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第5話 入学試験4

「はっはっは。せっかくのジュースが台無しですね。もったいない」



 鼠顔のしでかしたことに対して、ひざまずいたまま顔だけ上げてオレは笑い飛ばした。



「セイ! アンタちょっとは怒りなさいよ!」



 ベイラは止めたにも関わらず納得いかないらしい。


 全然問題ない。


 笑って許せる。


 というかむしろ、前世では漫画や小説でしか見ないようなシチュエーションをじかに体験できて楽しいまである。



 こいつなら、ボズと違っていつでもどうにでもできるからな。


 余裕があるってのは、いいことだ。


 ボズとの戦いはただ必死で、ちっとも楽しくなかった。


 オレはあの時のことを反省し、この4年間はアカシャと一緒に、それまで以上に濃密に自分を鍛え上げた。


 能力スキルの関係上、戦闘においてオレより強いヤツは大賢者などまだ存在するが、今ならほとんどの場面でオレが望む選択肢をとれるようになったと思う。



 心と状況に圧倒的に余裕があると、ちょっとやそっとのことでムカつくことはない。

 いつでも、どうにでもできると知ってるからだ。


 さて、どうやって楽しもうかな。


 早く何か反応してくれ。



「ああ? なんだよ、ヘラヘラしやがって。話通じてるか? 平民はここから去れって言ってんだよ」



 キンキン声をした鼠顔は、ニヤニヤした顔をちょっとムッとした顔に変えて言った。


 さらにハッキリと言われたな。でも、言われた通り去るつもりはない。


 無駄に争うつもりもないけど、かといって自重するつもりもないんだ。



「スルティア学園は実力主義で、平民も多くはないものの在学していると聞いております。私も合格が叶えば、ぜひ入学したいと思っております」



 丁寧に笑いながら、去るつもりはないよと伝えた。



「おい、貴様。なめているのか?」



 腰巾着のもう一人、体格がよくて強面こわもての男の子も突っかかってきた。


 貴様とか初めて生で聞いちゃったよ。やっぱり貴族だからか?



「いえいえ、まさか。ですが、せっかくですので自分の力を試してみたいのです」



 結局喧嘩売ってる感じになっちゃったかな。

 まぁ、貴族全員がオレの成績を上回れば、平民の合格は防げるよ。

 今さら無理だけどね。

 ちょっと努力が足りないよ君たち。



「よい。どうやら次は私の番らしい。まさかミカエルの後とはな。しかし、せめて平民との格の違いを見せてやろう。行くぞ」



 ノバク王子が次の受験生として呼ばれ、何やら格好いい感じのことを言って腰巾着を引き連れて去っていった。


 うーん。もうちょっとこじれても良かったけどな。

 まぁいいか。


 入学したらアイツらとは敵対するポジションになりそうだ。

 平民ってだけで完全に邪魔者扱いだったからな。



「いやぁ、いきなり王族に目を付けられるとはね…。大丈夫かな?」



 ワトスンさんが困り顔で聞いてきた。

 王都で商売するのに、王族に目を付けられたら結構厳しい。


 が、()()苦しい程度でしかない。

 例えば最悪ワトスングループが国外に拠点を移したとすれば、損をするのは圧倒的に国だ。


 今となっては、王族だろうがそう簡単に手を出せる規模ではない。



「大丈夫だよ。たぶんね」



 オレは軽い調子で答えた。



「あんなヤツら、ぶっ飛ばせば良かったの!」



 ベイラはまだプンプン怒っている。



「ぶっ飛ばすのは簡単だけどさ、それじゃあ後々(のちのち)面白くならないだろ。たぶん手を出したら入学できなかったぞ」



 いくら実力主義だろうが、さすがに入学試験中に王族(の取り巻き)ぶっ飛ばして入学はできないはずだ。



「え、そうなの? それは危なかったの…」



 ベイラが物騒なことを言う。

 おいおい、危うく手が出そうになってたのかよ。勘弁してくれ。



『ご主人様ならば、わたくしを使えば証拠を残さずヤツらを潰せますが』



 おおぅ。アカシャさんもまだ怒ってたのね…。


 ワトスンさんとベイラと、そしてアカシャとワイワイ話していると、近くにいた1人の受験生が声をかけてきた。



「こんにちは。いきなりノバク様に絡まれるなんて、大変でしたね。大丈夫ですか?」



 天使! いや、アレクサンダー・ズベレフくんだった。


 あわよくば声をかけてくれないかなと思って近くの席にいたけど、本当に声をかけてくれるなんて。


 しかも王族に絡まれた直後に。いい子や…。


 サラサラの茶髪に、サファイアみたいなブルーの目。

 人形のように整った顔立ちは中性的で、常勝将軍の爺さんが「ワシが爺馬鹿(じじばか)でなくとも天使」と言うのに同意できる見た目だ。



「アレクサンダー・ズベレフ様ですね。お初にお目にかかります。セイ・ワトスンと申します。ご心配痛み入ります。私はこのとおり、全く問題ありません」



 オレはアレクくんに丁寧に挨拶し、手を左右に広げておどけてみせた。



「ワトスングループ会長、ジョージ・ワトスンと申します。セイの父です」


「ベイラなの! セイの友達なの!」



 ワトスンさんとベイラもオレに続いて軽く自己紹介をした。

 ベイラは相手が王族とか貴族とか全然関係ないのな。

 妖精には王族はいても、そういう文化はないからしょうがないか。



「私のことをご存知でしたか。アレクと呼んでください。よろしくお願いします。しかしセイくん、さっきパブロ卿に飲み物をかけられていませんでしたか?」



 それにしては濡れた跡がないって言いたいんだろうな。

 アイツらが去ると同時に洗浄と乾燥の魔法で綺麗にしたからね。

 かけられる前より綺麗だと思うよ。



『アカシャ、パブロ卿ってのは、さっきの鼠顔のことだよな?』



 鼠顔の名前が出てきたので、アカシャに聞いてみる。

 あいつは面白そうじゃなかったから、事前情報は集めてなかった。



『はい。パブロ・ペール。ペール侯爵家の長男です。現王と、第2王子の派閥の貴族です』



 派閥ね。そういうのは面倒だな。まぁ、見たまんま第2王子の腰巾着ってことか。



「はい。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたが、もう魔法で綺麗にしましたので大丈夫です」



 アレクくんとは仲良くなりたいから、ここは隠さず言ってしまうことにしよう。



「えっ、魔法で? サングラス付けてるようには見えなかったけど」



 アレクくんは驚いているようだ。そういや貴族は魔法を使うときはいちいちサングラスかけるんだったな…。



「誰かに瞳を見られずに魔法を使うことは、そんなに難しいことではないですから」



 同時に透明化を使うとか、単純に誰にも瞳を見られないように使うとか、色々方法はある。


 そもそも、貴族は魔法の秘匿をしすぎだと思う。

 みんなでシェアした方が国力上がるだろ。どう考えても。

 感情の問題だから仕方ないのかね。



「セイくんは魔法が得意なんだね。僕は魔法が苦手で…。というか、実は僕いまだにレベル1なんだよね…」



 どんどん喋り方が打ち解けたものになっていくアレクくん。

 うんうん。いい傾向だ。



「気にする必要ないの! むしろ、あんたの歳でレベル1は最高だってセイは言ってたの!」



 おい、ベイラ! なんでオレが不審に思われちゃうようなこと言っちゃうかな?



「レベル1が最高!? どうして?」



 でもアレクはありがたいことに、何で事前にそんな話をしてたのかってとこはスルーして食いついてくれた。


 その後アレクを交えてオレ達は色々な話をした。


 第2王子とかの試験はその間にとっくに終わっていたけれど、興味もなかったしアレクとの会話に比べればどうでも良かった。



「あ、僕の番だ。行ってくるね! ありがとうセイ。勉強になったし、楽しかったよ!」



 天使スマイル。なんということだ。周りの女の子達が羨ましそうにオレを見ている…。


 さっきまで王子に絡まれたオレの方には視線を向けないようにしてたくせに。

 これはアレクは入学したらアイドル確定なのでは?



「今できることを精一杯やれば、アレクなら絶対合格できるよ! 頑張って!」



 アレクは学園では身分差は関係ないから呼び捨てて欲しいと言ってくれた。

 本当にいい子だ。必ず受かってほしい。


 アカシャの採点では、アレクの筆記試験は学年1位だったようだし、神に愛された者はよほどひどい成績でなければとるという学園の方針もある。

 現状レベル1とはいえ、凄まじい瞑想量でそれなりの魔力量があるアレクならまず大丈夫だとは思う。



「とても良い子だったね。貴族とは思えないくらい物腰が柔らかかった」



 ワトスンさんがアレクについての感想を言う。



「アレクなら友達になれるの!」



 ベイラもアレクはお気に召したようだ。


 オレ達は祈るようにアレクの魔法試験を見守り、アレクは無事に得意の土魔法で今できる精一杯の力を出し切れていた。



『1軍とはいかないでしょうが、あれならまず間違いなく合格はできるでしょう』



 アカシャのお墨付きを得られたなら、ほぼ合格と言っていいだろうな。

 良かった。

 ワトスンさんとベイラにも大丈夫そうだと伝え、みんなで喜んだ。



 そしてしばらくして、ついにオレの順番が回ってきた。



「セイ、見せ付けてやるの!」



 ワトスンさんの頭の上に移動したベイラがちょっと悪い感じの笑みを浮かべて激励してくれる。

 うーん、お前が期待してるような感じにはしないつもりなんだ。

 ごめんな…。



「セイくん、頑張って!」



 ワトスンさんはいい笑顔でガッツポーズをして、ウインクをしてきた。


 2人の激励に軽く苦笑いする。



「まぁ、適度に頑張ってくるよ」



 観覧席から中央アリーナに移動し、試験官のお兄さんの説明を聞く。



「あちらの打ち込み台に魔法を放ってください。やり直しは3回まで認めますが、当然やり直しがない方が評価は高くなります」



 もう何度も聞いたことだ。

 オレはすぐに分かりましたと返事をした。


 打ち込み台は何度も何度も破壊されては再生を繰り返して、今も最初と変わらずにたたずんでいる。


 ミカエルが吹っ飛ばした地面や演習上の一部ですら、今までの時間で元通りに直っていた。


 学園7不思議の1つ。『再生する学園』か。


 オレはニヤリと笑う。



『アカシャ。火魔法を"限定"と"宣誓"付きで使う。1軍の平均より少し上くらいで合格したい。どれくらいの魔力量が適切か計算してくれ』



 スーツの胸ポケットに入れておいたサングラスをかけつつ、アカシャに情報を求める。


 受かることが目的だ。力を見せ付けることが目的じゃない。

 わざわざ情報を与えるようなことはしない。

 必要のないサングラスをかけるのも、そのためだ。



『かしこまりました。情報を送ります。全受験生が試験を終えた訳ではありませんので予測となりますが、そう大きくずれることはないでしょう』



 アカシャから求めた適切な魔力量の情報が送られてきた。


 オレは火の魔法陣を思い浮かべ、"限定"を使うため右手を空に掲げる。



「"火球かきゅう"」



 "宣誓"と共にアカシャから聞いた魔力量を魔法陣に流すと、オレの頭より少し大きいくらいの火の玉が右手の上に現れた。


 なるほど。こんなもんか。

 入学してしばらくはこれぐらいをオレの実力としてやっていこうかな。

 必要があれば出し惜しみをするつもりはないけど。


 右手を打ち込み台に向けると、そこそこのスピードで火球は飛んで行き、打ち込み台のど真ん中に命中して火柱を上げた。


 魔法試験だけ見ると中の上くらいの結果だろうか。



『お見事です。完璧に想定通りの結果ですね』



 アカシャがオレをヨイショしてくれる。



「よしよし。バッチリだな」



 アカシャのお墨付きを得たことで、オレも安心した。



「君は貴族でもないのに、ずいぶん綺麗な魔法を使うね。やり直しは必要ないかな?」



 試験官のお兄さんが感心したように言って、確認してくる。


 オレの魔法はアカシャから習った基本通りのものだからな。

 たぶん教科書通りの綺麗な魔法に見えるのだろう。


 やり直しは必要ないことを伝えて、他の受験生と同じように観覧席には戻らず帰ろうとした。


 が、次の受験生に呼び止められた。



「平民にしてはやるわね! でも魔法試験なら私の方が絶対に上だわ! 観覧席でよく見てなさい!」



 オレの後ろには、燃えるような真っ赤な髪の女の子、ネリー・トンプソンが仁王立ちで待機していた。


 試験前からドヤ顔で口角を上げている。



「分かりました。私もトンプソン様の試験はとても楽しみにしておりました。そうさせていただきますね」



 そう笑いかけて、オレは予定を変更して観覧席に向かった。

 見てくれと言われれば見よう。

 ネリー・トンプソンの能力スキルを楽しみにしてたのは本当だから。



「なによ、その余裕! 絶対驚かせてやるんだから!」



 後ろからネリーの怒った声が聞こえたが、スルーする。

 オレ、そんなに怒らせるようなこと言ったかな?


 アカシャじゃないけど、女の子の感情はよく分からんね。



「直接帰る予定じゃなかったかい?」



 観覧席に戻ると、オレの様子を見て観覧席で待っていてくれたワトスンさんが質問をしてきた。



「次に試験をする女の子が面白そうだったからね。それだけ見てから帰ることにしたんだ」



 ネリー・トンプソンに目を向けながらワトスンさんに説明する。



「それより、セイ! なんで本気でやらなかったの! ムカつく貴族達に見せ付けてやれば良かったのに!」



 オレの頭の上に座り直したベイラは、小声でプンスカ怒っている。



「オレにも作戦ってのがあるんだよ。そう怒るなって。ほら、今からアイツが面白いことやるから、ベイラも見とけって」



 ベイラをなだめていると、ネリーが右手を横に突き出して空を見上げた。



「いらっしゃい!! ミニドラちゃん!!」



 ネリーが空に向かって大声を上げると、しばし経って上空からこちらに向かって飛んで来るものがあった。


 周りがざわつきはじめ、悲鳴に近いようなものも上がりはじめた。



「なにこれ? 召還魔法!?」



 ベイラが驚きの声を上げる。


 ネリーが突き出した右手の横には、桜色の鱗を持った4メートルほどの大きさのドラゴンが降り立っていた。


 ミニドラという名前の割には大きすぎるが、ネリーが拾ったときには小さかったから仕方ないのだろう。


 あれは召還魔法ではない。


 ネリーの能力スキル意思疎通いしそつう』によってペット?というか仲良くなったドラゴンを呼んだのだ。



「やるわよ! ミニドラちゃん!」



 ネリーがミニドラちゃんに声をかけ、魔法の準備に入った。


 ほとんどが唖然あぜんとする中、何人かの早まった受験生やその付き添いがミニドラちゃんに攻撃を仕掛けようとしている。


 無粋ぶすいなことするなよ。



『アカシャ、一瞬だけ切り札を使う。範囲はミニドラちゃんに攻撃をしようとしてるヤツらだ』


『かしこまりました。3秒あれば十分でしょう』



 アカシャがオレの左肩の上から、体の中へと吸い込まれていく。


 全部で4人か。楽勝だな。


 今は7つまでなら同時に魔法を使うことができる。


 "限定"も"宣誓"も使わず、瞳に出る魔法陣と()()()()を透明化の魔法で見えないようにして魔法を使うとどうなるか。


 誰にも、何が起こったのか分からないことになる。


 4人がミニドラちゃんを攻撃した魔法は、射出後すぐにオレの魔法でかき消した。


 全員、突然消えた魔法に驚いているな。大丈夫。あのドラゴンは危険なものじゃないんだ。


 黙って見てろ。



 オレがそんなことをしてる間に、ネリーは打ち込み台に向かって火魔法を放っていた。


 同時に、ミニドラちゃんも口から炎のブレスを打ち込み台に向かって吐いている。


 火魔法とブレスは同時に着弾し、打ち込み台は地面ごと消えた。


 ミカエルほどではないが、アリーナの地面が大きくえぐれるほどの威力がその魔法?にはあった。


 誰がどう見ても、魔法試験の成績は彼女が断トツの2位だろう。


 ネリーはミニドラちゃんにハグをして、再びミニドラちゃんは空へ帰っていった。


 ネリーが高笑いをしながら、オレに対して自慢をする声が聞こえる。



 確かにこれは、アカシャを以てしてもできないことだろう。


 やっぱり最高に面白いヤツだな。

 ネリー・トンプソン。




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[気になる点] 『ご主人様ならば、私わたくしを使えば証拠を残さずヤツらを潰せますが』おおぅ。アカシャさんもまだ怒ってたのね アカシャ自身は何もできないはずだから、証拠を残さないようにアドバイスをして…
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