第3話 入学試験 2
受付を済まし中央棟に入ったオレ達は、受験生と保護者に別れて部屋に案内された。
ベイラはオレと来たがったけど、さすがに筆記試験会場に妖精は連れ込めないらしい。
アカシャは連れ込むけどね。オレの能力だから。
学園中央棟の内装は、やはり外から見た外観と同じく、ここが宮殿と言われても何の違和感もない豪華さだった。
まばゆいシャンデリアが並ぶ美しい廊下を通って、まるで劇場のような、すり鉢状の部屋に案内された。
ここが筆記試験会場らしい。
かなり早めに出てきたはずだけど、すでに結構な人数が席に着いていた。
『60人くらいいるか?』
『ご主人様が63番目の受験生です』
アカシャとたわいもない会話をしつつ、案内された席に座る。
3つ前の席には、さっき絡んできたアンドレくんも座っている。
ん? 来た順に座る感じか? だとすると…。
後ろを振り向くと、燃えるような真っ赤な髪の女の子、ネリー・トンプソンがちょうど部屋に入ってくるところだった。
『なぁ、アカシャ。さっきネリー・トンプソンが怖い目でオレを見てたんだけど、理由分かるか?』
『いえ。ご主人様が彼女に敵意を向けられるいわれはありません。逆恨みですね』
アカシャからはいつも以上に冷たい声が返ってきた。
オレに敵対する者に容赦ないんだよなぁ。
ネリー・トンプソンのことで事前に知ってたのは、変わった能力を持ってることと、見た目の特徴くらいだ。
『そうか。アカシャ、ネリー・トンプソンのことをもう少し…』
詳しく教えてくれという言葉は、最後まで続けられなかった。
「なによ…。アンタも私に文句があるわけ?」
振り返ったままのオレに、ネリー・トンプソンが話しかけてきたからだ。
ちょっとつり上がり気味の、怖い目で。
アンタも…?
「いえ。文句などございません。ネリー・トンプソン様。私はセイ・ワトスンと申します。以後お見知りおきを」
自己紹介をして、頭を下げる。
「そう…。やっぱり、私のこと知ってるのね。バカにして…」
ネリー・トンプソンはギリッと歯を噛み締めた。
いや、バカにしてないから。
え? どうしてこうなった?
「いえ…、申し訳ありません。私には何のことだかさっぱり…」
ここは素直に分からないと言っておこう。
しまったな。アカシャにもっと早くこの娘のこと詳しく聞いておけば良かった。
「見てなさい! アンタみたいな目立ちたがりなんかに、負けないんだから!」
ビシッとオレへと指を指し、鼻息荒く席に着くネリー・トンプソン。
ええ? 取り付く島もないとはこのことかよ。
人に指を指してはいけませんってのは、地球ルールだったんかな…。
うーん…。まぁ、いいか。
この娘と仲良くなった方が面白そうってだけで、仲良くならなきゃいけないわけじゃないし。
『と、いうわけでトンプソン家は伯爵家から降爵して現在は男爵家となっております。そのことで世間から侮蔑の対象とされることもままあるようですね』
アカシャからネリー・トンプソンの話を詳しく聞いて、さっきまでの態度の背景は大体つかめた気がする。
感情の問題だから、推測にすぎないけど。
『で、特殊な能力を持ってるネリーは、家族からさえ疎まれてるってか。さすがに可哀想だな』
ネリーみたいな状況になるのが恐くて、オレは家族に能力を隠してたんだ。
今のネリーの辛さはある程度理解できるつもりだ。
オレは持っているペンをくるくると回しながら考える。
『助けるのですか?』
アカシャが話の核心に触れてきた。
話を聞いても、じゃあどうするのかという問題は残る。
『いや。頼まれてもいないし、友達でもないのに助けるのはいらぬお節介だろう。ただ…』
くるくると回していたペンをピタッと止める。
『ただ?』
アカシャがオレの言葉を繰り返す。
『アイツへの、オレの見方は変わった』
何にも悪いことしてないのに周りから酷い扱いをされ続ければ、あれぐらいひねくれても仕方ねぇだろ。
『私としては、ご主人様に敵意を向けていい理由にはなりませんが』
アカシャの言葉に、声を出さずに口角だけ上げて笑う。
『アカシャはぶれないねぇ。ところで、この問題簡単すぎない? お前の力借りなくても満点取れそうだぞ』
実は、今は筆記試験の最中である。
最終的に、筆記試験会場には240人の受験生が集まった。
合格するのは60人程度だから、倍率4倍くらいか。
試験を楽しむため、オレはアカシャに答えを聞かずに、自分の知る知識だけで解いていた。
ただ、あまりにも簡単すぎたので、残り時間でアカシャからネリー・トンプソンの話を聞いていたのだ。
『その解答では満点は取れませんね』
アカシャは少し面白がるような、とはいえ抑揚のない声で答えた。
『え゛、マジかよ。ちゃんとアカシャから習ったことは全部覚えてたつもりだけど…』
どこか、ちゃんと覚えてないところがあっただろうか?
『いくつか、問題の方が間違えている箇所があるのです。問題が間違えているというよりは、真実とは違うことが正解と信じられているという形になりますが』
どうやらオレはちゃんと覚えていたらしい。
真実とは違う歴史や常識が信じられ、それが問題の正解とされてしまっているとのことだ。
ああ、そういえば前世でも、昔のテストでは日本最古の貨幣は和同開珎って答えが正解だったらしい。
オレの時代は富本銭だったけどな。
テストの解答が必ずしも絶対の真実とは限らないってことか。
『なるほどね。まぁ、あえて直すのも何か嫌だし、満点じゃなくてもいいや。今のままでも酷い点数にはならないだろ?』
こだわった結果、試験に落ちましたじゃ洒落にならんからな。
一応聞いておく。
『問題ありません。このままでも最上位グループには入るでしょう』
良かった。
アカシャのお墨付きが得られれば安心だ。
『うん。解答はこれでいいな。じゃあ、この問題のどこが間違ってて、この国の常識ではどうなってるのか聞いておこうか…』
常識と真実の違いってのも、大事な情報だからな。
筆記試験が終わった後、いやー想像以上に楽勝だったなって軽口を叩いたら、後ろのネリー・トンプソンから射殺さんばかりの視線を頂戴した。
どうやらネリーは筆記が得意ではなかったらしい。
いや、知らねぇよ。
そんなとこまで情報集めてないから。
…配慮が足りんかったのは認める。