第41話 浪漫魔法
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岩山地帯に風が吹いた。
軽症とはいえ、たくさん負った傷がしみる。
うーん、やっぱりそうか。これは無理だな。
痛みに耐える練習、やっておくべきだったかも…。
オレは仕方なく痛覚遮断の魔法を使うことにした。
「おらぁっ!」
ボズが右手で殴りかかってくる。
体格差がありすぎて地面を殴りに来ているかのようだ。
攻撃到達まで0.3秒。
筋肉の動きからの軌道予測。
切り札のおかげで全てが見えている。
雷動を使ってない通常状態であればボズの方が速いが、最小限の動きでかわせば何とか避けられる。
オレは右斜め前方に40センチだけステップしつつ、右手を腰だめに、左手を軽く前に突き出して半身に構えた。
殴り返すための構えでもあるが、"限定"でもある。
ちなみに、ボズとの本格戦闘が始まる前に、虹色の剣は空間収納にしまった。
重い剣を持ってるとバランスが崩れ、長時間ボズの攻撃を避け続けることは不可能だからだ。
ほんの一瞬の動きの鈍りが死を招く。
今はそういう戦いだ。
ボズの右拳が空振りし、オレの左斜め後ろの地面を殴り付ける。
ボズの凄まじい力で殴られた石だらけの地面にはクレーターが作られ、砕かれた石の破片が飛び散る。
破片がオレの左のふくらはぎを軽く切り裂いた。
なるほど。痛覚遮断中にダメージを負うと、感触は残るが痛みはないのか。
ボズの攻撃の軌道が分かった時点でここまでは予測されていたが、それでもこの位置に移動したのには理由がある。
次のボズの攻撃までに、一発入れる時間が作れる位置だからだ。
クレーターができたことで足場が消えているが、それも元々分かっていた。
足の下には透明な足場がすでに出来ている。
身体強化、思考強化、痛覚遮断に続く、同時に使える限界である4つ目の魔法だ。
3つは現在常時使っているので、フリーになっている枠は1つしかない。
できれば、できることの幅を増やすため痛覚遮断は使いたくなかった。
でも、もし大ダメージを負ったときに、痛みで動けなくなったせいで殺されるってのは嫌だからな。
痛みに耐える練習はしてない。
練習してないものはできない。そう考えておくべきだ。
拳を振り切って硬直しているボズへ、腰だめに構えた右手でボディアッパーを放つ。
拳がボズのみぞおちに当たる瞬間、"宣誓"する。
「"インパクト"!!」
「ぐっ…」
低くて野太いダミ声で、少しばかりの苦悶の声を洩らすボズ。
対象に近ければ近いほど威力が強まる衝撃魔法だ。
まさか浪漫魔法だと思ってたこれをメインに戦う日がくるなんてな。
上方向への攻撃を放ったにも関わらず、ボズの体は僅かにも浮かない。
衝撃は余すところなく全てボズに向かい、他に一切エネルギーが使われなかったからだ。
オレの使える魔法の中で唯一、魔力が切れる前にボズを倒しきれる魔法。
ゼロ距離でしか使えない魔法を、よりによってコイツに使うなんて狂気の沙汰だが仕方がない。
今9発入れた。あと143回ぶち込めば勝てる…。
「また変なパンチをっ!」
オレに覆い被さるような体勢になっているボズが怒りの声を上げながら掴まえに来る。
今度は普通に避けるのは間に合わない。
雷動。
一瞬のうちにボズの背後に移動。
轟く雷音が聞こえると同時に右のショートフックをボズの右脇腹に放つ。
「"インパクト"!」
オレが衝撃魔法を放ったと同時にボズの神経系から信号が流れ、気付く。
しまった!!
「ぐっ…。おらぁぁっ!」
ショートフックでの衝撃魔法がボズに当たった瞬間、ボズが攻撃に耐えながら後ろに向けて拳を振り回してきた。
読まれていた。
似たようなパターンで数回攻撃したことで、おそらくボズはオレが雷動で移動した瞬間から後ろに攻撃することを決めていたのだろう。
攻撃の硬直時間を上手く狙われた。
避けるのが間に合わない。切り札を使っているからこそ分かってしまう。
雷動は知覚できるいついかなる瞬間でも自由に使えるわけではない。
移動を超強化する効果であるため、移動し始めることさえできれば間に合うのだが、攻撃直後で足が止まってしまっている。
知覚強化の超スローモーションの世界で、分かっているのに足が動かない。
転移などの魔法も間に合わない。
どうする?
いや、分かっている…。
切り札から入ってくる情報で、どうしようもないことが分かっている。
『セイ様っ!!』
アカシャが切り札の範囲外の情報を送ってきた。
なるほど、それならっ!!
出来うる限りスウェーバックする。
足は動かなくとも、上体を反らすだけなら何とかなる。
同時にボズの足元の地面がせり上がり始めたのを切り札の情報でも確認した。
アカシャの情報通り、ボズの拳はオレの額をほんのわずかに掠めて空ぶった。
九死に一生を得たオレは動くようになった足で雷動を使い、一度ボズから距離をとった。
『サンキュー、アカシャ! 助かった!』
『いえ、何とか間に合って良かったです』
ほっとしたのが明らかに分かるアカシャの念話が聞こえてきた。
今のはマジでヤバかった。
空中でドヤ顔をかましているかもしれない妖精にも心の中で感謝を伝える。
サムズアップしたいところだけど、まだボズにバレたくないしね。
額がパックリ割れてしまって血が垂れてきて気になるな。
目に血が入ると嫌だし、体中の傷と一緒に回復魔法を使って治しておく。
切り札を使っていれば目は見えても見えなくてもあまり変わらないけどな。
さらに汚れを落とす魔法で垂れた血も消した。
距離をとったとはいえ、やけにボズの追撃が遅い。
未ださっきの場所で、せり上がった足元の地面を見て震えている。
感情は、身体的数値を見る限り、怒りだろうな。
そう思っていると、ボズは凄い形相でこちらを睨んで咆えた。
「ふざけやがってクソガキが!! 今のは絶対に当たるはずだったはずだ!」
「はっ。絶対に当たるなら、オレは死んでるはずだろ? クソゴリラ」
何となく嫌な予感がするけど、とりあえず煽っておこう。
「うるせぇ! コレは絶対におかしいだろう! どこかに仲間がいやがるな!!」
ボズは片足を上げ、足元の数十センチせり上がった地面を踏み砕いた。
「好きに考えなよ」
オレはそう言って笑った。
一応、オレが超高速で魔法を使った可能性も残る言い方にしておこう。
はぁ。でも、もうバレちゃったのか。
ボズはすぐ怒って冷静さを失うのに、意外にも頭が回る。
できれば、もっとバカであって欲しかった。
真実はボズの言うとおりだ。
空中にいる妖精ベイラが、発動待機していた土魔法で危ないところを助けてくれた。
上手くいくとは限らない作戦だったけど、何とか作戦通りになって良かった。
ギリギリもいいとこだが、まだまだ戦える。
衝撃魔法あと142発は、はっきり言って絶望的だけどな。