第43話 サム
僕はずっと、あの日の贖罪と、そして恩返しがしたいと思ってきた。
4歳のとき、僕は森で迷子になった。
鬼ごっこの最中に、入ってはいけないと口を酸っぱくして言われていた森の中に逃げ込んだからだ。
しかも、ケイトまで巻き込んで。
僕とケイトは、身を隠せそうな大きな木の下で、震えながらじっと助けを待った。
あの時の恐怖は今でもよく覚えている。
その後にゴブリンの姿を見てしまったときよりも怖かったように思う。
この前ケイトと話をしたら、ケイトも同じだったらしい。
不安だったんだ。どうなってしまうか分からなかったから。
その僕達を助けに来てくれたのが、アルとジルの兄弟。
そして追ってきたゴブリンを倒してくれたのが、2人の父親のジードさんだった。
3人が来てくれなければ、僕達はきっと死んでいた。
アルとジルも、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。
それでも助けに来てくれた彼らには感謝しても感謝しきれない。
そんな大恩ある彼らに、僕は今までは言葉でしか謝罪と感謝を現せなかった。
やってしまったことは、どんなに後悔してもなかったことにはならない。
せめて少しでも彼らの、村の役に立てるように。
いつか、何かの形で贖罪と恩返しができるように。
あの日以来、僕はずっと自分を磨いてきた。
幸いなことに僕は神様に愛されていて、足が速くなるスキルを持っていた。
努力を重ねることで上手く使いこなせるようになり、7歳の頃にはもう村に僕より速く走れる人はいなくなった。
最近では村の伝令役の見習いをやらせてもらえるようになり、多少村の役に立てるようになってきた。
そんなときだ。
村の広場で村長が、数日後に盗賊団が襲ってくるので、村をあげて戦うと発表したのは。
なぜそんなことが分かるんだと疑う人もいたが、大半の村人がすぐに信じた。
この情報をもたらしたのがジードさんだと聞いたからだ。
この村で最も強く、狩りのまとめ役をやっているジードさんへの信頼は厚い。
農民としてもとても優秀で、ジードさんの畑は毎年豊作だ。
アドバイスを求める者にも快く応じ、そのほとんどが豊作になっている。
ジードさんの言うことならば無条件に信じられるという村人はとても多いんだ。
もちろん、僕もそんな1人。
どうやったら、盗賊団との戦いで役に立てるだろうかと考えていた。
そしてその日、村長の発表の後にジードさん一家が村のみんなに教えてくれた身体強化の魔法は、特に僕にとって劇的だった。
「は、はやっ」
盗賊が何かを口走ったとき、僕の蹴りはすでにそいつの首に入る直前だった。
「ぐげっ」
完璧に蹴りが決まると、盗賊は蛙が鳴いたような声を上げて崩れ落ちる。
ピクリとも動かない。
気絶したか、死んだのだろう。
すぐに周りを見渡して、確認をする。
これで、ここにいる盗賊は全滅のようだ。
村の人間の被害はゼロ。
戦いながら見ていたけれど、ジードさんはもちろん、アルもジルもすごく強かった。
アルとジルも、あの日を境に物凄く鍛えていたと聞いていたけれど、想像以上だ。
自分達の近くにいた盗賊を一蹴し、すぐに他の人のサポートをしていた。
良かった。彼らが無事で。
僕は、少しは彼らの役に立てただろうか?
「生きてる盗賊は全員縛り上げた。数人ここに残して、あとはセイを追う。まだ戦ってるみてぇだからな」
ジードさんが指示を出す。
かなり遠くからのようだけど、戦闘音らしき地響きが聞こえている。
こんな音…。いったいどんな戦いが行われているのだろう。
「セイは向こうの方に行った。だが、向こうに行くにはこの落とし穴から出なきゃいけねぇ」
ジードさんが、セイが向かった方向を指で指し示しつつ、悔しそうに話した。
アルも同じように、悔しさに顔を歪ませて言う。
「でも、落とし穴から出るための坂は向こうとは逆方向だ…」
セイが行った方向には、高い壁がある。
落とし穴を使った時にできた壁だ。
この壁のせいで、逆方向にある坂を登って落とし穴を出なければセイを追うことができない。
でも僕ならば、壁を登ることができる。
「僕が先に行きます。 見つけたら狼煙を上げますので、追ってくるときの目印にしてください」
ジードさん達を見て、力強くそう宣言した。
「そうか! サムなら、俺達よりずっと速くセイのところに辿り着ける!」
ジルが感嘆の声をあげた。
セイのことが心配でしょうがないのだろう。
少しでも早く応援しに行きたいという気持ちが伝わってくる。
「すまねえ。頼んだ。俺達も出来るだけ早く追っていくから」
「任せてください。こんなときのために、僕はずっと鍛えてきたのですから」
ジードさんの言葉に、僕は笑って頷く。
僕の身体強化の魔法は特別だ。
魔法自体は一緒なのに、異常なほど強化される。
たぶん、スキルのせいだと思う。
足回りだけが異常に強化されるから。
強化されすぎて、最初はまともに歩いたり走ったりすることすらできなかった。
覚えてから今日までの数日で死ぬほど頑張って、なんとかまともに使えるようになったのだ。
壁を見上げて、身体強化の魔法陣を頭に思い浮かべる。
「ん? まさかサム、この壁登る気なのか!?」
直前まで僕も坂から落とし穴を抜けると勘違いしていたらしいアルが、驚きの声をあげる。
「うん。今の僕なら、こっちから向かった方が早い」
再び身体強化を使った僕は、助走を付けてセイくんが作った落とし穴の壁を駆け登った。
直角に近いような壁でも、今の僕ならよほどの高さがない限りは無理矢理登れる。
セイくんの力は凄まじい。どれだけ深く掘ったのだろう。
大人10人分くらいの高さがありそうだ。
あの雷を纏った姿も、まさに雷のような速さだった。
かなりの高さの壁を登りきったとき、また遠くの方から地響きのような音がきこえてきた。
あちらの方向か。
無事でいてくれ、セイ。
どれだけ役に立てるかは分からないけど、すぐに追い付くから。
あの日アルやジルがしてくれたように、きっと君を助けてみせる。




