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閑話2 とある公爵の憂鬱と歓喜 前編

 ワシはダビド・ズベレフ。

 スルト国の公爵である。


 ワシは王族公爵ではなく臣民公爵であるが、だからこそ全ての臣民の中で最も爵位が上の人間であると言えるだろう。


 しかし、たった3人しかいない臣民公爵の1人であるワシをうらやむものはいない。



 ワシは、『かわいそうな公爵』。そう世間では呼ばれている。






 今日もワシは朝の日課として、孫のアレクサンダーの寝室の前に来ていた。


 目に入れても痛くないほど可愛い孫。


 つとめて笑顔を作って、執事に扉を開けさせる。



「おはよう。アレク」



 明るく、かつ威厳のある声、出せたじゃろうか?


 アレクはベッドの上で体を起こして座り、目をつむっていたが、ワシのあいさつを聞いてそっと目を開け、微笑ほほえんだ。



「おはようございます。お祖父様じいさま



 天使。控えめに言って、天使の笑顔である。


 若い頃のワシと同じ、サラサラの茶髪。

 母親から受け継いだサファイアのごときブルーの瞳。

 人形のように整った顔立ち。


 これほど可愛い孫が、他にいるだろうか。いや、いない。



「瞑想中であったかな? 邪魔してすまんな」



 アレクはわずかならがらでも魔力が増える、瞑想を行っていたようだ。

 ワシは孫の邪魔をしてしまったかと心配になる。



「いえ。僕には、これぐらいしかできませんので。起きているときは大体いつもやっているのです」



 アレクは全く気にしていない様子でそう言った。


 ワシの孫、勤勉。

 瞑想など、ほとんど魔力が増えるものでもないのに。


 アレクは学問においても非常に優秀である。


 これで体さえ、体さえ丈夫であれば…。



「体調はどうかね? 今日も顔色が悪いように見えるが…」



 アレクは幼い頃から体が弱い。

 最近は、特に体調が悪いように見える。



「お祖父様じいさまは心配しすぎなのです。僕は大丈夫ですよ。よく食べ、よく眠っております。じきに回復いたしましょう」



 アレクは気丈に言う。


 健気な…。

 アレクは8歳になる。同じ年頃の子供達との違いが、辛くないはずないだろうに。



「うむ。ならば良いのだが…。無理は、無理だけはしてはならんぞ」



 アレクには、何よりも自分の体調を優先してほしい。



「はい。…申し訳ありませんお祖父様じいさま。もはや唯一の跡取りである僕が、このような体たらくで」



 はっ、しまった!

 何気なく言った心配から来る言葉だったが、アレクにはそのようにとらえられてしまったか。



「おお、アレク! よいのだ。何も気にする必要はない。むしろ、幼いお前にそこまで考えさせてしまうワシを許しておくれ…」



 そう、ワシにはもはや血を分けた跡取りはアレクしかおらん。

 そして、そのアレクもこのような状態だ。


 このさとい子は、世間がワシをどのように言っているかも分かっておるのだろう。



「僕は口惜しいのです。この体が満足に動きさえすれば、亡き父上の代わりにお祖父様のお役に立てるのに…」



 アレクは悔しそうにベッドのシーツを握りしめ、可愛い顔をゆがませる。


 そのいじらしい様子に、ワシの涙腺るいせんが崩壊しそうになる。



「ぐ、ぐぅ…。アレク…!! 必ず、必ずワシが何とかしてやるからな…! お前は何も心配しなくて良いのだ…」



 ワシには立場がある。

 ここには執事や使用人もおるのだ。


 人前で泣くわけにはいかん。


 一人、夜にこっそり枕を濡らすことはあってもな。


 毎朝のことだが、これ以上長居すると号泣してしまうというタイミングで、ワシはアレクの寝室をすることにした。






 アレクの寝室を出て屋敷の廊下を歩きつつ、執事に確認を取る。



「今まで来た者の他に、王都に腕のいい医者か薬師はいないのか!」



 ついつい、アレクの部屋に聞こえない程度ではあるが大声になってしまう。



「もう、ほぼ全員あたっております」



 執事が即座に返してくる。

 確かに、すでに数え切れないほどの者にアレクをせてきた。


 だが一様に、体が弱いだけ。療養していれば治る。どうして悪化していくのか分からない。

 そのような言葉が返ってくるだけだ。


 ここ数年、間違いなくアレクの体調は悪化の一途を辿っている。


 確かに小さい頃から体の弱い子だった。

 だが、ここ最近のようにベッドから出られない程ではなかったのだ。



「"ほぼ"ならば、"完全に"全員あたれ。これからは王都に限らずともよい。必ずアレクを回復させられる者を探し出すのだ!」



 アレクはほぼ確実に何らかの病にかかっている。

 それを突き止め、治せるものを探す。


 どんな対価を払おうとも、絶対にだ。



「はっ」



 30代の、まだまだ若い執事はいい声で返事をした。

 ワシはうむと頷き、話を続ける。



「それから、病気すら治すと言われる伝説の、神級回復薬の捜索はどうなっている?」



 超級回復薬ならばごくまれに出回る。部位欠損すら治す奇跡の回復薬だ。


 しかし、古い文献ぶんけんをみる限り、さらにその上の神級回復薬というものが存在するらしい。


 歴史に何度かだけ登場する伝説の回復薬。

 ワシはこれに一縷いちるの望みをかけて捜索していた。



「申し訳ございません。こちらは、噂すら全く入ってこない状況です」



 執事の落ち着いた声が廊下に響く。



「金はいくらかかってもいい。引き続き手がかりを探せ」



 そう簡単に探せるものではないことは分かっている。


 文献に書かれていることが本当ならば、王族がいざというときのために家宝などとして囲っていてもおかしくない代物しろものだ。



「かしこまりました」



 執事は立ち止まり最敬礼をして、きびすを返した。


 新たな指示を出しに行ったのだろう。

 それで良い。


 ワシも、もう50だ。

 アレクの回復は、全てに優先する。





 ワシは侯爵家の長男として生まれた。


 爵位は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵であり、五爵と呼ばれる。


 この国は、貴族の跡継ぎがそのまま爵位を継げるようにはなっていない。


 ある程度の功績がなければ、先代と同じ爵位を継ぐことすらできないのだ。


 そのため、貴族は常に功績をあげることに躍起やっきになる。


 ワシもその1人であった。



 ワシは先代である父上と功績を積み上げ、先代と同じ侯爵として叙爵じょしゃくされた。


 その後、当時東の隣国であったベルジュ併合における第一功を上げたことにより、公爵へと陞爵しょうしゃくした。


 3人目の臣民公爵の誕生。


 当時待望されていた、大賢者抜きでも戦い抜ける国力があることの証明。


 誰もがワシをたたえた。


 さらに防衛戦争での勝利。


 人はワシを『常勝将軍』と呼び、王からは最大の褒美である次代への爵位の継承を許された。


 順風満帆であった。


 ここまでは。




 不幸により、我が子や孫がどんどん死んでいった。

 呪われているのではないかと思うほどに、次々と。


 事故や病などで1人、また1人と失っていき、数年前の流行り病によって、ついに孫のアレクたった1人となってしまった。


 そして、そのアレクも体が弱い。



 全てを得たかに見えたワシが不幸に翻弄ほんろうされる様子を見て、世間はワシのことを『かわいそうな公爵』と呼び始めた。



 家のことはもちろん重要だ。重要だが…。


 たった4歳で物心つく前に両親を亡くし、自分自身も病を抱えて、それでも気丈に振る舞うアレクを、ただ何とかしてやりたい。


 あの子だけでも、幸せにしてやりたいのだ。





 私室に戻り、肘掛け椅子に座ってアレクのことに思いをせていると、扉をノックする音が聞こえた。


 部屋に入ることを許可すると、気弱そうなメイドが申し訳なさそうに入ってきた。


 ほとんど話したこともない、若いメイドだ。



「あ、あの…。旦那様…。 アレク様を治せると申す者が、旦那様への面会を求めております。いかがいたしますか…?」



 メイドは戸惑った様子で、とてつもない話を切り出した。



「何!? 当然会う!! 会うに決まっておろう! よくやった!」



 ワシは降って湧いた話に歓喜して立ち上がった。


 なぜメイド長でも執事でもなく、このメイドが話を持ってきたのか分からんが、きっとこの娘も一刻も早くワシに伝えようと思ったのだろう。



「かしこまりました。ですが…」



 若いメイドは、再び戸惑った様子で言い淀む。



「何だ? なぜ先ほどから戸惑っている。言いにくいことでも構わん。話せ」



 アレクを治すことは全てに優先される。

 戸惑う理由が全く分からん。



「じ、実はその者、アレク様と同じくらいの年頃の子供でございまして…」



 若いメイドは思い切って話し出したが、怒られると思ったのか尻すぼみに声が小さくなっていった。



「はぁ!?」



 想像もし得なかった言葉にワシは思わず大声を上げ、若いメイドはビクッと体を震わせた。


 あ、すまん。怒ったわけではないのだ…。

 いや、だって、驚くだろう。



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