第6話 入学式1
「セイ格好いいの!」
今日はスルティア学園の入学式だ。
ビシッと制服を着こなしたオレに、ベイラが周りを飛び回りながら称賛の声をあげる。
『当然です。珍しく駄妖精と意見が合いましたね』
定位置であるオレの左肩の上で、アカシャは目を閉じてベイラの言葉に頷いている。
「ふっふっふ。そうだろう。この制服を着るのも学園に入る1つの楽しみだったくらいだからな」
オレは黒のとんがり帽子の鍔に左手をやり、くいっと上に上げて見せた。
王都の自室の姿見に、自分の姿が映る。
鍔のすぐ上のところに、1学年を示す1つの金色の星型のバッジが光っている。
うん。ザ・魔法使いって感じで最高だね。
黒の袖付きマント。金糸の豪華な刺繍が施されている。特に背中の校章が映える。裏地は赤。
胸の中央辺りに1つだけある金の留め具の左には、帽子と同じように小さな星型のバッジが光る。
こちらも1年生なので、まだ1つだ。
マントの下は、赤茶のチェックのズボンに白のワイシャツ。
赤茶のストライプのネクタイ。
女子はズボンの代わりに赤茶のチェックのプリーツスカートとなる。
マントととんがり帽子がなければ、前世の日本の学生服と大差ないけど、あると圧倒的にファンタジーの魔法使い感が出てくる。
ちなみに、超お高い。
人口200万を誇るこの王都に学校は数多くあれども、制服を導入している学校は少ない。
導入していても貴族の正装である軍服型か、平民の正装であるスーツ型だ。
この国で魔法使い型の制服を導入しているのは、100%全員が魔法使いで構成され、最古の学園としての伝統と格式があり、かつほぼ全員が大きな資金力を持つスルティア学院のみだ。
ベイラにせがまれてマントをバサッとはためかせたりして遊んでいると、コンコンとドアをノックする小気味良い音が聞こえてきた。
『ワトスンさんです』
アカシャが訪問者が誰かを教えてくれる。
どうぞと声をかけると、すぐにガチャリとドアが開いた。
「わぁ、本当にスルティア学園の制服だ。これを身近な人が着ることがあるなんて…」
ドアを開けたワトスンさんが感慨深いといった様子で呟く。
店で仕立てたものを取りに行った時も試着したのを見ただろうに、未だに驚くのか。
まぁ、仕方ないか。
スルティア学園の生徒は学園外でも制服で活動する。
なので王都の住人はまれにこの制服を目にすることがある。
しかし、関わり合いになることはまずない。
なぜなら、スルティア学園の生徒ということは、ほぼ間違いなく権力者の子供だからである。
王都の住人はこの制服を見たとき、羨望しつつも畏怖するのだ。
「出発するなら、呼んでくれれば行ったのに」
どこで呼ぼうがアカシャが教えてくれる。
ワトスンさんはアカシャのことは知らないが、オレがどんな情報も手に入れることができるのは知っている。
わざわざ出向かなくても良かったのにと伝えた。
「アイラがいたからね。こっちの方が自然だろう?」
ワトスンさんは奥さんのアイラさんにすらオレの能力のことは言わないでくれている。
本当に頭が下がるよ。
アイラさんはいい人だし、オレも養子になったんだ。
アイラさんには言って構わないと伝えてあるのに。
情報というのはどう漏れるか分からないからと、隠し続けてくれている。
「ありがとう。養子のことも含め、恩は必ず返すよ」
一昨年にはワトスンさんの跡継ぎとなる子供も生まれている。
義理の弟と父親への全力サポートをオレは心に誓った。
「ふっ。何を言ってるのさ。恩を返すのはこっちの方だよ。さ、行こうか」
いい笑顔でキザったらしく笑ったワトスンさんは、軽い調子でウインクをして言った。
今日で王都での自宅だったここともお別れだ。
出るときに、子供がまだ小さいので自宅待機となったアイラさんにもしっかり別れの挨拶をしたが、制服に対する反応がワトスンさんと同じすぎて笑ってしまった。
スルティア学園の入り口である、銀色に輝く格子門。
今日も歩いてここまで来たオレ達だったが、今日も同じタイミングで着いた者がいた。
燃えるような真っ赤な髪のベリーショートの女の子。
ネリー・トンプソンだ。
女子用の制服を着てとんがり帽子を被っていても、見間違えようもない。
ネリーもこちらに気付いたようだ。
また絡まれるかと思って身構えたが、ネリーの視線はオレではなく、ワトスンさんに注がれていた。
ネリーはすぐに視線を外し、小走りで格子門をくぐって先に行った。
オレ達は少しの間だけ立ち止まり、その様子を見ていた。
ちょっとつり上がり気味の薄い茶色の目に見えたのは、オレの気のせいでなければ、涙だったと思う。
「あいつ、たぶん泣いてたの」
ベイラが言った。
とんがり帽子の上には座りにくいということで、右肩の上に座っている。
『たぶんではありません。涙を浮かべ走り去って行きました。今も誰も見ていないところで泣いております』
アカシャがベイラの発言を捕捉したことで、ネリーが間違いなく泣いていたことが分かった。
分かってしまった、と言うべきか…。
「彼女、今日も1人だったね。入学式なのに、親どころか、貴族なのに使用人すら連れずに…」
ワトスンさんが悲しげに言う。
そう、今日もネリーは1人だった。
それだけでも彼女の家庭環境は想像できる。
そしてオレは知っている。
それは想像どおりなのだ。
入学試験の時も、合格発表の時も、制服の採寸でばったり出くわした時だって元気に絡んできたのに。
「そうだね…」
オレはそれだけ答えた。
ベイラもワトスンさんも、オレなら色々知ってるんだろうという顔をしている。
そうだよ。知ってるよ。
でもオレがあっさり解決できる問題じゃない。
根本にあるのは、感情だから。
あー、くそっ。
せっかくの入学式のワクワク感が台無しだ。
見てらんねぇ。見てらんねぇよ。
ネリー・トンプソン。