第52話 ゴードン村は今日も平和である
ボズ盗賊団との戦いから3ヶ月が経った。
ゴードン村は今日も平和だ。
盗賊団からの残党も各地で真面目に働いている。
父ちゃん達が戦い捕らえた盗賊団員達は、ベイラの許可をとって、条件をつけた上で見逃した。
うちの村の直接の被害は0に抑えられたから、村の住人で盗賊に強い恨みを持つものはいなかったので、ベイラさえ良ければという話になったのだ。
他の選択肢としては、殺す、奴隷にして売り払う、冒険者ギルドや騎士団など然るべきところに突き出すなどもあった。
だが、後者2つは金を得られる代わりに、うちの村の関与がバレてしまうので論外。
殺しは単純にできれば避けたかった。
それに、盗賊団員達は強制的に更生させることができると思ったので、見逃すことを提案した。
見逃す条件は、2度と悪いことをしないこと、ボズ盗賊団やオレ達のことについて一切何も喋らないこととした。
条件を破るだけでなく、破るそぶりを見せただけでも殺すと脅した上で。
アカシャは実は全員殺して完全に隠蔽すべきだと言っていたけど、しぶしぶ受け入れてくれた。
見逃してオレ達が完全に見えなくなった直後に、見逃されたことで気が大きくなったのか盗賊を続ける旨を仲間達に宣言したバカがいたので、仕方なく見せしめに殺した。
襲撃のときの恐怖も残っていたからか、結果的にこれでいつでもどこでも条件を破れば殺されると強く認識したらしく、劇的に効果を発揮した。
以来盗賊団員達は日々怯えつつ条件を守り続けている。
条件を守ってる限りは平穏に暮らせるのだから、そんなに怯えなくてもいいのにと思ってしまうくらいだ。
「今日はみんなで狩りに行く日だったよな?」
朝の食卓でアル兄ちゃんが話題を振ってきた。
「うん。今日は調査の人達が来るからね。盗賊団を見たことある村人は全員参加だよ」
アル兄ちゃんの確認に答える。
ボズを倒した後、たびたび国の調査が周辺の村に入っている。
ボズという大きな力を持った人物がなぜ消えたのかを探っているのだ。
これには村長や父ちゃん、そしてアカシャと相談して対応を決めた。
対応の仕方は村人全員が共有し、できるようにしている。
たとえば真偽判定のスキル持ちが来るときは、ボズ盗賊団を見たことがない者が対応することとした。
ほとんどの場合、『この辺りで盗賊団を見たことがあるか』とか『ボズ盗賊団を知っているか』みたいな質問をされる。
盗賊団と直接戦ったメンバー以外であれば、『見たことがない』『知っているが見たことはない』『詳しく知らない』などの答えが嘘とは判定されない。
今のところないけど、『ボズがどうなったか知っているか』など知る人は知ってる答えられない質問が来たときは、考える振りなどをして少し時間を稼いでから嘘を付くことになっている。
そのような場合には、透明化したオレが転移して誤魔化すのだ。
消音魔法で嘘を聞こえないようにして、ほぼ同時に、同じ音声を音魔法で流す。
音魔法で作った音声が真偽判定に引っ掛からないことはアカシャに教えてもらった。
本当でも嘘でもないから大丈夫らしい。
とはいえ、口の動きと音のほんのわずかなズレなど、若干の違和感を感じる可能性もあるらしいので、できれば使いたくない。
村にいないメンバーを待つなどという状況にも対応できるようにしてあるが、特別うちの村が警戒されているわけでもないからか、これも今のところない。
アカシャのおかげで大体の状況には対応できる。
何より、事前に調査が来る日が分かっていることが大きい。
あまりにも何も起こらないことから、そろそろ調査も減っていきそうな情報も上がり始めてるし、やはり問題はないだろう。
朝食のパンを食べながらそんなことを考えていると、ジル兄ちゃんが我慢しきれないといった様子で笑って言った。
「早く行きてぇなぁ。腕がなるぜ」
狩りが大好きなジル兄ちゃんは楽しそうだ。
「気を付けて行ってきなさいよ。セイも、無茶しゃダメよ」
母ちゃんはあれ以来心配性だ。
というのも、全部が終わった後に父ちゃんやサムによってオレの戦いの様子がバラされてしまったからだ。
父ちゃんとサムが母ちゃんと婆ちゃんに逆らえなかったと言い換えてもいい…。
母ちゃんと婆ちゃんには、すごく怒られた上に泣かれた。
オレはひたすら謝り、2度とこんなことが起こらないように気を付けることを誓った。
「分かってるよ。確実に余裕を持って倒せる魔物しか相手にしないから、大丈夫」
そもそも、ボズの時はどうしようもなかっただけで、オレは好き好んで命を賭けるバトルマニアじゃない。
死んだら終わりなのだ。
オレも、みんなも。
だから慎重すぎるくらいで丁度いい。
「アカシャがいると、どこにどんな魔物がいるかも全部分かるんだぜ。探す手間もいらず、安全。すげーよな」
アル兄ちゃんが誇らしげに笑って言う。
アカシャが便利であればあるほど嫉妬される可能性があると思ってた昔のオレを殴りたい。
オレの家族は最高だ。
「だからって油断するなよ、アル。お前とジルは調子に乗るときがあるからな」
父ちゃんが歳の割にやんちゃな感じの顔をして、いじるように冗談混じりに注意する。
ジル兄ちゃんが、アル兄ちゃんのせいで巻き込まれたと言って膨れっ面をしたので、家族全員で笑った。
「こんにちはー!」
朝食後、出掛ける前にたわいもない話をして盛り上がっていると、いつものようにケイト姉ちゃんがやってきた。
もうこの娘は、1日1回はアル兄ちゃんに会わないと死んじゃう病に罹ってるんじゃないかって思ってしまうほどに、相変わらずアル兄ちゃんにゾッコンだ。
「もう結婚しちゃえよ、お前ら」
カールだ。今日は狩りに強制参加だから早めにオレ達と合流しようと思ったら、ケイト姉ちゃんに出くわしたってとこかな。
アカシャに確認したわけじゃないから、知らんけど。
「もう! カールったら!」
照れつつもしっかりアル兄ちゃんの反応を確認しながら、カールの背中をバシンと叩くケイト姉ちゃん。
少しは手加減してあげてくれ…。
カールは鍛冶に夢中で、兄ちゃん達と違ってあまり鍛えてないんだ。
カールは声にならない声を上げて身もだえている。
「成人したらな」
アル兄ちゃんは照れるでもなく、さらりとそう言った。
アル兄ちゃんは13歳。あと2年で成人だ。
ケイト姉ちゃんはアル兄ちゃんの1つ下の12歳。
ちなみにカールはアル兄ちゃんと同い年だ。
「そっ、そうよね! 成人したら! もう!! カールったら!!」
照れ隠しなのか、続けてカールの背中を叩き続けるケイト姉ちゃん。
頭の上の大きなリボンが嬉しいって主張してるように見える気がする。
「あらあら、まあまあ。今夜はお祝いね」
母ちゃんはマイペースで喜んでいる。婆ちゃんも、それにうむうむと頷いている。
誰もカールを助けてやろうとは思わないらしい。
『アカシャ、カールのダメージがマジで深刻なときは教えてくれ』
『かしこまりました』
いつもながら、余計なこと言ったなカール。
いざとなったら回復魔法でも回復薬でも使ってやるからな。
オレは心の中で手を合わせた。
ケイト姉ちゃんの興奮とカールのダメージが落ち着いた頃、再び爆弾が落とされた。
ケイト姉ちゃんが、ふと思い付いた疑問を口に出したのだ。
「そういえば、セイちゃんは大きくなったらアルかジルの畑を手伝うのよね? どっちを手伝うの?」
暗にアル兄ちゃんって言いなさいというプレッシャーを感じる。
だが、その話題はとてもデリケートなんだケイト姉ちゃん。
「おい、ケイト。いくらお前でも、これだけは譲れねぇぞ」
ジル兄ちゃんが、ピリッとした声を出す。
呼び方もケイト呼びに戻ってることからも、ジル兄ちゃんの本気の怒りが透けて見える。
兄ちゃん達の間でも間接的なアピールはしても、あくまでオレに選ばせるというところだけは守られてきた問題だ。
ケイトを家族と考えるにしても、土足で踏み荒らされたくないのだろう。
「ケイト、この問題には口を出さないでくれ。セイには余計なプレッシャーを与えずに自由に決めさせてやりたいんだ」
アル兄ちゃんも静かに言った。
オレは嫌な汗をかきはじめた。
そういえば、家族に学校行きたいって、まだ言ってねぇ…。
「なによ、私はふと疑問に思っただけじゃない…」
思わぬ大きな反発を食らって、ケイト姉ちゃんは小声になって口ごもった。
オレはなるべく平静を装って、ケイト姉ちゃんに乗っかることにした。
「いや、いいんだケイト姉ちゃん。オレも、いつか決めなきゃって思ってたことだからさ」
そう言うと、カール以外の強い視線がオレに向かってきた。
おおう…。
この話題、兄ちゃん達だけじゃなく父ちゃん達もメッチャ気にしてたのか。
まぁ、でも、いい機会だ。言ってしまおう。
「オレは、9歳になったら王都の学校に通おうと思ってる。だから、どっちの畑も手伝えない」
「「「「え゛っ!?」」」」
みんなの視線が痛い。
ちょっと話の展開的に無理がある気がするけど、今ごまかしてギリギリで言うよりマシだろ。
たぶん。
嫌な汗が止まらないが、もうなかったことにはできない。
なるようになるだろう。
『これは感情の問題ですね。私にはどうにもならないでしょう』
抑揚のないアカシャの非情な念話が聞こえた…