第42話 妖精ベイラ
「な、何とか上手くいったの!」
セイの作戦を上手くこなせたことに安堵の息を吐く。
いや、安心ちてる場合じゃないの。
いつでもすぐに次の魔法が撃てるようにちておかないと。
あたちは頭の中に土魔法の魔法陣を思い浮かべ、魔力を込めて発動待機状態にしておく。
実は、あたちはセイから盗賊団を倒すために協力してくれって言われたとき、最初は無理って言ったの。
だって、あたちの力じゃ、どう頑張ってもあのクソゴリラに傷1つ負わせることができないから。
それに、あたちの心は完全に折れていたから…。
でも、セイはあたちに言った。
復讐したくないのかって。
あたちは泣き叫びながら、出来るものならしたい、でも出来ないものはどうしようもないとわめき散らした。
セイは言った。出来ると。
自分だけじゃできないけど、あたちのサポートがあれば絶対にできるって。自信満々に。
今考えれば、あれはきっと強がりだったの。
でも、あたちの心は動かされた。
そして、次のセイの言葉と行動で、あたちは希望を見た。
ていうか、あれはずるいの。
「協力してくれるなら、村の生き残りを全員助けることを約束するよ」
最初、何を言っているんだろうと思ったあたちは、数分後には号泣していた。
クソ盗賊共に売られたはずの、あたちがお世話になった村の女の子と再会できたから。
証拠を見せると言ったセイが、どこからともなく出した複雑な魔法陣の刻まれた板を使って連れてきたの。
なぜ、どうして、色々疑問はあったけど、そんなことはどうでもよかった。
再会を喜ぶあたち達に、ううん、あたちにセイは言った。
「申し訳ないけど今は時間も魔力も惜しいから、残りの人達は盗賊団を倒したら助けるよ。協力、してくれるかい?」
可愛い顔で笑う黒髪で茶色い目をしたセイは、えげつない悪魔のような子供で、あたちにとっての天使だった。
今セイは、あのクソゴリラを圧倒してる。
でも、一発でも直撃したら終わりだって言ってたの。
あたちに与えられた役割は、セイが避けきれないと思ったら、土魔法でゴリラの足場を隆起させること。
セイの作戦どおり、これならあたちでもゴリラの攻撃の軌道を変えるくらいはできる。
絶対にセイに攻撃は当てさせないの。
待ってて村のみんな。
今度こそ、今度こそ助けるから。
----------------------------------------------------------------------
ベイラのサポートについて気付いたことがある。
今回は上手くいったが、状況によってはむしろピンチになる可能性もあるということ。
例えば、避けたはずの攻撃の軌道がベイラの魔法で変わり直撃するなどだ。
ベイラも最善を尽くしてくれているだろうけど、ボズとの高速戦闘の中でタイミングを見誤ってしまうことは十分考えられる。
それに上手くいった今も、もう少し早めにベイラが魔法を使うことを知っていれば、余裕を持って避けることが出来ただろう。
つまり…。
『アカシャ。ベイラの情報もよこせ』
『…かしこまりました』
アカシャは一瞬ためらうように押し黙ったが、すぐに了承してくれた。
危険だと言いたかったんだろうが、それ以上に必要なことだと判断したんだろう。
ベイラの状況が入ってくる。
頭がビキッとしたが、痛覚遮断で痛みはない。
すでに次の魔法陣に魔力を込め終わって発動待機状態か。
視界もオレとボズの一挙手一投足を見逃さないよう、しっかり確保されている。
頼もしいね。
『アカシャ、脳の負担は心配するな。今はコイツを倒すのに全てをかける』
『はい…』
大丈夫。この戦いが終わるまでは持つ。
アカシャも分かっているはずだ。
だから心配なんだろうけどさ…。
「くそがっ! どこにもいやがらねぇ! 襲撃のときと同じだ! 俺様を虚仮にしやがってぇぇぇ」
オレの仲間を探すため周りを見回していたボズが、額に青筋を立ててゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
怒りを地面にぶつけているせいで、一歩一歩踏みしめるたびに石が砕け地面が割れる。
転移で本当にいなくなった襲撃のときと同じではなく、ベイラはボズの真上から少し後方の上空に浮いているが、ボズは気付かなかったようだな。
オレは垂れてきた鼻血を手でぬぐって、左手と左足を前に出して半身に構える。
さっきみたいに硬直時間狙われると嫌だから、こちらからは手を出しにくい。
安全に攻撃できる隙を作ってからだ。
「まずは、てめぇを殺す。仲間がどこにいるか知らねぇが、さっきのような助かり方ができると思うなよ」
ボズはそう宣言して走り出す。
今までと違って真っ直ぐオレに向かって来ず、ジグザグに走りながら向かって来る。
なるほど。オレにもベイラにも的を絞らせないつもりか。
距離を詰めてきたボズは、毛深くオレの胴ほども太い右腕を握って振り上げる。
降り下ろしなら、確かに足元を隆起させても効果が出づらいか。
しかもこれは筋肉の動き的に…。
ボズは右腕を振り下ろすと見せかけて、急に右斜め前にステップした。
フェイントだ。
オレは左を前に半身になっているので、ボズが移動した側には対応しづらい。
だが、筋肉の動きで事前にこうなることが分かっていたオレは、ボズのステップと同時に、左足を軸に右足を前に出し、左向きに回転していた。
先ほどボズがいた位置に近い。この時点でほぼボズの攻撃は避けたようなものだ。
ボズが驚きに目を見開きながら、直後、関係ないとばかりに歯を食いしばって右手を振り下ろす。
20センチ後ろにステップしボズの攻撃を避けきったオレは、同時に右足を踏み出し、ボズの左脇腹に右フックを入れた。
「"インパクト"!!」
ボズの右手が地面を叩き付けた大きな音のすぐ後、オレの衝撃魔法の打撃音が小さく鈍く響く。
「ぐっ!」
ボズは声を漏らしつつ、できる限り早く左手でオレを掴まえようとしてきたが、そうはいかない。
オレは雷動で後ろに下がった。
さっきと違って、確実に攻撃後も余裕を持って避けられるタイミングでの攻撃だ。
基本的にカウンターで1発ずつ確実に入れていこう。
手数は減るけれど、絶対に攻撃を受けるわけにはいかないから仕方がない。
「いらつくぜ…。変な攻撃に、変な動き。だが、いつまで持つかな? オレはまだ全然ダメージ受けちゃいねぇぞ。ぎゃはははは」
ブチキレながらも余裕ってなんだよ。
オレの方がいらついてきそうだ。
「今は、まだ大したダメージじゃないだけだろ? いつまで余裕でいられるかな?」
ボズにそう返し、不敵に笑って見せる。
こっちは余裕なんてない、強がりでしかないけどね。
あと、141発…。
予定通り倒すつもりでやってやる。
オレがセイに生まれて最も練習してきたことは、実は魔法でも、魔力の増加でも、知識の詰め込みでもない。
体の動かし方だ。
アカシャの、特に切り札の能力を最大限活かすため、正確に体を動かす練習に時間を費やした。
30センチ右に動くのが最適解だと知っていても、正確にそう動くことは非常に難しかった。
体の成長に合わせても調整しないといけないせいで、果てしない時間を費やしているけれど、体の動きはミリ単位で正確に動かせると言っても過言ではないくらいには自信がある。
そのおかげで、オレより多少早く動けるボズにすら完璧にカウンターを取ることができた。
今までは…。
「はぁ。はぁ。はぁっ」
くそっ。くそっ。くそぉっ。
ずれてきている。
最適解から。
疲れで体が正確に動かせなくなっている。
疲れに合わせた最適解を出しているから何とか凌いでいるけれど、このままいくと雷動以外で避けるのは厳しくなってしまう。
雷動だけで避けると、上手く雷動後に攻撃を合わせられると不味い。
あと55発。
幻影で騙し、閃光で目を眩ませ、摩擦をなくし、思い付く限りの小細工を使った。
ベイラの助けもあって、ギリギリの死線を潜り抜けてここまで来たのに…。
「ぎゃはははは!! いい加減、動きが悪くなってきたなぁクソガキぃ!!」
ボズが凶悪すぎる満面の笑みを浮かべて殴りかかってくる。
大きな誤算だった。
ここまでボズとオレの体力の減りが違うとは。
ある程度食らっても問題にならないボズと、一発でも直撃したら終わりのオレの感情の差なのか、シミュレーションよりもオレの疲れが早い。
何とかボズの攻撃を避けるも、こちらから反撃する余裕がない。
畳み掛けるように、すぐにボズは追撃して来る。
「おらぁぁ!!」
ボズが右腕を振り上げると同時に、ベイラが魔法を発動した。
せっかくのサポートではあるが、これは…。
「なぁんてなぁ! ぎゃはは!! 」
フェイントだ。
ボズはせりあがる足元の地面をひょいと避け、さらに一歩オレに近付いてから右腕を振り下ろした。
これは読んでいたし、動きが遅くなっていることを考慮に入れても反撃する余裕もある。
ボズだって、オレほどでなくても疲れているし、ダメージだってすでにかなり入って動きが遅くなっている。
50センチ左に避け、左フックをボズの右脇腹に入れようとした瞬間に気づいた。
避ける距離が足りていない。
疲れを考慮に入れていたはずなのに、さらにずれている。
避けながら情報を確認するべきだった。
だが、幸いボズの攻撃はギリギリ当たるという程度だ。
右腕を犠牲にしてやりすごし、すぐに雷動で距離を取って回転魔法を使えばリカバリーできる。
そう思ったとき、ボズがさらに嫌な笑いを浮かべ、脳から信号を出し、指の筋肉が動いた。
殴りを、無理矢理掴みに変えやがった。
しかも、最悪なことにその行為は間に合うことを切り札が伝えてくる。
掴まれたら終わる。
ベイラは魔法発動直後で次の魔法は間に合わない。
オレの魔法も雷動も間に合わない。
掴まれた直後に腕を切り落とせば何とかなるか?
切り落とす道具がない。
風魔法で切り飛ばすのが最速か。
即座に風魔法を発動する準備を始める。
だがこれもボズ次第だ。
ボズが掴んだ後、油断せず最速でオレに攻撃を与えるならば間に合わない。
かなり詰みに近いが、出来うる限りのことだけはやるしかない。
ちくしょう。
あとちょっとだったのに。
こんなことなら、雷動で逃げ回って時間稼いだ方がマシだったか…。
ボズの指が触れる直前、ヤツの笑みが勝ち誇ったものに変わった。
頼む油断してくれ。
そう祈ったと同時、ボズの笑みがブレた。
『セイ様、風魔法の解除を! 彼が間に合いました!』
アカシャの歓喜の色が伝わってくる念話。
スローモーションの中、誰かに蹴られて顔が変形したボズが真横に吹っ飛んでいった。
凄まじいスピードでの蹴り。
おそらくアカシャですら予測しきれないほど、際どいタイミングだったのだろう。
「危ないところだったね。何とか間に合って良かった」
柔らかく中性的な声。というよりも、柔らかい子供の声か。
助けてくれた声の主を見上げる。
会うのは久しぶりだけど、見違えた。
あの時べそをかいていた子供の面影はもうない。
どれだけの努力をしたら、短期間でここまで身体強化とスキルを適合できるんだ…。
助かったことよりも、彼のここまでの過程を思うと目が潤んだ。
「せ、成長しすぎだろ! サム!!」
「それはこっちのセリフだよ。セイ」
サムのくすんだ金髪は太陽の光を浴びて輝き、茶色の目は優しくオレに微笑みかけた。