第1話 想定外
「…って感じで、今日はスルティア学園の入学試験を受けてきたんだ」
我が家での夕食の席で、オレは家族に今日の出来事を話していた。
オレは9歳になり、念願の学園受験をしたのだ。
「へぇー。学園の試験っていうのはそんなことをやるんだな」
「魔法の試験ってのは面白そうだけど、筆記試験ってのは面倒臭そうだなぁ」
「まぁ、セイならどうせ楽勝だったんでしょ?」
アル兄ちゃん、ジル兄ちゃん、ケイト姉ちゃんがそれぞれ思ったことを言う。
それぞれ今では17歳、15歳、16歳になり、去年ケイト姉ちゃんが成人したタイミングで、アル兄ちゃんとケイト姉ちゃんは結婚した。
「それがね、セイのヤツ全っ然、本気ださないの! なんかムカつく人間もいっぱいいたのに! あたちは正直、手が出そうになったの」
妖精ベイラが身振り手振りを交えながら、綺麗な金髪を振り乱してオレの頭の上で元気に話す。
コイツは、ボズにやられた前にいた村の生き残りを全員救出し、しばらくは村の再興を手伝っていた。
だが、村が完全に復興した後、なぜかオレの元に来た。
なんでも、オレといると退屈しなさそうだからとのことである。
なんならオレより王都を満喫してるふしがある。
「おいコラ、お前マジで手ぇ出したりしたら2度と連れてかないからな。妖精を連れてるだけでもメチャクチャ目立ってたのに」
ベイラに釘を刺しておく。
目立つのは構わないけど、周りに手を出したり、オレの実力をバラす行為は禁止だ。
自分の情報ってのは知る者がいなければいないほど、いざというときに武器になる。
王都には腕の立つ者もかなりいる。何かあったときのために、できるだけ手札は隠しておくつもりだ。
「分かってるの! だから我慢ちたじゃない。学園ってとこも刺激がいっぱいありそうで楽ちみだわ」
やや幼い顔立ちのベイラがエメラルドグリーンの瞳を輝かせる。
おいおい、もしかして毎日付いて来る気かよ。
「試験に受かったら、セイは学園の寮に入るんでしょう? さみしくなっちゃうわね…」
母ちゃんがしんみりとした雰囲気で言う。
「そうだけど、今みたいに夕飯にはちょくちょく帰ってくるよ。さすがに泊まりはできないけど」
オレは学園に入るため、去年からワトスンさんの養子になって王都に滞在している。
でも、転移があるからかなりの頻度で実家で夕飯を食べたり泊まったりしている。
学園には食堂があるが、夕食をどこで取るかは自由だ。
「そりゃ嬉しいね。セイが最初に王都の学園に行くって言い始めたときは心配したもんだけど、ちょくちょく顔を見られるなら少しは安心だよ」
婆ちゃんが、そう言って母ちゃんと頷き合う。
その節は大変ご心配おかけしました…。
「ま、オレはセイならどこでもやっていけるって思ってるけどな! アカシャも付いてるし大丈夫だろ!」
父ちゃんが満面の笑みを浮かべて、ガッハッハと笑う。
この人は34歳になっても相変わらず、歳の割りに子供っぽいところがある。
親しみやすくて、聞いてて安心する声だ。
つられてオレも、家族みんなも、ベイラも笑った。
『突然失礼いたします。ご主人様、申し訳ありません。想定外の事態です』
オレの左肩の上で目を瞑り、ずっと静かに座っていたアカシャが突然、緊急と思われる念話を入れてきた。
今日試験を受けたこのタイミングで、緊急の念話…
『えっ? まさか、不合格になっちゃったのか?』
オレの様子が突然変わったからだろう、みんなの視線がオレに集まった。
『いえ、合格はしました。しかし、2軍となっております』
アカシャの言葉を聞いて安堵する。
想定とは違うけれど、まずは合格さえすればいい。
学園には1学年につきクラスが2つあり、1軍と2軍と呼ばれる。
試験の結果でより有力な者が1軍に選ばれ、今後さまざまなイベントなどで学年の代表は1軍となる。
2軍で優秀な成績を収めれば1軍に昇格することも可能だが、どうせなら最初から1軍になった方が楽しいかなと思っていた。
『そっか。スルト国の最高学府、実力主義のスルティア学園がねぇ。理由は?』
オレはアカシャの情報を駆使して、1軍の平均より少し上くらいの成績になるよう調節して入学試験を受けた。
それが2軍になったということは、少なくとも今年は実力順では選ばれなかったということだ。
『今年入学の第2王子による影響です』
第2王子。王位継承権1位、ノバク・ティエム・スルトね。
こういうことも有り得そうだと想像くらいはしたけど、今まで王族の入学だろうが1度として実力主義を覆したことなかったのにな。
『ふーん。まぁ、前例が役に立たなかったのはしょうがない。そういうこともあるさ。それに、これはこれで楽しそうだ』
オレはニヤリと笑う。
「アカシャちゃんと話してたの? 何だか楽しそうね」
母ちゃんがオレの様子を見て話しかけてきた。
「うん。学園に合格した。発表はまだだけどね。面白くなってきたよ」
アカシャの想定通りにいかないなんて、どこのどいつかはすぐ分かるけど、面白いことしてくれるじゃないか。
楽しい学園生活になりそうだ。
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ワシの名はダビド・ズベレフ。
スルト国公爵である。
今日はスルティア学園の入学試験。
玄関ホールで最愛の孫の帰りを今か今かと待ちわびる。
メイドや護衛、新しい執事なども、そわそわしているワシを見てそわそわしておる。
どれだけ待っただろうか、ついに屋敷の玄関の扉が開かれた。
扉の向こうの孫のアレクは、屋敷のほとんどの人間が玄関ホールに揃っていることを見てか、軽く目を見開いた。
その後、ちょっと顔を赤くしながら「もう、しょうがないお祖父様だなぁ」などと呟くアレク。
ああ、天使か。
「ただいま戻りました。お祖父様」
気を取り直してキリッとした顔で挨拶をしてくれるアレク。可愛い。
「うむ。試験はどうじゃった? 面白い子などはおったか?」
魔法に関しては大きく遅れをとっているアレクだが、筆記試験は間違いなくトップクラスだ。
合否自体は心配しておらん。
「面白い子ですか…。頭に妖精を乗せた子が、ノバク様より目立っておりましたね。入学もしないうちから何人かに絡まれておりましたが、とてもいい子でしたよ」
アレクは何かを思い出したのか、クスッと笑いながら話す。
頭に妖精…。思い当たる子はおらんが、思い描ける子はおるな…。
「ほう。妖精が人間と一緒におるとは、聞いたことがない。どこの貴族の子だろうか…」
ワシは顎に手を当て、考える仕草をした。
ま、ぶっちゃけ商人の子だと思っているがな。
「商人の子でしたよ。セイ・ワトスンという名前だそうです」
アレクが柔らかく言う。
ほらな。やっぱりお前か、セイ。
アレクはいい子と言った。敵対はしていないようだな。
ヤツに絡んだ子達に心の中で手を合わせつつ、ワシはアレクとの会話を楽しんだ。
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「ただいま戻りました」
私、ネリー・トンプソンはスルティア学園の入学試験を終え、家に帰ってきた。
火の消えたように静まり返った、この屋敷に。
トンプソン男爵家は、没落貴族と呼ばれて久しい。
曾祖父様の代までは伯爵家だったこの家も、2代で男爵家まで降爵してしまった。
功績を上げなければ爵位を守ることができないこの国で、降爵してしまった家への世間の風当たりは強い。
功績を上げていないことが歴然だからだ。
でも、違う。うちの家は、違う。
ちゃんと功績は上げていたんだ。横取りされただけで。
寂れた玄関ホールには、誰もいない。
私の声は空しく響いた。
スルティア学園に入学できれば。
今年は、次期王と言われる第2王子のノバク様も入学する。
必ず、必ず私が功績を上げて家を再興してみせる。
そうすればきっと、お父様とお母様も私を見てくれるはず…。
絶対に誰にも負けないんだから。
特に、妖精なんて珍しいものを頭に乗せてただけで目立ってた、あの黒髪のヤツにだけは絶対に負けないわ!