第7話 入学式2
オレはネリー・トンプソンに何をしてやれるだろうか。
いくら見てられないからといっても、強制的に両親を入学式に連れてきたところで、余計ネリーを悲しませる結果になるであろうことは目に見えている。
こればっかりはアカシャでもどうにもならない。
感情由来の問題に、答えなどないのだ。
「もしかして、彼女のことをどうにかしてあげるつもりなのかい?」
銀の格子門の前で立ちすくんでいたオレに、ワトスンさんが声をかけてくれた。
「ちょっと見てられなくてね…。でも、オレにできることは思い付かないや」
正直に悩んでいたことを打ち明ける。
すると、ワトスンさんもベイラもすごく驚いた顔をした。
「セイくんにできないことなんてあったのか…」
「驚きなの! あの娘どれだけヤバい問題かかえてるの!」
2人とも、オレを何だと思ってるんだ…。
「いやいや、できないことの方が多いから」
オレはできないことを思い出して落ち込む。
たった今この瞬間も、きっと世界のどこかに助けを求める人がいるだろう。
助けなければ死んでしまう人も…。
オレはアカシャの能力を使えば、その人達を救うことができる。
でも、その全てを救うことはできない。
そして、全てを救うことはできないからと、自分の人生を楽しみたいからといって、オレはそれら全てを見捨てている。
オレが見捨ててきた人の数は、ボズが殺した人の数よりはるかに多いのだ。
「セイ、落ち込みすぎなの…。まさか本気でそう思ってるの?」
ベイラはオレの様子で、さっきの言葉が謙遜などではないことに気付いたらしい。
『ご主人様はできることのスケールが大きい分、できないことのスケールも大きくなるのです。気にやむことはありません』
アカシャが淡々とした口調で慰めてくれる。
誰よりも付き合いが長いから、オレがなぜ落ち込んだか推測できているようだ。
オレは深く息を吸って、そして吐いて心を落ち着かせた。
「現実は厳しくて、思い通りにならないことだらけだ。オレは正義の味方じゃないし、むしろ自己中なクズだ」
オレの突然の独白に、ベイラとワトスンさんは戸惑った表情をしている。
あまり脈絡がなかったからな。無理もない。
でも、2人には言っておきたかった。
「それでも、いや、だからこそ、オレはネリー・トンプソンを助けたい。相談に乗ってもらえないかな?」
オレじゃ思い付かないことでも、2人なら思い付くかもしれない。
思い切ってお願いをしてみた。
戸惑っていた2人の顔が、とてもいい笑顔に変わった。
答えは聞かなくても、もう分かった気がする。
心に温かいものが流れ込んできた。
「もちろんだよ。義理でも父親だからね」
ワトスンさんはいつもの3倍くらいのバッチリウインクで答えてくれた。
ありがたい。頼りにしてるよ。
「任せるの! セイの力になってあげるの!」
ベイラはドヤ顔で張り切っている。
お前が出す案には不安しかないけど…。
でも、ありがとう。
『情報はお任せください』
アカシャは目を瞑って淡々と答える。
今回に限らず、アカシャにはいつも相談に乗ってもらってる。
いつだって頼りになる相棒だ。
「うーん。あくまで僕の意見だけど、今回は彼女の両親について解決する必要はないんじゃないかな?」
ワトスンさんの意見は、オレにはなかった発想だった。
オレ達は銀の格子門から入学式の会場となる中央棟の式典の間に向かいながら話し合っていた。
ベイラの意見はオレがちらっと考えたみたいな、両親を無理矢理連れてくるなどの力業が多過ぎて、今のところ全部却下されている。
「解決するのは無理、ではなく必要ないっていうのは何か理由があるの?」
無理というならオレと同じ意見だけど、必要ないとなると話が変わってくる。
「セイくんは彼女が両親に疎まれているっていうのを確定情報と言ったけれど、それは推測なんじゃないのかい?」
ワトスンさんとベイラには一通りネリーが置かれている状況については説明したが、確かにそう言った。
「でも、ネリーの両親は間違いなく彼女を避けてるよ?」
ネリーが両親に疎まれているのが確定情報と言った理由を思い出して、ワトスンさんに伝える。
「うん。だから確定情報はそれで、疎まれてるというのは推測だと思うんだ」
「なるほど。避けられることと嫌悪されることは同じとは限らないのか」
ワトスンさんの話に納得する。
確かに、疎まれているというのは確定ではなく、オレの思い込みだった。
「彼女の学費や制服代、どこから出てるか分かるかい? 僕は、いくら彼女が優秀でも、全てを自力で賄えるとは思えない。セイくんは余裕で自腹で払っちゃったけどね…」
「そ、そうか!」
スルティア学園の学費や制服は超高額だ。
ネリー個人どころか、貧乏なトンプソン家が捻出するのも厳しかったはずだ。
ネリーのことは隅から隅まで調べたわけではない。
その情報は調べていなかった。
オレは急ぎアカシャに確認をとる。
『ネリー・トンプソンが冒険者活動で稼いだものもありますが、大半はトンプソン男爵家が借金をして賄っております。理由を述べた会話などは存在しませんが』
「トンプソン男爵家が借金してまで出してる! 理由までは分からないけど!」
アカシャの答えは、ワトスンさんの予想通りだった。
理由を言ってたりしていないのが残念だけど、そんな分かりやすいこと言ってればとっくにアカシャが拾って教えてくれてただろうから仕方ない。
すぐにワトスンさんにもそれを伝える。
「やっぱり。名声や功績を狙っただけかもしれないけど、娘のためを思ってやった可能性だってあるよね」
ワトスンさんがトンプソン家が学費を出した理由を推測する。
「娘を思ってるなら、あんな態度になるかな?」
明確に嫌いとか、いなければいいとかいう発言こそないらしいが、気味が悪いとか、話したくないなどと両親が会話していたことはアカシャから聞いている。
「両親とも周りから叩かれ過ぎて心を病んでいるんだろう? 彼女の特殊な能力のこともある。接し方が分からないとか、そういうこともあるかもしれない」
事実はどうか分からないけどね。とワトスンさんは付け加えた。
「ネリーは疎まれてる訳じゃないかもしれないから、今は時間を置くのがいいってことか」
ワトスンさんは頷いた。
でも、それじゃ…
「でも、あの娘は今泣いてたの!」
ベイラが核心をついたことを言う。
そうだ。それをどうにかしたいと思ったから相談してるんだよな。
「ふっふっふ。僕が思うに、それはどうにかなる」
ワトスンさんは自信ありげにウインクをする。
「え? どうにかできるの?」
どんな解決方法があるのだろう? オレは驚きの目でワトスンさんを見た。
「彼女は寂しくて泣いているんだ! だからセイくんが友達になってあげればいいのさ!」
ワトスンはいい笑顔でサムズアップして言った。
白い歯が輝いている。
解決になってねぇ!!
「ワトスン天才なの!」
ベイラがそれだ! とワトスンさんを称賛する。
えぇ。いいのかそれで?
何て言うか、痛みを誤魔化すみたいな感じになってない?
うーん。
でもまぁ、ネリーと友達になるのはオレがやりたかったことでもある。
『アカシャ、どう思う?』
『私には分かりかねます。が、ご主人様が損をする結果にはならないでしょう』
そ、そうか。
アカシャまでがそう言うなら、それがいいのかもしれない。
式典の間の近くの、赤絨毯にシャンデリアの美しい廊下にネリーはいた。
ちょうど、オレ達と同じ新入生に絡まれて。
「おいおい。降爵家のトンプソンがいるぞ。この学園のレベルが疑われてしまうではないか」
「こいつ、1人だぜ。功績なしは恥ずかしすぎて来られなかったんじゃないのか?」
「魔物なんて連れてるから、親に見捨てられたんだろ」
3人の男子がギャハハハと下卑た笑い声をあげる。
はぁ。聞くに耐えないな…。
こいつらも9歳でまだ子供だから言ってることの残酷さに気付かないのかもしれないけれど。
この世界の子供達は多くが早熟で、思慮深いいい子達が多いと思ってたけど、こういうヤツらもいるのな。
それとも、貴族がこういうヤツばかりなのか?
いつも強気のネリーが今日は言われるがままになっている。
さっきまで泣いていたからだろう。目が少し赤い。
まぁ、言われるがままなのは、2人目のセリフからは音が聞こえなくなったことに驚いてるからかもしれないけど。
「やぁ、ネリー・トンプソン。さっきぶりだな」
オレはネリーに挨拶をする。
ワトスンさんは少し遠くで成り行きを見ている。
ベイラもワトスンさんの頭の上だ。
「なによ、私には敬語は止めたの?」
ネリーは不満そうにオレを睨む。バカにされたかと思わせちゃったか。
「気にさわったらごめん。今日から学園生だろ? 学園にいる間は身分は関係ないって校則だからさ」
突然敬語を止めたことを謝って、事情を説明する。
「そう。ねぇ、この人達いきなり口をパクパクさせるだけで何も言わなくなったんだけど、なんなの?」
敬語のことはどうでも良かったのか、ネリーは短く返事をして疑問に思ったことを聞いてきた。
「さぁ。何か喋ってるみたいだけど、聞こえないね」
3人の男子の声は消音魔法で消してある。
騒ぎを起こすつもりはないから、静かに退場願おう。
『アカシャ、この3人の席を教えてくれ』
3人に睡眠魔法と念動魔法をかけながら、アカシャに情報を聞く。
こいつらの魔法抵抗じゃ、強めに込めたオレの魔力には絶対に抗えない。
もちろん、眼球の魔方陣は透明化で消してある。
『かしこまりました。3人の歩き方の特徴も送ります』
アカシャに教えてもらった席に、眠った3人は歩いて向かっていった。
オレの念動魔法でね。アカシャのお陰で歩き方も違和感ないものになっている。
「行ったわ…。急に糸が切れたみたいにカクンてなってたけど、大丈夫かしら…」
かなり酷いこと言われてたのに、ネリーはあいつらのことを心配しているようだ。
意外と優しいところがあるらしい。
「大丈夫だろ。ところで、ネリー・トンプソン…」
オレは軽く答えて話題を変えた。
さぁ、ここからが本番だ。
「別に、ネリーでいいわ。なに?」
いつもの強気で元気な声とは少し違う、ちょっと疲れたような声でネリーは言った。
オレと似た薄い茶色の目がこちらを見つめる。
あ、あれ? なんか急に恥ずかしくなってきたぞ…。
ま、まぁいい。一息に言ってやる。
「オ、オレと…友達になってくれ!」
緊張で噛みまくったー!
は、恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!
ネリーはキョトンとした顔でオレを見つめている。
「い、嫌よ! あ、あ、アンタ、ノバク様に目をつけられてるじゃない! 私は、ノバク様に気に入られて功績を上げるんだから!」
フリーズした状態から急速に回復したネリーは、オレ以上に噛みまくりながら捲し立て、踵を返して走り去っていった。
静まり返ったこの場には、式典の間からの喧騒だけが響いている。
やがて、後ろからプッと吹き出す音が聞こえた。
「セイ、断られてるの!」
ベイラがワトスンさんの頭の上で腹を抱えて笑い始めた。
そんなにオレが滑稽か!
オレはさっきいい笑顔でウインクしていた金髪碧眼の優男を睨んだ。
ワトスンさんは冷や汗を垂らして引きつった笑みを浮かべている。
「ほ、ほら。彼女、元気出たよね? 目的達成! なんて…」
途中まで言って目をそらすな!
どう考えても大失敗と思ってるだろ!
『ネリー・トンプソンが友達にならなくても、ご主人様が損をすることは有り得ません。ご安心ください』
アカシャぁぁぁ!!
物理的には損しねぇよ、確かになぁ!
損をする結果にならないって、そういうことかよ。ちくしょー!
え、マジで? この後入学式やるの!?
もう帰りたいんですけど…。
爆笑するベイラとオレを慰めるワトスンさん、そしていつも通りのアカシャと共に、オレはしぶしぶ式典の間に向かった。
これよりずっと後、アカシャから式典の間でのネリーはしばらく笑顔だったという情報を聞いたとき、オレはあの時に言ってくれよと魂の叫びを上げることとなる。




