第39話 雷纏
怖い。
集中しろ。
大丈夫だ。90%は成功するんだ。
きっとできる。
集中しろ。
もし10%を引いたら死ぬ。
集中しろ。集中しろ。
思考強化のおかげで、まるで時間を引き延ばしたかのように一瞬のうちに色々なことが考えられる。
地面が消えて宙に投げ出されたボズ達が、未だ落下を始めたかどうかというぐらい思考時間に猶予がある。
だが、どんなに思考時間に余裕があっても、オレの動きまでが身体強化の限界を越えて速くなるわけではない。
むしろ、時間が引き伸ばされたように感じる分、体感的にはものすごく遅くなっている。
動き出さなくては。
ボズが空中にいるうちに、雷纏をかけなければ。
分かっている。解っているんだ。
でも、オレはビビってしまっていた。
思えば前世でも今世でも、失敗したら死ぬという状況になったことはこれが初めてだった。
甘く見ていた。
数字上の成功率なんて、死の恐怖の前では気休めにもならなかった。
今なら、ボズが1%もない死の危険を恐れて眠らなかった理由がよく解る。
自分ははっきりと数字上で理解してるから思い切ってやれるだろうなんて、考えが浅すぎた。
なんとしてでも纏の成功率は100%にしておくべきだった。
くそっ。
集中しろ。集中しろ。集中しろ。
考えれば考えるほど、雑念が増えていく。
スローモーションの世界の中で、ボズ達の落下が始まった。
自分のこめかみの辺りから、たらりと汗が垂れていきそうなのが分かる。
切り札を使ってるだけに分かってしまう。
オレの心理状態は身体的な数値で分かるほど最悪だ。
ヤバい。終わる。このままじゃ全てが台無しになる。
『セイ様!! 村を、家族を守るのでしょう!!』
突然、思考強化を使っていなければ絶対に聞き取れないほどの凄まじい早口で、アカシャが叫んだ。
その今までにない声を聞いた瞬間、父ちゃんの顔が、母ちゃん、婆ちゃん、アル兄ちゃん、ジル兄ちゃん、カール、ケイト姉ちゃん、そしてアカシャの顔が頭に浮かんだ。
「お、おおおおおおおおおおっっっ!!!」
オレは前世も含め一度もしたことがないような雄叫びを上げる。
スポーツをやっている人が、声を上げているのをテレビ中継などで観たことがある。
当時は特に意識もせずに観ていたけど、今ならあの声の意味が分かる気がする。
きっとあれは、自分への気付けなのだ。
少なくとも今オレは、思いっきり声を上げたことでふっ切れた。
自分で自分を奮い立たせ、胸から熱いものが込み上げてくるのが分かる。
こんなのは強がりだ。虚勢を張っているにすぎない。
でも、それでいい。
オレはもう動き出せる。
『身体的数値が戻りました。いえ、最高の状態に近づいています』
『ああ! ありがとう、アカシャ!』
アカシャのおかげだ。感謝しても感謝しきれない。
行動で、成功をもって報いてやりたい。
目を瞑って、右手に持った虹色の剣を目の前に掲げるようにして胸に手を当てる。
魔力を変質することで自らの魔法抵抗をあえて減らして、さらに魔法の効果を書き換えることで、自分の魔法を衣服のように纏うのが"纏"だ。
切り札を使っている今なら、どれぐらい抵抗を減らせばいいかも、どのように効果を書き換えればいいかも、アカシャを通じてではなく直接分かる。
あとは、その通りになるようイメージし、コントロールするだけだ。
イメージしろ。雷を纏う自分を。雷纏に成功した自分を。
過去に雷纏を成功した人の映像を、何度も何度もアカシャに見せてもらっている。
イメージは十分だ。きっとできる。
そう思ったとき、脳内に雷纏が成功する瞬間の映像が流れてきた。
さすがアカシャ。最高のアシストだ。
完璧にイメージ出来た瞬間、目を見開き、全力で魔力を込めた雷魔法を発動した。
「"雷纏"!!!」
"限定"と"宣誓"と、そして虹色の剣でブーストされた特大の雷が天からオレへと降り注ぐ。
凄まじい轟音が鳴り響いたときには、すでに切り札によって情報が手に入っていた。
成功だ!!
紫色の雷が全身を包み、雷魔法が自分自身、自分自身が雷魔法となったかのような不思議な感覚になる。
5メートル以上離れてもらっていたおかげで、周りのみんなが巻き込まれたりすることもなかった。
とはいえ、予め知っていてもさぞ驚いているだろう。そこは申し訳ない。
アカシャにお礼を言って、思いっきり喜びたいとこだけど、そんな時間はない。
ボズがすでに着地して、鬼のような形相でこちらに向かって走って来ている。
さすがに速い。
こちらに到達するまであと0.7秒。
時速200キロくらい出てるのか。
本当は、地面が消えてから1秒ほどで雷纏を成功させて、ボズが空中にいるうちに攻撃をする予定だった。
でも、ビビって逡巡して1秒ほど無駄にしてる間に着地されてしまった。
やっちまったものは仕方がない。
雷纏が成功した今、空中にいる間と違って絶対ではないけど、最初の1発はほぼ確実に入るはず。
そう考えた次の瞬間には、オレはボズの目の前にいた。
雷纏の最大の効果。
それは雷の速度で移動できることだ。
「なっ!?」
轟音が遅れて聞こえ、ついでボズが驚きの声が聞こえた。
ボズは急いで攻撃に移ろうと体勢を変えようとしているが、もう遅い。
雷での移動、雷動のまま攻撃はできないが、不意をついて体勢を崩したボズよりはオレの攻撃の方が速い。
すでにボズのみぞおちに蹴りが入るところだ。
身長120センチのオレの身長は、250センチのボズのへそまでほどもないが、急には止まれず隙だらけのボズを全力で蹴り上げた。
打撃音以外にも、バチッという音がする。雷纏状態での直接攻撃は、全てスタンガンのような感電効果もある。
体重300キロ近くあるボズの体が、同時に風魔法を使ったこともあって、上空に10メートル以上吹っ飛んだ。
「クソガキがぁ!! こんな攻撃で俺様がダメージを受けるとでも…」
ボズが空中に打ち上げられながらも叫んできたが、雷動で上空のボズの横に移動した音で途中から聞こえなかった。
切り札使ってるから、ボズが何て言ったかは把握してるけどな。
「思ってないさ。そして、これでダメージを与えられないのも知ってる」
ボズの横、数メートルくらいから、ボズに向かって右手を伸ばして紫電色になった虹色の剣の切っ先を向ける。
"限定"だ。
纏った雷が虹色の剣を伝う。
ダメージは与えられなくても、狙った場所に直撃すればかなり吹っ飛ばせることも知ってる。
下の盗賊共は父ちゃん達に任せる。
心配はない。
ボズとの戦いに巻き込まないようにすることが重要だ。
「場所を変えようぜ」
そう宣言して、空間収納から直径1メートルはある大きな金属の塊を虹色の剣の上に出し、"宣誓"した。
「"電磁加速砲"」
魔導具師ダリヤはうつむかない、すごく面白かったです。
ホント読んでもらいたい。
今後の更新も楽しみすぎる。




