第46話 短剣の使い道
「うらぁっ!」
猛然と走ってきたボズが、その勢いのままタックルしてくる。
避けられるのは分かってるんだろうが、確かにこのスピードでのタックルならば、避けた直後にこちらから攻撃することは難しい。
つまり、ボズの狙いはおそらく…。
オレはタックルを避けるべく雷動を使う。
避けた直後に攻撃しない以上、雷動の方が確実だからな。
瞬時にボズの後ろに回るが、高速で突進してきたボズの背中は、攻撃する間も無いうちに遠ざかっていく。
黙って見送って仕切り直しもありだけど、ここはボズが止まって振り返る隙を狙って攻撃だ。
たぶん、ボズが避けられることが分かっているタックルをしてきたのは、この攻撃を誘い出すためだと思う。
それに、あえて乗る。
予想が間違っていても雷動で逃げられる状態だけは確保しておくけれど。
オレは右手に持ったカールから受け取ったミスリルの短剣を握りしめ、ボズの背を追って走り出した。
ボズがタックルからの急反転をすべく、地面を削りながら制動をかける。
オレの攻撃前にボズの攻撃が届くことは有り得ないが、それは折り込み済みなのだろう。
相討ち狙い。
ここまでボズの攻撃でヒヤリとする場面は何度もあったが、そのほぼ全てが相討ち狙いか、それに近い状況からのものだった。
おそらく、今回もそのつもりなのだ。
オレは短剣でボズに突きを入れるべく右手を引き絞る。
ミスリルの短剣が、振り向いたボズに見えるように。
制動をかけたボズが止まり、右手を振り上げながら急激に振り返った。
オレが攻撃を仕掛けてきたことが予定通りだったのか、ほんのわずかに薄ら笑いを浮かべていたボズの目が大きく見開かれる。
眼球に浮かぶ身体強化の魔法陣がくっきりと見えるほどだ。
ボズは急遽右手を振り上げるのを止め、足に力を入れる。
バックステップか。
ボズはオレが握るミスリルの短剣を見て、避けることを選択したようだ。
こちらの攻撃はギリギリ間に合わないな。
だが、当てるつもりでいく。
「食らいやがれ!!」
オレは走る勢いをそのままに軽くジャンプ。
引き絞った右手を突き出し、ボズの心臓目掛けてミスリルの短剣での突きを放った。
「う、うおぉぉ!」
この戦いが始まってから初めてボズの顔に焦りが浮かび、懸命な声をあげた。
バックステップ後、さらに体をくの字にして短剣をかわそうとするボズ。
オレは右腕が伸びきる瞬間に、用意しておいた魔法を発動させた。
「"インパクト"!」
短剣から衝撃魔法が放たれる。
短剣を避けきったものの、すぐ側にいるボズはかなりの衝撃を受けたはずだ。
まぁ、ゼロ距離じゃない衝撃魔法なんて、ボズにとってはそよ風も同然ではあるだろうけど。
とはいえ、全力で避けた直後だ。
もし当たっていたらどうなっていただろう、という思考は植え付けられたのではないだろうか。
少し安堵したかに見えるボズの表情は、おそらく演技ではないだろう。
そう思った時、ボズのその表情が歪んだ。
物理的に。
隙を窺っていたサムが、再びボズの顔面に横からの超速の蹴りを入れたからだ。
派手に吹っ飛んで、地面を削りながら転がっていくボズ。
ダメージ無しというのが信じられないような絵面だな。
「ナイス、サム!」
完璧に作戦通りだ。オレはサムに称賛の声を上げた。
「こんな感じでいいんだよね?」
サムが柔らかい笑みを浮かべる。
「うん。完璧だよ! しばらくこの形で攻め立てる。無理はしないで、絶対にアイツの攻撃を食らうことがないような隙だけ狙ってくれ」
ボズは短剣を避けた。
それはさっきまでのボズの隙を待つ状況から、オレの攻撃でボズの隙を作り出せる状況になったということだ。
こちらから攻めるということをサムに伝える。
「分かった。やってみせるよ」
頼もしい返事だ。
オレは笑みを浮かべてサムに頷き、吹っ飛んでいったボズを追って走り出した。
『お見事です。ご主人様の思惑どおりになりましたね』
ボズの元に走り出したタイミングで、アカシャが念話をしてきた。
心なしか嬉しそうな声だ。
『この短剣でダメージが入らないってこと、ボズは知らないからな』
ボズは、衝撃魔法を使ったパンチのことを『変なパンチ』と言った。
単純にパンチで自分にダメージを与えられるのが変と感じた可能性もあるけれど。
でも、おそらく真相はボズのスキルである危険察知によるものだろう。
ボズの危険察知は恐ろしく優秀だ。
睡眠中に不意打ちで雷魔法を撃たれても、ほぼ100%間に合うほど危険の先読みに長けている。
しかし衝撃魔法を使ったパンチは、ボズにダメージを与えたにもかかわらず、ボズに当たる瞬間まで危険察知が反応しなかった。
これは切り札での情報で確認したから間違いない。
衝撃魔法は特殊で、距離によって危険度が全く違い、ゼロ距離で初めて危険になるから、そうなったのだ。
そのカラクリを知らないボズだからこそ、(なぜか事前に危険察知に引っ掛からないのに自分にダメージを与えられる)『変なパンチ』となったのではないだろうか。
もしそうだとすると、オレが短剣で攻撃した時にどうなるか?
ボズは危険察知に引っ掛からないからといって、短剣を受けようと思うだろうか。
たぶん、『変なパンチ』と同じような効果だったらマズイという思考になるんじゃないか。
カールから短剣を受け取ったとき、ふいにそう思い付いた。
結果は予想どおり。
ボズは避けなくていい短剣を避けた。
おそらく、この後も避け続けるだろう。
本当に短剣が当たって、種が割れるまで。
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「はぁ。はぁ。はぁ。いい加減、死ねぇ!」
ボズが攻撃を仕掛けてくる。
もはや、雷動以外では避けられない。
リスクはあるが、ボズにもついに疲れが見え始めている。
オレは素直に攻撃の瞬間を狙ってボズの後ろに移動し、ボズの背中に向かって短剣を付き出した。
ボズも、もはやなりふり構わずオレに殴りかかった勢いのまま前に転がって、短剣を避けた。
「はぁ。はぁ。死んでたまるかよ…」
オレももう限界が近い。
またもや流れ出てきた鼻血を拭う。
体は全く思い通りに動かないし、仕方ないとはいえサムまで拡げた切り札の反動がヤバすぎて、目も霞んで見えなくなってきた。
その切り札のおかげで、目が見えなくても何とでもなるのは皮肉だけど…。
ある程度余裕があるのは、魔力くらいだ。
あの後、ボズにはすぐに追い付いた。
予想どおり、ボズはこちらからの短剣での攻撃は徹底的に避けた。
何度か腕などで受けようとする素振りを見せたが、それはこちらが嫌い、短剣は一撃必殺の武器として見せ続け、短剣をフェイントにして何発も衝撃魔法でのパンチを入れた。
ただ、簡単にはいかなかった。
体が思うように動かなくなってきているせいで危うく攻撃をもらいそうになったことも何度かあり、サムやベイラに助けられた。
サムとの連携が完璧にはできず、それでピンチになってしまったことが一度あり、仕方なく切り札の範囲をサムまで拡げて連携をほぼ完璧にした。
あと少し、あと少しなのに、終わりが遠すぎる。
ボズも似たようなことを思っているかもしれないけれど。
だが、お互い限界だ。
遠すぎた終局も、もう近い。




