第49話 決着
「ありえねえ…。身体強化で魔力切れなんて起こるわけが…」
ボズが蒼白な顔をして呟く。
今までの横暴な感じの喋り方とは打って変わった小声だ。
「そう。普通なら起こらない。普通ならな」
オレの言葉にボズは目を見開いた。
普通ではなかったここ数日間を思い出したのだろうか。
盗賊団と戦うと決めた後、アカシャと作戦を練った。
まずアカシャからあらゆる情報を聞き、あらゆる想定でのアカシャの予測を聞いた。
その中で、ボズの感情を考慮するとアカシャの予測が外れそうなものを探した。
そして、寝込みを襲った場合の予測が、オレとアカシャで判断が別れた。
寝込みを不意打ちしたとき、ボズが死ぬ可能性が万に一つほどあるという。
オレは、ボズが万が一の死を恐れて寝込みを襲われるのを嫌がると考えた。
アカシャは、ボズが何度襲われても問題ないと判断すると考えた。
だから、オレの想像が当たっていたと仮定して、もしボズを一切寝させないようにできたとしたらどうなるか、アカシャに再予測してもらった。
その結果が、ボズの魔力切れを狙える可能性があるというものだった。
身体強化の魔法なしのボズなら確実に倒せる。
オレはその可能性に賭けた。
もし失敗したら、村人全員拉致してでも逃げるしかなかったな…。
最初の襲撃後にボズが寝なかったとき、最初の賭けには勝った。
でも、まだまだ魔力切れまでのハードルは高かった。
魔力切れを起こさせるには、ボズに常に身体強化をかけさせつつ、ほぼ寝させない必要があった。
それでやっと少しずつ魔力が減っていくのだ。
常にボズに襲撃を警戒させなければならなかった。
身体強化は非常に燃費のいい魔法で、ボズのレベルならば自然回復の影響でほとんど魔力が減ることはない。
ボズが残り魔力なんて気にしたことがないのも当然だ。
24時間身体強化を使い続けても魔力切れにならないのだから。
ボズと戦い始めるのが、早くなるのも遅くなるのもダメというのも厳しい条件だった。
早くなると、ボズの魔力が切れるまでオレが持たない。
遅くなれば、ボズに魔力切れを気付かれるからだ。
残り魔力が少なくなってくると、疲れを感じ始める。
残り魔力がほとんど無くなると、激しい疲労感を感じる。
ボズに魔力切れを気付かせないためには、魔力の減少による疲れを戦闘によるものと勘違いさせなければならなかった。
だから、できる限りボズが疲労を感じ始める直前に戦闘を始めたかった。
最高の状態よりは10分ほど早くなってしまったが、何とかなって良かった。
最低限ボズには激しい疲労を感じるほどにダメージを与える必要があったが、それには命をかけて戦わなければならなかった。
ダメージが通るのが衝撃魔法しかなかったからだ。
緩い戦い方をして、狙いに気付かれたら終わり。
撤退されて、体調を万全にしたボズが再度襲ってくれば勝ち目はほぼない。
ボズを騙しきるために、本気で倒すつもりでやった。
結果的にあと30発くらい殴れば倒せたのだから、頑張ったと思う。
危うく死にそうだったことも何度もあったけれど。
ダメージを十分に与えた時点で、オレ達の勝利条件はボズに不自然に感じさせない程度に時間を稼ぐことに変わった。
でも、1人では時間を稼ぐことも無理だったと思う。
結局は、心配してボズとの戦闘から遠ざけた村のみんなに助けられた形になった。
サムの加入によるサポート。
カールのミスリルの短剣のおかげで、ボズから攻めてくることが劇的に減ったこと。
父ちゃんが的確な判断で逃げてくれたこと。
どれもオレはおろかアカシャも想定していなかったことだが、どれが欠けてもボズに勝つのは厳しかった。
単なる作戦勝ちじゃない。
想定していた以上に強かったボズを、みんなの力で何とかここまで追い詰めた。
長かったボズとの戦いも、これで終わりだ。
オレはボズに向かって、右手を伸ばす。
手の平を向けられたボズはビクッとして、その場から逃げ出そうとした。
「"動くな"」
"限定"と"宣誓"で強化した拘束魔法をボズに使う。
身体強化を使えない今のボズであれば、魔力を十分に使えば拘束魔法で捕らえることができる。
切り札は最後まで完璧に役割を果たしてくれた。
アカシャはもちろん、神様にも感謝しないとな。
「た、助けてくれ! もうお前達の村は襲わねえ!!」
気をつけの姿勢に拘束されてピクリとも体を動かせなくなったボズが、焦った声で喚く。
命乞いかよ。
最悪だな。
「ダメだ」
冷たくいい放つ。
助けようと思えば助けられる多くの人を見殺しにしてきた。
こいつだけ助けるつもりは微塵もない。
拘束魔法で4つの魔法の枠が埋まった。
止めを刺すために、身体強化を解除する。
切り札の副作用の頭痛がヤバいようなので、痛覚遮断だけは切らせない。
「盗賊からも足を洗う! お、お前達の仲間になってやってもいい! 俺様は役に立つぞ!!」
ふざけたことを抜かしやがる。
生き残りたくて必死か。
切り札が、妖精ベイラの激しい怒りと思われる変化を捉えた。
ここに降りてくるみたいだ。
そりゃあ、あいつが一番怒るだろう。当然だ。
「セイ! このゴリラを助けたりしたら、一生許さないの!」
開口一番にベイラはオレに向かって叫んだ。
「て、てめぇは…!」
ボズがベイラを見て、つぶやきを漏らす。
土を盛り上げてた犯人が分かったか。
『ご主人様、そろそろ…』
アカシャも行動を促してきた。
「分かってる」
ベイラとアカシャ、両方に対して言った。
あんまりグズグズしてると、一瞬であろうとも再びボズが身体強化を使うだけの魔力が回復してしまう。
空間収納を発動。
拘束魔法を使った後もボズに向けたままにしていた右手で虹色の剣を握り、切っ先をボズに向ける。
空間収納を解除。
炎魔法を発動。
虹色の剣の切っ先に炎の玉が現れ、どんどん大きくなっていく。
雷纏で纏っている雷が炎にも移り、強化されていく。
同属性の方が増幅の倍率が高いけれど、ここでは炎魔法を使う。
虹色の剣は赤になったり紫になったりしていたが、やがて剣身の半分ずつに色分けされていった。
「止めろ…! 止めてくれ! 何でもする! 何でもするから助けてくれぇ!!」
ボズが汚いダミ声で叫ぶ。
「ダメだ。似たようなことを言った人にお前がどうしたか、オレは知ってる」
切り札を使っているオレは、こいつの過去全てを知ることができる。
到底許せない。
それに…。
「それに、お前はオレより強い。オレにも次はない。だからダメだ」
助けた後に心変わりされれば、今度こそボズを止める術はない。
確実に、ここで終わらせる。
「し、死にたくねぇ!! 止めろ! 死にたくねぇ!!」
ボロボロと涙を流すボズ。
ここまでなりふり構わずに命乞いをされると、さすがに心が痛むが、躊躇するわけにはいかない。
「盗賊を選んだのはお前だ。ボズ」
いかに苦しい幼少時代を送ったとしても、力を得たときに人を助けるような職業に就くこともできたはずだ。
ボズの力なら、間違いなく英雄になれただろうに。
恥も外聞もなく、自分が殺されそうになって初めて後悔の言葉を口にし始めるボズを見て悲しくなった。
雷を纏った炎はボズの大きな体以上に膨れ上がった。
父ちゃんとベイラは、近くにいるだけでも危険と判断して少し後ろの方から見守っている。
「"炎雷"」
"限定"と"宣誓"、さらに虹色の剣と雷纏で強化された炎が、ボズに解き放たれる。
「いやだああああっっっ。ぎゃああああっっ」
火の玉はボズに着弾した瞬間、上空に向かって大きな火柱を上げた。
バチバチと火柱の周りがプラズマ化して音を出す。
ありったけの魔力を込めた。
それでも、身体強化が消えても頑強が残っているボズは多少の時間は耐えた。
いや、耐えられてしまったと言うべきか。
オレは着弾してすぐに切り札を解除した。
ボズの情報が感情的に耐えがたかったからだ。
ボズは、強いがゆえに苦しんで死ぬ。
せめて苦しまずに倒してやりたかったが、今のオレの力では不可能だった。
『ご主人様。ボズの死亡を確認しました』
切り札を解除して情報が分からないオレに、アカシャがそう伝えてくれた。
火柱が消えた後には灰すら残っておらず、ガラス化した地面が妙な存在感を出していた。
全てを懸けてやっとの思いで掴んだ勝利に達成感はなく、安堵と虚しさだけが感じられた。
オレにもっと力があれば、盗賊団全員を殺さずに倒してガッツポーズなどをしていたのだろうか。
虹色の剣を地面に突き刺し、空を見上げて、盗賊団とのしんどい戦いを振り返った。




