第37話 譲れないもの
「おめぇら。揃いも揃って…」
父ちゃんが額を右手で押さえて、ため息をついて言った。
母ちゃんと婆ちゃんは痛々しいといった顔。
そりゃ盗賊団と子供を戦わせたい親なんていないよな。
それでも、オレは言う。
「人にはさ、譲れないものってのがあると思うんだ。父ちゃん達が先祖代々の土地をどうしても守りたいように」
「ああ…。そうだな…」
父ちゃんは暗い顔で同意した。
兄ちゃん達も思うところがあったのか、頷いている。
「オレにとっては、家族がそうなんだよ。オレが戦わないと確実に父ちゃんは殺される。だから、譲れないし譲らない」
ボズをどうにかできる可能性があるのはオレだけだ。
「オレにとっても、土地以上に家族の安全は譲れねぇよ」
だったら何で逃げないんだよって言いたいところだけど、ぐっと堪える。
それはもう前に答えが出たことだしな。
「大丈夫。父ちゃんも、兄ちゃん達も、もちろんオレも絶対に全員生きて帰るんだ」
実際には勝率は未だに40%くらいだけど、絶対にその40%を掴んでみせる。
「そうそう。全員生きて帰るんために、オレ達は戦いたいんだ」
「オレとしては、本当はセイだけには避難して欲しいとこだけどな」
アルとジル兄ちゃんがオレの言葉を受けて軽口を叩く。
兄ちゃん達の戦う一番の理由がオレを守るためってこと、実は知ってるよ。
兄ちゃん達のためにも、絶対負けられないな。
「危険なことはするなって、約束したじゃねぇか」
まだ諦められないのか、父ちゃんが苦い顔をして言う。
「どうしてもってときは先に言うって、約束したでしょ?」
オレは言外に、許可してもらえなくても戦うと決めてるという意味を込めて、ゆっくりと意味深長になるように言った。
父ちゃんはすぐには返事をせず、オレ達3兄弟をじっくりと見回した。
そして、やがて父ちゃんは大きなため息をついて、諦めたように言った。
「はぁ…。分かったよ。特にセイがオレより強ええってことは、うすうす気付いてたしな」
「よっしゃあ!」
「やったな!」
ジル兄ちゃんとアル兄ちゃんが喜びの声をあげる。
「だけどな、全員改めて約束しろ。絶対に死ぬなよ」
父ちゃんの強い感情のこもった言葉は、分かりやすく胸に響いた。
「うん。ありがとう父ちゃん。約束する」
オレも絶対に守るという強い感情を込めて言った。
「もちろん!」
「ああ」
兄ちゃん達も真剣な顔で頷いた。
短い言葉ながらも強い決意が伝わってきた。
「アン、すまねぇ。オレにはコイツらを止められなかった…」
父ちゃんが、声を殺してすすり泣き始めてしまった母ちゃんに謝る。
「アンタもバカだねぇ。あんなことを言えばこうなるって、分かってただろうに」
婆ちゃんは母ちゃんの背中に手を当てながら、言葉とは裏腹に凄く優しい声で言った。
「だって、どうしても…。言わずには、いられなくて…」
母ちゃんはすすり泣きながら、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
母ちゃんが泣くのを見るのは初めてで、いかに心配させてしまっているのかが分かって申し訳なく思った。
兄ちゃん達も、どうしたらいいか分からずオロオロしている。
「大丈夫。こいつらも男だ。必ず約束は守って生きて帰ってくるから。それに実力も十分あるしな」
父ちゃんが地球だと男女差別だと言われそうな言葉で母ちゃんを慰め始めた。
そしてマジレスするなら、ボズ相手だと実力は十分とは言えない…。言わないけど。
「ごめん、母ちゃん。必ず迎えに行くから、避難先で待ってて。絶対にみんな、無事で戻るって約束するよ」
必ずとか絶対とか、そんなことはないことは分かってるけど、また約束してしまった。
この言葉を嘘にしないためにも、盗賊団を何とかしないとな。
そして、これ以上どうしていいか分からなかったので、母ちゃんを慰めるのは父ちゃんに任せて、オレ達兄弟は朝食の席から退散した。
「これで上手く時間稼げるかな?」
「ボズがご主人様の予想通りの感情で動けば。上手くいかなければ、魔力を多めに使ってでも別の手段をとりましょう」
朝食の後、オレはアカシャと相談して盗賊団の到着予定を元に戻すべく手を打った。
今頃ボズは鳥籠を持ったオレの幻影を必死に追いかけてるだろう。
確実にオレが狙われるように、一度はボズに顔を見せておきたかったから、ちょうど良かった。
今は、いつもの我が家の畑のそばの木の下に転移で戻って来たところだ。
連れて来たお客さんもいる。
転移は使用者のみにしか作用しないので、空間魔法で連れて来た。
集団転移は、地面に魔法陣を書いたりと準備が必要な魔法なので、便利だけど急いでいるときには向かない。
空間魔法も、手の平くらいの大きさのゲートしか作れないんだけど、今回は相手が小さかったので何とかなった。
綺麗な金髪にエメラルドグリーンの瞳。葉っぱと蔦と蔓で作ったっぽい服。背中には透き通った羽。
連れて来た小さなお客さんは、目を丸くしてこちらを見ている。
アカシャとの会話を、変な独り言だと思ったのかな?
「もちかちて、本当に、あんたなの…? あんたみたいな小さな子供が、ずっと盗賊団を襲撃ちてたの?」
ああ、襲撃者と思われる人間がまさかの5歳児で驚いてるのか。
舌足らずの言葉が震えている。
「こんにちは、妖精ベイラさん。助けるのが遅くなってごめんね。オレの名前はセイ。盗賊団を倒すために、協力してもらえるかい?」
この後、打ち解けた彼女がどや顔でもたらした重要情報は、申し訳ないけどすでに知っていた。