第38話 切り札
いよいよ、もうすぐ盗賊団がやってくる。
元々の予想到着時間よりは10分ほど早いが、これぐらいはしょうがないとすることにした。
村に極力被害が出ないよう、オレたちは村から少し離れた街道脇の背の高い草むらに潜んで待ち伏せている。
ここなら、家にも畑にも被害は出ない。
街道はどうしようもないけど。
28人の村の住人がこの戦いに参加することになり、みんな一様に緊張している面持ちだ。
村長や父ちゃんのおかげとはいえ、こんな小僧の言葉を信じてくれて、ありがたい限りだ。
ボズ以外の盗賊団員は15人。
はっきり言って負けようがないだろう。
全員が身体強化を覚えた準備万端の27人対、心が折れかけた体調最悪の15人だ。
できれば、無傷で勝って欲しいと思っている。
問題があるのはボズと戦うオレだけだ。
昨日の夕飯後、母ちゃんや婆ちゃん、ケイトなど盗賊団と戦わない村の住人を集団転移で避難先に送った。
母ちゃんと婆ちゃんは最後までオレたちの心配をしていたけど、昨日の朝のことで覚悟が決まっていたのか、必ず勝って迎えに来なさいと言ってくれた。
ケイトはアル兄ちゃんに抱きついて何やら健気な言葉を言っていたようだ。
オレとジル兄ちゃんも、アンタらも頑張りなさいよとのお言葉をいただいた。
ジル兄ちゃんは、何でアル兄ちゃんばっかりと口を尖らせて羨ましがっていた。
実はジル兄ちゃんのことが好きな村の女の子がいることは知っているけど、それを言うのは無しだろうと思って黙っている。
あまりにも見てられない感じになったら、それとなく仲を取り持ってあげたい。
『ご主人様、そろそろです』
『ああ、分かった。最初から全力でいくぞ』
草むらの中でしゃがんでいるオレの肩の上にいたアカシャが消えた。
現在、盗賊団と戦う全員がアカシャと話せるようにしてある。
盗賊団には絶対に聞こえない声で、27人全員にアカシャからの指示が回る。
指示って言っても、確認ぐらいだけど。
ここからは絶対に物音を立てない。
全員身体強化を発動しておくこと。
オレが街道に出るのを合図に、全員街道に出る。
あえて奇襲はしない。
オレとは5メートル以上距離を開けておくこと。また、盗賊団とオレの間には立たないこと。
盗賊団の中で1人だけオレに向けて突っ込んで来るはず。そいつの相手はオレがする。
後は父ちゃんの指示に従う。
そんな感じだ。
本当は、盗賊団員を全員倒したらオレへの加勢は考えず村に帰るというのも入れたかったけど、これはどうしても受け入れて貰えなかった。
まぁ、しょうがない。ある程度予想はしてた。
盗賊団員を全員は排除しなかった一番の理由は、みんながボズと戦う機会をなくす、もしくは減らすためだ。
みんながボズと戦ったら一瞬で殺されてしまうだろうけど、全員村のために命かけられる人達だからな。
例え弾除けとしてでも参戦してしまうと思っていた。
何とかみんなが加勢に来る前にボズを倒せればいいんだけど…。
倒せるかどうかも分からない相手を極力早く倒すとか厳しすぎだろ。
みんなが盗賊団員を倒せるかどうかは全く心配してないけど、みんながオレの加勢に来て大量に犠牲者が出るかもしれないことは大いに心配だ。
とはいえ、完璧とは言えなくても、できる限りのことはやったつもりだから、なるようになるとしか言いようがないのが辛いところだ。
『戻りました』
肩の上にアカシャが戻ってきた。
横に控える父ちゃんをちらりと見ると、父ちゃんもこちらを見ていたようで、頷いてきた。
父ちゃんの手には白銀に輝くミスリルの剣が、すでに鞘から抜いた状態で握られている。
カールの父ちゃんがあの時のインゴットを使って作ってくれたものだ。
一番強い父ちゃんが借りて持つことになった。
父ちゃんは一番強いというならオレにと言ってくれたけど、この剣は大人用だし、同じ大人用ならオレには虹色の剣があるので丁重に断った。
父ちゃんに頷き返す。オレの手にも艶のある茶色に輝いた虹色の剣が握られている。
鞘は未だに作れていない。
使うときだけ空間収納から出すことにしている。
『あと30秒で盗賊団が予定地点に差し掛かります』
アカシャから報告が来た。ついにここまで来たか。
『よし、切り札を使う』
『少し早いのではないでしょうか?』
『使用時間が少しでも短い方がいいのは分かってるけど、残りの時間を情報の確認に当てたい』
『かしこまりました。範囲はいかがしますか?』
『オレとボズで頼む。必要なら追加する』
『かしこまりました』
会話を終えたアカシャが、肩の上から沈んでいく。
切り札とは、オレとアカシャが一体となること。
いつもアカシャを中継して得ている情報を、オレが直接得ることを可能とする技。
とっておきではあるけれど、脳に大きな負荷がかかるため、できる限り使用を控えるべき諸刃の剣。
ビキッと頭に痛みが走って、少し顔をしかめる。脳に膨大な情報が入ってきたせいだろう。
指定した範囲。つまりオレとボズの全ての情報が分かり、かつリアルタイムで更新されていく。
『切り札の発動、完了しました』
この状態でも、アカシャとの交信は可能だ。オレとボズ以外の情報も、アカシャを通せば手に入る。
『こうして見てみると、かなり作戦が上手くいってるのが分かるな。よかった』
ボズのコンディションはかなり悪い。体力、魔力、筋力、心拍数、血圧、もろもろほぼ全てにおいてベストには程遠い。
最悪と言ってもいいコンディションだ。
数値を見ただけでも怒りまくってるのがよく分かる。
オレの方は、多少緊張しているのが分かるけど、これぐらいなら許容範囲だろう。
アカシャにしっかり管理してもらっていただけあって、ベストコンディションと言っていい状態だ。
纏の成功率はここ100回で91回、ここ200回で177回か。
まぁだんだん良くなってるし、約90%ってとこか。
結局100%にはできなかったな。
勝率は、なるほど。アカシャがどうやって出してたのか気になってたけど、そういうことか。
ボズの攻撃をまともに食らえば一撃で殺されると仮定して、オレがボズを倒すダメージを与えるまでに、致命的な攻撃を全て避けられる確率。
感情面を考慮しなければ、現在のコンディションで約45%ね。
こっちも100%にはできなかったな。
最初は10%だったことを思えば、ほぼ五分五分の勝負になっただけでも良しとしよう。
命がかかってるだけに、できれば100%勝てる状況にしたかったけど…。
色々確認しているうちに、ついにボズが最後の一歩を踏みしめ、予定地点に差し掛かった。
草むらの中で剣を握りつつクラウチングスタートのような体勢をとっていたオレは、一気に土を蹴り街道に躍り出る。
ずっと警戒態勢をとっていたボズは即座に気付いたようだ。
だが、今までとは全く違う登場の仕方をしたせいか、それともまだ50メートルほど距離があるせいなのか、ボズは気付いた瞬間に飛びかかっては来ず、身構えた。
大魔法が飛んでくると思ったか?
まぁ、すぐに飛びかかってくる以上に都合がいいから、予想と違う反応でも構わないけれど。
ボズの後ろにいる盗賊共は、まだほとんど反応すらできてない。
「やぁ、ゴリラくん。幻との追いかけっこは楽しかったかな?」
街道の真ん中で立ち止まり、ボズを挑発しておく。
特に声を張り上げたりはしていないが、身体強化をしているボズなら50メートル離れていても聞き取れることは知っている。
「今度は本物か、クソガキがぁーーー!!!」
凶悪な犯罪者にしか見えない人相の、2メートル50センチのゴリラにしか見えない体格をした腰巻きの男。ボズが、凄まじい怒声をあげた。
空気以外もビリビリと振動するほどの声。
血管が浮き出まくる顔。
よっぽどこれまでのことが腹に据えかねているらしい。
こちらに飛びかかってくることも忘れて全力で叫んでいるようだ。
お、やっと神経系からそれらしき信号がいったな。
神経系の信号を受けてボズの筋肉が収縮をし始めた瞬間、用意しておいた土魔法を発動する。
切り札を発動している今のオレは、ボズの予備動作はおろか筋肉の動きや脳からの信号まで把握できる。
身体強化の他に思考強化まで使っているから、4つまでしか同時に使えない魔法の内、2つが常に埋まる状態になっているけどな。
この土魔法は最速で発動したかったので、予め準備しておいて、"宣誓"や"限定"を使わず完全無詠唱で発動した。
触媒の働きもする虹色の剣だけは艶のある茶色に変わっていたが、盗賊団の中にこの意味を知ってるヤツはいなかったから問題ないと判断した。
土魔法を発動したことで、ここから70メートル先くらいまでの街道の地面が消え去る。
ボズが一瞬遅れて地面を蹴ろうとしたが、もうその地面はない。
「残念。蹴る地面がなかったね」
さらなる挑発を重ねておく。
地面をすかした、ボズの怒りの叫びが聞こえてくる。
他の盗賊団員も全員引っ掛かった。
この日のために、ここには土魔法で大きな落とし穴を掘っておいた。
上に土魔法で作っておいた蓋を今、土魔法で消した。
オレたち村人がいる方は浅く。ボズ達盗賊がいる方は深く。
こちらから見るとなだらかな下り傾斜が続く。
盗賊共は今から15メートルほど落下した後、傾斜を下ってくる村のみんなと戦うことになる。
さて、ここまでは完璧だけど、問題はここからなんだよな…。




