第47話 父ちゃん
今回は一部に残酷な描写があります。
ご了承の上、お読みください。
な、なんだこれは…。
オレはセイ達を視界に収めると同時に絶句した。
オレ達はセイの加勢をするために必死に走った。
途中、サムが上げたと思われる狼煙が見え、サムがセイに合流出来たことが分かった。
しかし、狼煙が上がるところが見えたのではなく、ようやく狼煙が見える位置まで近付いたということにオレ達は焦った。
まだまだセイ達が戦っている場所までは遠いということも分かったからだ。
セイが使っていた雷の音や、地響きのような音が、戦闘がまだ続いていることを伝えて来ていた。
そして、やっとの思いでセイ達に追い付いた今、目に映る光景を見て言葉を失った。
地形が、変わってるじゃねぇか…。
あったはずの岩山がない。完全に崩れている。
地面はクレーターだらけだ。
クレーター以外にも、そこら中が抉れている。
どんな戦いをすればこんなことになるんだ。
そう思っていると、セイと対峙している筋骨隆々のゴリラのような大男がセイに殴りかかった。
セイは紫色の雷を残像のように残して消え、大男の背後に現れた。
大男の拳はセイに殴りかかった勢いのまま、まるで砂場を殴ったかのように岩だらけの地面を吹き飛ばしてクレーターを作る。
直後、大男は必死の形相で横に転がった。
直前まで大男がいた位置を、セイの持つナイフが貫く。
横に転がった大男が体勢を立て直す間も無いうちに、ギリギリ目で追えるかどうかという速さでサムが大男に駆け寄り、飛び込み蹴りを放った。
なすすべもなく蹴りを食らった大男は、派手に吹き飛び地面を転がりながらも、すぐに立ち上がった。
地面を転がっているとき、一瞬目が合った気がした。
「父ちゃん!! どうしたんだよ、急に止まって!」
アルの呼び掛けで、はっと気付く。
いつの間にか、立ち止まっていたらしい。
「やっとセイに追い付いたんだ! 早く行こう!」
ジルも声を掛けてきた。
他の付いてきてくれたヤツらも、どうしたのかとオレを見ている。
ここに来たのは、オレ達家族を含め9人。
みんな、たとえセイの肉壁にしかなれないとしても、それでもいいと来てくれたヤツらだ。
感謝しかねぇ。
オレも、セイの肉壁になって、それで村が守れりゃそれでいいと思ってた。
でも…。でも、だ。
今目の前に広がっている光景と、戦闘を直に見て、オレは大きな間違いを犯しちまったんじゃねぇかと思い始めちまった。
もしかすると、オレ達は肉壁にすらなれねぇんじゃねぇか…?
敵の攻撃を一瞬でも止めてこそ壁になれる。
大男のあの攻撃を、オレ達は一瞬でも止められるのか?
…。
「…っ。ダメだ…。すぐにここから離れる。オレ達じゃ、ただセイの足手まといになるだけだ…。すまねぇ。オレが甘かった」
どんなに考えてみても、セイを手伝える方法は考えつかなかった。
悔しさに唇を噛み締めてしまったせいで、血の味がする。
セイはずっと、直接的ではないものの、盗賊団のボスとの戦いからオレ達を遠ざけようとしてた。
それには気付いてた。
でも、まさか、身を呈したとしても全く役に立たないほど差があるとは思わなかった。
くそっ。
我が子が命をかけて戦っているのに、足手まといにしかならねぇのか、オレは…。
「嘘だろ、父ちゃん!? ここまで来て、何言ってんだ!!」
ジルが猛然と反発する。
当然だ。当然だろう。
オレだって、気持ちとしては…。
「ここまで来たからこそだ。力の差がありすぎた。オレ達じゃセイの身代わりにすらなれねぇ」
オレは身を切るような思いで説得を始めた。
口の中は、血の味がする。
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『ご主人様…』
サムがボズを蹴り飛ばしてできた一瞬の余裕の間に、アカシャが念話を送ってくる。
『ああ。父ちゃん達、間に合っちゃうんだろう?』
少し朦朧とした意識を気合いではっきりさせて、被せ気味に答えた。
サムが狼煙を上げたときから、これは予想できていたことだ。
そろそろかと思っていた。
『はい。このままですと、確実に。もう目視できる距離まで近付いております』
これは完全にオレのミスだ。
遠慮して、足手まといになるから絶対に来ないでくれと言えなかったオレが悪い。
みんなの安全を第一に考えるなら、言いづらいなんて感情は捨てて、はっきりと言うべきだったんだ。
もしくは、せめてもっと戦場を離せば良かった。
『できれば、上手いこと電磁加速砲を当てて間に合わない場所に戦場を変えたいけど、もう当たってくれないだろうな…』
さっきから何発か撃っているが、全部避けられている。
正面から受けることに失敗したことで、避けることにしたらしい。
『…! 今、ジード様が戦いを見たことで、力の差を感じ取って引き返すことを決めたようです』
「父ちゃん…!」
アカシャの念話に、思わず声が出た。
そして次の瞬間、切り札が捉えたボズの情報に戦慄した。
ボズが、オレが漏らした言葉に劇的な反応を示したからだ。
「くくっ。父ちゃんか! こりゃあいい!」
ボズの声が聞こえる。
猛烈に嫌な予感がした。
まさか、ボズのヤツ、もうみんなを見付けてるのか!?
「クソガキィ。オレ様に逆らったこと、死ぬほど後悔させてやるぜぇ!!」
ボズが突然、オレでもサムでもない方向に走り出す。
『アカシャ!!』
オレは、もうまともに目が見えてない。
『ジード様達の方へ向かっています!』
アカシャの焦った声が聞こえる。
「くそっ!!」
オレは悪態をついて雷動を発動する。
一瞬でボズの側面に移動したオレは、空間収納から虹色の剣と金属塊を取り出し、魔法を発動する。
「"電磁加速砲"!」
超速で雷を帯びた金属塊が射出されるが、ボズはそれを完全に見切っていた。
「それは何度も見たぜぇ」
射出の直前から不規則にジグザグ動き、オレに的を絞らせず、かつ射出の瞬間に軌道を完全に読んだのだろう。
ボズは完璧に避けて見せた。
ボズは止まらない。
まずい。まずい。まずい。
ボズが冷静に対処して隙を見せないならば、ボズを止めることはできない。
とはいえ、見過ごす訳にもいかない。
できる限り、止められる可能性の高い方法を使うしかない。
「みんな!! 逃げろおぉぉ!!」
声の限り叫んでみんなに危機を伝え、虹色の剣を地面に突き刺した。
紫電色に染まっていた虹色の剣が、艶のある茶色に変わる。
「"地割れ"!」
発動した土魔法の効果で、剣を突き刺した所からボズへ向かって地面が割けていく。
ボズを空中に放り出してしまいさえすれば、何とでもなる。
だが、ボズの元にたどり着いた時には幅10メートル以上にもなっていた地割れも、嘲笑うかのように避けられる。
「こういうのは、範囲に入らなければいいだけだ」
さっきまで散々煽ったお返しとばかりに、ボズが余裕の声で喋る。
さっきまで切れ散らかしてたくせに。
オレは再び雷動を使う。
リスクは高いが仕方がない。
最初のように、直接蹴り上げる!
「来ると思ってたぜぇ!!」
一瞬で正面に移動して蹴りを放ったオレだったが、完全に読まれていた。
ボズは獰猛な笑みを浮かべて、蹴りの軌道上に手を置いている。
掴まれる。
みんなが殺されるのもダメだが、オレが殺されても詰む。
全力で回避する方向に動き始めたとき、サムがボズに突っ込んで来た。
だが、ボズの筋肉の動きで、これも読まれていたことが分かった。
「ダメだ、サム!」
オレは叫んだが、サムはもう止まれないほどボズに接近していた。
「ぎゃはは!! お前も来ると思ってたぜぇ!」
ボズは左手でオレの足を、右手でサムの足を止め、掴んだ。
「終わりだぁ!!」
ボズは勝ち誇った笑みを浮かべて、オレ達を地面に叩きつけるべく両手を振り上げた。
「ああああっ!!」
サムが痛みに叫ぶ。
オレが風魔法で切り飛ばした足の痛みで。
ボズに掴まれるくらいなら、切り飛ばした方がまだマシだ。
緊急回避として用意していた風魔法で、掴まれたと同時にオレとサムの足を切り飛ばした。
ボズが切り離された足を振り上げて、驚愕に目を見開いて固まっているうちに、サムを抱えて離脱する。
極力サムが感電しないように気を使ったけど、切り札はサムがちょっと感電してしまったことを伝えて来た。
「サム、ごめん。こうするしかなかった。これを飲んでくれ」
ボズから距離を取ったオレは、空間収納から2本取り出した超級回復薬の1本をサムに飲ませ、自分も1本飲んだ。
部位欠損すら治す超級回復薬の効果で、切り飛ばした足が生え始める。
さすがに部位欠損となると一瞬で治るわけではないようで、今追撃されるとサムを抱えては雷動を使えないので非常にピンチだ。
しかし、ボズは追撃して来なかった。
「涼しい顔して自分の足を切り飛ばしやがった…。あり得ねぇ…」
呆然と手に持った足を見つめて呟くボズ。
切った自分の足を見るのは嫌なので、早く捨てて欲しい。
痛覚遮断の魔法を使ってて良かった。
いくら効率が良くても、迷いが生まれそうだからな。
オレと違って痛みを感じるサムには申し訳なかったけど。
「まぁいい。やはり、てめえを直接攻めるより、あそこにいたヤツらを狙った方が良さそうだからなぁ」
ボズは逃げた父ちゃん達を追っていくつもりらしい。
「逃げるのか? 今がオレを殺せる最後のチャンスだぞ」
本当に今追撃されるとまずいが、だからこそ煽っておく。
「挑発には乗らねぇ。せいぜいその足でゆっくり追って来るんだな。てめぇの父ちゃんを捕まえて待っててやるぜ」
そう言って、ボズは父ちゃん達を追って走っていった。
足の回復はもう少しかかる。
『アカシャ、間に合うか?』
『ギリギリですね。足は確実に間に合いますが』
オレ単独なら、やろうと思えば今すぐでも雷動でボズを追えるけど、足が治るまで待つことにした。
とてもまずいし、焦りはあるけれど、アカシャが絶対に間に合わないと言わないのならば、何とかしてみせる。
足は割とすぐに治ったが、ボズの足も速かった。
足が治ったとき、父ちゃんはすでにピンチで、オレはギリギリ間に合わなかったことを悟った。




