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閑話2 とある公爵の憂鬱と歓喜 後編

 応接室に入ると、黒髪の少年がひざまずいてワシを待っていた。


 本当にアレクと同じくらいの歳に見えるな。



「……おもてを上げよ。直答じきとうを許す」


「はっ。お初にお目にかかります、公爵閣下。私はワトスングループ会長ジョージ・ワトスンの子、セイ・ワトスンと申します」



 顔を上げた少年は、澄んだ茶色の目でワシを見て、声変わりもしていない高い声で大人びた挨拶をした。


 きちんと教育された貴族の子ならば、このような歳でもこの程度の言葉選びはできるだろう。


 だが、セイ少年の挨拶は言葉選びができているだけでなく、極めて自然だった。

 幼さの割には自然すぎるほどに。



「ワトスングループ? 複数の商会を、吸収するのではなく元のまま傘下に加え、急速に拡大している商会だったか。確か、子はいないはずだが?」



 その尋常じんじょうではない拡大ぶりに、調べた貴族は多いだろう。

 外商にて手に入らないものなしという噂も立っていた。

 神級回復薬は断られたと報告を受けたがな。



「さすが公爵閣下、お耳が早い。最近、養子になったのでございます。必要でしたら、父に確認をとっていただければ」


「いや、よい。立ち上がることを許す。そちらに座れ」



 セイ少年にソファーに座るよう促し、ワシもテーブルを挟んで対面のソファーに座った。





「して、先ほどメイドから聞いた話は本当だろうな?」



 さっそく本題に入る。

 この話が本当でさえあるならば、相手が少年だろうが商人だろうが構いはせん。



「はい。わたくしならば、確実にアレク様の病気を治すことが可能でございます」



 黒髪に茶色の目をした少年はにこりと笑い、あっさりと『確実に』と言いきった。

 ワシの勘は嘘ではないと告げているが…。


 話が出来すぎていて、逆に警戒してしまう内容だ。


 ちっ。真偽判定持ちの神に愛された者を探しておくべきだったな。

 せめて、大きな対価を払ってでも王に借りておけば良かった。

 王が貸し出してくれるかは分からんが。



「なぜ、父親と来なかった? 父親と来た方が、ワシの信用を得るのは簡単だったはずだ」



 もっと探らねばなるまい。そう思い、質問を続ける。



「父から正式に面会を申し出れば、面倒なことになりそうでしたので」


「…普通、逆ではないのか? 普通は子供が面会の申し出をしたところで門前払いだ」


「公爵閣下は、アレク様の病気の治療をできると言う者を門前払いすることはないと確信しておりました」



 笑顔で飄々(ひょうひょう)と答えていくセイ少年。

 ただ質問をしていてもらちが明かないと感じたワシは、一計を講じることにした。



「それはそうだが…。公爵のワシの元に直接乗り込んできて、やはり治せませんでしたでは済まされんぞ。失敗すれば、お前だけでなくお前の家も終わりだ」



 失敗すれば家ごと潰す。そういう意味で低い声を出した。

 そしてセイ少年に全力の威圧をかける。


 老いたとはいえ、ワシはまだ戦闘において王都でギリギリ10本指に入るぞ。

 普通の子供ならチビるほどの威圧だ。



 今この応接室にいる者はワシを除くと3人。


 セイ少年を案内した若いメイドは悲鳴を上げてうずくまり、一応護衛に連れていた騎士は一歩下がった。


 ワシの後ろに立っていた2人がそのような反応をしたにもかかわらず、正面に座っていたセイは変わらず笑顔だった。



「もちろん存じております。常勝将軍閣下」



 そう言って、芝居がかった一礼をするセイ。


 こいつは…、得体が知れん。

 さすがに無反応は全く想定になかった。



「何が目的だ? まさか無償で治しに来たわけではあるまい」



 できるできないは、判断が付かんとしか言いようがない。

 ワシは先に目的を聞くこととした。



「条件が2つ。報酬が1つ。報酬は成功報酬で構いませんので、これを飲んでいただけるならば」


「…言ってみろ」



 報酬は想像できるが、条件もあるか。

 無茶な条件を提示されそうだと身構える。



「ここにいる3人は、治療が終わった後も含め、僕の情報を一切他者に話さないこと。これが1つ目の条件です」


「分かった。頼むとなれば、それは守ろう」



 ワシは即答した。

 もっと無茶なことを言われると思っていたからだ。



「2つ目の条件は、僕が治療に関わったことをアレクサンダー様に秘密にしておくことです」


「は? いや、もちろん、それも構わんが…」



 セイはにこにこしながら2つ目の条件を語った。

 1つ目に増して訳が分からん。

 それになんの意味があるのだ…。



「最後に報酬ですが、来年のスルティア学園の入学試験に私を推薦していただきたいのです」



 いよいよ訳が分からん。意味は分かるが、なぜ…。

 条件のことも含め、セイはいたって真剣な様子に見える。



「ワトスングループの子息であれば、3人の貴族の推薦という条件は問題にならないのではないか?」



 言外に、これが報酬で良いのかという意味も込めて聞いてみる。

 すると、セイはくすりと笑って言った。



「平民は3人の推薦状を持っていても弾かれた前例があります。確実に試験を受けるには、最低1人分は大貴族の推薦状が欲しいのです」



 よほど定員を越えていなければ弾かれることはないのだが…。


 まぁ、いい。

 条件と報酬に関しては、想像と比べて軽すぎるものだ。


 だからこそ…。



「分かった。だが、断る」



 苦渋の決断ではあるが、ワシは断った。

 このセイという子供は得体が知れなすぎる。

 アレクに近づけるのは危険であると判断した。


 セイのまゆがピクリと動き、初めて想定外のような反応を示した。



「なぜでしょう? よろしければ理由をお聞きしても?」



 セイが静かに問うてきた。



「はっきり言おう。話が魅力的すぎた。治療目的というより、治療と偽ってアレクを害する目的なのではと警戒せざるを得ないほどにな」



 アレクを亡きものにして得をする者達は確実にいる。

 セイにはおかしな点が多すぎる。

 そういう者達から依頼を受けた可能性も捨てきれない。



「感情面を読み違えたか…」



 セイがぼそりと呟いた。

 小さい呟きだったが、ハッキリと聞き取ったぞ。

 やはり詐欺師のたぐいだったか。



「帰るがいい。今回だけは見逃してやる」



 ワシはソファーから立ち上がった。



「お待ち下さい、公爵閣下。私の言葉に嘘はありません。私を真偽判定にかけてみたくはありませんか?」



 セイもソファーから立ち上がり、言った。

 それはワシにとって、恐ろしく魅力的な言葉だった。


 セイの話がもし本当ならばどれだけ良かったか、と思っていたからだ。



「真偽判定をするまで、アレクには絶対に近付かせんぞ」



 それだけは絶対に譲らん。



「かしこまりました。では、王から真偽判定持ちを借りるまでは、こちらをお調べください」



 真偽判定を自分から言い出すということは、もしかするのかもしれない。

 そう考えを巡らせていると、セイは持っていた鞄から羊皮紙を数枚取り出し、差し出してきた。



「これは?」



 セイに羊皮紙について確認しつつ、護衛に目配せをした。

 護衛が前に出て、羊皮紙を受けとる。



「執事とメイド長が結託してアレクサンダー様に毒を盛っております。そこに書いてあることを調べれば証拠が得られるでしょう」


「何だと!?」



 脇目も振らずに護衛の持つ羊皮紙に手を伸ばし、ふんだくる。


 震える手で羊皮紙に書かれた内容を確認する。


 そこには調べればよい内容が書かれているだけで、これだけでは執事とメイド長が裏切っているかどうかは確認できなかった。



「せっかく真偽判定をするのです。私だけでなく、彼らの真偽も調べてみてはどうでしょう?」



 セイはふわりと笑う。

 ここまで言うのだ。おそらく、セイの言うことは本当なのだろう。

 だが、アレクとワシの救世主のはずの黒髪の少年は、どうしても得体の知れない化物ばけものに見えた。


 1つ目の条件。何のことはないものと思っておったが、極めて重要だったのかもしれん。






 数か月後。


 今日もワシは朝の日課として、孫のアレクサンダーの寝室の前に来ていた。



「おはよう。アレク」



 ワシは最愛の孫に挨拶する。



「おはようございます。お祖父様じいさま



 天使。控えめに言って、天使の笑顔である。


 若い頃のワシと同じ、サラサラの茶髪。

 母親から受け継いだサファイアのごときブルーの瞳。

 人形のように整った顔立ち。


 これほど可愛い孫が、他にいるだろうか。いや、いない。



「筋トレ中であったか。精が出るのぉ」



 ワシは笑った。


 アレクはすっかり元気になった。

 毒を盛っておったクソ共を始末し、セイが解毒の魔法を毎日かけてくれたおかげだ。


 あまりに少量ずつ盛られた毒は、気付くのも治療も難しいとセイは言っていた。

 だが、武にかまけ、家に溶け込んだ敵に気付かなかったワシは愚かすぎた。

 もう2度と、アレクを危険な目には遭わせんと誓っている。



「いえ。僕は遅れを取り戻さねばなりませんので。これくらいはしなければ」



 ワシの孫、勤勉。


 アレクは学問においても非常に優秀である。


 まだまだ体力は他者より劣り、レベルも1と低いが、良いのだ。


 体さえ無事であれば。



「体調はどうかね? 今日も顔色は良さそうだが…」



 念のため、アレクには毎日体の調子を聞いている。

 何かあれば、ワトスン商会に乗り込んでいく所存である。



「お祖父様じいさまは心配しすぎなのです。今日も絶好調ですよ」



 アレクは腕立て伏せを続けながら、困ったように笑って言った。



「それにしても、どうして僕を治してくれた医者の方に1度も会わせてくれなかったのですか? 僕もお礼を言いたかったのに…」



 アレクが少しふてくされたように言う。

 ああ、何て可愛い生き物なのだ。


 理由は2つ目の条件のせいだな。

 セイが治療に関わったことを秘密にするため、アレクへの治療は目隠しをした状態で行われた。


 あいつ、念のためとか言ってアレクに睡眠魔法までかけおった。

 最初アレクの意識が無くなったときは、殺そうかと思ってしまったぞ。


 睡眠魔法に解毒魔法に契約魔法。セイの使う魔法はレアなものばかりだった。

 特に契約魔法は、1つ目の条件がなければ王への報告が必須のものだ。

 ワシを含むセイのことを知った3人は、契約魔法を交わしたから無理だが。



「すまぬ。詳しくは言えんが、そういう約束だったのだ」



 ワシはセイと話したことを思い出す。





「1つ目の条件については骨の髄まで思いしらされた。お前の特殊性を考えれば当然のことだ。だが、2つ目の条件は何のためだ? どう考えても、ワシには意味が分からん」



 治療が全て完了した日、ワシは思い切ってセイに聞いてみた。

 万が一、アレクにとってマイナスになることならば、早めに知っておくべきだと思ったからだ。


 すると、セイはあっけらかんとした様子で言った。



「僕とアレクサンダー様は、来年スルティア学園で同級生になるのです。対等な条件で会った方が、友達になりやすいでしょう?」



 アレクとセイは共に現在8歳。

 治療した者とされた者としてではなく、同級生として会いたいのだと言う。

 セイのよく分からんこだわりにワシは呆然ぼうぜんとし、その後(おお)いに笑った。





 アレクが元気になっただけでも十分すぎる。

 これ以上ない喜びだ。


 だが願わくば、アレクとセイには良い友人となってもらいたいものである。




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