そう、さっきまではね。
オレは今、心に負ったダメージで悶え苦しんでいた。
ああ、オレはなぜあんなことを…。
よく考えれば、友達ってなろうって言ってなるものじゃなくね?
前世でも今世でも、友達はいても、友達になってくれって言ったことなんて一度もなかったぞ!
ワトスンさんとベイラに乗せられて、前世の物語とかでもそんなシチュエーションとかあった気がしてたから、やってみてもいいかなと思っちゃったけど。
やらかしちまった。
ネリーとはできれば友達になりたかったのに。
オレの学園エンジョイ計画が…。
あと、恥ずかしい。超恥ずかしい。
式典の間の自分の席に座って真っ白に燃え尽きていると、右隣の席に1人の新入生が到着し、声をかけてきた。
「やあ、セイ。合格発表のときぶり。君が隣の席だったんだね」
薄暗がりの中、燭台シャンデリアの光の加減でいつも以上に神々しい天使がそこにいた。
サラサラの茶髪に宝石のように青い目を持つ、歳の割に小柄な天使はオレを見るとにっこりと微笑む。
おお、心が洗われるようだ。
「やあ、アレク。君が隣の席で良かったよ。心からそう思う」
オレの心を癒してくれた天使アレク。
もう学園の友達はアレクだけでもいいんじゃね?
「そっちの彼、体調悪いのかな? ぐったりしてるけど、大丈夫?」
アレクはオレの左隣の席に座る男子を見て言う。
「ああ、大丈夫だよ。寝てるだけみたいだから」
左隣の彼は、さっき寝かせたネリーに絡んでた男の子の1人だった。
詳しく調べなかったけど、クラスメイトだったらしい。
入学式は席順が決まっているので、どこに座っているかで所属が分かる。
生徒はクラスごとに横1列に並んでおり、まず最も前列が1学年の1軍だ。
次に1学年2軍、2学年1軍と続き、最も後列は最終学年である7学年の2軍となる。
生徒の後ろに同行者席が設けられていて、ワトスンさんやベイラ、今来た常勝将軍のおっさんとかはここにいる。
生徒席の左横手には楽団がいて、今も音楽を奏でている。
これから何かが始まりそうな予感のする、厳かで格好いい感じの音楽だ。
生徒席の右横手は教師席である。
「え? 寝てる? 今?」
アレクはオレの言葉に首を傾げながらも自分の席についた。
アレクとしばし世間話をしていると、突然楽団が演奏を止め、それに合わせて一気に会場が静まり返った。
もちろん俺達も会話を止めた。
ついに入学式が始まるのだ。
カッ、カッ、カッ、カッと教師席からステージの方へヒールの音が向かっていく。
「これより、第986回スルティア学園入学式を始めます。私は教頭のシャイアン・セヨン。新入生の諸君、入学おめでとう」
ステージの上に立ったヒールの音の主が、入学式の開催を宣言し、自己紹介をした。
顔を声も、いかにも厳格で厳しい女性って感じだな。
眼鏡の下の目はつり上がっていて細く、長めの金髪を後ろでまとめている。
『アカシャ、あの人いくつなんだ?』
ちょっと気になったから、アカシャに教頭の年齢を聞いてみた。
『47歳です』
見た目相応の年齢ってとこだな。
そして…。
「今年は3年に1度の国際大会が行われる年でもあります。今年の入学生は、とても優秀な貴族が多いと聞いています。優秀な成績を収めれば功績にもなりますので、ぜひ励んでください」
この教頭はこの学園の貴族主義の筆頭で、入学試験の成績を無視して何人かの平民を不合格にし、オレを2軍に落とした元凶の1人だ。
コイツのせいで、今年の平民の新入生はオレだけである。
2軍はともかく、それについては余計なことをしてくれたものだ。
その後も教頭は学園生の心構えだとか禁止事項、注意事項だとかを喋り続けた。
一応、この学園では身分に関わらず対等とか、本音出すぎでしょ。
「私からは以上となります。次は学園長からのお話と祝福の儀式です。学園長、どうぞ」
長かった教頭からの話が終わり、入れ替わりで学園長がステージに上がる。
教頭がステージから降りるとき、すげーオレの方を睨んでたのは、たぶん気のせいじゃないだろう。
お前さえいなければ、ってか。
おー、怖い。
「学園長のロジャー・フェイラーじゃ。新入生の諸君、我がスルティア学園へようこそ」
ステージに上がった学園長が挨拶をする。
学園長である『賢者』ロジャー・フェイラーは面白い口髭のじいさんだ。
短髪で、髪も髭も真っ白な白髪になっている。
ギラギラ光った黒い目だけは全く老いを感じさせない。
『この人の歳は?』
学園長の年齢もアカシャに聞いてみる。
『55です』
じいさんと言うには少し早い年齢だったか。
白髪で判断しちゃったかも。
目だけは、若者でもこんなギラギラしてるヤツいるかってくらいだけどな。
「ワシからは手短にいこう。我が学園は次代を担う子供達の育成に何より力を入れておる。故に、言いたいことはただ1つじゃ」
学園長はこの学園の実力主義の筆頭だ。
オレまで不合格にしたがったヤツらに猛烈に反対したのもこの人だ。
単純に実力主義でオレを残したがっただけじゃなく、万が一の場合の監視もかねてオレを残すべきと主張したのは恐れ入る。
鑑定の能力で鑑定できないのは、オレが学園に申告した鑑定妨害の能力を裏付ける証拠になるとは限らないってさ。
真偽判定も抜け道がないわけではないと。
全くその通り。
さすが『賢者』の二つ名を持つだけはある。
というか、個人的にはこの人こそが『大賢者』で、あっちの『大賢者』は『大魔法使い』ってイメージなんだけどな。
威厳に満ちた学園長の言葉を、新入生全員が固唾を呑んで待つ。
「鍛えよ。魔法を、知識を、精神を、全てを鍛えるのじゃ」
学園長は低く静かな、それでいてよく響く声で言った。
式典の間のステージはそこに立つものの声を部屋全体に響かせる効果を持っているが、その効果以上によく響いたように感じた。
いいね。
まさに実力主義。
もちろん鍛えるよ。
上を見るときりがないからね。
周りの新入生も学園長の言葉をよく噛み締めているようだ。
左のヤツはまだ寝てるけど。
「ワシからは以上じゃ。では、本日のメインイベントである祝福の儀式を始めようかの」
学園長は本当に手短に自分の話を切り上げて、おもむろに右足を上げて床を踏み鳴らした。
すると、学園長の下の床が淡い緑色に光始め、やがて学園長を中心に光の柱が立った。
あのステージの中央には実は魔法陣が描かれており、学園長はそれを起動したのだ。
「祝福の儀式を受けたものは、この学園内において大きなダメージを受けそうになったとき、1度だけ守られる。新入生以外でも、まだ受けたことのない者や祝福の守りを使ってしまった者は受けることが可能じゃ」
決闘なども行われるこの学園で、この祝福の守りの効果は非常に重要だ。
国際大会がほぼ必ずこの学園を会場とする理由も、これによるところが大きい。
気を付けないといけないのは、オレやミカエルや学園長などは守りを貫いてしまう威力の魔法を撃てるということだ。
守りがあるから大丈夫と思ったら相手を死なせてしまいましたなんてことは洒落にならん。
「では、祝福の儀式を受ける者は手を上に掲げよ」
学園長の言葉を聞き、儀式を受ける者は皆、思い思いに手を掲げる。
両手を上げる必要はないと知っているので、オレは右手を上に掲げた。
ベイラやワトスンさんにも事前に、一応手を掲げるように言ってある。
それから、さすがに可哀想なのでまだ眠っている3人の手も念動魔法で掲げておいた。
なんか、眠りの小五郎みたいだな…。
手を掲げた者の元にそれぞれ、天井から学園長と同じ光の柱が降りてきた。
オレも淡い緑の光に包まれる。
お、魔力を少し持ってかれたな。
守りを作るための魔力だから、これは必要経費だ。
やがて光の柱は一際強く輝いた後、徐々に細くなり消えていった。
付与完了だ。
会場のたくさんの光の柱が消えていき、最後に学園長の光の柱も消えた。
「うむ。これで祝福の儀式は終了じゃ。次は生徒会長からじゃな」
学園長がステージから降り、その後は生徒会長からの挨拶や1学年の担任の先生の紹介などが続き、入学式は滞りなく終わった。
新入生は上級生や先生が退出した後に、同行者達に別れを告げる時間が設けられており、その後は寮に向かうことになる。
アレクと話しながら上級生達の退出を待っていると、少し遠い席にいたネリーがこちらに向かってきた。
なぜかやけに鼻息が荒い感じでいらっしゃる。
「セイ・ワトスン! 入学式の話は聞いてたかしら? 国際大会の1年生の代表には必ず私が選ばれてみせるわ! アンタには絶対負けないんだから!」
ネリーは、なぜかドヤ顔でオレに宣戦布告してきた。
功績をあげることに並々ならぬ闘志を燃やしている彼女だ。
きっと、国際大会で優秀な成績をあげれば功績になると聞いて興奮してしまっているのだろう。
「セイでいいよ。国際大会にはオレも興味あったんだ。面白いじゃないか。どっちが代表に選ばれるか、勝負するかい?」
でも面白そうだから、その宣戦布告は受けるとしよう。
「ふはははは。2軍の平民と没落貴族が、なにやら喚いていると思えば。どちらが代表になるかだと? 笑わせるな」
あら、1軍の席にいたノバク王子に聞こえてたらしい。
鼠顔と強面の腰巾着2人も後ろにいる。
突っかかってきちゃったよ。
「ノ、ノバク様! ネリー・トンプソンと申します! トンプソン家は必ず、国と民のため、近いうちに功績をあげてみせます! どうかお見知りおきを!」
ネリーが慌てて跪きながら言った。
お見知りおきをって、没落貴族って言ってたし、すでに知ってんじゃね?
「知っている。功績なしの無能には、期待していないがな。貴様ら、まず前提が間違っているのだ。 2軍は国際大会の代表にはなれん」
えっ? ノバク王子の言葉に、オレは驚いた。
「えっ?」
ネリーも驚いたようで、跪いた状態から顔をあげた。
『おい、アカシャ。そんなルールあったか?』
いや、間違いなくオレがアカシャから聞いたことのある情報にはなかった。
『ありません。ですが、現在そうなるように動いている者たちはおります。この王子もその1人ですね』
アカシャが答えを教えてくれる。
「ノバク殿下、現状そのようなルールはありませんが」
ルールを記憶していたアレクが、ノバク王子の言葉を訂正する。
「アレクサンダー・ズベレフ…。完全記憶の能力か。これからルールができるのだ。間違いではない」
ノバク王子は悪びれることもなく言い直した。
「そんな…」
ネリーは絶望した顔で弱々しく呟く。
「ふはははは。ズベレフ、貴様は早く1軍に来い。公爵家が2軍では格好がつかん」
ネリーを落ち込ませて満足したのか、ノバク王子はクソみたいな捨て台詞をはいて上機嫌で立ち去っていった。
腰巾着どもも、どんな顔芸だよって突っ込みたくなるくらい、思いっきりオレ達をバカにした顔を見せてから王子に付いていった。
見事に余計なことをしてくれたな。
ネリーもアレクも落ち込んで静かになっちまったじゃねぇか。
まぁ、でもとりあえず言っておきたいことがある。
「ネリー、ノバク様に気に入られなくて残念だったな」
オレはいい笑顔でそう言った。
ネリーはきょとんとした顔をした後、すぐに真っ赤になって叫んだ。
「う、う、う、うるさいわね! 次よ! 次こそはノバク様に気に入られて、絶対に功績をあげるんだから!」
ネリーの反応は予想以上に面白くて、オレだけじゃなくアレクまで笑い始めて、ネリーは余計にプンスカ怒っていた。
でもまぁ、なんやかんやでオレとアレクとネリーはこの後も大体いつも3人で話すし、3人で行動するようになった。
改めて友達になってくれなんて誰も言わないけど、これはもう友達以外の何ものでもないと思う。




